【4】 言伝
日が沈み、夕刻。
フリーダ、メルシュ、ゲルンはまだ細かな打ち合わせをしていたが、ニレが疲れたのか、うつらうつらし始めた。
それを見てトルカ。
「ゲルン様、ニレちゃんが眠そうですけど、男部屋、女部屋、どちらで休ませましょうか」
「こちらは私以外の男性もいるから、女部屋でいいんじゃないかな」
ゲルンがそう言って、ニレを抱き起す。
「トルカ、運んでいくから、すまないけど少しだけ女部屋の方に入れておくれ」
「はい」
二人が出ていくのを見ていたメルシュが思い出したようにフリーダに聞いた。
「女部屋にはルルもいたな。もう大丈夫なのか?」
「ええ。問題ありません。ただの打撃でしたしね」
フリーダがそう言って、レントゥックへ着いた時の訪問先をリストアップしていた。
女部屋では、エルゼベルトとルルがベッドの上に乗って歓談中。
入ってきたトルカ、ゲルンを見て、
「ニレはこちらで寝るの?」
とルルが尋ねた。
「まだ幼いけど女の子なんだから当然だろ?」
とエルゼベルトが言うと、ルルがこれまでの状況を簡単に説明。
「ふうん。まぁゲルンとニレだったら親子にも見えなくはないけど、普通はこっちでしょ」
そう言ってエルゼベルトが半分眠りかけのニレをゲルンから受け取り、別のベッドに寝かしつけた。
「ひょっとして、添い寝とかがいる?」
とエルゼベルトが聞いてきた。
「今夜はそれほど寒くなさそうだから、大丈夫だろう」
ベッドに入ったニレは頭から毛布をかぶり、すぐに寝息を立て始めた。
そのニレの髪を少し撫でて、ゲルンが退出しようとすると、エルゼベルトが引き留めた。
「ゲルン、少しばかり話をしてよ。ギデオからの帰り道のこととか」
「ん? あらかたフリティベルンに報告してあるけど、報告書は読んでないのか?」
「ゲルンの口から直接聞きたいわ。疑問点があったら尋ねられるし」
そう言われたので、部屋に座り直して、話し始めた。
女部屋だったが、宿屋のしきりにすぎないので、まあいいかな、という判断だ。
それに情報は統一しておいた方が良い。
といっても西方の誘拐団とは『山』に戻ってからの接触だったが。
「それじゃこれから助けに行く予定のブレンダって娘は、本来敵だったわけね」
エルゼベルトが一通り聞き終わったあと、言った。
「たしかにそうだったが、ブレンダ自身から謝罪はもらったし『宮殿』領にはちょっかいを出さないことも誓ってくれたので、今は敵じゃない」
もっともゲルンもそう言った後で、
「かといって仲間、あるいは同盟国ってわけでもないんだが」
と付け加えるのを忘れなかった。
「フリティベルン様のお考えでは、西方に魔神級の魔術師が二人も立つことを警戒しておられたみたい」
と、トルカが追撃にきた事情、理由などを追加する。
「お兄様らしいわね。魔王様に比べて少し神経質にすぎるんじゃないか、って気もするけど。」
これを聞いてゲルン。
「そう言えばフリティベルンもエルゼも、魔王のことをお父様、とは呼ばないんだな」
エルゼヘルトが少しきょとんとした表情を浮かべて、
「ええ、まぁそうね。私たちは生まれた時から立場が少し普通とは違うので、もう幼い頃からこうだったし」
こう言ったものの、昔を回顧するように、中空を見つめている。
「でも母が死んだ時の魔王様の取り乱しようは、今でも覚えているわよ」
「そうね」
と、トルカがポツリともらすと、ゲルンもまたその日のことを思い出していた。
陽もくれて夜となり、就寝の一同。ゲルンも同様に眠りに落ちていたのだが、誰かが呼ぶ声が聞こえる。
いや、正確には夢の中で語り掛けて来た「声」によって、眠りから目覚めさせられたのだが。
「誰だ?」
ゲルンはその声に呼応するかのように目を覚ます。
だが部屋ではメルシュとザックハーの寝息が聞こえるのみ。
少なくともなんらかの精神攻撃を受けたわけではなさそうだ。
だがここは半分敵地と言ってもいい場所だ。
用心するに越したことはない、と思い周囲に神経を張り巡らせると、再びその「声」が聞こえた。
「...が...来る ...悪魔の...子が来る」
「誰だ! おまえは敵か?」
「...戦いたくない...殺しあいたくない...」
意味不明な羅列だ。
単語一つ一つは理解できるのだが、それが文になると、その意味が、意図するところがわからない。
ゲルンの呼びかけにもかかわらず、その声は同様のことを繰り返し、薄れ、消えていく。
こちらはブレンダを奪われたエギュピタスの民、生き残りのキャラバン隊。
夜になっても重苦しい雰囲気は抜けず、今後どう動くべきかわからず、ただおろおろするばかり。
ともかく一度戻ろう、という意見が体勢を占めかけた頃、見慣れぬ訪問者が現われた。
「夜分遅く、失礼する」
キャラバン隊のテントの外に現れた人影は、中へ入る許可を求めて来た。
「ブレンダの情報を持ってきた」
どうしたものか迷っていたが、この一言でエレオノーラはその人物を招き入れた。
身の丈がヒトの数倍はあろうかと思える巨漢がのっそりと入ってくる。
そのあまりの大きさに、フーゴ達は一様に警戒態勢をとるが、
「我々は敵ではない。どうか警戒しないでほしい」
とその巨漢が言った。
ラーベフラムムはこの目の前の大男が人間ではない、何かの魔物だと気づいていたが、重要な情報があるのかもしれぬ、と思い、フーゴをとどめた。
そしてその巨漢に向き合って、
「いかなる要件じゃ、いや、その前に名のられよ」
ラーベフラムがそう言うと、その巨人はテントの上方に届こうかという巨体を折り曲げるようにして、地面に座り込んだ。
「俺は魔王様の庶子、ゲレス。魔王様の命を受け、ある言伝を持ってきた」
その巨漢がそう言うと、ラーベフラムは(やはりな)と思いつつ、聞いた。
「魔王殿の御子ということは、フリティベルン殿の兄弟ということか?」
「さよう。フリティベルンは正嫡で頭も良い。俺はあいつより先に生まれたが、頭の出来があいつほどではなかった」
「でも魔王様には他にも庶子がたくさんいるけど、ゲレス様は人語を解する程度には頭はいいのよ」
ゲレスのチョッキ状の上衣、そのポケットからするすると金色の蛇が這い出してきてしゃべった。
さすがにこれにはラーベフラムも驚いて、少し腰を浮かしながら
「おまえさんは?」
と尋ねる。
「あら、これは失礼、私はゲレス様の秘書参謀格の」
その金色の蛇がこう言いかけた時、テントの後ろから、甲高い女の声が響いた。
「セルペンティーナじゃないの! あなた『山の魔王の宮殿』にいたの?」
そう叫んだのは、虹色の羽を持つ孔雀のような鳥、テトロだった。
エギュピタスと『魔王の宮殿』が和解したあとも、まだ何かありそうだ、と思い、行動を共にしていたのだった。
テトロの思惑としては、エギュピタスの国土奪還戦争になるのではないか、だった。
だがブレンダが攫われたことで、別の展開になってしまったが、それはそれでテトロの興味を引き付けていたのだった。
金色蛇の魔物、セルペンティーナがその鳥の魔物を見て、
「いたも何も、もともと私はこの『宮殿』領の出身よ。確かにいろんなところへは旅行してましたけど」
こう言ったあと、再びラーベフラム達の方を向いて、
「話の途中で失礼しました。まさか昔の知り合いが同行していたとは知らなかったもので」
これを受けて、霧の術の使い手シリアがテトロに言った。
「あんたたち、知り合いだったの?」
「この蛇とは昔、妖魔の谷で知り合って、いろいろと人間をたぶらかしたりして」
テトロがおしゃべりを始めかけたので、ブルーノがそれを遮って、巨人ゲレスに聞いた。
「さっき言われた、我々の姫に関する情報とは何なのでしょう」
セルペンティーナがこれを受けて、
「失礼しました。鳥の脳みそには『空気を読む』ということができないみたいで、ついついつられてしまいました」
「なんですって!」
テトロが翼をはばたかせながら再びしゃべり始めたが、セルペンティーナはそれを無視して、情報を提供する。
これはフリティベルン様からの、ひいては魔王様からの情報提供と考えてほしいのですが、ブレンダ姫が攫われた方角がわかりました。
『宮殿』に客分として滞在されていた黒の剣士ゲルン様が、その後を追って追跡中です。
そのゲルン様から、情報をあなた方とも共有したい、という申し出で参りました。
ブレンダ様をさらった一行は、コートブルクよりもはるか西の方角、キャトルという港町に向かいました。
もちろんそこが連中の逃げ込んだ先ではなく、さらに西方かと考えられますが、まだ最終目的地まではわかりません。
ただ剣士様に同行している魔法使いによると、魔術都市レントゥックの可能性が高い、とのことです。
私たちは、というのはこのゲレス様を軸とした妖精、魔物隊ですが、すぐにこれからゲルン様の加勢に向かう予定です。
もしエギュピタスの皆さまが同行を希望されるのでしたら、私たちはかまいません。
ここまで説明が進むと、曲芸少女たちの中で安堵に似たざわめきが起こった。
少なくとも、自分たちを率いる少女が西の方へ攫われた、というのが分かったからだ。
だがブルーノは、その人語を解する不思議な金色の蛇に疑問を呈する。
「ありがたいことです。しかし、その情報を我々が信用しても良いのでしょうか」
と、冷静な視線を、金色の蛇の上に落とす。
するとセルペンティーナがゲレスの方に鎌首をもたげた。
「これを」
とゲレスが懐から、小さな鉱床板を取り出し、ラーベフラムの前に置いた。
「魔王様直々の証文です」
ラーベフラムがそれを手に取ると、板から氷の流れが立ち起こり、銘文を浮き上がらせた。
「わかりました。情報の提供を感謝いたします。で、もう一つ」
ブルーノがラーベフラムの持つ板を横から見て確認した後、続ける。
「なぜ『宮殿』はこのことを私たちに教え、それどころか奪還に協力してくださるのでしょう」
と、疑問を投げかけた。
「うふふ」
とセルペンティーナはゲレスの分厚い胸板の上を這って首元に行き、その首に細い蛇身をまきつけながら、
「そうよねぇ、そういう疑問がわくわよねえ」
と言って、ブルーノを見つめる。
「魔王様は、そして剣士殿も、西方が宝玉の力を独占することを恐れている」
と、ゲレス。
「魔王様がそなたたちに『宝玉を使えるようにした』のは、そなたたちのその力の使い道が魔王様の使い方とは重ならないからだ」
「そう。あなた達が自分の国のために使う分には、この『山の魔王の宮殿』はいっさい感知しないし、どうでもいいことなのよ」
セルペンティーナがそう言って、話を受け、続ける。
「ところが西方は違うわ。宝玉少女の力を使って、魔の世界を独占しようとしている。私たちの世界も含めてね」
鈴の音のような愛らしい声を響かせて、セルペンティーナが言った。
「宝玉少女の力を使って、ということは、その西方にいる連中は、姫だけでなく、あの剣士が連れていた少女も手中に収めてしまった、ということですか?」
ブルーノが声を出すと、セルペンティーナは
「あら、違うわよ。西方にもう一人、宝玉少女がいるのよ。そしてそれはおそらく既に魔の力を開眼させているらしいわ」
そう言って、説明を追加した。
「宝玉少女が魔神の力を得て開眼したら、それは同じ宝玉少女でないと対抗できないわ。だからゲルン様は宝玉少女を連れて遠征をしているの」
「なるほど」
そう言ってブルーノは少し考えをまとめていた。
「それで、どうする? お前たちが望むのなら、俺の軍と同行させてやってもいいぞ」
ゲレスがこう言うと、フーゴが難色を示す。
「ありがたい申し出だが、我々はコートブルクに仲間を残している。彼らを置いて我々だけで追撃すると、混乱が起こる」
「どうか、コートブルクまで運んでもらえないでしょうか」
ブルーノがこう言ったので、ゲレスは少し考えている。だが
「いいわ。私たちの部隊に同行することは伝えてあるし、ベルトルドにコートブルクに寄ってもらうように伝えればいいのよね?」
セルペンティーナが独断で決めてしまった。
(この蛇は、この巨人の部下じゃないのか?)
ブルーノが少し不審に思ったが、ゲレスの方はセルペンティーナの方を向いて
「セルペンティーナ、賢いな、助かる」
などと言っているので、どうやら頭を使う部分をこの蛇が担当しているのだろう。
エギュピタスのキャラバン隊は、コートブルクまで送ってもらうことを決め、そこで別れた後、選りすぐりを向かわせることに決めた。
ゲレス隊とも連絡を取れるように、と、連絡板の供与も受け、解散する。
従って、ゲルンの救援としてはゲレス隊が先行することとなった。




