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魔女姫争奪戦  作者: 方円灰夢
第8章 王都の魔法使い
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【12】 移魂術(二)

ブレンダの身を覆って、まるで羽根布団のようにぐったりとなったテトロのからだ。

鮮やかな虹色の羽毛から色が消え、灰色がかったくすんだ色になっている。

「移魂術ね、知識としてはあったけど、見るのは初めてだわ」

魔王の娘エルゼベルトが呟くように言った。


「山の魔王の身内の方でしたかな。もう術はなっておる様子。声を潜めなくても大丈夫かと思います」

ラーベフラムがこう言うので、ゲルンが尋ねてみた。

「あなたはこの術を知っているのですか?」

「長いこと生きておりますと、いろんなものを見てしまいます」

と、肯定とも否定ともとれる答をして、ラーベフラムが続ける。

「解除コードのような、純粋に魔法工学の上に成立していものなら人間でも扱えますが、この移魂術のようなものは我々には不可能です」


こう言っていると、目を閉じて眠ったようになっていたブレンダの身体が震えだし、やがて目を開けた。

だがその瞳にはブレンダの真紅の色ではなく、青から金色、紅色へと色を変化させる、テトロの虹色が浮かんでいる。

「瞳ノ後ロニイルワ。宝玉ハドコニアルノ?」

身体はブレンダだが、口からはテトロの声が漏れてくる。

これに対しては、ラーベフラムが答える。

「おそらく胸、心臓のあたりじゃ」

そしてゲルンに追加説明。

宝玉は女子のカラダのどこへでも入るわけではない。

だいたい三か所に限定される。

頸部、心臓、子宮。

しかし子宮は変化の幅が大きいため、滅多にいつくことはなく、だいたい頸部か心臓。

ブレンダが発熱するとき、頸部ではなく胸部のことが多かったので、心臓ではないか、ということだった。


「今頭部にいるのなら、念のため頸部を経由して胸部に向かっておくれ」


しばらく音声が途絶え、ブレンダの身体が発熱しだす。

するとまたテトロの声。

「頸部ヲ通過。何ノ反応モ感ジナイ。心臓デ確定カナ」

また少し時を置いて、テトロの声。

「心臓ノ裏。魔力ノ塊、ココミタイネ」

ブレンダの上半身が発光し始める。

「構造ハソンナニ難シクナイ。始メルワ」

「テトロ、気を付けてね。魔神級さえ取り込める魔力だから...」

セルペンティーナが少し心配げに言うが、

「ヘーキ。ヘーキ」

とテトロは余裕の声。


だがしばらくしてこの余裕が少しずつ変わっていく。

「吸イ込マレソウ。強イチカラ...」

「テトロ、活性化の扉を開けたのなら、すぐに戻ってきて」

「嫌ヨ。宝玉ノ中ヲ見ナクチャ」

しかし、声が上ずっており、どう聞いても強がりだった。


「ダメ、吸イ込マレル」

ほとんど悲鳴に変わっていくテトロの声。

するとここでブレンダの意識が覚醒する。

「テトロ、危険だったら外に出て。私は邪魔しません」

「デモ、デモ、中ノ文書庫アルヒーフガ...」

「契約は守ります。今でなくても、後日の閲覧でも認めるつもりです」

続いてセルペンティーナが、彼女としては珍しく強い口調で言う。

「テトロ、ブレンダ様もそうおしゃってるわ。早くしないと引き戻せなくなる」

強い声音に少し驚いてゲルンがセルペンティーナを見ると、こちらも全身から光を放ち始め、とりわけその金色の目が白熱光のように輝いている。


「ワカッタ...出ル」

幾分弱々しくなったテトロの声に続き、セルペンティーナの目から、白い光が発せられる。

その光はブレンダの頭部を捕らえ、やがて胸部にも広がっていく。

「あ、あ、あ、あ、...」

「ヲ、ヲ、ヲ、ヲ、...」

ブレンダとテトロの声が、悲痛な悲鳴のような音をうなるように出している。

「はぁっ!」

セルペンティーナの両眼から発せられた白い光が、何か丸いものをつかまえたように、ブレンダの身体から引っ張り出す。

やがてそれがテトロの身体に移り、ブルブル痙攣した。

セルペンティーナの目から出ていた発条光線が静まり、テトロの羽毛に少しずつ色が戻ってくる。


テトロもブレンダも大きく呼吸をして、しばらくの間はそのまま。

ブレンダの上半身から汗が吹き出し、彼女の衣装、そしてテトロの羽毛にもべったりとついていた。


どれほどの時間が経っただろうか。

ようやくブレンダが身を起こし、テトロもヨロヨロと千鳥足でブレンダから離れた。


「成功したの?」

エルゼベルトが二人に話しかけるが、二人ともまだ言葉を発することができない。


「外から内へ、宝玉を覗けるようにしたわ。あれが活性化と言えるのかどうか少し自信がないけど」

「宝玉の力を感じます。たぶん活性化していると思います」

二人がとぎれとぎれにこう言うと、ラーベフラムが労わるように言葉を放つ。

「まだカラダがなじむのに時間がかかるのでしょう。姫様、ゆっくりと、焦らずに接してみてください」

「ええ」

と言いつつ、少し頭を押さえながら、まだ息が整わないブレンダ。

一方テトロも、

「もっと簡単にできると思ったのだけど」

などと小声でもらしている。


「ふだんあなたや私がやっている移魂術は、脳容量が小さな生き物だったり、さほど魔力量の大きい相手ではないから」

セルペンティーナはまだ足元がフラついているテトロを見ながら、こちらも労わるように声をかけている。

そしてゲルンの方に振り向いて、

「ですから宝玉の力がブレンダ様の魔力の範囲で使えるようになるにはもう少し時間がかかるでしょう」

と伝えた。


「いや、ブレンダさん、無理を言って、というか、急かしたような形になって申し訳ない。まさかこれほど疲労を招くとは思っていなかったので」

「ゲルン様、それは私も同じことです。ですから「真贋」を見抜けるようになるまで、もうしばらく時間をください」

「テトロもありがとう」

しかしテトロはゲルンの言葉に頷き返すことかできるだけで、まだフラフラしている。



魔王軍側のの宿舎に戻ったゲルン、エルゼベルト、セルペンティーナは、トルカ達にこの日起こったことを伝えた。

「古くからの幼馴染でも見抜けないくらいの、変身術ですか」

フリーダが誰に言うともなく、呟くように言う。

「忍び込まれるのも厄介ですけど、ニセモノかも知れない、という疑念がわくことも心配です」

「そこらへんは、ニレに期待している」

ゲルンにそう言われて、ニレが顔を上げる。

「嬉しいです」

「ニレちゃん、ふさぎ込んでたもんね、ここにずっと押し込められてたから」

トルカが明るく言うと、ゲルンはニレに今日の外出を禁止していたことを思い出し、謝罪した。

「すまないニレ、まだ敵の正体や目的がつかめていなかった。おまえの気持ちを考えずに...」

「いえ、御主人様が私のことを気遣ってくださっているのはわかっています」

こう言って笑顔を見せた。

「明日から、エギュピタスの王都交渉の護衛もかねて出かける。おまえもトルカ、ルル、メルシュとともに同行してほしい」

「はい!」

とニレの顔には笑顔が広がっていくが、これを聞いて不満をもらす者もいた。

「剣士殿、あっしはおいてけぼりですかい?」

今度はザックハーが不満顔になってしまった。


さすがに国王も臨席しているらしい政治交渉の場に、ザックハーを連れていくわけにはいかない。

彼自身に非がないのはあきらかだとしても、その容貌醜怪なヴィジュアルは、エギュピタス交渉の不利にさえなりかねない。

幸いそのことはザックハー自身もわかっていたので、すぐに納得して引き下がったのだが...。


「御主人様、どうしてザックハーさんは同行できないのですか?」

とニレが聞き出したものだから、その場が少し凍り付いてしまった。

「ギデオでは、私もトルカさんルルさんと同じように、ザックハー様にも助けていただきました」

さすがにゲルンも言葉に詰まってしまったが、

「ニレちゃん、あんたは優しいだねえ」

とザックハーが説明した。

「見ての通り、おじちゃんの顔は醜いので、いろんな偉い人が来る交渉の場では皆さんの不利になってしまうのだよ」

「醜い?」

とニレは首をかしげる。

しかし、ニレ自身も、自分の発言がその場を暗くしてしまったことに気づいて、ゲルンに謝って引き下がる。

「ご主人様、不快にさせる質問でした。ごめんなさい」


ゲルンが、続いてトルカがニレを抱きしめる。

「ニレ、うまく説明できなくて、謝るのはむしろ私の方だ」

まだ恋も知らない、家庭生活も経験していない幼い少女の発言に、一同、自分の中のさまざまなおとなの感情、思考を自覚してしまった。

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