【11】 移魂術(一)
「ではさっそく頼めますか?」
とブレンダが立ち上がりかけると、テトロは慌てて制止した。
「ちょっと待って。私は魔神級じゃないから個体としては中に入れないわ。だからどこか別の場所で」
「どういうことだ?」
ゲルンが問うたが、テトロはそちらを向くでもなく、ブレンダに向かって話し続ける。
「私が貴女の中に入れるのは、この霊魂だけ。肉体はここにおいていきます。ですから、その途中、私のカラダに悪戯されたくないの」
「それじゃ、向こうの控室で」
ブレンダがこう提案するも、テトロはまたも渋りだす。
「それだけじゃないわ。いろいろと約束してほしいことがあるから、証人に立ってほしいの」
部屋の片隅とは言え、広間に行き来する人間も多いため、とりあえずその控室のうち、一番小さな部屋へ行き、テトロの話を聞くことにした。
こじんまりとした部屋で、薄い扉といくつかの窓があるだけの部屋だった。
ブレンダが扉を閉めようとするとテトロが
「待って。あのお婆さんにも立ち会ってもらって」
と言うので、ラーベフラムも入ってきて、テトロ、ゲルン、ブレンダ、ラーベフラムの三人と一羽となった。
「あなたの言う報酬はとても魅力的なので、協力します。ただし、私の安全だけはしっかりと保障してほしいの」
「それはもう。私たちエギュピタスの神に誓って」
ブレンダがすぐに言ったが、テトロは納得しない。
「さっき言ったように、霊魂が貴女の中に入っている間、私のカラダの安全。まずこれを保障してちょうだい」
ブレンダが同意すると、ここからが、大事、と言って、テトロが続ける。
「あなたの中に入って、その宝玉に干渉します。ただし活性化まで。それ以上はできない」
「それで十分よ」
「で、ここからが大事。それに成功した暁には、私の霊魂をこのカラダに戻すことを保証して」
「もちろんよ。私が貴女を取り込んでも、私にはほとんどメリットはないし、そもそも危険だわ」
「あー、わかってないのね。保障してほしいのよ」
「保障? あなたの言う保障がどんなものかわからないけど、宝玉を活性化してくれたら、私の神に誓って、貴女を元に戻します。これじゃいけないの?」
「はっきり言わないとわからないのね。あなたたち人間の神様なんか、私は信用しない」
「じゃあ、どうすればやってくれるのかしら」
「私も信用できるモノをここに呼んで保証人になって!」
テトロの発言がようやく見えてきた。
一人で生きて来た、そしてこれからも一人で生きていく魔物にとって、人間の約束なんか信用できない。
だからなにがしかの強制力を持つ者、あるいはテトロが絶対の信を置く者に仲介に立ってもらって、自分が戻れることを確実にしてほしい、と言うことだろう。
わからなくもないな、とゲルンは考えていた。
霊魂となって相手のカラダに潜りこむ、しかもテトロには相手を制御するほどの魔神級の力を持っていない。
その危険性は、霊魂を移すような特異な魔術を持ちえない人間にとっては想像だにできない。
しかし魔術と魔法が日常的に存在している彼女たちの世界の中では、そう言った実現性と危険性は常に頭の中にあるのだろう。
とは言っても、どういう存在を連れてくれば、この妖鳥は満足するのだろうか。
ブレンダが言っていることはその通りで、ゲルンにとっては疑うべくもない。
彼女は宝玉の活性化がなったあと、テトロの霊魂を外に出そうとするだろう。
しかしテトロにとってはそれは信用できない。
おそらくブレンダもその意味するところは理解しているのだろう。
「ではどなたに立ち会ってもらえばあなたは納得するのですか?」
「山の魔王、あるいは四大の支配者」
これを聞いて、ゲルンは遠回しに拒否しているのではないか? と考えてしまった。
既に衰えているとは言え、山の魔王の立ち合いならテトロは安心できるだろう。
ひょっとしたら魔王の後継者が確定しているフリティゲルンでも。
だが山の魔王にこの王都までお越しいただくことは不可能だ。
加えて相当の時間も必要になる。
四大、つまり精霊たちの統括者に至ってはなおのこと、この王都には入れてもらえないだろう。
ゲルンもブレンダも思考が止まってしまい口を噤んでしまうと、それを否定の意ととったのか、テトロがぼやくように言い始めた。
「セルペンティーナでもいいんだけど...」
その時、広間の方でざわめきが聞こえ始めた。
何かひと騒動起こっているような声がもれてくるが、それにしてはさほど大きな騒ぎには聞こえない。
その声、騒ぎが少しずつこの控えの間に近づいてくる。
「困ります。お婆様か姫様の確認を取ってからでないと」
曲芸師の誰かがこう言ったのが耳に入るや否や、勢いよく扉が開いた。
「私のことを呼んだかしら?」
そこには魔王の娘エルゼベルトと、その右肩にちょこんととぐろを巻いて座っている金色の小蛇、セルペンティーナの姿があった。
「セルペンティーナ!」
テトロとゲルンが同時に声を出した。
続けてゲルンが
「エルゼベルト、かなり早かったな。しかしなんでセルペンティーナを連れてきたんだ?」
「剣士様、ひどいです」
セルペンティーナが抗議の声を上げるが、どこか楽しそうだ。
「ゲルン、私だけで来るつもりだったんだけど、セルペンティーナが『何か自分が必要になる予感がする』と言うので」
「いや、すまないセルペンティーナ、まさか君が来てくれるとは思ってもいなかったからなんだ。ゲレスの方は大丈夫なのか?」
「問題ありません、剣士様。遠征では損害を出しましたけど、もし『山』で決戦になるのなら、はるかにこちらが有利ですし」
小さな小蛇が、魔王の娘の右肩から左肩へ、くるくる這いながらしゃべり続ける。
「で、なんでわたくしの名前が出たのですか?」
ちょっとすましたような声音になって、問いかけた。
「貴女が私を頼るなんてねえ」
一通りゲルンとブレンダから説明を聞いたセルペンティーナがいたずらっぽく言った。
テトロの方も、まさかセルペンティーナが来ているとは思ってもいなかったのだろう、ちょっとバツが悪そうに黙ってしまった。
「あはは、ごめんごめん、テトロ。私でよければ喜んで保証人、仲介人になるわよ。私の誓いなら信じられる?」
「うん、まぁ」
いつもはテトロの方が冗談を言ったりして軽快に立ちまわっているのに、今はセルペンティーナの方が攻勢に出ている感じだ。
今までの会話だとなんとなく「ただの幼馴染」程度の感じだったが、実はしっかりと信用しあっているのだろう。
そんな想いがゲルンの頭に浮かんできた。
「それではテトロ、お願いできるかな?」
ゲルンがこう言うと、テトロがセルペンティーナに、
「誓いを立てて、セルペンティーナ。私を必ず現世に戻すことの保証人として立って」
エルゼベルトの左手を伝い、卓上に移動したセルペンティーナはそこにとぐろを巻き、鎌首をもたげて金色の瞳を光らせた。
「ブレンダ様。事成し終えた際には、必ずやこの美しき虹の鳥を、この世に戻すことをお誓いください」
「誓います、セルペンティーナ。私がもしそれを破った時には、我が神の名のもとにこの胸を食い破って頂戴」
またもや金色の蛇の目が輝いた。
「誓約はなりました。テトロ。あなたの不安はここに消えるでしょう」
「それではそちらのソファへ」
テトロに指示されて、ブレンダは壁際に設えられているソファに腰を下ろす。
そのひざにテトロが移り、バサッと鮮やかに彩られた両の翼を広げ、ブレンダの上に覆いかぶさる。
そして時がとまったかのように、ふたり、いや、一人と一羽は動かなくなった。
エギュピタス陣営の一室で移魂術が行われている時、王都城門外側に集結していた『器の少女』達の宿舎。
そこに何人かの男が尋ねて来ていた。
彼らの顔を見たミーヴァが、警戒する少女たちに紹介した。
「みんな、私たちと行動をともにする、ま、言ってみれば援軍みたいな方々が来られたわ。顔だけでも合わしておいて」
タイスとミーヴァが、ラメンタインとガルニエを紹介する。
ミーヴァ以外の8人は、タイスが別のところから命令を受けていたことはなんとなくわかっていたが、正式に紹介されたのはこれが初めてだった。
とはいっても、まだ警戒を解いておらず、ポーシャなどはかなり明確な敵意に満ちた表情を見せている。
「ま、ミーヴァがそう言うんなら、信じてもいいんだろうな」
そう言って大柄なパーヴィエが前に出た。
続いてガルニエが背後に控えさせていた4人の暗殺者を紹介する。
「いや、心配しないでほしい。これから共通の敵にあたる。それに対して、それぞれ顔だけは知っておいてほしい、と思ってな」
初老のガルニエが、いかにも作ったような笑顔で、パーヴィエの前に進み出る。
「つまり、我々と共闘するってことかい、タイス」
奥の方から赤髪のマレヴィが声をかけた。
「いや、その辺は御心配なく」
ラメンタインがこれに答える。
「援軍と言いましたが、共闘していただく必要はありません。彼らは個別の技能で敵を葬る連中ですから」
「どういうことだ?」とポーシャ。
「今回紹介させてもらったのは、お互い相手を知らないと間違えて同士討ちになってしまうかもしれないと思ってです」
その続きをタイスが引き継ぐ。
「つまりこいつらは敵じゃないから、誤って攻撃したりしないでほしい、ということさ」
「いかにも敵の人相だがな」
とラメンタインが皮肉っぽく言うが、4人はピクリとも表情を変えない。
「あと二人ほどいるんだが、内偵を頼んでいるので、またのちのちな」
ラメンタインがこう言ってしめくくると、4人の不気味な暗殺者はガルニエとともに、音もなく消えていった。
ラメンタインはそれを確認して、近くにあった卓上に、紙片を広げる。
「これを見てほしい。エギュピタタスの連中が常宿としている宿とその周辺だ」
紙片には地図が描かれており、その中にはエギュピタスの宿舎と王城その周辺が描かれていた。
「ここに宝玉少女がいる。二人とも」
「ちょっと待って、ラメンタイン様。さっきの4人も宝玉少女を探しているのなら、私たちの援軍とは言えないんじゃないの?」
ライラがこう言うと、レモナも続けて
「そうだ。あの男どもがまさか私たちの宝玉奪取を手伝ってくれる、ってわけではないんだろ?」
それに対してラメンタインが応える。
「その心配は、たぶん大丈夫だろう。彼らは、エギュビタスが所有している石を欲している」
「私たちだってそうじゃないのか?」
「彼らは既に魔神級が取り込まれてしまっている魔王軍の宝玉には興味がなかろう、ってことさ」
つまり、エギュピタスの宝玉を彼らが、魔王軍の宝玉を『器の少女』でとればいい、と言っているのだろう。
「いや、それはおかしい」
ここでポーシャが再び突っ込んでくる。
「私たちは魔王軍の宝玉でなければダメだ、ではなかったはずだ。まだ活性化していないなら、エギュピタスの方が奪うのは楽だし」
「その後の判断は君たちにまかせるよ。援軍というのは、それぞれの戦闘において、という意味だからね」
ラメンタインがこう言うが、ポーシャは納得する様子を見せない。
「ポーシャ、ラメンタイン様の立場では、はっきりと明言できないこともあるのよ」
ミーヴァがこう言って、
「魔神級を取り込んだ宝玉が二つこちらに揃えば、三つ目だって簡単に手に入るんじゃないの、と言うことよ」
明言してしまうと、さしものポーシャも納得してしまった。
「怖い女だな、お前は。いまさらだが」
そう言って、ポーシャは口元に少し笑みを浮かべた。




