【11】 合流
出陣したミーヴァ達と入れ替わりに後方馬車に移されたレレカは、アニトラ、レモナによる治療を受けていた。
下半身、特に両足にひどいやけどを負い、脂汗を浮かべながら呻いているレレカを、アニトラがからだを拭き、レモナが治癒術をかけている。
少しずつ状態はよくなっていくものの、レレカ本人は昏い夢の中にいた。
「おかあさん助けて、おとうさん助けて、おにいさん、おねえさん...」
金で買われていった身を案じながらも止めてくれなかった家族。
それでも幼いレレカにとって信頼できる家族だった。
そのはずだった。
自分を愛してくれていた、ということについては疑う余地はない。
痩せた土地を一生懸命耕し、必死で作物を育てていたおとうさん。
そんなおとうさんを手伝いながら自分を構ってくれていたおにいさんやおねえさん。
家事をこなし、子どもたちの面倒を見て、一心に愛情を注いでくれたおかあさん。
いつもお腹をすかせていたけれど、それでも幸せだった。
優しい家族が大好きだった。
でも土地にはいつくばって生きている貧農で子だくさんの家庭にとっては、大金を目の前に積まれると、断ることなどできなかった。
タイスに連れていかれた時、抱きしめてくれた母のぬくもりは今でも忘れない。
父や兄、姉たちも、優しく髪をなでてくれた。
でも決して連れていかれるのを止めてはくれなかった。
仕方のないことだ。
家族が悪いんじゃない。
食い扶持が一人減って、大金が入るのだ。
両親は確かに自分を愛してくれていたろう。でもそれと同じように残された兄や姉たちも愛していたはずだ。
残された子どもたちが幸せになれるかもしれない。
今となってはそういったことも少しずつ理解できるようになってきた。
それでも...。
それでも家族たちの中にいた、貧しくても暖かだった頃が頭から離れない。
また、思い出すのは、タイスがやってきた時のこと。
茶色の変な盤に家族がそれぞれ腕をあてて、何かの計測をしていた。
「何をしているんだろう」
と思いながら、末子の自分の番が回ってきた。
言われるままに右手を盤の上に置くと、やわらかい布を上からかぶせられて、タイスが盤に乗せられている時計のような機械を覗き込んでいる。
その時計みたいなのが、しばらくして音を出し、光り始めた。
他の家族の時にはなかった反応だ。
タイスがなぜ自分達の家に来たのかはわからなかったが、後で教えてもらったところによると、別の計測版で私たちの村に魔力反応が検知されたらしかったそうだ。
連れていかれた当初は悲しくて寂しくて、泣いてばかりいた。
でも連れていかれた先の生活は決してひどいものではなかった。
自分と同じような少女たちが数多くいる場所だった。
少なくとも、労働奴隷や性奴隷として買われてきたわけではなかった。
自分が一番の年少で幼かったこともあり、それなりに大切にしてもらえた。
特に歳が近かったライラは、泣いてばかりだった自分を気遣ってくれた。
タイスに連れてこられてからの思い出は、それほど強く残っていない。
いろいろなことがあったのに...。
何度か検査されたこと。
そして自分が『宝玉少女』と認められたこと。
そしてその時の、一番凛々しくてお姉さんっぽかったミーヴァの悔しそうな顔。
さらに何人かのホッとしたような顔。
それから、タイスが連れて来た得体の知れない青い魔神を取り込むことを命じられたこと。
とても苦しかったけれど、もうはるか昔のことのように感じてしまい、記憶も朧げだ。
そんなことくらいだろうか。
『宝玉少女』として力を発現させるときは、この青い魔神に意識を持っていかれるので、直接的な感覚はない。
しかし、誰かを殺したらしい、破壊したらしい、という感覚はしっかりと残っていた。
そんな過去の記憶などが夢に現れては消えていったが、やがて正気付く。
うっすらと開けた目に映ったのは、大柄な少女の心配そうな顔。
「レレカ様の意識が戻ったぞ」
レモナの声を聞いて、ノクトゥルナもミーヴァたちの観察から戻ってくる。
「ここは...?」
「後方の馬車よ。あなたの役目はひとまずこれで終わったわ」
アニトラが優しく言って布で少女の顔を拭ってやる。
「私は...負けたの?」
「まぁ、そういうことになるかな」
レモナは努めて明るい顔を見せようとして微笑んだ。
「あとはミーヴァ達にまかせればいいさ」
アニトラはこう言って、ノクトゥルナが持ってきた果汁ジュースの椀をレレカの口元に近付け、飲ませる。
「まだ治癒が終わってないから、安静にしてな」
レモナがこう言って、また治癒術をかけ直す。
黒く焼けただれていた脚部が少しずつ回復して、元の肌の色を取り戻し始めていた。
「役に立てなくて...ごめんなさい」
泣きそうな顔で声を絞り出すレレカ。
「役に立ちました。向こうの宝玉少女も無力化していますから」
ノクトゥルナがいつもの弱々しい声で、レレカを労わる。
「う...」
レレカの瞳から涙があふれる。
痛みのせいか、悔しさのせいか、役に立たない自分に対する悲しさか。
人を殺すことに怯えてはいたが、同時に役に立たずに捨てられてしまうことへの恐怖も感じていたのだ。
一方、魔王軍の馬車隊では魔力を使いきったニレを、ゲルンとフリーダが介抱していた。
客車の中に設けられた簡易寝台の上で、死んだように眠るニレ。
「容態はどうだ?」
ゲルンがフリーダに尋ねる。
「力を徹底的に使い果たした、って感じね」
治癒術をかけ、霊液を口に少しずつ注ぎ込みながら、フリーダが答える。
「でもそれだけですよ。目立った外傷も、魔症も受けてはいません」
「それはよかった」
大きなため息がもれた。
ゲルンがニレの寝顔を見つつ、額にかかった髪を優しく払いのけていると「白き者」の一人ラムゼが、キャラバン隊が追い付いた旨を知らせに来た。
「エギュピタスのキャラバン隊が見えました。間もなく合流かと思われます」
フリーダにニレの手当をまかせて、ゲルンは客車を出る。
ようやくエギュピテス隊が追いついてきた。
この隊を指揮してきたのは老ラーベフラムと若き刀匠ブルーノだったが、魔王軍の惨状を見て、しばらく声が出せなかった。
「剣士殿、これはいったい...」
こう問いかけられて、ニレの看病をしていたゲルンが少し気まずそうに応える。
「ブレンダ姫を攫った一群と戦ったのだが、このありさまなのでな」
ブルーノが改めて魔王軍の陣容を見ていると、出発前に見ていた魔物達の数が減り、妖精兵達も大半が負傷していた。
「あなた達に対してここまでするということは、そんなに強いのですか?」
ブルーノの問いかけに、ゲルンはここまでの概要を説明した。
一通り、この街道筋、及び今いるスヴォロ村南端での魔法戦を語ったあと、
「平行して、潜入技量を持つ何人かに、ブレンダ姫の奪回を指示している。うまくいけばそちらが回収してくれるはずだ」
この説明を聞いていたヴィルトシュネーが、ゲルンに報告する。
「ウォリス達は成功したようです。今こちらに向かってきています」
「姫が戻ってくるのですか?」とブルーノ。
エギュピタスのキャラバン隊から何人か見知った顔が降りてきて、ゲルンとブルーノの周りに近づいてくる。
同時に、「白き者」の一人ディーダが報告にやってきた。
「セルペンティーナ様、トルカ、ルル、ウォリス、それにシュリクが到着しました。まもなくこちらに来ます」
ゲルンが西方に目をやるが、その姿はどこにも見えない。
だが、そこに何かがいるように、魔人達が空間を開けている。
やがてその空間から、何かを脱ぎ去るようにして、トルカの顔が見えた。
続いて他の者たちも次々と姿を現していく。
ヴィルトシュネーから借りていた「妖精の雨合羽」、それを使って、行きと同様、器の少女たちの横をすり抜けてきたのだった。
5人が姿を見せると、続いてウォリスがある空間をめくるように動かす。
すると何も見えなかった空間から、ブレンダの姿が現われた。
「姫様!」
曲芸団の団長エレオノーラが、花形軽業師のスーディアが、パスカラが、シリアが、次々と駆け寄ってくる。
「予備にもう一着借りておいてよかったわ」
そう言ってトルカがゲルンとヴスィルトシュネーの元にやってくる。
「見事だ。囚われの姫君を奪還したんだな」
そう言って、ゲルンもトルカを迎える。
トルカはゲルンに褒められて、嬉しそうに頬を染めている。
「敵を引き付けてくれていたおかげで、かなり手薄でした」
と、こちらも報告をする。
キャラバン隊に取り囲まれていたブレンダがこちらにやってきて、
「『山の魔王の宮殿』の皆さま、ありがとうございます」
と、まずゲルンに言った後、トルカ達の方へ向き直り、
「少し疑ってしまい申し訳ありませんでした。助けていただきありがとうございます」
と礼を述べた。
一時、戦勝報告会のようになってしまったが、ゲルンの元にセルペンティーナが入った兵士人形がやってきて、
「剣士様、ゲレス様から報告は聞きましたが、敵を殲滅できたわけではないのですね?」
と尋ねてくる。
「ああ、残念ながら、なんとか追い払った、と言うのが正しいだろう。こちらの被害も甚大だ」
「つまり相手にはまだ戦力が残っている、ということですね」
セルペンティーナはこんな時でも冷静だった。
「どういたしますか? 戦いを続けますか、それとも撤退しますか?」
「できれば早急に引き上げたい。魔女姫も奪回できたし、当面の目標は達成したことだしな」
「私もそのお考えに賛成です」
負傷者を治療しているゲレスや、ヴィルトシュネー、トルカやルルたちに撤退の旨を指示した後、喜びに沸くキャラバン隊の方にもそれを伝えにいった。
「敵戦力がまだ健在だと思われるので、急ぎこの地を離れたい」
この言葉に、エギュピタスの面々はさっと平時の顔に戻っていく。
「わかりました。今後のことはキャトルかコートブルクに戻ってからにいたしましょう」とブルーノ。
それぞれに手分けして、急ぎ帰り支度を始めていた時、ゲルンは嫌な気配を感じていた。
そこへフリーダとセルペンティーナ入りの人形兵士がやってくる。
「剣士様、すごく嫌な気配です」
「ゲレスに急がせるように伝えてくれ」
ゲルンがそう言った時、轟音が響いた。




