【9】 魔女姫奪還
レントゥック丘陵地帯の入り口付近、山野の中にポツンと立つ「タイスの石館」
そこで自身の得物を構えて向かい合う魔王軍のトルカと、器の少女・器の9番ポーシャ。
トルカが構えるのは投剣としても使える湾曲刀。
ポーシャが構えるのは、細身の片刃剣。
二人が対峙する玄関前から離れて、城館の門部分ではルルが甲冑武者人形と戦っている。
現場に到着したタイスは、どちらの戦いにも参加することなく、ひたすら甲冑武者を操っている。
タイスとポーシャの到着を見て、ヒルニアが戦闘人形の指揮権をタイスに返却していたからだ。
セルペンティーナ、ウォリス、シュリクの3人は己が戦闘力の低さを自覚して、戦いには加わらず遠巻きに眺めていたが、
「ウォリス、今なら館内に潜入できるのではありませんか?」
とセルペンティーナの入った人形兵士がウォリスにささやきかける。
「やってみます」
ウォリスはセルペンティーナ、シュリクの背後に回り、二人が作る影に音もなく飛び込む。
シュリクは目前でのトルカやルルの戦いを見てガタガタ震えていたが、
「シュリク、ウォリスの潜入に気づかれないように、しっかりと戦いの方を見ていて」
シュリクはセルペンティーナに注意されて、彼女が入っている人形兵士の肩をつかみながら、なんとかそちらに視線を向けようとしている。
「ハッ!」
にらみ合いに焦れて、トルカが自慢の湾曲刀でポーシャに切り込む。
しかし難なくその片刃剣の背で受け止められたので、カウンターを警戒してさっと後ろに飛びのく。
前日の戦いでニレのいる馬車にポーシャが攻め込んだとき、トルカは別の場所で戦っていたため、このポーシャの技そのものは見ていない。
だがメルシュから「不思議な群体術」を使う黒づくめの女がいる、とは聞いていた。
今、目の前にいるのが、他の器の少女達とまったく違う、黒衣に全身を包んだ少女戦士。
恐らくメルシュが言っていたのは、この女のことだろう、とトルカは判断した。
同時に現場にいたヴィルトシュネーからも別のことを聞いている。
影から影へと移動する「白き者たち」が、影ごと縫い留められて倒されていった、と。
あの人形遣いとこの女だけでここへ戻ってきた、ということは、相当な腕なのだろう、とも判断して、トルカは次の攻撃のスキをうかがう。
前日に負傷して、メルシュやヴィルトシュネーからの報告も聞き、器の少女たちの実力に対しての警戒心。
今、トルカの頭はかつてないほどに冷静に、クリアになっていた。
ポーシャの黒衣装は口元にまでいたり、マスクのようになって口元を隠し、詠唱を悟られないようになっている。
だがにらみ合いの時間がくると、おそらく詠唱が始まっているのだろう、そのマスク部分がかすかに動くのが見て取れた。
トルカはこれに気づいて、ポーシャが何か仕掛けてくる準備をしている、と感じ取った。
ポーシャの黒い瞳が輝いたように見えた。
すると彼女の背後から、重なり合っていた別の人物が出現するように、その群体が現われ始めた。
二人、三人、五人...。
分身ではない、実体を持つ群体、分け身の術。
メルシュの話だと、これらには実体が伴っている、従って幻のようにやり過ごすことはできない、という話だった。
しかし群体を操っているのなら、本人の戦闘力は意識がそがれる分、落ちるのではないか?
そう考えて、トルカは両手で持っていた湾曲刀から左手を離し、ゆっくりと背中側に仕込んである短刀の柄を握る。
ポーシャの周囲に現れて彼女の似姿、群体が6人になった時、攻撃が始まる。
それぞれポーシャ本体と同じように片刃剣を抜いてトルカに走り寄ってた。
湾曲刀が舞う。
投げつけられた湾曲刀はトルカの操作魔術により円弧を描きつつ、瞬く間にその半数、3体の群体を切り捨てて、トルカの手元に戻る。
同時にポーシャ目掛けて、今度はトルカが駆け出す。
残った3体をかいくぐって、ポーシャに接近し、湾曲刀、二度目の投擲。
上に大きく投げ上げられた湾曲刀が、ポーシャを頭上から襲う。
操作魔術で操られているため、的確にポーシャの頭頂部を狙っていた。
それを受けようとして両手で片刃剣を頭上に出すポーシャ。
パーヴィエに対して使った頭上と短剣による二段構えの攻撃。
パーヴィエに対しても見事に決まったものの、彼女の魔術「全身剛体化」により弾かれてしまった。
しかしポーシャにはその術はない。
ドン、と突っ込んだトルカの短剣がポーシャの身体に刺さった...かに見えた。
いや、確かにトルカの短剣はポーシャの腹を貫いたのだ。
だが咄嗟にポーシャは群体を生み出し、その一体をトルカと自分の間に挟み込んだのだ。
トルカの短剣はその群体の腹を刺していたのだった。
だがトルカもポーシャのこの防衛にはすぐさま気づき、攻撃を頭上の湾曲刀に集中する。
パキン!
魔力の加わった湾曲刀がポーシャの片刃剣を打ち割った。
分け身の術に集中していた分、頭上からの攻撃に対する防御の力が一瞬薄れてしまったのだ。
そこに集中された、魔術を受けた湾曲刀の重力攻撃は、ポーシャの剣を打ち割ったあと、さらに真下に落ちて黒衣の少女の背中を切り裂いた。
剣が割られた瞬間、咄嗟に身をかわそうとしたのだが、前にトルカと群体が詰まっていて、それ以上カラダをかわすことができなかったのだ。
「ぐぐっ」
呻くような声を出して、ポーシャが二つの身体を振り切るように横へ逃げた。
トルカは群体に刺さった短剣を投げ捨て、地に落ちた湾曲刀を右手に取り、左手で、逃れようとするポーシャの足首をつかんだ。
「とどめ!」
そう叫んでトルカがそのつかんだ足首の上の方にあるカラダを切り裂いた。
だが、トルカは左手の中にある足首に対して違和感を覚える。
見るとそれは木の枝であった。
「変わり身さ...」
力弱く立ち上がり、玄関とは逆の方に血まみれになったポーシャが立っている。
「見事ね、でも一度見たら次はしくじらない」
「次なんてないわよ!」
トルカが再び湾曲刀を投げ上げる。
自在に操られる湾曲刀が、今度は空中で動き回り、先程の円弧を描く動きとは違う動きを見せる。
トルカは地に落ちた甲冑武者の長剣を拾い上げ、ポーシャに向かう。
城館内部に忍び込んだウォリスは、壁の前に立ち、中の様子をうかがう。
だが甲冑武者は全て出払っているのか、玄関口は無人である。
一階の小部屋を素早くチェックしたあと、壁面に沿って設けられた階段を音もなく二階に上ると、そこで一階とは違う人の気配を感じた。
ウォリスはその人の気配がする奥の小部屋に向かう。
待ち伏せも警戒して、ゆっくりとドアを開けると、そこにまさしく求める人物がいた。
窓辺に座り、なんとか外の様子を見ようとしていた少女が、ドアの方を振り向く。
「エギュピタスのブレンダ姫ですね?」
ウォリスはそう言って、戸口に立つ。
「魔王様、その御嫡子フリティベルン様の命に従い、貴女を解放しに来ました」
ただ部屋の中にまだなんらかの仕掛けがあることも考えて、戸口からは離れず、ブレンダに話しかける。
ブレンダはしばらく言葉を発せなかったが、
「解放?」
とだけ呟く。
「信用しても良いのですか?」
「フリティベルン様が、もう我々とあなた方との間に遺恨はない、と約束されたはずですが」
躊躇しているように見えたブレンダを見て
「今、外で戦っているのは私たちの仲間、魔王様配下の優秀な少女剣士です。貴女とも面識がある、と聞いていますが」
「魔王軍の少女剣士?」
そう言ってブレンダは記憶をたどる。
「ああ、あの黒衣の剣士と一緒にいたあの女の子達ですか?」
「私を信用していただくしかありませんが、必ず貴女を慕う人達の元へ貴女をお返しします」
「わかりました」
ブレンダは決意して、立ち上がった。
一方こちらは港町キャトルと魔術都市レントゥックを結ぶ街道途上。
スヴォロ村南端に位置するこの場所で、二人の魔神級宝玉少女が己の力を解き放ち、対決していた。
二人の身体は光球に包まれて浮き上がり、片方は灼熱の赤い光球、片方は雷撃の青い光球となって、向かい合っていた。
少女の足が地から離れ、やがて少女を包む光球も地から離れて浮き上がる。
高熱と雷撃が、お互いに相手を包み込もうとして膨れ上がる。
取り囲むように両者の対決を見ていたゲルン達だったが、やがてその視線が上の方に向いていく。
膨大なエルネギーが、二人の少女のからだを包み、地上の引力に対して抵抗し、浮きあげていく。
だが、地上では互角に見えた二人の力が、空中に浮かび上がってから、差が出てくる。
レレカの雷撃球がニレの魔焔球を上回り始めたのだ。
「ふふ、同じエギュピタスの宝玉を身に宿したものとして、警戒していたのに、その程度なの?」
高エネルギー体の中では声が通らないため、念話でニレに届ける。
「私のものになりなさい。ならば攻撃を止めてあげるわ」
「私ハ剣士様以外ノモノデハアリマセン」
「あなたを壊したくないんだけどなぁ」
自身の優位を確信して、レレカの方に少し余裕が見え始めていた。
青い雷撃球から漏れるようにほとばしる稲妻が、周辺の地上に零れ落ち、街道筋の地面を焼き、並木を吹き飛ばしていく。
雷球本体も膨れ上がり、ニレの魔焔球を飲み込まんとするかのように大きくなっていく。
明らかに相手宝玉少女の魔力の方が上回っていることを感じて、ゲルンは考えていたことを実行に移す。
幸い、大地に突き立てた剣の周辺にはまだ稲妻が及んでいない。
それにこれ以上雷球が大きくなっては、もう通用しなくなるだろう。
青い光球の中にかろうじて見えるレレカの足首目掛けて、ゲルンが鉄線に繋がれた錘を投げつけた。
錘に繋がれた鉄線がレレカの足元に巻き付く。
目の前のニレに集中していたレレカの反応が一瞬遅れる。
「こざかしい」
ニレとの対話を邪魔された怒りがわいてくる。
足首に巻き付いた鉄線から投げつけた相手に電撃を返す。
当然それを予想していたゲルンは、錘付き鉄線が雷撃少女の足に巻き付くと同時にそれを手放し、その地から飛びのく。
雷球から強烈な、そして膨大な雷撃エネルギーが鉄線を通じて放たれた。
だがその雷撃が向かった先は、錘を投げつけたゲルンではなく、大地に刺さった剣へと向かう。
エネルギーとして雷撃していた時と違い、落雷が大地に飲み込まれていくように、アースとなって大地に吸い込まれていく。




