【1】 決戦の地
「それでは決戦場所をスヴォロ村南方とする、ということでよろしいですな」
ゲルンがゲレス隊の面々に確認するように尋ねた。
「問題ないでしょう。そこでしたらレントゥック市に被害が拡大することもなく、村の中心地からも離れています」
セルペンティーナが語り、皆も承認した。
村、ということだが、中心は大きく北にはずれ、街道沿いにあるその南端は人も住んでいないと言う。
とは言っても、レントゥックとキャトルをつなぐ街道筋はどこも似たような風景で、道外れに雑然と生える雑木林が少し違うくらい。
主たる戦士たちが会議を終えて自分の宿舎に戻る中、セルペンティーナがゲルンに話しかける。
「剣士様、二つほど気になることがあるのですが」
自分のテントに戻ろうとしたゲルンは足を止めて、セルペンティーナの前に座り直す。
「聞かせてくれ」
金色の小蛇セルペンティーナは、ゲルンが座った椅子の前、卓上にするすると昇り、質問した。
「ニレ様のことです。お疲れの御様子でしたけど、戦いに参加していただけるのでしょうか」
この問いかけに、ゲルンは少し考えこんでしまった。
ニレをどうするか、については考えがまとまらず、先送りしていたようなところがあったからだ。
「正直に言うと、迷っている」
ニレを戦場に出せばかなり優位に展開できるだろう。
体調も回復しているし、戦力として考えた場合、問題ない。
しかしまだ9歳の、幼女と言っていい年頃だ。
これまでの戦いを見るに、いざ魔焔公として顕現すると、人間だった時の「幼さ」と言うマイナス材料はほとんどないと言っていい。
しかし、しかし、である。
その幼い姿を見ると、やはり迷ってしまう。
「ニレ様が出ていただければ戦力はアップしますし、こちらの被害も軽減されると予想されます」
その通りだ。
セルペンティーナの指摘は正しい、と考えつつも、その幼い見掛け以上にもう一つある不安材料も頭から離れない。
それを察してか、金色の小蛇が語る。
「先の戦いでニレ様が少し出られて有効である、と聞きました。すると向こうも魔神級の宝玉少女を出してくるのではないでしょうか」
そこなのだ、ゲルンのもう一つの心配は。
確かに先の戦いでニレは圧倒的だった。
恐らく『器の少女』達が相手ならさほど問題はないだろう。
しかし向こうにも宝玉少女がいる。
それが出てきたら、どうすればいいのか。
『器の少女』がニレにまったく歯が立たなかったように、今度は自分達が相手方の宝玉少女に圧倒されることは想像に難くない。
「剣士様、私でしたら問題ありません」
ゲルンの背後から、音もなくやってきたニレがそう言った。
「体力も魔力も十分回復しました」
そう言って、ゲルンの傍らにこども用の椅子を自分で引いてきて、ちょこんと座る。
「剣士様と一緒に戦いたいです」
頭をゲルンの二の腕に寄せて、幼い少女が言う。
「しかし...向こうにもおまえと同じ力を持った者が、まだいるはずなんだ」
「だからこそ、私が必要なのではないでしょうか」
ゲルンの胸を射抜くような答。
そうだ。ニレもよく状況を理解している。
だが、だからこそ、これまでとは比べ物にならない危険性がある。
相手宝玉少女の方が優っている可能性だって十分あるのだから。
迷っているゲルンに対して、セルペンティーナが妥協案を出す。
「それでは剣士様。ニレ様には同行していただいて、対『器の少女』戦には私たちにまかせていただき、宝玉少女が出てきたときのみ協力していただく、というのはどうでしょうか」
「私はそれで構いません」
とゲルンの回答を待たずにニレが言った。
「しかし...」
合理的に考えればそれがベストなのだろう。
だがそれでもゲルンは迷っていた。
最悪、ニレを失うことになるかも知れない。
「剣士様、お忘れですか?」
初めてみるゲルンの逡巡に対して、ニレが切り出した。
「私はギデオの町で剣士様に助けていただきました。私の命は剣士様のもの。今でも剣士様に従うことが私の至上の喜びなのです」
ゲルンが少し驚いニレの幼い顔を見る。
「お願いです。私を、私の命を、ゲルン様のために役立たせてください」
「命、などと軽々しく言わないでほしい」
少しの間を置いてゲルンが答えた。
そしてまたしばしの沈黙。
だが他に解決策が見つからないのもゲルンにはわかっていた。
「わかった。だが一つ条件がある」
そう言って、今度はニレをしっかりと見つめ返す。
「戦場では私の命令に従うこと。私が『引け』と言えば、どんな状況であっても引き返すこと」
「はい」
「そして私の最初の命令だ。生きろ。絶対に死ぬな」
「はい」
これにも力強く答えるニレ。
確かにこれが一番良い方法なのだろう、とゲルンは自分を説き伏せるように考えていた。
そのとき、セルペンティーナの言うもう一つの心配ごとに気づいて
「それでセルペンティーナ、もう一つの気になることとは?」
「この会議の前、フリーダやメルシュからキャトルでの戦いについて、詳細を聞きました」
話題が変わって、ゲルンも座り直して彼女の方を見る。
「二度にわたって待ち伏せされ、さらに一度戦った技を相手方が瞬時に情報共有していたのですよね?」
「ああ、そんな感じだった」
「剣士様、向こうに千里眼がいるのではありませんか?」
ゲルンはそれを聞いて少しハッとした。
確かにその点については疑念というか、気にはなっていた。
自分達の進路に、正確に出現していたこと。
初対面の相手が自分たちの技を、まるで見ていたかのように知っていたこと。
だが相手方に千里眼がいるのなら、それらの件はスッとつながってくる。
「そうだな、そうかも知れない」
ゲルンが自分たちの行動を「誰かに見られている」と言う前提でなさねばならない、と思っていると、
「御心配には及びません。むしろありがたいかもしれません」
「と、言うと?」
「私たちの決戦場所へ、彼らを誘導する必要がない、と言うことですから」
なるほど、敵の能力を想定しておけば、こちらの対処も可能ということか。
ゲルンはあらためてこの小さな小蛇がゲレスの頭脳になっていると感じていた。
「ニレ様。ニレ様は私と行動をともにしてください」
セルペンティーナが今度はニレの方を向いて言った。
「あなたと?」
「ええ。私には戦闘能力がほとんどないので後方で指揮を執ることになります。そこで相手方の宝玉少女が出てくるまで待機していただきたいのです」
ニレがちらりとゲルンの方を見たので、
「それがいい。その方が冷静に判断できるだろう」
と言うゲルンの言葉を聞いて。ニレはにっこりと頷いた。
ゲレス隊を軸とした遠征軍がゆっくりと動き始める。
目指すはレントゥック。
しかしその手前での決戦となるよう、速度は出さず、わざと見つかるような速度で進んでいく。
先鋒に当たるのが、ヒルペク率いるトロル軍。
その後ろから、ゲレスの庶兄弟たる魔物6体。
トロル軍はヒルペクの副官テュスカが先頭になり、周囲の灰緑に溶け込むかのようなその灰色の衣装で進んでいく。
ある地点でテュスカが立ち止まり、後方のヒルペクに目で合図をした。
「前から小娘どもがきます」
テュスカは長身のトロルで、手に黒い鉄棒を持つ幽霊のように痩せ細った長身の男。
青白い顔でゲレスの兄弟たちにも合図を送る。
決戦場所と想定したスヴォロ村にはまだしばらく距離があったが、どこも似たような場所だったし、ここでもいいか、と戦の準備。
後方には、今回の作戦には不参加を求められたトルカとルル、それにセルペンティーナ、ニレ、ザックハー、メルシュが馬車にて待機している。
ただしフリーダは治療要員として中盤に詰めている。
今回はそこそこ数が多いので、フリーダは霧を張っていない。
「セルペンティーナの指揮ぶりを見るのは久しぶりかな」
ルルが金色の小蛇を見て、微笑んだ。
「私はまともに戦えないので、この程度のことしかできません。恥ずかしい次第です」
セルペンティーナが淑やかに、申し訳なさそうに話すので、
「いや、ごめん。そういうつもりじゃなくて、私らはいつも前に出てるので、後方のことがあんまりわからなくてさ」
「私も剣士様と一緒に戦いたかったな」
今度はトルカがいささか不満の声。
「貴女はまだ負傷が癒えていません。私たちにも活躍させてください」
と、これまたセルペンティーナが宥めてくれる。
「セルペンティーナは優しいね。あの魔法使いとは全然違う」
これを聞いてセルペンティーナは少し驚いてしまい、
「フリーダは貴女やルルと大の仲良しだと思ってましたけど?」
「いや、そうなんだけどね、そうなんだけどさ」
軽い気持ちで言ったのに丁寧に返されてしまい、少し困ってしまったトルカ。
「あの毒舌がなけりゃ、深窓の御令嬢なんだけどなぁ」
と、ルルがフォロー。
「セルペンティーナ以外は戦闘の待機だ。後方でもお呼びがかかればすぐに出ていく準備が必要ですぞ」
女子たちの会話を聞いていたメルシュが戒めるように言葉をかける。
「そうね」
会話をまとめてくれたメルシュに感謝するように、トルカが相槌を打っていた。
前方を往くテュスカの前に現れたのは、錫杖を抱えた長身の女パーヴィエ。
その傍らに風弾使いのオルガナ、そして布使いのポーラ・ヴィクと、二度目にゲルン達を迎えた時と同じ布陣。
先頭にいるテュスカを見て
「この前とは違うやつね」とパーヴィエが独り言のようにもらす。
だがトロル、巨体の魔物6人の後ろに、黒衣の剣士を見て、
「『山の魔王の宮殿』なのは間違いなさそうだけど」
と言って、右手に持った錫杖を地に立て仁王立ち。
街道上には人一人おらず、彼らの対決が目前に迫っていた。
ゲレス隊と同じく『器の少女』達も後方に、戦闘に不向きな何人かが残って状況を見つめていた。
「今度のは数が多いな。レントゥック市に兵隊を出してもらった方が良くなかったか?」
こちらの後詰めも馬車を使っていて、その御者台からレモナがアニトラに話しかける。
「人手がほしいことは確かだし、頼めば出してくれるだろうけど、魔術を使えない兵隊がいくらいても変わらないさ」
と言って肩をすくめてみせる。
「前のメンバーとはそっくり入れ替わってるのか?」
今回は後方待機に回っている器の5番マレヴィーがノクトゥルナに尋ねる。
「ほとんど入れ替わってるみたいですけど、あの黒衣の剣士は前方にいます」
「あの蛭人間使いがいないのなら、私も出ていった方が良かったかもね」
マレヴィーがこう言い出したので、アニトラが制止する。
「いや、今回はあの人数なので、こちらに抜けてくる者もいるかもしれない。あなたは護衛も兼ねて残って頂戴」
「へいへい」
と少しおどけるマレヴィー。
両陣営の接点では、テュスカとパーヴィエが突き進んでいって、戦端が開かれた。




