【9】 和解への道
『山の魔王の宮殿』領とは、かつてドヴレ山と呼ばれていた地域で、全土が暗い森の中にある。
従ってその境界線は不明瞭で、いくつか宮殿へと通じている山道に関所が設けられており、それを通称「市門」と呼んでいるのだ。
ブルーノが上ってきた一本の道も、そんな『魔王』領土へとつながる道の一本だった。
その途中にある市門以外からも領土に入ることができるのだが、深い森には魔物や魔獣、悪意に満ちた山賊が隠棲しているため現実的ではない。
当初、ブルーノが『魔王』領を越えていこうと言ったとき、この深い森を抜けるのかと思っていたシリア達。
だがブルーノは市門正面に馬車を乗り付け、そこから入っていくようだった。
「あそこからの潜入はできなかったんじゃ?」
パエトールが驚いてブルーノに尋ねる。
「普通の方法だと、そうですね」
そう言って、ブルーノは市門前に立ち、門衛に入国を申請する。
「シリア、頼むよ」
とこっそり小声で後ろに控えていたシリアに合図する。
パエトールが申請書をチラと見ると、
出身地:ギデオ。
入国理由:商談。
と、書いてある。
ところが簡易式魔術検査が施されても、門衛は普通に
「申請、受け付けました。良き商談を」
と言って、ニコニコしている。
ブルーノが馬車に戻って乗り込んでくると、
「いったいどんな手を使ったんで?」
とパエトールが聞くので、
「シリアさんに頼んで、あれに真実が載っているようにしてもらっただけですよ」
と答えた。
そこでパエトールは後ろを振り返って、シリアに尋ねた。
「シリア、おまえさん、暗示術とか幻術なんかも使えるのか?」
「まさか。ちょっとした霧の手品みたいなものさ」
霧使いのシリアが行ったのは、錯覚の技。
門衛の目の前にうっすらと霧の層を作り、そこに魔術検査の文字を歪ませて、ブルーノが書いた内容と同じものを浮かび上がらせた、という方法らしい。
「ふーん、変わった方法があるもんだ」
と、パエトーラはひとしきり感心していた。
そして馬車は宮殿前へ。
そこでブルーノは一人馬車を降りて、言う。
「それじゃ、魔王様と会ってくるから、皆さんはここで待っててください」
「え! なんだって?」
「ブルーノ、魔王と知り合いなのか?」
シリア、ロース、パエトーラ達が口々に驚きの声を上げる。
「いや、まだお会いしたことはないんだけどね」
ブルーノは、なじみの酒屋の親父に会うみたいな気軽さで言うので、一同混乱してしまった。
「必ず戻ってきますから」
こう言って、ブルーノは宮殿城門の受付の前に向かっていった。
数刻の後、ここは現魔王の後継予定者フリティベルンの執務室。
官吏から魔王への謁見希望者の情報を受けて、少し嫌そうな顔をしたが、そこに添えられている名前を見て、急遽自分が会うことにした。
執務室には何人かの補佐が入っていたが、彼ら、彼女たちに今の仕事は後回しにすることを伝える。
「なにか重大な案件でも?」
従僕長が不審げに尋ねるが、フリティベルンはそれには答えず、書類仕事は官吏たちに委ね、その指示を出している。
だが決して退室は命じられなかったので、作業を行いつつ、フリティベルンの部屋に何人かが残っている。
「入れろ」
従僕の一人がその指示に従って、執務室の扉を開ける。
外で待機させられていたブルーノがにこやかに、ゆっくりと入ってくる。
「お初にお目にかかります。フリティベルン様。面会の許可をいただきありがとうございます」
こう言って、芝居がかったお辞儀をするブルーノ。
「見ての通り、それほど暇なからだではないので、要件は手短にしてくれ」
「お時間をいただき、重ねてお礼申し上げます」
ブルーノはそう言って再び礼をして、尋ねた。
「魔王様との御面会は無理なのでございましょうか」
「だからその要件を私が聞いて、その上で判断する」
フリティベルンがそう言うので、ブルーノは用向きを語り始めた。
宝玉の一つが失活したらしいことを知りました。
それで残りの宝玉、およびその持ち主たちがこの山の害にならぬようにお願いに参った次第です。
私は父から、かつてこのドブレの山を支配しておられる魔王様が、その宝玉を操り、あるいは取り出す解除コードをお持ちであることを聞いております。
わたしどもは今、南方で宝玉を体内に埋めれた姫君と行動を共にしております。
ですが、その宝玉の生かし方が伝わっておりません。
いえ、正確には、その伝承者が死に絶えてしまったのです。
そこで魔王様にはその力を引き出せる解除コードをお教えいただきたく、参った次第でございます。
ここまで聞いて、フリティベルンの顔が、事務的に冷たくなっていく。
「魔剣鍛冶師バドゥラの子よ、するとお前は今、南方か、西方の宝玉所持者に仕えておる、というわけか?」
「はい。南方、エギュピタスの姫君にお仕えしております」
自分の所属を隠すことなく語り、その上で正面から乗り込んできたこの若き鍛冶師を、フリティベルンは疑わし気に眺める。
「なるほど。だがその話を続ける前に、貴様が本当にバドゥラの倅かどうか、確認せねばならない」
「ごもっともでございます」
こう言ってブルーノは背中に掲げてあった聖剣と、荷物の中から取り出した短刀をフリティベルンに手渡した。
「長い方が私が打った聖剣。短い方は父が大昔、私のために打ってくれた護身刀です」
だがフリティベルンはその聖剣を受け取ると、全身が冷たくなっていくのを感じ、すぐに脇にあったテーブルに置く。
室内にいた従僕たちも「聖剣」と言うことばに震えあがっている。
聖剣とは、魔を祓い、魔の力を吸収し、無効化するもの。
魔王の宮殿で、魔の力によって生き、仕える者たちにとって、それは自身さえも消してしまいかねない恐るべきものだった。
「恐ろしいモノを持ってきたな」
フリティベルンが忌々し気にブルーノを睨みつける。
「わたくしどもに敵意がないことの証となれば、と思いまして」
何食わぬ顔をして答えるブルーノ。
フリティベルンは気を取り直して、もう一方、バドゥラが打ったと言う短刀を手に取り、布包みを解いてその刀身を見入っている。
「懐かしい光だな」
こうもらした後、その短刀が魔剣鍛冶師バドゥラが打ったものだと確認した。
「昔、ここに滞在した若き剣士に魔剣を打ってもらえるよう、汝の父バドゥラに頼んだことがある。バドゥラの打った剣ならだいたいわかる」
「はい。私もそれを思い出して、ここに参った次第です」
フリティベルンは短刀を返し、テーブルに置いた聖剣も持ち帰るように促した。
ブルーノがいそいそと二振りの剣をしまうと、
「お前が打つのは聖剣だけか?」
と、フリティベルンが尋ねる。
「いえ、私も父から教えを受け継ぎましたので、どちらかと言うと魔剣打ちが本職です」
ブルーノの答を聞いて、さらに尋ねる。
「エギュピタスの剣士と魔女姫が使っている魔剣も、おまえが打ったものか?」
「これは驚きました。もうご存じでしたか」
そう言ってブルーノは肯定する。
ブルーノは改めてフリティベルンの座る書机の前に膝をつき、頼みこむ。
「フリティベルン様。私は南方とは言え同じ『山の者』出自として、魔王さまや宮殿領のかたがたと争いあいたくありません。どうか、解除コードをお分けしていただけないでしょうか」
だがフリティベルンは
「おまえの言いたいことはわかった。だがおまえの仲間、エギュピタスの者どもは私の配下、客人と殺しあいをやっておるぞ」
そう冷たく言い返す。
「不幸な戦いになっていることは、なんとかします。エギュピタスの者たちも解除コードを得て宝玉が操れるようになれば、この地から去るはずです」
「そうだな」
そう言って、フリティベルンはしばらく考えた。
「解除コードは魔王様と同様に、私が管理している」
この言葉を聞いて、ブルーノの顔に赤みが戻ってきた。
「それでは!」
「まだ提供するかどうかは思案中だ。それに魔王様と相談してからのことになるが」
こう言って、ブルーノにある提案をした。
「急ぎ、仲間の元へそのお話を持ち帰り、検討し、近いうちに御譲歩していただけたことに報いさせていただきたいと思います」
ブルーノはそう言って、深々と頭を下げた。
膝をついていたので、土下座みたいになってしまったが、それくらいこの交渉の成功を喜んでいた。
「私も魔王様抜きではでは決められない。それと、お前たちが武装解除してきてくれるのであれば、我々もその間中は戦闘に入らないことを約束する」
ブルーノが執務室から退出した後、フリティベルンは魔王への謁見申請を従僕に持たせ、魔王の元に走らせた。
同時に、フレーボムの町に下りたと報告を受けていたゲルン達に、急遽戻るように指示を出した。
バタバタと忙しく立ち働いていると、こっそりとエルゼベルトが近づいてきて、言った。
「おにいさま、譲歩するのですか?」
「いたのか。譲歩したわけじゃない」
「でもあいつは『譲歩した』と受け取ったみたいよ」
「そう思わせた方が良いこともある。私はおまえみたいに好戦的ではないのだよ」
この言葉を「ふん」と鼻で笑って、ブルーノが出ていったドアを見つめるエルゼベルト。
「それにしても、あいつがあのバドゥラの息子?」
そう呟いたあと、続ける。
「バドゥラに息子がいたなんて知らなかったわ」
「私は聞いていたがな。年とってからできた子どもなので、ぜひ後を継がせたい、とは言ってた。ま、会うのは初めてだったが」
兄妹は魔王の元へ赴き、いましがたの訪問者について報告する。
「魔王様、御許可願えますでしょうか」
フリティベルンが恭しく魔王の前にかしづく。
「宝玉を解放したとして、おまえはエギュピタスが我々の脅威になると思うか?」
「思いません」
フリティベルンは即座に、そしてきっぱりと断言した。
「彼らでは、宝玉の中に入って力を行使する者をとりこめないと考えます」
エルゼベルトがフリティベルンの顔を見つめる。
「それって、どういうこと?」
「かれらが魔焔公に匹敵するような魔神を仲間にひきずりこむことができない、ということさ」
「よくわからないんだけど」
「彼らの目的は国の再興だろ? その程度ならあの宝玉はそのままで役に立つ。
しかし、魔神どもが世界を滅ぼす戦を展開したとき、それだけでは不十分ということさ」
「そんなことより、西方に移った宝玉の方が気になるのだな?」
魔王が問いを投げかけると、
「はい。そちらは魔神に取り込まれている可能性を感じますので、両面戦争はさけたいのです」
フリティゲルンの答に納得して、魔王は許可した。
「よろしい。急ぎゲルン達を呼び戻せ」
そう言ったあと、さらに付け加える。
「ゲルンにも同席してもらおう」




