【6】 5人の暗殺者
異変はエギュピタス陣営の宿舎から起こった。
早朝、朝食配膳担当にあてられていたポーラとスーディアが宿舎の庭へ水を汲みに出てみると、井戸近くの藪に蠅がたかっているのを発見した。
訝しんで近づいてみると、そこには男の死体があった。
スーディアが悲鳴を上げたので、何人かの兵士と曲芸師が起きてやってくる。
死体は不寝番を交代で務めていたフーゴ配下の男達だった。
死体が宿舎の中に運び込まれて検分をすると、どうやら夜のうちに殺されたらしい。
騒ぎに驚いてかけつけてきたゲルンも、その死体を見る。
「毒針だな」
と呟いた。
首筋から背中にかけて紫色に変色し、肩口に髪の毛のようなものが突き刺さっていた。
ラーベフラムがそれを剣分すると、毒毛針だと言う。
何かの事故ではなく、あきらかな殺人だ、とわかって、起きて来た曲芸師の若い踊り子たちの間にも動揺が広がっていく。
ブレンダが騒がぬように、と全員に告げて緘口令も敷き、二人の弔いを指示する。
一通り騒ぎが落ち着くと、主だったメンバーが食堂に集まる。
「なぜ襲われたのかしら」
トルカがポツリとつぶやく。
「あの二人は不寝番だったから、忍び込もうとした者があって、戦いになった、というところか?」
とフーゴが言うと、
「それにしては、夜とは言え誰一人として物音を聞いてなかったのもおかしい」
とブルーノが疑問を発する。
「あの二人、誰かと争った痕跡もなかったし」
「忍び込むのが目的だったとしても、宿舎に誰かが忍び込んだ形跡もないわ。索敵術で探してみたのだけど」
ポーラとパスカラも意見を述べる。
「私たちに敵意を持つ誰かの仕業でしょうね」
ブレンダがまとめるように言う。
「確認しておきたいのだが、我々内部からの仕業ではない」
ゲルンがこう言うと、パスカラが補足する。
「その辺は問題ないでしょう。ついさっき、シリアが索敵術で昨晩の宿舎内部の様子をサーチして、異変がありませんでしたし」
続いてフーゴ。
「まさかとは思うが、王都側?」
しかしこれも否定される。
「昨日まで、国王や王都側とも交渉していますし、その経緯は順調です。なにより今の国王は戦争、騒乱になることを何よりも嫌っています」
「だとすると王都側にも伝えていいのではないですか?」
「そうね」
と、ブレンダとブルーノ。
「だとすると誰が? 『器の少女』達が追い付いたとはとても思えませんし」
フリーダが疑問を出すが、それについてはゲルンが言う。
「いや、可能性だけならあいつらがもう来ているのかもしれない。しかし彼女たちの中に、こんな毒殺手段を持っている者はいなかった」
これまでの相手とは違う、何かしら不気味な意図を感じる一同。
会話が途絶えたので、ラーベフラムが死体を検分した結果を語り、
「使われた毒は採取できております。毛針の中に少し残っていたので。あとでこれをもっと調べてみるつもりです」
と言って、今後も定期的に会合する必要性、それに敵が近くにいるかもしれないことを周知徹底する必要性を解いた。
自分達の宿舎に戻って、ゲルン達も意見を出す。
「まいたと思ってたけど、そうではなかったかも知れない」
ゲルンがこう言うと、ルルが問う。
「やっぱり器の少女達? 剣士様はそうお考えですか?」
「向こうに千里眼がいることを思うと、一瞬目をくらませられたとしても、発見されていた可能性はあるな、だが、それにしても」
「そう、変よね。これまでのあいつらなら不寝番だけを殺して、それで満足して帰っていくなんて思えない」
トルカがゲルンの考えを受けてこう言うと、
「ひょっとして、さぐりで殺したのでは?」
とメルシュが言った。
「さぐり?」
「そうか、暗殺者はここが目的の場かどうか自信がなかったのかもしれない」
「そこで不寝番を襲ってみた、と?」
「いや、それなら不寝番は報告をしに来るか、騒ぐはずだ。つまり...」
ここまで意見が出たあと、フリーダがポツリともらす。
「ひょっとしたら毒ではなく、自白剤か何かで、それが強すぎて死んでしまった?」
この言葉で、一同しばらくの沈黙。
「それをラーベフラムに伝えておこう。その結果待ちだな」
ゲルンがそうまとめて、考えをラーベフラムに伝えに行くべく立ち上がった。
すると、それまで黙って聞いていたニレが
「犯人ではないと思うのですが、器の少女は近くまで来ているみたいです」
と言い出した。
「そうだな、それもまとめて伝えておく」
ゲルンが退室したあと、フリーダがニレに尋ねた。
「彼女たちが近くに来ているのがわかるのですね」
「はい、でも正確には『器の少女』たちではなく、むこうの宝玉少女レレカの気配なのですけど」
エギュピタスの王都内宿舎が暗殺騒動で揺れていた頃、聖トマソ教会近くにある宿坊に、多数の来客が来ていた。
その中から二人の女性が、聖トマソ教会に招かれて入っていく。
内陣深くにある星室を構成する星室庁と、5部屋ある小さな応接間。
その一つ、内部に金色の壁紙が貼られ、壁に青緑の燭台が灯された小部屋。
ふたりの女性、タイスと令嬢ミーヴァが呼び出しに応じてその小部屋で待機していた。
すると連絡を受けてすぐに魔導官ラメンタインが現われ、挨拶もそこそこにこれからの予定と、注意事項を聞かされる。
「シュテレンク嬢、お久しぶりです。レレカ様の警護でも素晴らしいお働きと聞いています」
「いえ、結局もう一人の宝玉持ちを奪えなかったので、大したはたらきはできませんでした」
「今回お呼びしたのはほかでもありません。貴方方に援軍を出そうと思っておりまして、その連中との顔合わせなのですが」
と、ここで言葉を止めたので、タイスの方が
「何か気がかりなことでも?」
と続きを促す。
「ええ、手伝ってもらうのは暗殺教団と言って、我々の裏仕事をしてくれている連中なのですが、諸事情あってまだレレカ様のことは伏せておいてほしいのです」
「ほう?」
「彼らは独自のやり方で、宝玉少女を自分たちの傘下にいれようと考えている節がありました」
「なるほど、レレカ様のことを知るとレレカ様まで奪われかねない、と」
「加えて彼らは私の配下ではありません。目的は近くても、独自行動をとられる可能性もありますので」
「しかしそれだとエギュピタスや魔王軍の宝玉少女が、その暗殺教団の手にわたってしまうのでは?」
ミーヴァが口をはさむと、ラメンタインはそちらに向き合って、
「それも考えておかなくてはいけませんが、今回の援軍要請は我々魔導官から出たものですので、そうあからさまに彼らだけのものにはなりにくいでしょう」
こう言って、口元に少し笑みがもれる。
「なに、そちらの心配はあまりしていただかなくても結構です」
「それともう一つ。これから紹介する者たちは『援軍』名目ですが、戦闘はかれらにまかせてしまってください」
「それはどういう意味ですか?」
「あなた方の戦力が万一削られるようなことがあっては困るのです。暗殺教団ははっきり言って戦闘狂集団ですので、そちらから犠牲が出ても、我々はいっこうに困らないので」
「ひどい言われようですな」
と、タイスが思わず笑みをこぼした。
打ち合わせが終わってしばらくすると、星室庁の門衛から数人の別の客が来たことが告げられ、やがて何人かの男女が入室してきた。
「タイス、シュテレンク嬢、こちらが宝玉少女奪取に動いてくれるトマソ教団のガルニエ祭祀長だ」
来室した男女は照明から遠く暗がりにいたので、顔がわかりにくかったが、その中から一人、小柄な中年男が進み出る。
「聖トマソ教会、祭祀団祭祀長ガルニエと申します」
「この方々にあなたがたの仕事を手伝ってもらうことになりました。どうか使ってやってください」
と、今、初めてその援軍要請を伝えるかのようにラメンタインが二人に言った。
「宝玉少女奪取に失敗してしまいました。現場を預かるミーヴァ・シュテレンクと申します。援軍の受諾、感謝いたします」
と、打ち合わせにあったように対応をするミーヴァ。
このあたりの状況の読み取りと順応は、器の少女になる以前から変わらない。
「それでご協力いただける方々の顔と名前を教えていただけますか? 同士討ちになってはいけませんので」
ガルニエは少しためらっていたようだったが、影に隠れていた五人を呼び出し、それぞれ名前を告げた。
痩せた女「トペルニータです」
初老の男「グルーディオ」
年齢不詳の小男「クジョーです」
若い女「ブラーカと申します」
禿頭「ヨーダンだ」
5人はそれぞれ表情を変えることなく能面のような顔で、名前を名乗った。
「部下はあまり顔を知られることを好みませんので、不愛想なのはお許しください」
ガルニエはそう言って5人を紹介した。
「とりあえず腕が立ち、隠密裏に仕事が運べる者を連れてきました。もし必要なら追加できます」
「ではとりあえず、エギュピタス陣営の位置と、やつらの構成を...」
とラメンタインが言いかけたとき、小男クジョーが「恐れながら」と言って進み出る。
「昨晩のうちに見てまいりました。不寝番に毛針を打ち込んで、宝玉少女も確認しております」
これにはラメンタインも少し驚いて
「これは驚きました。仕事が早いですね」
「魔王軍の宿舎もわかっています」
と、今度は痩せぎすの女トペルニータが独り言のように言った。
「許可がいただければ、すぐに出られます」
禿げた小太りのヨーダンがにやにや笑いながら言った。
「頼もしい方々です。ただ私共の仲間も内偵しておりますので、どうか同士討ちにだけはならぬよう、重ねてお願いします」
「大丈夫ですよ。こいつらにもその辺のところは強く言ってますので」
ガルニエがそう言って、ミーヴァに説明する。
「それで、ラメンタイン様、そちらの手駒は紹介していただけないのですか?」
年齢不詳の小男クジョーが静かに、しかし威圧するかのようにラメンタインに問うた。
「やれやれ、あの二人に限っては同士討ちの可能性はないんだがな」
ラメンタインがそう言って、自身の長く伸びた影に向かって、軽く何かの合図を送る。
すると彼の影から、忍んでいたというより、溶けこんでいたかのように、二人の男女が立ち上がる。
「シモンです」
「クララです」
この二人も無表情だったが、ガルニエ配下の暗殺者達とは違い、そもそも元から表情というものがないかのような顏の作りだった。
だがこの二人が現われると、ガルニエの部下達に憎悪のような表情が一瞬浮かぶのをミーヴァは見落とさなかった。
「この二人には、魔王軍兵士の情報を教えてやってほしいのです」
ラメンタインがタイスとミーヴァに向き直っていった。
「この二人の術の特性には、情報が不可欠ですので」
「わかりました。私たちの知るところを提供します」
そう言って、ミーヴァが戦闘の中で知ったゲルン達の情報を一同の前で説明していった。




