【13】 タイスの石館
レントゥックは、東に平野部を抱えて低く、西に高地となって高い地形である。
その中腹、周囲を森の木立に囲まれた円形ドーム状の石館がある。
今そこに、一人の女性が馬車に揺られてやってきた。
ドームの周囲数十歩の距離もこの石館所有者の土地で、その周囲に簡単な鉄柵が張り巡らされている。
とは言っても、それはその領地の範囲を示す程のもので、侵入者を拒む働きまではもっていないように見えたが、それでも小さな門扉はあった。
女はその門扉を押して中に入り、石館の玄関口にやってくる。
「ヒルニア! 私だよ、扉を開けとくれ」
そう告げるとほどなくして、門扉が開く。
錆びた鉄の音をさせて、きしむように玄関扉が開く。
「これはこれは、タイス様。もう追っ手は片づけられたので?」
「バカを言いな。まだまだこれからだ。奴らは手ごわい」
こう言ってその女、タイスが石館の中に入る。
ヒルニアと呼ばれた老婆は、長い年月によってすっかり生気を失ってしまった皺だらけの顔を不気味に歪ませて、笑った。
杖がなければ歩けなさそうに見えるくらい、小さく萎んでしまったようなからだだったが、その眼光だけは爛々と鋭く輝いている。
扉の両横には、金属甲冑に身を固めたヒトガタが立っており、彼らが門扉を開けたのだ。
だが扉の開閉という用がすむと、そのヒトガタはまるで置物のように微動だにせず、立っている。
「さようでございますか、ヒッ、ヒッ」
とその老婆は言って、石館外壁に沿って作られた階段を上っていく。
タイスがそれに続きながら、
「魔女姫はおとなしくしてるかい?」と尋ねた。
「へえ、虜囚とはまるで無関係のような感じで、逃げようともせず、いたって普通に暮らしておられますよ」
「それじゃ、挨拶だけでもしておくかな」
そう言って、二階につくと、正面にある小部屋へと足を運んだ。
「ブレンダ姫、タイスです」
こう告げて、タイスはヒルニアを一階に下がらせて、その部屋へ入った。
部屋はこの石館外装とは打って変わった瀟洒な作りになっており、扉を開いた瞬間、まるでパノラマの別のしかけの中に入っていったような気分になる。
ふんだんに使われた更紗が壁面を覆って、調度品にも巧みに織り込まれている。
卓、椅子、平台、寝台と、一通りここだけで生活が完結するような調度と配置。
広さもそこそこあり、貴人の宿泊用と言われても通りそうな作り、装飾だ。
ブレンダは部屋の奥、書き物机の前にある背もたれ椅子に座っていた。
ブレンダはちらりとタイスを見ただけで、また視線を机の上に落とす。
机の上には、獣皮紙に様々な色インクで書かれた文が記載されており、どうやら騎士物語を読んでいたようだった。
「おや、読書の途中でしたか、少し失礼してよろしいですかな」
タイスに話しかけられ、再び顔を起こして、そちらを見た。
「ここは珍しい、というかほとんど見たこともないような書物があるのね。退屈しません」
「それはようございました。ここはもともととある文官の私邸でしたので、書庫には彼が集めた多くの文献がありますゆえ」
寛いだ様子で話しあう二人だが、決して相手を信用しているわけではない。
「それで、あなたが来たということは、私の処分が決まったのかしら」
「処分などと滅相もない。わたくしどもは貴女様のお力をお借りしたいだけなのです。手段はかなり強引なものになってしまいましたが」
「それなら私の副官、ラーベフラムかブルーノを介していただきたかったのですが」
タイスはこれには答えず、書き物机の傍らにあった簡素な椅子に腰をおろす。
「心配だったのですよ。逃走をはかられるのではないか、と」
「そんなの不可能でしょう? この敷地に入ったときの魔力結界に私が気づかないと思っていたのですか?」
「恐れ入ります」
タイスは目を伏せるようにして俯き、クッ、クッ、と息を漏らしている。
「では要件は?」
「いえいえ、ただのあいさつでございます」
なかなか要件を言い出さないタイスを見て、ブレンダの方から踏み込んでいく。
「私の仲間が来たのね?」
これにはタイスの方が少し驚いたような表情になり、顔を上げる。
「エギュピタス生き残りのキャラバン隊のことですか? いいえ、彼らの足は極めて遅いです」
タイスがブレンダの瞳を覗き込むように見て、ゆっくりと付け加える。
「あなたを取り返そうと、追手がきましたが、それはあなたのお仲間ではありません」
ここで言葉を切って、かみしめるように、一段と低い声で言った。
「どういうわけか『山の魔王の宮殿』勢力が私たちと交戦しています。あなた方とは対立していたように思ったのですが」
「山の魔王の宮殿?」
今度はブレンダの方が不思議そうな表情になった。
(彼らとは和解したはずだったけど...知らないみたいだし、これは言わない方がいいのかも)
そう考えていると、まさにそのことをタイスが切り出してくる。
「何かご存じではないのですか? なぜ彼らが貴女を追ってきたのか」
タイスの方もブレンダがなにか隠しているのではないか、と直感して尋ねたのだが、
「いいえ、見当もつきません」
とあっさり否定されてしまった。
「まぁいいでしょう、そういうことにしておきます。今回立ち寄ったのは、私たちの姫様に用があったので、あなたに挨拶をしておこうと思っただけです」
「私はついで、ということですのね」
ブレンダは唇に薄い笑いを浮かべたが、同時にタイスの言う『私たちの姫君』に思いをはせる。
この石館に連れてこられたとき、もう一人、少女が軟禁されているのを知った。
線の細い、はかなげな印象を与える、栗毛の少女。
あの黒衣の剣士が連れていたニレという少女よりは年上だろうけど、自分や、あの湾曲刀使いの少女戦士よりはかなり幼く見えた。
歳の頃は十代前半であろうか?
最初連れてこられた時に一度、そして甲冑武者に付き添われて(監視されて?)庭を散歩しているところを一度、見かけた。
おそらくあの少女のことだろう。
しかし「姫」と言いつつ、何故軟禁されているのだろうか。
そんなことが頭をかすめていく間に、タイスはいとまごいをして、退室していく。
「それではご機嫌よう。詳しい話はひと段落しましたら、また」
と言って出ていった。
鍵もかかっていないし、石館の敷地には簡単な鉄柵がはめられているだけ。
確かに石館の玄関扉は鍵がなくても重そうだったが、それ以外にもいくつも鍵のかかていない窓がある。
人の背丈ほどしかない鉄柵も、乗り越えようとすれば簡単に乗り越えられそうに見えた。
しかし、石館、鉄柵、窓、玄関扉、その間の中庭や食糧庫、農具入れ、と言ったあたりには、強い魔力結界が張られている。
どの程度の効果があるのかまではわからなかったが、独力での脱出は困難であることをうかがわせた。
鍵をまったくかけないのも、その魔力結界に対する自信だろう。
加えて、石館にいる何人かの甲冑武者。
人の気配が全くしないので、あのタイスか、それとも他の魔法使いによって操られている鉄人形だろう。
「いかがでした? タイス様」
一度一階に下りて来たタイスにヒルニアが声をかけた。
「恐ろしく頭が切れるわね。話す言葉一つ一つに、かなり神経を使ったわ」
タイスが一階客間の椅子に腰かけて、甘みのほとんどない茶菓子をかじる。
「ここへ来てからずっとあの様子です。しかも逃げようとはしません」
これにはタイスも少し薄ら笑いを浮かべて、
「あの娘、あなたの魔力結界にはとっくに気づいていてよ」
と言うと、ヒルニアも「さようでございましたか」と同じく薄ら笑いを浮かべた。
「さて、今日の本命だ」
茶菓子を一切れ食べた後、今度は五階へと上っていった。
ドーム状のこの石館は五階まであり、その最上階、五階はブレンダのいる二階とは違って、小さな部屋で区切られていた。
階段から一番外側にある小部屋にタイスが向かい、ノックしたのち
「レレカ様、タイスです」
と言って入っていく。
小さな間取りだが、寝台も設けられており、一通りの生活はできるようになっている。
その寝台にポツンと腰かけた一人の少女。
タイスを見ると、立ち上がって
「タイス、私はいつまでここにいるのですか?」
と悲し気な表情で問う。
「レレカ様、今日はここからお連れするためにまいりました」
タイスのこの答に一瞬明るい顔になりかけるが、すぐに沈んだ表情に戻っていく。
「そう、でもそれって、おとうさんやおかあさんのところに戻れるってことではないのよね?」
「レレカ様、何度も申しましたが、あなたの御両親は幸せに暮らしておられますよ、あなたがここに来ることによって」
「私をお金で買ったくせに」
「あなたはこれ以上ない親孝行をしたのです。あの金貨四十枚で、あなたの御両親、御兄弟は、一生幸せに暮らせるのですよ」
この言葉で、レレカは黙ってしまった。
そうだった。
あの日、このタイスが魔力検知盤を持って、貧しい農家を訪れてきた時のことを思い出した。
子だくさんの家の末娘。
その自分を買い取りたい、と言った時、両親や年長の兄、姉は、最初反対してくれた。
しかしタイスが革袋に詰め込まれた金貨を見せると、態度が一変する。
母は何度も
「この娘を奴隷のようには扱わないでほしい」
とは言ってくれたが、金貨の袋を見てからは「渡さない」とは二度と言わなくなった。
確かに、奴隷のような扱いにはなっていないのだが。
「お迎えに参りました。いよいよあなたのお力を示していただく時が来たのです」
「それって、私に『人殺しをしろ』ってことなのよね」
悲し気な表情のまま、タイスにと言うより、独り言のようにつぶやいた。
「レレカ様。これも以前申し上げた通り、あなたには『悪い魔法使い』を倒していただくのです。人殺しなどではありません」
「でも...」
こう言いかけるが、レレカは次の言葉が繋げられない。
(でも、その魔法使いだって、人間なのでしょ?)...と。
タイスは、やれやれ、困ったものだ、という表情を少し浮かべて、タイスの手をとり、一階へ降りて行った。
外にはタイスが乗ってきた馬車が待たせてあり、レレカはそれに乗せられる。
この石館に来たときも乗った馬車だ。
御者はまったく顔を見せない、甲冑の騎士。
車内にも二人、御者とは違うデザインの甲冑が乗っていた。
何も言わず、用事のある時以外は、置物のように静止していている。
タイスが何か呪文のような文句を唱えると、御者は手綱をとり、ゆっくりと馬車が動き始める。
ついに、自分が消費されるときがきた...。
レレカは馬車の中で、これから待つ運命に震えていた。




