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魔女姫争奪戦  作者: 方円灰夢
第5章 宝玉
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【12】 活性

ブレンダが魔王と対談していた頃、フレーボムの対岸、コートブルクの港市。

大通りから外れた隘路、ごちゃごちゃとした低所得者たちの住居が連なる一画で、一人の女がぼんやりと窓際に腰かけていた。

女の名はアニトラ。

褐色の肌と怪しく光る赤黒い瞳、そして黒檀のごとき黒髪に包まれた、南国ベルベリアの舞姫である。

二階建ての粗末なこの住居の一室である人物を待っていたが、太陽が昇り切った頃、その人物が何人かを連れて現れた。

「待たせたな、アニトラ。本国からの援軍だ」

そう言って現れたのは、宮殿の祭りでニレを誘拐しようとした一味、その頭目だったネーメム。

彼の後ろからその手下数人とともに、二人の女が現われた。


「アニトラ、しくじったそうだな」

最初に現れた大柄の女がニヤリと笑いながら言った。

「なんだ、お前たちが来たのか」

アニトラが返事代わりにもらした一言に、ネーメムが少し慌てた。

「おい、アニトラ、わざわざ『器の少女』が加勢に来てくれたってのに、その言いぐさはないだろう」

まあまあ、と言って、その大柄の女がネーメムを制して、アニトラが座る椅子の前にあったソファに腰を下ろす。

「だいたいは聞いたが、細かなところをおまえさんの口から聞きたい」

ここでようやくアニトラが二人の女に顔を向けて、ゆっくりと事の顛末を話し始めた。

そして、次の言葉でしめくくった。

「宝玉少女だが、既に活性化しているのかもしれない」



一方、宮殿で魔王達と対面していたブレンダは、いよいよ訪問目的の本題に入りかけていた。

「対面は一対一の予定だったが、宝玉を残したままで、ということであれば、バドゥラの息子にも立ち会ってもらいたい」

魔王のこの言葉を受けて、人払いはせず、この場でブレンダの宝玉を「活かす」こととなった。


魔法医師グリムが、広間で準備を始める。

寝台が運び込まれ、さまざまな器具、魔道具が運び込まれる。

その間、フリティベルンがブルーノとフーゴに指示を出す。

活性化の途中ではエネルギーの変換が行われるため、ブレンダが苦しむかもしれない。

しかし、かといって飛び込んで暴れられては困る、と言ったことなど。


準備ができ、寝台前の卓上に「破魔の悪神」を浄化したのと同じように、魔術石として、鉱晶石を配置。

今度は以前の水晶とは違い、血のように赤い鉱晶石だ。

寝台にブレンダが座して、グリムの魔呪詠唱が始まる。

するとブレンダの中にある何かが熱を帯び、体の中で跳ね回る。

耳や鼻から血が噴き出しそうになる感覚に耐えながら、ブレンダは自身の中の「力」と向き合った。

それが何かを語り掛けてくるのだ。

(我の力を望むか)

腹のあたりから響いてくる言葉。

それは音ではなく、なにかの振動のように、あるいは何かの呪文のように、耳の底、脳髄の中で響いている。

(私に従え)

ブレンダはその声にあらがうように、頭の中で言い返した。

(私の力となれ、私の声となれ、私の手足となれ)

(オオオォォォーン)

母音の連続のような呻き声が同時に伝わる。


鉱晶石からは光の粒子が立ち上り、さながら雨水が「上に落ちる」ように舞っている。

ブレンダが脂汗を顔面ににじませ、苦悶の表情で嗚咽するのを見て、フーゴが腰を浮かして立ち上がりかけるが、ブルーノに抑えられる。

そして思い出したように座り直すが、またもや立ち上がりかけ、制される。

何度かこれを繰り返して、ブレンダがぐったりと寝台の上に身を投げ出す。

それを見てフリティベルンが解除コードを詠唱する。


魔王とフリティベルン、グリムの三人以外には、聞いたこともないような言語、シンタクス。

ゲルンには、そもそもそれが言語なのか怪しく感じられた。

「ブレンダ姫、宝玉にあなたの願いを」

フリティベルンに促され、ブレンダが今度は声に出して命じる。

「我が力となれ、我が血肉となれ、私のしもべとなり、我が意のままに動け」

その瞬間、ブレンダのからだの周りに光の火花が煌めいた。


同時にそれは、落雷の音のようにバチバチッと激しい音を残して、ブレンダのからだの中に収束していくようだった。

寝台の上に伏せながら、激しく痙攣するブレンダ。

フーゴは気が気ではなかったが、ブルーノは冷静にこれを見ている。

そして、しばらくしてブレンダの痙攣は収まり、動きが止まった。

ぐったりとしたまま、荒い息を吐きだすブレンダ。

高熱患者のような汗、水蒸気を全身から発していたブレンダだったが、やがて、規則正しい寝息に変わっていく。


「やはり当方の所有する解除コードは、ブレンダ姫には個別適合はしていなかったようだな」

フリティベルンがこう言って、ブルーノを見る。

「しかし、解除はしていないので、それはどうでもいいだろう。あとはおまえの制御次第だ」

魔王の従者がタオルを持ってきて、ブレンダの汗を拭き、身を起こさせた。

「魔王様、フリティベルン様、ありがとうございます」

ブルーノがそう言って、従者からタオルを受け取り、ブレンダの身を預かったのを見て、フーゴは「成功した」と直感した。


ブルーノがフーゴにブレンダの身を任せて立ち上がる。

フーゴは、まるで失神しているかのようなブレンダを抱え上げて退出しようとした。

そこへフリティベルンが声をかける。

「約束は守られよ」と。

それを受けてブルーノが「もちろんです」と言って、一礼。

さらにフリティベルン。

「念のために言っておくが、今の施術で、ブレンダ姫が強力な信号を打ちまくったようだ。当然受信した者もおろう」

フーゴには何を言っているのかわからなかったが、ブルーノはハッとして、

「ありがとうございます。帰り次第、警戒します」


3人が戻っていくのを見て、フリティベルンがゲルンに言う。

「あんなに強力な反応を返すとは思わなかった。ニレちゃんにもしばらく警戒が必要かもしれんぞ」

「ん? どういう意味だ?」

「宝玉を狙っている者ならば、今の反応で『誰かの中で宝玉が活性した』ことを知ってしまった、ということだ」

自分の名前が出て、少し怯えてしまったニレだったが、魔王がそこに入ってくる。

「ここにいる間は心配ない。だが、宮殿を出たときには、警戒がいる、ということだ」


魔王はそう言いながら玉座から降りてきて、ニレと向かい合う。

「魔焔公フラメルよ、我が呼びかけに答えよ」

ゲルンはいきなり魔王が魔焔公の名を出してニレに呼びかけたのでギョッとしたが、反応はなかった。

「あ...、あの?」

ニレは何が何やらわからずに、ゲルンを、そして魔王を交互に見る。


「グリム、人払いを」

魔王がこう言ったため、グリムは部下を連れて退出しようとした。

「いや、グリム、おまえは残れ」

魔王がグリムだけを残して退出させたので、この広間には、ゲルン、ニレ、フリティベルン、魔王、グリムの5人だけが残ることになる。

「お前たちは知っておくべきだろう。ニレの力の活性について」

こう言って、フリティベルンに説明を促す。


ニレちゃんの中には、永遠に力だけを残している魔神フラメルが魔焔公として残っている。

だが強い力を持ちながらも、魔焔公は宝玉の魔力を知らない。

宝玉は意思無きエネルギー源だが、同時に魔力の増幅、生成、集約を行いえる。

この宝玉を「意思あるかたち」として操り、己が血肉とするとき、その力は初めて所有者の「意思」を反映して動き出す。

今、宝玉が魔焔公を、エネルギー源として取り込んだことを確認した。

魔焔公は、自分が吸い込まれてしまうとは知らずに、その宝玉の中に移り住んだのだ。

そしてそれが今、ニレちゃんの中で、その意志のしもべとなり、力を供給することとなった。


これを聞いて、ゲルンは魔焔公の様子が日に日に眠たげになっていったことを思い出した。

それがあの力がニレに受け渡された、ということを示しているのか。

ゲルンがそれを魔王に尋ねると、

「さよう。ニレよ、試しに力の一部を解放してみよ」

しかしニレはどうしていいかわからずオロオロている。

「ニレちゃん、あそこの椅子に、炎をぶつけてごらん」

フリティベルンが具体的な目標を見せて言うと、ニレがこくりと頷いて、右手を前に出す。

その瞬間、光のような熱線がニレの腕から放たれて、椅子に命中。

椅子は燃えると言うより、一瞬で消し飛んでしまった。

「え?」

これにはニレ自身が驚いてしまい、へなへなと座りこんでしまった。


「ゲルンよ、わかったか?」

魔王がゲルンの方を見て言った。

「おまえがこれからこの娘を守らねばならぬ、ということが」

「この力を狙う者がいる、ということですか?」

ゲルンは一連の変化になかなか頭が整理できなかったが、ここにきてようやく魔王とフリティベルンの意図がわかってきた。

からだの中に、二つもの宝玉を封印することができた幼い少女。

さらに巫女ナイラーガによって、魔焔公なる強大な力まで封印できたその魔力容量。

その一つが外に出され、失活してしまったため、そこに魔術的な「空き」が生じた。

そしてその残された宝玉に、封印から目覚めた強大な魔神を取り込ませ、エネルギー体に変換。

さらにそれを自由に扱えるように合体させしてしまった、いうことなのだ。


「通常の魔術者なら、この力に手を出そうとするものはおりますまい」

フリティベルンが言葉をつなぐ。

「だが通常でない者であれば、この力を得たいと思うことでしょう」

「通常でない者...」

ゲルンが考えるようにつぶやき、やがて、ハッと気づく。

「つまり、同様に宝玉を活性化させた、あのブレンダ?」

これを聞いてフリティベルンが笑みを浮かべる。

「正解、といいたいところですが、違います。あのエギュピタスの小娘は、宝玉の中に魔神を取り込んでおりません。おそらく今の状態で戦えば、ニレちゃんの圧勝」

「だからこそ、この力を奪いに来る、とは考えられないのか?」

「そのために、あの契約をした。もう宮殿と関わらない、と。それにあの小娘には、あの宝玉程度の力で十分なはず」

「すると、誰がニレを狙うんだ?」

魔王が少し顔をしかめて見せた。

「おやおや、まだわからんのかね? 宝玉はいったいいくつあったんだ?」

これを聞いて、ゲルンは気が付いた。

「もう一つ、ナイラーガとともにエギュピタスから逃亡した巫女...」

「その通り」

と言って、フリティベルンはグリムの方を見て、何かを言わせようとした。

「まだはっきりはしませんが、我々の占星術班が西方で宝玉が解放されたことを観測したのです」

グリムはゲルンを見つめてこう言った。


「すると、その4つ目の宝玉を手に入れているやつらがニレを狙ってくる可能性がある、と?」

「まぁ、考えすぎかもしれんしそうであってほしい、とは思っているんだがね」

フリティベルンがここで肩の力を抜いて語る。

「あのエギュピタスの連中とは違う一派が、ニレちゃんを誘拐しようとした、ということを聞いて、少し気になってね」

ゲルンとニレはこの言葉に戦慄した。

「すると、既にその4つめの宝玉チームが動き出している、と?」

ゲルンの問いに、フリティベルンが

「可能性の話だ」

と言って、話を打ち切った。

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