【9】 わけみの術
「勝負!」
ゲルン達の陣営奥深くにいた宝玉少女ニレを視認した器の少女、器の9番ポーシャが宝玉少女目掛けて切り込んでいく。
霧の隙間にチラリと見えた宝玉少女。
白のワンピースを着た少女は、少なくとも外見上は剣などの武器は佩いておらず、いかにもピクニックにでも来たような風体だった。
だがその中に強大な魔力を秘めているとしたら、むしろ得物などは不要である、ということかも知れない。
そんなことが一瞬頭をかすめたポーシャだったが、思惑とは違い、彼女の剣は槍で受け止められた。
宝玉少女との間合いに入ってきた中年男が槍をもってポーシャの剣による初撃を食い止めたのだった。
ノクトゥルナからの報告で、男が三人ついている、とは聞いていた。
一人は黒の剣士。
一人はマレヴィーが嫌悪していた「白い吸血鬼」使い。
そしてもう一人、ルルと同じく槍の使い手メルシュ。
そいつがここに残っていたのだろう。
自身の剣を受け止められたとわかって、すぐにポーシャは後ろへ飛びのいた。
この男は「槍を使う」としか聞いていなかった。
剣士なのか、魔法使いなのか、魔人なのか。
「まぁいい」
ポーシャはそう呟いて、自身の技を展開するべく、詠唱を始める。
シンプルな、契約呪文のような、簡単な詠唱。
それでいて、彼女の術、その下準備が完了した。
霧の中から突如ニレをめがけて突っ込んできたこの相手。
相手が間合いを取ったので、メルシュも相手を観察する。
他の戦士たちと同じく、若い女。
そしておそらくは剣技も魔術も使える。
灰色の目だけを残して、全身をカラダに比較的フィットした灰茶色のローブで包んでいる。
背後からチラチラ覗いている髪はローブの色より少し濃い茶色の髪。
目だけを残して全身を覆っているところを見ると、剣士というより魔術師、それも幻覚系か? と思わせた。
全身をローブで覆い、目だけを出していると、相手はどうしてもその目を見てしまう。
そこで相手に眼術か、幻術かをしかける。
そう判断して、メルシュは自分の視線が相手の目に引き付けよせられるのを避けようとした。
剣で襲い掛かってきたが、あれは虚をつくためのもので、おそらく剣士ではない。
それが証拠に、彼女が構えている剣は、刀身が短く、短刀より少し長い程度の片刃剣だ。
そんなことを考えてメルシュが槍を構えていると、ポーシャが動く。
左へ素早く移動したのだが、メルシュはそこで目を見張ることとなった。
なんと移動したはずの元の場所に、もう一人ボーシャが残っていたのだ。
左から右へ。素早く動き回るポーシャ。
その左右に散ったところに、次々とポーシャが現われて、十数人の姿となる。
「分身か?」
思わずメルシュが口走ると、
「そうかい? 分身だと思うのかい?」
ポーシャがニヤリ、と微笑んだ。
次々と現れて新しいポーシャは、姿形はそっくりで剣を構えていたものの、その動きは各自バラバラだった。
そしてそのうちの一人が切り込んできた。
メルシュは前方、動き回っているポーシャからも目を離さずに、その新しいポーシャの攻撃を槍の柄で受けた。
すると次々に、新しいポーシャが個別に切り込んでいく。
まるで十数人の敵を同時に相手をしているような感じになり、メルシュは防戦一方だ。
(だめだ、このままだとジリ貧だ)
四方八方いたるところから繰り出されるポーシャの片刃剣をなんとか躱しながら、ギリギリと押されていく。
だがその時、後方から声が聞こえた。
「メルシュ、避ケテ頂戴」
ニレの声を聞き、メルシュは地に伏せた。
戦いの最中に地面に突っ伏すなど、自殺行為も甚だしいが、メルシュはニレがしようとしていることに見当がついていた。
周りを取り囲んで一斉に剣を突き立てようとするポーシャの群れ。
そこに強烈な熱線が発射され、何人かのポーシャが炎にまかれていく。
しかし全員が炎に巻かれたわけではなく、何人かはポーシャの元に戻り、一つになっていく。
「タシカニ、分身デハナカッタヨウネ」
地面に伏せているメルシュの後ろからニレが現われた。
幼い子供のような格好だが、その瞳は輝くような真紅である。
「群体、イヤ分ケ身ノ術ト言ッタカナ。知識ハアッタケド、実際見ルノハ初メテ」
「ニレ様、こやつの術をご存じなのですか?」
メルシュが地面から警戒しつつ、ゆっくりと身を起こしながら問うと
「正確ニハ私ノ知識デハナク、取リ込ンダ魔焔公ノ知識ナノダガ」
そう言ってニレは右手を上げ、ポーシャに狙いを定める。
「遠東ノ島ニ、にんじゃト呼バレル戦士集団ガイルト聞イテイマス」
ニレの右手・掌から、細い熱線が高速で照射された。
ポーシャの元いた場所が高熱の熱線に包まれたが、その瞬間ポーシャの身体が四散する。
一瞬カラダが燃えて飛び散ったかのように見えたが、ポーシャが熱戦にあたる直前、ボディを分けて散らしたのだ。
メルシュの右側に飛びのいた分ケ身の一つが、ニレを見ながら言った。
「よく知ってるじゃないか。こんなところで私の故国を知る者がいるとは驚きだよ」
そう言うと、ポーシャの姿が消えた。
いや正確には高速で移動しつつ、二人に襲い掛かってきたのだ。
「ハッ」
だがニレの叫びとともに、二人の周囲に炎の壁が張り巡らされる。
壁自体はそれほど厚さがあるわけではなかったが、金属でもすぐに溶けてしまいそうなくらいの高温、高熱である。
ポーシャの攻撃はその炎の壁目前で停止された。
ポーシャがまた攻撃を止め間合いを取ったのを見て、ニレはメルシュを地上に置き、浮き上がった。
浮遊術は炎術とともに、魔焔公が得意としていたものだ。
上空からの攻撃は反撃手段が限られるため、戦闘においては優位に立てる。
同時に周囲を球形の炎でガードし、ボーシャの斜め上方へと移動してくる。
ニレは四方に散らばったポーシャの群体を一人づつロックして、一斉に熱線を、頭上から浴びせかける。
何体かの群体が、声を出す暇もないくらい、瞬時に焼かれていく。
だが、全てを焼きつぶすことはできなかった。
メルシュは敵の気配が消えたので、立ち去ったことを知ったが、ニレは
「追イマショウ。アンナ術ヲ使ウ連中ナラ、皆ガ心配デス」
ゲルンからニレを守るように言われていたメルシュは、少し心配気に馬車の方を見ると、フリーダが大きく頷いている。
「わかりました。しかし、すぐに戻れる範囲までですぞ」
メルシュはそう言って、ニレとともに霧の中へ飛び込んでいった。
ゲルンが負傷して血まみれになったトルカを抱えて、馬車に飛び込んできたのは、この直後のことである。
フリーダが放った霧の層、そのはるか上空に浮き上がったニレの火球は、霧の中で展開している戦いを見ていた。
「マズハ、アソコ」
そう言って、ある方向へと落下していく。
布使いポーラ・ヴィクと対戦していたルルは、少しずつ劣勢に陥っていた。
空を覆うように投げかけられた布の帯。それが上から、左右横から、無数の線条となって、ルルに絡みつこうとしてくる。
一本二本なら槍で切り落としていけたのだが、こうも多くの帯が自分目掛けて飛んでくると、躱すのが精いっぱい。
そのため足元の注意がおろそかになり、ついに足首に巻き付かれる。
バランスを失って倒れかかると、今度は左手にまきつかれてしまった。
ポーラはついに捕らえた、という感触を持って、放った布を握りしめ、ルルを引きずり倒す。
足をとられて倒れたルルの身体に何条もの帯が飛び込んできて、ルルの身体を覆う。
そのうちの一本が顔に巻き付こうとして突っ込んできた。
ルルを窒息死させようという魂胆だった。
そこへ上から襲来したニレの火球。
ルルの顔目掛けて突進してきた布帯を、火球から放たれた一条の熱線が捕らえ、焼いた。
これを見てポーラは上を警戒する。
キャトルの港町で一度対戦したことがある。
これがあの宝玉少女だったのか?
あの時は紐攻撃でなんとかなったけど、二度も同じ手が通用するとは思えない。
それに今度ははるか上に浮いている。
そう考えてこの場を立ち去る算段をした。
布は火に勝てない、という判断だった。
「今度ハ逃ガサナイ」
ニレの方はと言うと、ポーラが逃げ出そうとしたので、その退却方向の前に炎を降らせ、壁を作った。
進路を炎で遮られたポーラは、どこか退路を、と周囲を見渡すが、上からの熱線攻撃で、どんどん周囲が取り囲まれ、縮まっていくのがわかった。
(逃げられない)
そう思ったさ中。
ポーラの退路を絶ったニレ、今度は熱線ではなく高熱をその上から落とそうと、自身の頭の上に熱球を作り上げた。
今回はあの空気使いはいない。別のところで戦っている。
もう幻覚に惑わされずに焼き殺せる、と踏んでその熱球を投げおろした。
だが...。
だが、そのときポーラの姿が消えた。
熱球はポーラがいた大地にぶつかり、地面を大きくえぐったが、そこにポーラの死体はなかった。
「前、港で戦ったやつでしたな? 逃げられましたな」
ようやく追いついたメルシュが残念そうにこぼした。
ニレはそれにはすぐには答えず、布で大地に縫い付けられたようになっているルルを指さした。
メルシュはそれに気づいてルルに駆け寄り、のしかかってくる魔力を付与された布を一枚一枚切り離していく。
ルルの上半身が自由になり、続いて下半身。
ようやく深い息ができるようになったルルは、二人に礼を言った。
だがニレは、何故ポーラが消えたのか、考えていた。
少しずつ記憶を巻き戻す。
あの布使いの退路は絶たれていた。
上空からの攻撃だったので、あの紐攻撃ではそこまで届かない。
そしてあの熱球...。
その場面を頭の中で少しずつ巻き戻していく。
すると、ポーラ・ヴィクが消える直前、突然空間から大柄な女が現われ、彼女の身体をかかえ、また空間の中に溶け込んでいったのがわかった。
(異空間跳躍者...)
ニレは脳裏に一瞬だけ残されていたその姿を何度も巻き戻し、そして脳内に刻み付けた。
(アンナ術者マデ、イルノカ)
そして深いため息を吐いたのだった。




