【7】 城館潜入
「レレカ様が敵・宝玉少女と接触したようです」
少女たちが見守る中、馬車の中で小柄な少女が一心不乱に東方を見つめ、報告する。
「まだ戦端は開かれていないんだな」
「はい。レレカ様は赤い炎を纏った宝玉少女と対峙したまま、機会をうかがっています」
千里眼の少女ノクトゥルナを囲む輪の外側で、ライラがタイスに尋ねる。
「本当にレレカ様一人にまかせて大丈夫なの?」
「ああ、我々がついていってもたぶん邪魔になるだけだ。向こうもそうだろう?」
タイスがノクトゥルナに尋ねると、
「はい。到着直後、獣人部隊があっという間に吹き飛ばされました。妖精兵も何かしかけたようですが、問題外です」
と、ノクトゥルナが答えるとタイス。
「それにもし万一レレカ様が遅れを取るようなことがあれば、レモナかアニトラに回収してもらえばいい。そうだろ?」
「そんなことにはならないと思うけど、まぁ、まかしとけ」
と大柄な少女レモナが答えた。
一心に東方を見つめていたノクトゥルナが、この時一瞬顔を上げる。
「あれ?...なんか、変?」
そう言って千里眼による中継を中断して、周りをキョロキョロと見渡した。
「どうしたの? ノクトゥルナ」
ノクトゥルナは、今度は馬車の南側を凝視して、
「なんか...変な感じ」
と呟くように答える。
「どうしたの? 何が変なの?」
ノクトゥルナが凝視する街道南側にライラが視線を移す。
しかしそこには何もなく、ただ春の陽気が流れてくるだけ。
「なんか、変。人がいるようで、いないような...不思議な感じ。」
「私は何も感じないが」
ミーヴァもまたライラと同じように南側を見ながら答える。
「馬車の南を、何かがすりぬけていったみたいな。でも何も見えない」
「ノクトゥルナは昨日から力をずっと使い続けている。疲労がたまってるんじゃないかな」
「そうそ、私たちの誰よりも継続して力を使っている。少し休み休みしながら見てくれればいいさ」
ミーヴァ、そしてレモナが、労わるようにこの小柄な少女に言った。
だが、これを聞いたタイスとアニトラが顔を見合わせて
「私も少しノクトゥルナに疲労がたまってきているからだと思うけど」
とアニトラが言うと、
「そうね、でも万が一、ということもある。ポーシャ、一緒についてきて」
と言って、馬車を降りた。
「用心に越したことはない。私とポーシャで石館に戻ってみる。ここの指揮はミーヴァに任せます」
そう言うと、その背後から音もなくポーシャがついていった。
二人が馬車から降りていったのを見て、ノクトゥルナがぐるぐると頭を回した。
「やはり疲れているんだよ」
そう言って後ろからレモナがノクトゥルナの首筋、肩を優しくもんでやっていた。
「ありがとう、レモナ、レレカ様の方を続けます」
そう言ってノクトゥルナは再び東の方へ視線を向けた。
「ウォリス、ここがやつらの拠点ね?」
「はい、セルペンティーナ様。あの二台の馬車です」
ヒルペクから借り受けた妖精の雨合羽は、身にまとうことで人の姿、気配を消し去るものだ。
トルカ達がウォリスの先導の元、『器の少女』たち後方拠点へと現れた。
「早く行きましょう。向こうに千里眼がいるのなら、どうにも落ち着かないわ」
ルルが小声でつぶやくように言うと、セルペンティーナが、蹄の後肢を持った半羊半人の少年に指示を出す。
「この轍ね。シュリク、追えますか?」
「こんなに新しいものでしたら、楽勝さ」
そう、ゲルン達が山の魔王の宮殿に戻ってきた時、ニレを見るや『お嫁さんにしていい?』と聞いてゲルンにこっぴどく叱られた、あの獣人少年である。
ここへ来る途中も、
「可愛いトルカちゃんやルルちゃんと一緒に出られて、嬉しいなぁ」
などと言っていた、好色な獣人少年である。
だが、このシュリク、鼻や目が恐ろしく鋭敏で、一日以内であればその痕跡をほぼ正確に追跡できる。
それを知っていたセルペンティーナが、獣人部隊モーリー配下のこの少年を指名したのだった。
だが今回の遠征軍にはついてきていたものの、戦闘力の低さはセルペンティーナと大差なく、もっぱら後ろで震えているだけだった。
それ故、敵方の千里眼にもかかっていないだろう、というセルペンティーナの判断だったのである。
セルペンティーナに指名され、モーリーに連れてこられた時は相当ビビッていたのだが、トルカやルルとともに向かうと聞いて、にわかにやる気を出し始めた。
「ルルちゃん、ルルちゃん、トルカちゃんはあの剣士様とひっついてしまいそうだから、僕と交際しない?」
などと、およそ遊撃参加の途中とは思えない緊張感のなさ。
「おまえこの前はフリーダに言い寄ってたじゃないか」とルル。
「うっわ、サイテー」
とトルカにやり返されていたが、当の本人は一向に気にする様子もなく、
「僕は可愛い子が大好きなんだから、仕方ないじゃないか」
と悪びれる様子もなく返している。
しかし『器の少女』達の馬車が視界に入ると、さすがにセルペンティーナが声を落として注意。
「静かに。声も消せていると思うけど、念のために騒がないで」
妖精の雨合羽同士では会話はできるが、その外へは姿だけでなく、声も臭いももれない。
それでも念のため、とセルペンティーナが注意する。
この妖精の雨合羽に身を包んで進んできたのは、セルペンティーナ、トルカ、ルル、ウォリス、そしてシュリクの5人。
ここからはシュリクが先導し、タイスとレレカが乗ってきた馬車の轍の跡を頼りに追跡する。
しばらくすると、街道は西方魔術都市レントゥックの中へと続いていった。
ここまでくるとチラホラと人の姿が見え始め、馬や馬車の姿も目に入ってくる。
「シュリク、まだ追えるかい?」
とセルペンティーナが尋ねると、
「この程度の混雑状況なら、まるで道の上に線を引いたみたいにはっきり見えるさ」
と言って、まったくの躊躇なく市街地を抜けていく。
妖精の雨合羽に身を包んだ五人が、市街地を抜けていく。
宿屋、商店、労働者たちの宿泊地、下層市民の住居、工場、などなど。
レントゥックの東側はまだ魔術都市としての色はうすく、普通の地方都市と変わりがなかった。
やがて平地部分を抜け、小高い丘になりかかるところ、そこで少し息を入れる。
平坦な道から、少し勾配がつき始める。
同時に、魔術都市としての相貌がチラホラ見え始める。
錬金術工房、魔術組合と思しき、集会所、いかにもそういう衣装に身を包んだ徒弟たち。
「たぶん、あそこだと思う」
丘を少し上ったあたりに見えた石作りの城館。
そこからは少し速度を落として慎重に歩を続けていく。
タイスの城館に、ヒルニアと甲冑武者人形とともに軟禁されていたブレンダは、攫われてきた時と同じように窓の外から東方を眺めていた。
もちろんこの城館からの脱出を考えていたが、同時に、なんとか仲間たちと連絡がとれないものか、とも考えていた。
それに加えて、タイスが言っていた言葉、宮殿の剣士達が救いに来ている、ということの意味についても考えている。
とはいっても、なんら新しい材料もない中なので、考えが発展することもなく、同じことが頭の中で堂々巡りである。
だが陽が中天を通り過ぎた頃、何か不思議な予感がした。
(何かがやってくる)と。
そんなことを感じていると、何やら玄関の様子がおかしい。
自身が軟禁されている二階から少し扉を開けて、階下の様子を探る。
城館の守り番、妖婆ヒルニアの元に甲冑武者人形がやってきて、ヒルニアに何かを伝えているようだ。
それを聞いてヒルニアが、人形たちに指示を出している。
ヒルニアがタイスの視線に気づいて声をかける。
「姫様、少し騒がしいことになるかもしれませんが、ご容赦のほどを」
だがその作ったような穏やかな声音とは違い、その目はおそろしいまでの深みを秘めて、暗い光が輝いていた。
城館の近くにたどり着いたトルカ達だったが、シュリクが何の警戒もせずに入ろうとし始めたので、ウォリスが引き留めた。
「だめです、シュリク、魔法結界が張られています」
「魔法結界?」
「たぶん我々の接近が気づかれてしまったようです」
「でもここには『器の少女』はいないんでしょ?」
トルカがセルペンティーナの入っている人形を見て尋ねる。
「推測です。ほとんどが出払っているかと思いますが、何人か残っていても不思議ではないし、全くの留守番なしとも思えません」
「ブレンダの顔を知っているのは、私とルルだけよね?」
トルカがそう言って見渡すと、
「いえ、あの姫が魔王様と対面しておられた時、私もヴィルトシュネー様と見ていましたので、識別はつきます」
とウォリスは言うが、しかしブレンダの方は識別できないだろうな、とトルカは考えていた。
「ともかく、ふみこんでみましょう」
とセルペンティーナが言って、魔法結界の隙を探る。
それを見つけた後、セルペンティーナが物理解呪の詠唱を唱え、魔法結界に穴をあける。
まずウォリスがその穴を広げて進んでいき、門扉の影に近づき、その中に忍び込む。
ウォリスが中から閂を開け門を開く。
なるたけ音がしないように、ゆっくりと門を開け、中に入るトルカ達。
この時までは、ここには人ひとりいないようであった。
だが門を抜けて城館の戸口へと向かっていたとき、傍らに一人の老婆が座っているのが見えた。
「なるほど、みごとな隠形滅心のようじゃ」
とそう言ってその老婆が立ち上がった。
ヒルニアが呪文を唱えると妖精の雨合羽からはみ出ているトルカ達の手足が見えるようになった。
さすがに妖精の雨合羽に包まれている体の部位までは見えなかったが、はみ出している四肢は姿を見せ始める。
それを見てまずはトルカが妖精の雨合羽を脱いで、ヒルニアと向き合った。
「パレちゃったんならもう良いわね、動きにくいし」
そう言って、雨合羽をセルペンティーナに手渡し、背中から湾曲刀を抜く。
ヒルニアの方も続けて詠唱を呟き、魔法結界を張り直す。
同時に、玄関口から甲冑武者がゾロゾロと出てきた。




