【13】 同盟成立
敵襲を受けて飛び出していった魔王軍の客車では、フリーダがニレの治療を続けていた。
ニレの方もようやく意識を取り戻し、フリーダからエギュピタスのキャラバン隊が到着したこと、ブレンダを奪回したこと、現在敵襲を受けていることなどを聞かされた。
「そう...」
と力弱く言ったニレの目から涙がこぼれる。
その涙を見て、どう言ったものか、フリーダが思案している時、その幻は現れた。
「いつまで続けるのですか?」
その声が客車の中に届く。
フリーダがぎょっとして周囲を見渡すと、客車の壁側に、一人の少女が立っている。
フリーダの手伝いをしていた妖精兵の何人かもそれを見て驚き、ニレの元に来てニレを守るべく周囲に盾となって囲った。
フリーダはその人影が実体でないことを見抜く。
しかしその人物の似姿が誰なのかわからない。
ニレがフリーダに支えられて少し身を起こし、幻を見つめる。
「貴女は...雷撃の宝玉少女?」
それを聞いて、フリーダが驚いてニレを抱きしめる。
「名さえ名乗っていませんでしたね、私はレレカ」
目を見張らいたフリーダだったが、その声にニレが応える。
「私はニレ」
「貴女は炎の魔神をコントロールしているのですね?」
レレカは静かに語る。
「私は戦っているとき、ほとんど意識を奪われています。ですが、私は戦いたくない、殺しあいたくない」
だがこう言いかけたとき、映像が乱れ始める。
「やめて、タイス」
この言葉を残してレレカの映像は消えてしまった。
「今のは?」
フリーダが尋ねると
「向こうの宝玉少女がコンタクトを測ったようでしたけど、誰かに邪魔されたようでした」
ニレの言葉を聞いて、フリーダも今目の前に現れた幻を胸の中に焼き付けた。
やがて戦いを終えたゲルン達が戻ってくる。
「ニレの様子はどうだ?」
戻ってくるや、フリーダに尋ねるゲルン。
「大丈夫です。普通に回復しつつあります。火傷の跡は真皮にまで達していなかったので、ほぼ元通りになりつつあります。ただ...」
「ただ?」
フリーダが不安そうな表情を見せたので、ゲルンが問い直す。
フリーダがついさっき起こった出来事を話すと、ゲルンがしばらく考えこむ。
「そうか、レレカと言うのか」
「剣士様?」
ゲルンの沈黙を見てフリーダが尋ねる。
「いや、ニレが魔焔公の力を取り込み、発現した時も、様相が変わっていた。宝玉少女が力を発現しているときにはそう言った変化が起こるのかな、と思ってな」
ニレの元にやってきたゲルンは、目覚めているニレを見て抱きしめ、「良かった」ともらす。
上半身を抱き起し、頭部を腕の中に包み、軽く髪をなでる。
髪はもうすっかり伸びて、肩口までは届いていた。
ゲルンの掌の、押さえつけるのではなく、軽く、優しい愛撫に、ニレは頭部を委ねていた。
だがニレもフリーダと同じく、幻となって現れたレレカの存在に不安を感じていた。
ブレンダを奪回したので、急ぎ戻ることにした一行は、負傷者や残された死体などを回収して、一路キャトルへと引き返していく。
道中、ゲルンがブレンダの馬車隊の先頭客車に結果と経緯を報告しに行くと、
「ありがとうございます、剣士殿」
と最初にブルーノから感謝された。
「それで、これからどうする?」とゲルンが問うと、
「姫と相談してからですが、私としては一刻も早くエギュピタスに戻りたいです」
「あなたたちの故国か」
「正確には、私はエギュピタス人ではないんですけどね」
ブルーノのこの言葉を聞いて、ゲルンは少し驚いた。
「そうですか、実質指導層の一人かと思っていた」
ブルーノはあらためて、自分がブレンダ姫の元へ来た経緯を語る。
出自は南方の山の鍛冶師であること。
父は魔剣鍛冶師バドゥラであること。
その父が年老いて衰えたため、自分を修業の旅に出したこと。
その修業先がブレンダ姫のところだったこと。
なぜバドゥラがエギュピタス一族の元に自分を派遣したのかはわからない。
エギュピタスで何本か魔剣を打ったこと。
などを語り、
「ですから僕はエギュピタス人ではありません。今後どうするかはまだ決めてないですし」
などと言って締めくくった。
この話を聞いて、ゲルンは何かが引っかかり、聞きながら考えていた。
バドゥラ...バドゥラ...どこかで聞いた名前なのだが、と必死に記憶をたどっていく。
突然パッとひらめいて、ブルーノに自分の黒い魔剣を抜いて見せた。
「ブルーノ殿、この剣に見覚えは?」
最初、ギデオの戦いで仲間を切り伏せた剣だ、という想いがあったので、ブルーノはあまり見る気がしなかったのだが、
「そう言わず見てほしい。ギデオ以前で見た覚えはないか?」
と剣士が執拗に迫り、尋ねてくるので、その剣を手に取り、じっくりと吟味した。
「これは!」
柄の文様や根元の印章などに気づいて、思わず声を上げた。
「僕の父が打ったものですか?」
「やはりそうだったか」
ゲルンはブルーノから剣を返してもらい、鞘に納めながら言う。
「私も幼かったので記憶が不鮮明なのだが、これは亡き父が昔、バドゥラと言う名の魔剣鍛冶師に打ってもらったものだ、と聞いていたのだ」
柄だけでなく、刀身も黒く輝くこの魔剣は、魔力注入時に艶を帯びて黒が一層深くなる。
闇夜においては刀身が闇に消えるため、視覚的効果も大きい。
これまで若き剣士とともに戦い、命を守ってきた魔剣である。
「これを打っていただいたのは、貴女の御父上だったのか」
と感慨深くあらためてこの若き鍛冶師を見つめる。
「して、御父上はまだご健勝であられるのかな?」
「ええ、まだ訃報は聞いておりません」
と少しいたずらっぽく答えるブルーノ。
「魔剣鍛冶師としては、ほぼ引退状態ですけど、まだまだ通常の生活は送れているはずです」
二人は道中、バドゥラや魔剣のことについて談笑し、語り合った。
一方別の客車では魔王の娘エルゼベルトがセルペンティーナとともに招待され、フレンダにもてなされていた。
「今回の件、感謝にたえません。幾多の犠牲を出してまで姫を奪還していただいたこと、一族を代表してお礼申し上げます」
ラーベフラムがその年老いた身を屈めて感謝の意を現す。
「まぁ、私たちとしても、魔界の別勢力に二人も宝玉少女を傘下に収められると不都合なのよ。私たちも私たちの利益のために戦ったのです」
エルゼベルトがこう言って、あらためて両者の和解を強調する。
「少しでもでも感謝していただけるのなら、今後宝玉少女を使って私たち『山の魔王の宮殿』とは対立しないことを約束していただきたいわ」
「ありがとうございます。私たちも同意です」
と今度はブレンダ。
「とは言え、敵はまだ健在との報告をいただきました。今後のために、できれば同盟を結びたいと考えているのですが」
とラーベフラム。
「そこなのよねえ」
エルゼベルトがそう言って、同行してきた緑の瞳を持つ金色の小蛇、セルペンティーナを見た。
「私たちも剣士様から報告をいただいて、敵方にあの空間跳躍者がいる、ということに対して警戒しなくてはいけない、と聞いております」
セルペンティーナは、エルゼベルトが座る椅子の前にある卓上でとぐろを巻きながら言った。
このしゃべる不思議な小蛇には、客車にいた一同目を引き付けられていたが、エギュピタス側にも人語を解する魔獣が同行している。
「それには魔術で対応するしかないんじゃないの?」
孔雀のような虹色の美しい飾り羽を持つ魔鳥テトロが言って、ラーベフラムに意見を促した。
「やってみましょう」とラーベフラムが仄かに笑う。
「手の内がわかっていれば、対策の立てようもあります」
「おまかせするわ。そう言うのは占星術に秀でたあなた達の方が熟知しているでしょうから」
「お誉めのお言葉として受け取っておきます」
だがその対策魔術について口を開こうとしたラーベフラムを、エルゼベルトは制止した。
「待って。向こうには千里眼もいます。どれくらい距離をとれば圏外なのかわからないので、具体的な内容は念話か、神聖文字での文書でお願いするわ」
「ほう、失礼ながら、神聖文字がおできになるのですか?」
「私は無理だけど、兄はその道に通じております」
とこちらの方でも、次々に今後の対策が決まっていく。
少なくとも、以前のように不意を突かれて空間跳躍者によって攫われる、ということは回避できそうになってきた。
そこへブルーノとゲルンが戻ってきて、エギュピタスとの盟約について語られた。
「いいのではないですか? エルゼベルト、私は彼らと協力することに賛成です」
そしてさらに
「この件に関しては、フリティベルンも貴女に一任されているようだし、貴女が決めてもよろしいのではないか」
「剣士様にそう言って頂けると心強いわ」
かくして、かつて殺し合いを演じていた魔王軍とエギュピタスの間で、正式の和解と同盟が締結された。




