【10】 赤と青
「強イ...」
西方からやって来た、エギュピタスの宝玉を身に宿す少女・宝玉少女レレカ。
まだ名前も知らない相手だったが、エギュピタス王国が崩壊した時、王国の守り神であった4つの宝玉の一つ。
それを身に宿しているということは、半ば姉妹のようなもの。
しかしその力は、自身の中の宝玉の力を凌いでいるように思われた。
宝玉の力そのものはほぼ同等。
しかしそこにとりこまれた魔神級の魔物の力によって、差が生まれる。
相手方レレカの力、魔神級のそれは、あきらかにニレの魔焔公の力を上回っていた。
全力を出して、自分の魔力を全身にこめ、かつ相手への攻撃に変える。
だがそれを上回る力で、ニレは押し返され、飲み込まれようとするのを感じた。
手は抜いていない。
それどころか、全力を継続中だ。
今まで自分が参加した器の少女達との戦いでは、圧倒的な力の差があった。
30対1か、40対1、程度の開き。
レレカとの差は数字的にはそれほど開いてはいない。
たとえてみれば、51対49くらいの、わずかな差、
だが膨大な魔力をぶつけ合う戦いでは、その1か2の差が、とてつもない大きな力の差になっていく。
強大な雷撃球。
しかしそれに押されながらも、ニレの頭の中は極めて冷静だった。
自分の力では抑えきれないあの雷神のごとき力の青い光球。
それに飲み込まれ、雷撃に貫かれることは、自身の死を、消滅を意味しているのかもしれない。
だがそれを意識しても、驚くほど落ち着いていた。
「死」の感覚をありえないくらい軽く感じていた。
もっともまだこの世に生を受けて9年と少ししか経っていない。
命や死についての実感が薄いのは仕方のないことだろう。
しかしそれ以上に、ニレが取り込み、今や宝玉の一部となっている魔焔公の思想や感性もニレの上に反映していたのだった。
かくして自分の敗北でこの戦いが終わり、ああ、自分は消滅してしまうのかな、と他人事のように感じていたその一瞬。
相手の力が少し弱まったように感じられた。
しかも全体の魔力が減じたのではなく、ある一か所、レレカの足元当たりの魔力が低減している。
何かが起こっている。
そう直感的に感じたニレは、今まで相手の青い光球中心部に集中していた魔焔を、光球の下半分、下肢に目掛けて集中した。
当然、上半身への魔焔放射が薄くなるため、ニレの光球がさらに早く包み込まれそうになるが、それより速く、ニレの熱線がレレカの足を捕まえた。
「っっ!!」
何か音にならないような声を上げて、レレカの力が弱まる。
上から包み込もうとしていた力も弱まり、フラフラと落下仕掛ける。
これを逃がしたら、もうチャンスはこない。
そう感じたニレは、再び魔力を魔焔に変え、沈みゆく青い光球の中心部に向かって全力放射した。
一瞬で形勢が逆転し、青い光球から放たれていた稲妻が途絶える。
やがてレレカの青い光球は地上に落下し、その残された雷撃エネルギーが地上を焼き、周辺の木立を吹き飛ばした。
ニレの赤い光球もゆっくり地上に戻り、その魔焔を解き、相手の光球を見つめる。
「あれはお前がやったのか?」
地表でこの戦いの顛末を見ていたゲレスがゲルンに尋ねる。
「どこまでが私の成果かはわからないが、ある程度は力になれたかな?」
とゲルンは答え、再び自身の魔剣を装備した。
「どういうことだ?」
「あの雷撃球の力を地表に流して薄めたんだよ」
圧倒的な力を目の前にすると、魔力量などは無限にあるように感じてしまう。
しかしどんなに強力な魔力攻撃でも必ずそのエネルギーには限界がある。
それがその魔法に内在するものか、放った人間の魔力に起因するのか、そこは千差万別だが、無限ということはありえない。
避雷針の原理に思いいたり、青い光球の魔力を一部、地上に誘導して逃がした、というのだ。
地上で放電しているときは、その力、方角はその使い手により規定される。
だがひとたび中空に浮き上がると、360度を光球で包み込むため、一点をつくとそこからもれる魔力量をコントロールしにくくなる。
「たぶん、そんなところだろうと思うんだがな」
そう言ってゲルンはニレが着地し、青い光球が落ちて来た場所へと向かった。
炎の中で向かい合う二人。
だがその状態は正反対で、炎を放出しつつ、それを操り、その中心に立つニレ。
炎に包まれ、その身を焼かれ、特に下肢を手ひどく痛めつけられたレレカ。
だがニレは自分の力でこの状況が生まれたとは考えていなかったため、再度攻撃に踏み込んでいいものかどうか、躊躇していた。
そこへゲルンが到着し、
「ニレ、絶好の機会だ」
と言い放った。
ニレはそれを聞いて顔を上げ、再び魔焔の力を充填すべく、自身の周りに高熱の壁を作り上げた。
熱線を発射、と思った瞬間、相手宝玉少女の近くの空間に裂け目が生まれ、そこから大柄の少女が飛び出してくる。
空間跳躍者レモナが、ノクトゥルナの千里眼で報告を得てやってきたのだ。
レレカはレモナの腕の中に倒れこむようして抱きかかえられ、再び空間を割ってレモナがその中に跳躍する。
一瞬の出来事だった。
ニレは攻撃をするというより、その鮮やかな脱出の手順に見とれてしまった。
これまでレモナの空間跳躍によってあと一歩でとどめをさせなかったことが何度かあった。
その都度、姿、手法は見ていたものの、目の前でそれが行われたため、呆然と見てしまったのだ。
同時に、体の力が抜けていく。
勝ったのは、いや、対処できたのは、ほとんど偶然のような感覚だった。
近くにかけつけてくれたゲルンの腕の中に、魔力を放射しすぎてぐったりとなったからだを沈めた。
勝った、という感覚より、助かった、という感覚の方が強かったのだ。
ぐったりとなったニレを抱え上げたゲルンもまた、避雷針作戦が僥倖の域を出ていないような気になった。
死んだように眠りにつくニレを抱えて、馬車の方に戻っていく。
タイスの石館で繰り広げられていた、魔女姫争奪の魔法戦も大詰めを迎えていた。
ブレンダが軟禁されていた部屋に到達した「白き者」ウォリスが、ブレンダの説得に成功して脱出しようとしていた。
だが、影から影へと映り歩く「白き者」の魔術では、一人の人間をその中へ連れ込んで運ぶのは極めて困難だった。
ウォリスの上司・ヴィルトシュネーほどの魔力なら可能だが、ウォリス一人の力では困難だ。
そこで館の外で戦っているトルカ、ルルと合流して、脱出しようと考えた。
幸いなことに、敵の数はそれほど多くない。
宝玉少女も出払っている。
ウォリスはブレンダを誘導して、玄関口から堂々と外に出た。
館の外ではトルカがポーシャに傷を負わせ、無力化している。
ルルの周囲にはまだ数体の甲冑武者がいたが、人形兵士ゆえ、個々の強さは魔法戦士の敵ではない。
ウォリスは身をかがめ、
「乗って下さい」
とブレンダに言い、彼女をおんぶしてセルペンティーナ達の元へ向かった。
ブレンダが石館の外へ連れ出されたのを見て、タイスが残りの甲冑武者を、ルルからウォリスへと変えて、攻撃させようとする。
だがルル、それにトルカが追い付いてきて、甲冑武者の人形兵士を切り捨てていく。
止めてあった数台の馬車、その馬たちを解き放って乗り込み、一路東へと向かう。
「姫君の奪還成功!」
トルカの駆る馬の尻にしがみついて、シュリクが歓喜の声を上げる。
あと2頭の馬に、セルペンティーナとルル、ブレンダを抱えたウォリスがまたがり、全速力で走らせていく。
それを見送る側になってしまったタイスたちは、悔しそうに顔を歪ませていたが、すぐさまポーシャの方に向かって、
「アレはとりつけられたか?」
「もちろん」
ポーシャは背部の負傷で出血しながらも、その術、分け身の一体を、ウォリスが駆る馬の尾に忍ばせたことを告げた。
「戻る位置はわかっている」
タイスがそう言って、残った馬を引き出して、追撃の体勢を取る。
「ポーシャ、あなたは傷の手当を。ヒルニアはレレカ様が戻ってきたら慰労してあげて」
そう言い残して、奪還されたブレンダ達を追っていった。
一方、負傷したレレカを回収した『器の少女』達の馬車群では、ノクトゥルナの千里眼で、全体の状況が伝わっていた。
「まさかレレカ様が...」
運んできてたレモナがそう言って、レレカの身を客車の中へ横たえる。
アニトラが高度治療の呪文をかけ、レレカの治癒を担当しているが、まだ動けそうにもない。
「どうしよう? いったん引き返す?」
レモナがそう言って、器の一番ミーヴァの顔を見る。
「その前にノクトゥルナ、確認したいんだけど、向こうの宝玉少女も眠っているのよね?」
「ええ、負傷はしていないようですけど、大半の魔力を使い果たしてしまったかのような疲労に見えました」
「つまり、向こうにも今、宝玉少女という切り札はいない」
ミーヴァはそう言って、一同を見渡す。
「そうこなくちゃね」
一番に立ち上がったのが、剛体化の少女、器の7番パーヴィエ。
次々に闘志を蘇られる少女戦士を見て、
「逃げるにしても、相手の戦力を削っておかないと大変だものね」
と器の6番ノーマも声を合わせた。
「ただし、無理はしないこと。お互い削られた戦力での戦いになるので、不利と判断したらすぐに戻ってきましょう」
そう言って、ミーヴァ以下、6人の少女たちが立ち上がり、支度をする。
「アニトラ、レモナ、それにノクトゥルナはいつものように後方待機で」
ミーヴァはそう言って出陣していった。
ミーヴァ達が出て行ってしばらくすると、タイスが戻ってくる。
「ミーヴァ達はどうした?」
「相手の宝玉少女も消耗しているので、この機会にもう一度しかけるってさ」
レモナの答を聞いて、タイスが石館で起こったできごとを話す。
「ノクトゥルナが見てくれていたとは思うけど、ポーシャは傷が深いので残してきた」
「うん」
「ミーヴァ達が戻ってきたら立て直そう」
アニトラがこう言って、撤収準備を行い始めた。
「その前にもう一仕事必要だろうな」
レモナがそう言って、ノクトゥルナに微笑みかけた。




