【1】 血霊騎士
翌朝、港町コートブルクでエルゼベルトやゲレス達と別れて、キャラバン隊と同行を決めたゲルンは一行とともに南下していった。
この王国最大の都市はギデオだが、王都はそこではなく、さらに南方にあるサリガンである。
もともとはギデオが王国の首都だったのだが、騒乱が絶えず、ついに遷都した経緯がある。
サリガンはもっぱら政治・宗教の中心地として栄えていたため禁足地も多く、ギデオやコートブルクのような商業都市にはならなかった。
その代わり「百塔の町」と称えられるほど教会建築が多く、それが観光の目玉にもなっている。
各教会には神官や巫女がつめており、宗教儀礼や信徒の教育などに従事している。
錬金術のような近代魔法はもっぱら西方の魔術都市レンティックの方が盛んだが、この王都サリガンでは伝統魔術や巫術が隆盛を誇っている。
「...とまあ、そういうことでしてよ」
と、エギュピタスのキャラバン隊指導者を兼ねるエレオノーラが、得意げにゲルン達に語っていた。
「なるほど、宗教都市か」
ゲルンは王都が政治・宗教の中心地だと言う程度は知っていたが、そういった教会や魔術教育についてはほとんど知らなかったため、熱心に聞いていた。
もっとも、ゲルンに同行していたフリーダなどは、白魔術や巫術を習得していたため、そのあたりはいまさら感があったのだが。
そのゲルンに同行していたのは、ギデオ以来のおなじみの顔ぶれ。
自称ゲルンの恋人・湾曲刀使いのトルカ。
治癒術師のフリーダ。
王都の地理に詳しい混血児の少女戦士ルル。
白い蛭人間のような吸血鬼を胸腔に飼うザックハー。
ギデオでは御者も担当した槍使いの老戦士マルシュ。
そして魔焔の宝玉少女ニレである。
「宗教都市と言っても、いろいろな宗派がありますし、それほど格式などに神経をとがらせることもありません」
と、フリーダが補足する。
「ルルはこの町には詳しいんだったか?」
ゲルンが褐色の混血児に話を振ると、
「詳しいっていうか、子どもの頃に少し住んでいたことがあるくらい。たぶんエレオノーラさんの方が詳しいと思う」
と答えるが、あまり話に乗ってこない。
「トルカはどうだ?」
「私も一度来たことがあるくらい。しかももっとちっちゃい時だから、ほとんど知らないのと一緒」
「フリーダは?」
「私も初めてです。私に術を授けてくださった師匠がこの王都で修業を積んだらしいので、その恩師からいろいろと話は聞いてますが」
二人ともまだ15歳である。
それほど知見が広くないのは仕方ないだろう。
「ここから先はエレオノーラさんに先導していただいた方がよろしいのでは?」
マルシュがエレオノーラにこう尋ねると、
「そのつもりですが、魔法使いエーデルヴォルフ様が滞在しておられるところはお婆がご存じですので、そこへはお婆におまかせすることになります」
眠ったように話を聞いていたラーベフラムがゆっくりと目を開けて、
「それほど秘密めいたところにいるわけではないので、それはすぐにお連れできます」
とだけ言って、また目を閉じた。
「お婆は眠そうだな」
エレオノーラが笑いながら言うと、ラーベフラムは眠たげな声で答える。
「年寄りにはこう長旅の連続では、睡魔に抗うのも一苦労なのじゃ」
「ここまで追手がかからなかったし、もう緊張を解いても良いのでしょうね」
ブレンダには、その追手の方が気がかりだったようだ。
「姫には、私たち『山の魔王の宮殿』の魔術を秘めた腕輪をしていただいております。万一のことがあれば、今度は追跡できますよ」
とフリーダがにっこりと微笑む。
「そうね、頼りにしています」
と、ブレンダは左腕に嵌めて腕輪に刻まれた模様を指でたどりながら答えた。
夜の闇が迫ってきて、キャラバン隊の馬車は王都近くにある居留地に馬車を止めた。
王城の都壁外側にあるその居留地にはエギュビタスの民がつめており、一種のコロニーを形成していた。
一行はそこに馬車隊を止める。
簡単な宿営地も設けられていて、ちょっとしたキャンプ場のような場所だった。
王都にあるいくつかの教会のうち、赤黒い尖塔を持つ聖トマソ教会。
その付属施設に、これまた赤黒い煉瓦で建てられた堅牢な屋敷があった。
その地下、照明の光も乏しい薄暗い地下室で、瘦せこけた女が煉瓦の床に書かれた魔法陣を見ながら、ぶつぶつ呟いている。
その地下室は紙束や書籍が乱雑に積まれており、いくつかある卓には、フラスコやら薬瓶やらが無造作に置かれていた。
中にはなにやら自然下には存在しないような不気味な色をした液体なども詰まっており、換気が不十分なこともあって、異様な臭いが立ち込めている。
その痩せた女の呟きが異様な文言となり、床に描かれた魔法円に反応していく。
やがて円の縁から白い煙が立ち上がってきた。
初めはこの汚れた部屋の白い埃が舞い上がっているだけのように見えたが、どんどんそれが増え、立ち込めてくる。
「立ち上がれ、冥府の血霊騎士よ、汝の姿を現し、我とまた契りを交わさん」
女の呼びかけに答えて、白い煙が少しずつ人の形を取り始める。
ひとつ、ふたつ、みっつ...。
やがて六体の霊が人の形をとり、ゆらゆらと揺れながら女の周りに集まってくる。
「人の子よ、なにが知りたい? なにが望みか?」
白い埃から現れた霊は、それぞれ足首まで覆った薄茶色のローブに身を包んでおり、その中の一体が問うた。
男のような、女のような、年よりのような、若者のような。
いづれともつきがたい姿、声。
その声に応じて、痩せた女が言う。
「大いなる力が来る。あれは何だ」
ゆらゆらと揺れながら、茶色の人物たちがかわるがわるに応えていく。
「すぐる十年ほど前に失われた力の石が二つ、この都に入ってくる」
「かつてペラガの洞窟で、神泉が垂れ落ちて生まれたもの、泉石」
「ペラガ一帯の大気がそれによって純化し、やがて北方に知られることとなった」
「純石のいくつかが魔族の地に持ち出され、そこで魔力が蓄積されていったもの」
「さらに時を経て、南方に移されたその石は四つ。やがてエギュピタスの騒乱で四つとも失われていた」
「そのうちの二つを身に宿し、魔の力を取り込んだ者がこの地にやってきている」
淡々としゃべる六体。
心を持つ人が話しているというより、機械音声が流れてくるかのような声。
「それはわれらの害になるのか? 益になるのか?」
痩せた女がその血霊騎士たちに問う。
「その石が今の所有者の手にあるかぎり、われらの害にはならず。益にもならず」
「されどその力を使えば、かつての王国の力、かつての大魔法使いの力をも得ることができよう」
「私がそれを手に入れられるか?」
「可能」
「されど今宵はここまで。汝の契約を果たせ」
女は「わかった」と言って、白雲漂う魔法円の中に足を踏み入れ、
「今宵の代価を受け取るがよい」
と言って、首にまかれていたマフラーを外し、首筋をあらわにする。
六体の血霊騎士はこの女に次々と群がり、血を吸った。
「かの石は女のからだの中に封じることができる。今の宿主から切り離し、別の宿主に移し換えよ」
六体の霊はこう言って、次々と魔法円の中心に消えていった。
血を吸われ、ぐったりとなった女は、しばらくの間、その魔法円の縁から動くことができなかった。
数刻して、その地下室に一人の中年男がやってくる。
ドアを開け、その異臭に眉をしかめながら、乱雑にちらかった 部屋の中を歩いていく。
やがて魔法陣が描かれていた床近くにきて、その縁に蹲っている女を見つけた。
「トペルニータ、首尾は?」
死んだように眠っている女に触れようともせず、こう語りかけた。
女はゆっくと身を起こし、男を見る。
「ガルニエ様ですか。この異様な力の接近について調べておりました」
ガルニエと呼ばれた白髪が混じりかけた黒髪の男が、ようやくその女トペルニータの肩を支えて引き上げる。
「またアレをやったのか。恐ろしい女だな、貴様は」
「あのお方の力を借りたい。連れて行ってくれるか」
「ヘッケル様のことか? お前はあのお方に嫌われていただろう?」
「そんなことはない。とにかく連れて行ってくれ」
そんなことを言いながら、二人の男女はその地下室から出ていった。
トマソ教会の内陣深く、文書庫の別室として作られていた小さな読書室。
そこでガルニエはある学士を呼び出し、高位の人物への取次を頼んだ。
その読書室で待つこと数分。扉が開き、一人の若い男が現われた。
「ガルニエ殿か。何度こられてもムダです。師はあなたがたとは会いません」
その若い男は少し嫌気がさしたような顔で、椅子に座っていた二人を見下ろしつつ、静かに言った。
「ラメンタイン、ならおまえさんでもいい。どうか話だけでも聞いておくれ」
痩せこけた女がその若い男、ラメンタインを仰ぎ見るようにして言う。
「ここに、あのエギュピタスに移された後、騒乱で行方不明になっていた神泉石を身に宿した者が来ている」
「まさか」
と、ラメンタインと呼ばれた黒髪の青年が鼻で笑った。
「師はあなた方の世迷いごとにつきあっていられるほど暇ではない。もちろん私もです」
「おまえはあの力が欲しくないのか」
少し痺れを切らしたガルニエが語気を強めて言う。
「あなた方暗殺教団の力を抑えるため程度には欲しいですよ、強い力」
その言葉を聞いて、ガルニエの顔が怒りで紅潮する。
「今の平和を支えているのは我々だ。一介の魔法使いであるお前にそんな言い方をされるいわれはない」
「ならばもうお引き取りを。私などはその『一介の魔法使い』にすぎませんから」
しかししばらくすると怒りが収まってきたのか、ガルニエは態度を変える。
「いや、悪かった。ラメンタイン、おとなげないところを見せてしまった。しかしこのトペルニータが血の契約で知ったこと、と言えば、信用してくれるのではないか」
ラメンタインもここでは少し譲歩して、
「いいですよ、話だけならお聞きしよう」
こう言って、ここでようやく椅子に腰を下ろした。




