【7】 誘拐
「池があるので、そこで私がしかける」
そう言って、シリアは三人連れに先行した。
ジャックは先行したシリアが三人連れの進路から外れて、前方東側にある池に向かっていくのを見ていた。
ブレンダに雇われて日が浅いジャックは、まだメンバーの術をよく知らなかった。
そこでシリアを遠目に眺めていると、シリアは池の中に少し入り、両足の膝くらいまで水につかっている。
そこで何か詠唱を始めると、彼女の周囲から水蒸気が立ち込めてくる。
やがてそれは真っ白な霧になり、池からあふれ出てくる。
まるで霧に意思があるように、三人連れに向かっていった。
すると今度は背後に、巨大な物体が現われたのに気づく。
「それじゃ、俺たちが仕掛けるから、おまえはそのスキに頼むぜ」
こう言ってロースが、突如出現した巨大な馬の背に立ち、槍を構えた。
ジャックはそれを受けて、三人連れの背後に回り、気配を消す。
シーフというのは、職業名であると同時に、スキルの名前でもある。
気配を消し、音もなく忍び込み、相手の掌中にあるものでさえ気づかれることなく盗み取る技術。
加えて、ジャックとパエトールには、体内に封印されている力を感知する能力もあり、どちらかというとそちらの力でブレンダたちに雇われたのだが。
三人連れはシリアの交渉(?)に乗らず、戦闘になった。
剣士と思しき男がシリア、ロースと戦いとなるが、なかなかもう一人の男が子どもを運ぶ驢馬から離れない。
もちろん、一人くらいいても気づかれずに盗み取る自身はあったが、確実にやりたいので、少しずつ地を這って忍び寄る。
その時、ジャッケルが火の玉を出して、その男の注意をそらしてくれた。
(いまだ!)
ジャックは隠し持っていた灰色の広い布を取り出し、驢馬の尾側から音もなく飛び移り、鞍上の子どもが気が付くよりも早くひっさらう。
一瞬のできごとだったため、ニレは声すら上げる間がなかった。
布の中に目的のものを収めて包み込み、脱兎のごとくジャックはギデオの町へと疾走する。
ロースの槍を躱して地に下りたとき、ゲルンは驢馬の背からニレが掻き消えていくさまをとらえた。
まったく気配も感じなかったので、相手は三人だと思っていたが、四人目がいたのか?
ゲルンは頭の中で大急ぎで考えをまとめる。
尾行は市内から続いていた。
だとすると、ニレをさらった人物はギデオ市内に戻るはず。
そう考え、見えない相手を追って、全速力で市門へととって返した。
「メルシュ、お前ひとりだと、返ってやりやすいだろう、俺はニレを追う」
すれ違いざまメルシュにこう言って、駆け出していった。
ジャックの鮮やかな誘拐に関心していたシリアだったが、すぐにゲルンがその後を追い始めたので、
「ジャッケル、やつを行かせるな」
と叫ぶ。
だがこれに対してメルシュが立ちはだかる。
剣をしまい、両手を水平に掲げて、行かせない、とポーズ。
そして同時に詠唱を始めていた。
その横を通り抜けようとしたジャッケル、さらに巨大木馬でゲルンを追おうとしたロースは、地面が回りだすのを感じた。
同時に、シリアの周囲には、白い霧が立ち込めてくる。
「私の術と同じ?」
一瞬驚くシリアだったが、すぐにそれが水蒸気から生まれた霧ではないことに気づく。
「幻霧術?」
霧の正体を見極めようとするが、敵が近くにいるため、容易に動けない。
一方ロースとジャッケルは大地が回転して、そこから自分が振り落とされるような感覚になり、大地に伏せてしまう。
木馬から落ちたロースは、全身を強く打ってしばらく立ち上がれなかったが、視野の端っこでは木馬がかけていくのが見えた。
「これは地面が回っているのではない。俺たち人間の感覚にだけはたらきかけているんだ」
とジャッケルに言うが、こちらも大地の回転で立ち上がれずにいる。
市門に到達したジャック・パレは、布のかたまりを持ち直して、市中に入る。
だが市門を越えたところで、後方から猛スピードで追撃してくる者を感知した。
「げっ!」
かなりうまく攫ったつもりだったのに、もう気づかれたのか?
そう思って、休む間もなく一直線にテントに戻ろうとした、まさにその時。
肩口から背中一面にかけて、強烈な痛みを感じた。
(まずい)
そう思って自身最大の隠密術、隠形滅身術を詠唱し、建物の影に溶け込みつつ、テントを目指す。
攫われたニレを追って、ゲルンは市門まで来る。
そこまでは姿・気配を全く感じなかったが、門の中で一人の男が布包みを抱えて一息入れているのが目にとまる。
(あれか?)
ゲルンはニレに施した奴隷呪文を探ると、確かに布の中からニレの気配。
だがその男もゲルンに気づいたらしく、また気配を消そうとした。
その瞬間、市門を突破して風のような速さで、ニレをさらった男に切りかかる。
閃光一閃。
ゲルンの細い長剣が煌めく速さで賊の背中をとらえた。
だが次の瞬間、その男は建物の影に飛び込み、また気配を絶った。
確かに手ごたえはあった。傷を負わせたのは間違いない。
しかし致命傷とまではいっていないのだろう。
こうも見事に消えられてしまい、ゲルンは少し焦ったが、しばらくして路上に血の跡が続いていることに気づいた。
どんなに優秀な隠密術であろうとも、血までは隠しようがなかったか。
ゲルンはその血の跡を追跡する。
曲芸団の詰所のようなテント、そこに布包みを抱えたまま、ジャック・パレが戻ってくる。
蒼白の顔面、そして背中から流れる血を見て、一同驚嘆。
「誘拐には成功した。シリア達はまだ戦っている。しかし、切られた」
ジャックはラーベフラムが座る卓上に布包みを置き、その後、床に倒れる。
「おばば、治癒を」
ブレンダがラーベフラムに指示を出し、自身はジャックが運んできた布包みに近寄る。
一方フーゴは数人の部下を連れて、テントの外に出る。
ジャックの血が点々とテントまで続いているのを見て、襲撃を防ぐべく、警備に入る。
ラーベフラムが詠唱をし、ジャックに治癒術をかけている間、ブレンダはそっと布包みを解く。
子どもの顔が現われた、その刹那。
ニレが大きな声を出して絶叫した。
「キャーーーー!」
ブレンダは慌てて側に置いてあったハンドタオルをつかみ、ニレの口をふさぐ。
包みを解くまでまったく音を立ててなかったので、ブレンダは虚をつかれた。
ニレは自分の声が出せる一瞬を狙って、助けに来てくれると信じている自分の御主人さまに、届け、とばかりに叫んだのだ。
ブレンダはタオルをニレの口にあてて猿轡代わりにして、口をふさぐ。
「たしかに子どもね。パエトール、宝玉は感じますか?」
もう一人のシーフ、パエトールを呼んでニレを観測させる。
「胸のあたりに反応を感じますが、どうもぼんやりしてます」
エレオノーラがそれを聞いて、ニレの服を肩口が見えるように、少しずらす。
パエトールが鎖骨の間に顔を近づけ凝視すると、
「胸腔になにかあるみたいですね、そこまでしかわかりません」
シーフの体内反応感知は、判別石ではないので、宝玉が確実にあるかまではわからない。
「ありがとう、それで十分よ」
ブレンダがエレオノーラに服を戻させていると、パエトールが不振そうに付け加える。
「待ってください、なんかはっきりしませんが、まだ何かあるようです」
そう言って目をニレの頭に近付け、視線を落としていく。
そして首に巻かれている布を取ろうとすると、ニレが激しく抵抗した。
「むーーーっ!、ぐー!」
それを見てブレンダが、
「後でいいわ、眠らせてから観察しましょう」
と言ってパエトールを下がらせた。
「姫、こいつで間違いないみたいですね」
エレオノーラがブレンダに近寄り、嬉しそうに言った。
「そうね、なぜナイラーガからこの娘に変わってたのか、ブルーノの考え通りなのか、その辺は本国に持ち帰って調べましょう」
「姫、見てください、これを」
エレオノーラがニレのフードを外し、その頭部を見せる。
まだ一か月しか経っていないので、生えそろうところまではいっていなかったが、短髪という以上に刈り込まれた頭髪に驚いている。
「髪を切られたようですね」
「女の子の髪を剃るなんて、ひどいことをしますね」
と、スーディアが言うと、
「しかし髪の色はわかるな」
ブレンダがそう言って、ニレの黒髪、赤い瞳、などを観察していく。
「私はまだ幼かったからはっきりとは覚えていないけど、ナイラーガもこんな黒髪と瞳だった」
一方ニレの方でも、自分を取り巻く連中のうち、このブレンダと呼ばれている女がリーダー格なのだ、と観察していた。
「おかしい」
喜ぶ女たちの中で、ブルーノが呟く。
「どうしたの、ブルーノ」
ブレンダがその呟きに気づいてブルーノに尋ねると、
「なんでジャックを切った剣士は、ここを攻撃してこないのでしょう」
ブルーノが出入り口付近にあるジャックの血痕を指さして続ける。
「シーフのジャックを一刀の元に切った剣士が、この血痕に気づいていないはずがない。なのにまだその様子がまったくない」
「この人数と、表のフーゴを見て、襲撃は無理だと判断したんじゃないの?」
侍っていた少女の一人、パスカラがこう言うと、ブルーノは考えながら返した。
「そうだといいんですが」
ブレンダは周囲の少女たちに警戒を怠らぬように伝え、ジッャクが攫ってきた少女の猿轡をはずし、向かい合う。
ニレはもう叫ぶことはせず、ブレンダをじっと見つめている。
「私の名前はブレンダ。あなたの名前を教えてくれるかしら?」
ニイル語だ、というのはすぐにわかったが、応えていいものかどうか判断できないニレ。
だが、
「帰して」
と、思わずニイル語で言葉がもれてしまった。
これを聞いてブレンダがにっこり微笑みながら、
「あなたは女の子の髪を剃ってしまうような男のところがいいの?」
と言い、ニレの瞳を見つめながら、
「私たちと一緒に来れば、そんなひどいことをする人はいないわよ」
だがニレはそんな言葉をかけらても
「助けて! ご主人様、助けて」
と涙声で助けを呼んでいる。
ニレの頭の中では
「死んではいけない」
というご主人様、ゲルンの声がこだましていた。




