【11】 吸血治療
「ミーヴァ、ミーヴァ、聞こえますか? 戻って下さい」
霧の中でゲルンを見逃した器の1番・ミーヴァの頭に、器の4番・ノクトゥルナの弱々しい声が伝わってきた。
「ノクトゥルナ、どうしたの?」
「宝玉少女が魔焔術を使って前面に出てきました。こちらの陣が崩されました」
千里眼、夜想眼の使い手である器の4番ノクトゥルナ。
「見る」能力だけでなく、思念を相手に送り、交信する力も持っている。
それを使って、今、戦場に残っている器の少女たちに、帰還を提案したのだった。
「既に、ポーラ・ヴィク、パーヴィエ、ライラ、ゲレメラ、を回収しました。4人は負傷しています」
「わかったわ、で、逃げられそうなの?」
「私たちも敵の戦士を何人かを負傷させました。逃げられると思います」
「了解です。まだ戦っているメンバーにも帰還を指示しなさい。私、器の1番ミーヴァの名前を使って」
「ありがとう、ミーヴァ。敵も引き上げているようですが、まだ霧は引きません。十分に注意してください」
ノクトゥルナとの交信が終わった。
恐らく彼女だけの意志ではなく、同行しているアニトラやレモナと考えてのことだろう。
回収はレモナがやってくれたに違いない。
ミーヴァは周囲を警戒しつつ、自分たちの拠点へ足を向ける。
両陣営の撤退により、霧の中での戦闘は終焉を迎えたが、ただ一つ、依然としてにらみ合っている者たちがいた。
ザックハーが胸から放った白い吸血鬼の一群。
それがマレヴィーとオルガナに向かって一直線に進んでくる。
「ひっ」
思わず声を出して、マレヴィがオルガナの後ろに隠れ、
「頼む、オルガナ、あれだけは勘弁」
と言うが、オルガナの方は一向に動じていない。
迫りくる白い蛭人間に対してぶつぶつ呟くようにもらしていた詠唱が完了。
からだの前面の空気が歪み、やがてその両腕から、胸元から、風弾が放たれる。
一直線に向かってくるため、簡単に命中する。
ポン、と気の抜けたような音をたてて、白い怪物がはじき返される。
だが当てても当ててもその白い吸血鬼は恐れずに突進してくる。
オルガナの方も表情を変えずに風弾を発射し続ける。
ほどなくして、二人の耳元にもノクトゥルナからの声が届く。
「オルガナ、マレヴィ、退却してください。ポーラ、パーヴィエ、ライラ、ゲレメラが負傷しました」
しかし二人は戦闘の真っ最中である。
「無茶言うな、ノクトゥルナ。こっちはあの気色悪い怪物を今相手にしてて動けないんだ」
「わかりました。無傷の者を増援に行かせます」
その間もオルガナは風弾を撃ち続け、ザックハーの蛭人間達は撃たれても打たれても起き上がり、向かってくる。
「あの白い怪物、当たっても平気なのか?」
マレヴィがオルガナに言うと、
「おそらく人間と骨格や内臓の配列が違うのでしょう。脳か核を撃ち抜かなければいけないのでしょうけど、ここからではその位置までは特定できかねます」
(するとそのうちじり貧になって、こっちまでくるんじゃねーか?)
マレヴィが嫌な気分になりかけていると、変化が起こった。
突進してくる白い吸血鬼たちの足が止まったのだ。
「なんだ? 何が起こった?」
マレヴィが目をこらしてみると、白い吸血鬼達が地に足をとられ、もがいている。
地面一体、白い吸血鬼達によって、白い塊が一面に生じ、それがゾワゾワ動いているようだ。
オルガナがこの白い吸血鬼の足をとめた正体に気づき、
「ノーマ!」
と声を上げる。
すると霧の中、3人の北側から、一人の少女戦士が出現。
胸から上、肩をむき出しにした赤髪ボブカットの少女が現われた。
「うわ、あなたから聞いてた以上に、気色悪いわね」
そう言ってその白い吸血鬼達にさらに何かをしかけようとしたとき、マレヴィが叫んだ。
「ノーマ! 敵はそいつらを操っているキモい中年親父だ!」
マレヴィがザックハーを指さした。
そのザックハーは動けなくなってもがいている白い吸血鬼達を見ている。
「粘液か? 足を取り込まれたみたいだな」
と呟くように言って、新たな指示を出す。
「仕方ねーな、一時撤退だ」
こう言って、何かの魔呪を放つ。
すると白い吸血鬼達にある変化が起こり、次々と足元に展開されたノーマの粘液を脱していく。
「え? 何をやったの?」
とマレヴィが驚いていると、
「脱皮したみたいね」
とオルガナが平然と、朗読でもするかのように淡々と語る。
白い吸血鬼達は、背中からぱっくりと割れて中から新たな個体となって出現する。粘液に囚われた抜け殻を足場に、次々脱出していく。
「ちぇ、もう一度!」
と言ってむき出しの両腕に魔力を集中し始めるノーマに、オルガナが言う。
「撤退命令が出たわ。この場はひとまず退散しましょう」
戻ってきた白い吸血鬼達を胸の中に回収したザックハーも、相手が退散し始めたのを見て、深追いは危険だと判断。
とって返すことにした。
(風弾使いに粘液使いか、もう一人の能力はわからなかったけど、いろんなヤツがおるわい)
相手の魔法を脳内で反復しながら、しっかり記憶にとどめていった。
馬車に戻ったザックハーは、自分が最後の帰還であることを知った。
しかし全員の表情は暗い。
「ゲルン様、戻りました」
ザックハーの報告に、生気のない返事を返したゲルンが、被害報告を教えてくれた。
負傷者のうち、エルゼベルトの負傷がかなり大きなものだと判明した。
足の皮膚が少し切られた程度だったが、その毒がかなり強いものだったらしく、脂汗を流している。
「私の治癒術だと、進行を止めるのが精いっぱい」
とフリーダ。
「足を縛って全身に回るのだけはなんとか防いでいるのですが、このままだと足が鬱血してしまいます」
暗い沈黙に包まれていたが、ゲルンがあることに気づいてザックハーに問うた。
「ザックハー、おまえの子達で、毒血を吸い出せないか?」
これにはザックハーも驚いて、
「少々の毒なら問題ありませんし、脱皮したばかりですので喜んでやれますが...その...」
少し言い淀むザックハーに、ゲルンが尋ねる。
「どうした?」
「いえ、こいつらに血を吸わせるのに、姫様が嫌がると思いまして」
それを聞いて、エルゼベルトが上半身を起こして
「かまわないわ。このままだと片足を切り落とさないといけなくなる。それくらいならあんたのアレで、毒血を吸い出してちょうだい」
強い痛みの中で、あえぐように言った。
毒は恐らく血液毒。
神経毒ならばここまでの強い痛みにはならないが、反面進行は遅い。
今ならまだ間に合いそうだった。
これを聞いて、ザックハーは胸から白い吸血鬼を数匹出してくる。
「そういうことでしたら、喜んでやらせていただきます」
まわりで見ていたルルとフリーダがその姿を見て後ずさりし、恐怖と不快感で顔をゆがめている。
トルカもまたゲルンの背中にカラダを隠す始末。
女子の中でニレだけは堂々と見つめていたのだが。
白い吸血鬼がエルゼベルトの傷口に吸い付く。
「吸うだけだぞ、牙は立てるなよ」
ザックハーがこう厳命して、まずは2匹が傷口に吸い付いていく。
変色しかかっていた片足の色が少しずつ戻っていく。
ザックハーは次々と吸血鬼達をとりかえ、エルゼベルトの血を吸わせた。
入った毒量はそれほど多くないはずなので、ほどなくしてエルゼベルトの呼吸が落ち着いてきた。
「よし、もういいだろう」
ゲルンの合図で、ザックハーは吸い付いていた吸血鬼を回収していく。
足の縛りを解いて、フリーダが再び治癒術をかける。
今度はかなり効いたようだった。
「完治ではないので、後続するゲレス様の部隊にお願いしましょう。セルペンティーナも来てくれているようですし」
フリーダがこう言うと、ゲルン。
「ゲレスが援軍に来てくれたのか?」
するとこれを受けてメルシュが報告する。
「はい、伝鳥が教えてくれました」
ゲルン達は馬車で港町キャトル近くまで引き返して、そこでゲレス達と合流した。
とはいっても、魔物、魔人の群れである。
人間の宿屋には泊まれないため、レントゥックとキャトルの間にある雑木林の中、キャンプ地のような場所だったが。
「ゲルン、どうやら苦戦しているようだな」
「面目ない」
といったやりとりのあと、エルゼベルトの慰問も行うゲレス。
母親が違い、魔王序列もそうとうに違うのだが、それでも一応兄妹である。
「大丈夫か」
「ええ、なんとか。援軍ありがとう」
ただし、その内容はいささか平凡なものであったが。
もちろんこれには根っからの戦闘家ゲレスのヴォキャブラリーの無さにも起因はしていたのだが。
一方、ゲレスの参謀を務める金色の小蛇セルペンティーナは、合流直後から負傷者の治療指示やら戦況の分析やらで大忙し。
セルペンティーナ自身にはフリーダのような治癒能力はないのだが、毒物や医療についての知見は深く、その智謀だけでゲレス軍団の実質司令塔まで登りつめていたのだ。
薬品の指示、治癒術の方向性、敵戦闘員の分析など、多方面からひっぱりだことなっていた。
ゲレスとの挨拶を終えたゲルンも、セルペンティーナの智恵を借りている最中だった。
「我々が交戦したのは、こういう面々だった」
と、エルゼベルトやニレ、ザックハーたちが戦った情報も加えて、相手の少女戦士たちの情報を伝えてみる。
「魔法使いや戦士が前面に出てきているのに、女性、それも若い少女達しか出てこなかった、と言うのですね」
「ああ。魔法戦士に女性がいること自体は決して珍しいことではないんだが」
「すると...」
セルペンティーナは少し考えて、自分の意見を開陳した。
「敵方がすでに魔神級の力を手に入れている宝玉少女だと仮定すると、それは『器の少女』かもしれませんね」
「器の少女?」
そう言えば、どこかで聞いたことがあるような、と感じるゲルン。
「ええ、宝玉が女性の肉体にしか宿らせることができないというのは、お聞きだと思います」
セルペンティーナの解説と、推測が語られた。
第4の宝玉を宿した少女が相手方に既にいて、その少女には既に魔神級の力が宿っている、と仮定します。
すると、ニレ様が魔焔公を取り込んだように、既に攻撃的な魔神を取り込んでいたことになります。
でも、そんな強大な魔神が西方で喪失した、という情報を、まだ私は得ていません。
もちろん私の情報不足ということもありますけど、可能性としてはもう一つあります。
それは、宝玉を移す時、既にその少女に膨大な魔力と魔神クラスが宿っていた、と考えらることです。
ニレ様にもその疑いというか、可能性がありました。
なにせ、まだ物心付く前に宝玉が移し換えられた、それくらい強い魔力を先天的にお持ちだったようですし。
でもそんな魔力を秘めた少女達であっても、誰でも適合するかどうかわかりません。
ニレ様の場合、持ち出した巫女ナイラーガの娘、ということでしたので、適応力に関しては最初からあったのでしょうけど。
でももう一人の巫女アルマリア、おそらく既に亡くなっているのでしょうけど、こちらの継承は血族ではなかったと思われます。
そこで、適合する可能性を持った少女たちが、宝玉のいれもの『器』として集められ、試された。
その適合の結果、敵方に強い力を秘めた魔神級の宝玉少女が完成した。
しかし、適合されなかった少女たちはどうなったのでしょう。
「つまり、その適合しなかった、でも強い魔力を秘めた少女たちが『器の少女』たちになった、と?」
ゲルンは言葉を選びながら少しずつ、目の前の小蛇に尋ねている。
「ええ。でもこれは私の推測です。細部では違っているかもしれませんし」
「『山の賢者』と言ってもいいセルペンティーナの推測だ。大いに参考になるし、助力になる」
「おそれいります」
「それではどういたしましょう、ゲルン様。敵は相当な魔法戦力を要しているようですし、方針というか、最終目標がどのあたりなのか、お教え願いますでしょうか」
「そうだな」
と少しゲルンは考える。
現在の自分達の戦力では、相手、宝玉少女の元にたどり着けるのはかなり困難だろう。
「それついては、私も議論に参加させてほしいわ」
そう言って、ゲルンのテントにやってきたのは、魔王の娘エルゼベルトだった。
そしてその後ろにはトルカと、白き者たちの王ヴィルトシュネーも控えていた。




