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魔女姫争奪戦  作者: 方円灰夢
第1章 奴隷少女
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【9】 吸血鬼使い

「あれあれ、なんか恐ろしそうな人たちがいっぱいいますね」

農家に隣接する西側の林、その樹上から二人の少女が農家を見下ろしていた。

「トルカは先行して、剣士様と接触はしているんだろ? ほんとにあそこにいるのか?」

浅黒い肌をした黒髪の少女が、白と青の衣に身を包んだ銀髪の少女に尋ねる。

「そのはずですが、あの人たちが剣士様の敵だとすると、もう剣士様とトルカは逃げたのかも」

「いや、灯りが点いていたので、逃げてはいないだろ、それに...」

そう言って農家の観察から銀髪娘の方に顔を向け、ニヤリと笑う。

「トルカが敵を前にして逃げるとは思えない。たとえ剣士様の命令でも突っ込んでいくよ、あの娘は」

「そうね、ではあれが敵だと判明したら、私たちも加勢しましょう」

すると下の方からも声が聞こえる。

「敵で間違いないようだぜ、周りを取り囲んで、二人ほどが剣を抜いて迫っている」

「ザックハー、あんたは地表からお願い。私たちは上から狙う」

黒髪娘がこう言うと、銀髪少女が別の動きを示す。

「ルル、恐らく浮遊術でしょう、屋根にも何人かとりついて侵入を伺っています」

「よしきた、フリーダ、あんたは剣士様かトルカと連絡をとってくれ」

林の中で交わされた会話はほんの数秒で、次の瞬間には静寂に戻っていた。


一方、農家の中では打って出ることで意見がまとまった。

「メルシュはニレを守って、最悪逃げ延びろ。途中に援軍も来ているから合流できるだろう」

「わかりました」

メルシュが灯火を消して、窓から包囲している男たちを眺めながら返事をする。

「ニレ、メルシュについていけ。途中に仲間が来ているはず」

ニレはこくり、と頷くも、緊張の面持ち。

トルカは背中から湾曲刀を抜きだし、

「私と剣士様で、迎え撃つ、ということですね」

嬉しそうに、満面に笑みをたたえている。

それには答えずゲルンは外の様子をうかがっている。

「二人ほど来た。偵察というより、先行隊だろうな」

ゲルンもまた剣を抜き、玄関口へと向かっていく。


急いで逃げ込んできたので、玄関に閂はおろしていなかった。

包囲する男たちの中から、二人が近づいてきて、覆面をとり、声をかけている。

じっとそれをうかがうゲルン。

すると二人の男が剣を抜き、玄関口の扉に手をかけ、入ろうとしている。

扉があいた瞬間、ゲルンは二人の侵入者を切り伏せた。

「剣を抜いて他人の家に侵入してきたんだ、切られても文句はないよなぁ」


玄関口から細身の長剣をだらりとさげて出てきた黒衣の剣士。

夜の戦闘にふさわしく、黒衣の上下を身につけて出てきたゲルンは、先ほどの夕方の戦闘以上に黒い農家の影に塗り込まれていく。

農家の東側に展開していた男たちが、幅広の剣をきらめかせながらゲルン目掛けて突っ込んでいく。

しかし暗闇の中での戦闘はゲルンに一日の長があるらしく、瞬く間に切り伏せられていく。

「む、剣の出所をわかりにくくしてるのか」

フーゴがこうつぶやいて前に出る。


背中側からもゲルンを狙う男がいた。

その男も幅広の剣を持ち、音も無く忍び寄っていたが、農家から出てきたもう一人の影に切り倒された。

トルカである。

ゲルンが長剣を鞭のようにしならせながらも肩口から胸板を一刀両断にしているのに対して、トルカの湾曲刀は男の頸動脈を切り開いていた。

それは瞬時の技で、男の頸部から大量に血が噴き出ているのにもかかわらず、トルカの湾曲刀にはほとんど血がついていない。

こうしてゲルンはトルカに背中を預けたまま、フーゴと向き合うこととなった。


「すごい技量、腕前だな。テントに潜入し、逃げ去る時の立ち回りから魔法剣士かと思ったが」

フーゴが部下と同じく幅広の剣を構えて間合いをとる。

「間違ってはいないぜ。ただし俺はこっちの方がより専門なんだ」

ゲルンはそう言って、剣を構えるフーゴと対峙した。

ずいぶんゆとりのある姿勢に見えたが、まったくスキがない。

切り伏せたフーゴの部下と違い、この男は相当の力量だ、とゲルンもまた相手の力量を評価している。

「名前を聞いておこうか、俺はフーゴ、エギュピタスの剣士だ」

「エギュピタス、流浪の民におまえほどの剣士がいたとはな...俺はゲルン。黒衣の剣士と呼ばれている」

「それだけわかれば十分だな」

一瞬、二人の影が夕闇に消えた。

ほぼ同時に、剣戟の火花が走り、鋭い金属音が残る。

二度、三度、その打ち込み合う剣の音が聞こえ火花が散り、ようやく二人の姿が元に戻った。

フーゴはその巨体に似ず、移動、打ち込みの速度も速かった。


しかしゲルンは、長期戦になるのを嫌った。

まともな剣士はこのフーゴ一人だけに思えたが、とにかく数が違う。

その数で押されれば力量で優っていても不覚をとることもある。

ゲルンの頭の中は、ここを切り抜けて、メルシュの魔法で逃げることへと傾いていった。

その時である。

西側の林から、騒ぎの音とくぐもった男の悲鳴が聞こえてきた。



農家を囲んでいた一群にパエトールがいた。

屋根に取りついたペリオラ隊の女たちが次々と炎にまかれて地面に落とされていくのを見て、どこか高いところから攻撃を受けた、と判断。

林の樹間に目をやると、黒っぽい影の女が手に火玉を作って投げつけている。

「あいつらの仲間か?」

そう思い、フーゴの元へ連絡に走ろうとしたとき、今度はその女のいる樹の下から、別の影が現われた。

小柄な、子どものような、それでいてずんぐりと肥った影。

現れた方向とこのタイミング、おそらくこいつもあの剣士の仲間だろうと判断して、周囲の男達に注意を促す。

「上だけじゃない。下にもいるぞ」


林から出てきたその太っちょは、ニタニタ笑いながら西側を取り囲んだ男達に近づいてくる。

頭には黒っぽい灰色のハンチング帽、狩人のようなチョッキに、土木作業員のようなズボン。

浅黒い肌に黒い髪は、樹上の女に似ていたが、容貌はまったく似ていない醜さ、恐らく男だろう。

そしてなにより、異様に太い胸、腹ではなく胸になにかをつめているような異様な太さ。

小柄に見えたが、それは猫背のせいで、背をのばすとそこそこの高さにはなる。

そしてその男は背を伸ばして、チョッキのボタンをあけると、そこからボロボロと白い塊を出してきた。

地面に落ちたその白い塊は、もぞもぞと動き出し、立ち上がる。

全体は芋虫のようであるが手足はついていて、顔の部分も人のように見える。

だが全体は首、肩などがなく、ひとかたまりの醜悪な肉塊に見えた。


「シャーァッ」

その醜い男が腕を前に伸ばすと、数多の白い肉塊が走り出し、フーゴの部下に襲い掛かった。

パエトールは本能的な危険を感じて飛びのくようによけ、フーゴの元に逃走する。

しかし、パエトールのようなシーフの目を持たない男たちは、次々とこの白い塊に飛びつかれ、噛みつかれていった。

白い塊は首に飛びつくと、牙を立てて、血を吸い始めた。

このグロテスクな白塊は、『山の魔王の宮殿』が統べる麓の森に生息する吸血鬼で、ザックハーによって従えられていたのだ。

血を吸った白塊に、朱色のような、茶褐色のような色香がついていく。

この凄惨な情景を見て、男たちも恐怖を抱き、囲みを開き始めてしまった。


「ザックハー、よくやった」

ザックハーが現われた西側の森、そこに通じる納屋から二頭の馬に引かせた馬車の御者台に乗ったメルシュが、客車にニレを乗せて現れる。

「けけ、まずは成功かな」

と言って、ザックハーは吐き出した白塊(既に茶褐色に変色していたが)を再び胸に回収していく。

ザックハーに続き、フリーダ、樹上から飛び降りて来たルルを回収し、正面玄関口で戦っているゲルンとトルカの元へ向かう。


包囲陣が崩れ、部下たちが逃走してくるのを見たフーゴは、

「残念だが、勝負は一時お預けだ」

と言って、そちらへ向かう。

ゲルンの方ではトルカが

「メルシュがうまくやってくれたようですね」

と言って、近づく馬車を指さす。

「剣士様ーっ!」

馬車の御者台に乗ったメルシュがゲルンとトルカを回収し、一路北へ疾走する。

それを見たフーゴが、隊を再構成し、追撃するべく馬にまたがった、その時。

地面が揺れた。

視覚が、聴覚が、触覚が、周囲の空間が、大地が、ぐるぐる回りだしたのを知覚した。

うわー、と護衛隊の男達、ペリオラ隊の女たちはともに地面にへばりつき、頭を押さえて震えている。

フーゴやパスカラさえも、このメルシュの魔術によってまともに立っていられない。

ただ一人、シーフのパエトールだけが咄嗟に大樹の幹にしがみつき、この感覚異常と戦っていた。

なんとか自分たちの状況、そして去っていく馬車を見つめていたが、馬車の足に追いつけるわけでもなく、既にパスカラの蜘蛛の糸も見破られているため、ただ馬車を見ているだけしかできなかった。


馬車の中では、術をかけるためにメルシュが後部座席に移っていたのでゲルンが馬を操っていたが、無事逃げおおせたとわかり、再びメルシュが手綱を取る。

「なんとか撒けたようだな」

ゲルンがこう言って、メルシュが運んできたニレを傍らに引き寄せて、援軍に来てくれた面々に紹介する。

「私はルル。山の者だけど、あなたと同じニイルの血も交じっているのよ」

と火玉を扱っていた浅黒い少女が言う。

「フリーダよ。剣士様から女手がいる、ということなので、私が参加させていただきました。トルカとルルだとかなり心許ないので」

白と青の衣を纏った、肌の白い銀髪少女が自己紹介。

「おい、トルカはともかく、私が女として心許ないとは、どういう意味だ」

「トルカはともかく、とはいったい何だ、おまえら」

と、ルルとトルカがフリーダに食ってかかる。

それを横目で見ながら、胸部が異様にふくらんだ、不気味な小男がニレに挨拶する。

「へへへ、お嬢さん、あっしはザックハー、見てくれは悪いが、剣士様第一の部下、高弟を自認しております」

「おい、誰がおまえを部下にしたって?」

とゲルンが疲れたように声を出す。

「おまえといいトルカといい、私との関係を捏造するんじゃない」

この騒がしい自己紹介に、ニレは目を白黒させていたが、ようやく自身の危機が去ったことを認識して、安堵していた。

「ルルさん、フリーダさん、ザックハーさん、ニレと言います。ゲルン様に助けていただきました。これからもよろしくお願いします」

「まだ共通語を教えて間がない。あまり答えにくいことは聞いてやるなよ」

とゲルンが説明する。


「そう言えば、奴隷云々の話を聞かせてほしいわ。詳細に!」

トルカが農家でのやりとりを思い出して、ゲルンにさらなる説明を求めた。

「それはだなぁ...」

とゲルンはここまでの流れを援軍の4人に説明した。


「なるほど、ひどい目にあったのですね」とフリーダ。

「ふうん、そういうことなら、私もニイル語ができるぜ。『ニレちゃん、困ったことがあったら私に相談しな』」

と、ルルがニイル語でニレに話しかける。

「この中でニイル語で意思疎通できるのは、私と剣士様だけだなぁ」

と、ルルがトルカをにやにやしながら、煽るように言うと、当然のごとくトルカはその誘いに乗る。

「いくら言葉ができたって、女として心許ないルルじゃねえ」

などと、やり返すトルカ。

一方、フリーダはゲルンに尋ねる。

「可哀想に。奴隷呪印の役目はもう終わったと見ていいのですよね、剣士様」

「ああ、そうだ。今後はもう奪われるようなことはしない。相手もわかったしな」

「ニレちゃん、『山』についたら、すぐに奴隷印は解呪してあげますからね」

フリーダのこの言葉を聞いて、ニレが少し動揺したように、ゲルンとフリーダを交互に見つめる。

「いや...私、ご主人様の奴隷のままがいい」

これを聞いてゲルンとフリーダだけでなく、言い争っていたトルカとルルも驚いた。

「私、死ぬのを覚悟してました。何もすることもなく、このまま生き胆と心臓をとられて、死ぬんだ、と思ってました」

ポツリポツリとニレの言葉が続く。

「病気になったカラダを洗ってもらって、食べさせてくれて、見守ってくれて、歩けるようにしてくれて。私の命は御主人さまのものです」

トルカが言いにくそうにニレに言う。

「あのー、ニレちゃん、奴隷って意味を知ってるかな。ものすごく悲しい、悲惨な境遇なんだよ」

しかしニレは頑として譲らない。

「知ってます。ご主人様の命令に従って、一生をご主人様に捧げ、ご主人様のために生きていく、そんな命ということです」

これにはさすがにゲルンも驚いて、

「ニレ、そんなことを考えてはいけない。人間は自分のために生きていくんだ。奴隷にしたのは、今回のあの危機を回避するためだけだったんだから」

するとニレは目に涙をためて

「御主人様、ニレはいらない子ですか? また捨てられてしまうのですか?」

と言って、ゲルンを見つめる。

「ご主人様はおっしゃってくださいました。私のからだが元に戻るまで一緒にいてくれるって」

弱ったな、という顔をして、ゲルンはトルカ達が見つめる中、ニレを抱きしめて言う。

「ああ、一緒にいるさ。お前が健康なからだになるまで。でもそれは別にお前が奴隷でなくてもできることだ。改めて約束するよ」

ニレは涙で鼻をつまらせながら、グレンの胸に抱き着いて、頷くだけだった。

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