【7】 ランチと土産物屋
服選びのあとは、みんなでランチ。
港町フレーボムは、対岸の港町コートブルクや大都会ギデオに比べるとこじんまりとした街だったが、それでも繁華街らしきものはある。
ブティックやファッションショップなどはエルマリダがいろいろと卸しているおかげか、他地方からも買い出しに来る客はいる。
外食をさせてくれる店もそれなりにあって、人口規模の割りにはそこそこある感じだ。
ただ『山の魔王の宮殿』を間近に控えていることもあり、魔族の店や、魔族の客が多いのも一つの個性になっている。
そんな中からフリーダがある店へと連れて行ってくれた。
そこはソテーやムニエルなど、魚の加工料理を専門に扱っている店。
港町だけあって魚は豊富で新鮮なため魚料理を出す店は多いが、フリーダによるとここはその中でも「とびきり」らしい。
ニレが「魚が好き」という情報は、宮殿の調理師達には広く知れ渡っていて、宮殿で食事を出してもらう時には魚料理の比重がグンと上がる。
だいたいはゲルンも同席することが多いので、ニレの献立はほぼ把握している。
ゲルンも魚料理自体は好物の部類なのだが、ニレの性格を考えると、そこに違う遠慮があるのではないか、とも思っていた。
つまり、好きではあるけど、こういつも魚料理を出されると飽きてしまうのではないか。
しかしみんなが好意として出してくれているので「他のものを食べたい」と言えなくなっているのではないか。
そこで以前、
「魚以外にも食べたいものがあれば言っていいんだぞ」
そう言ってみたものの、
「いえ、お魚大好きです。毎日でも食べたい」
と言っていたので、そういう遠慮はしていないみたいだ。
だがそうは言っても、まだ幼いからだである。
一つの食材にこだわってしまうのは良くない、と思い、一緒に食事をするときはサラダや穀類も注文するのだが、だいたいいつもおいしそうに食べる。
パンなどはいつ出してもらっても、
「こんなにフワフワでおいしいパンが食べられて幸せです」
などと言っている。
(まぁ、あそこ(奴隷商)で出しているパンはかびた石みたいだったからな)
と考えて、食べ物については偏食がほとんどないのだろう、と推測した。
ランチタイムでは、ゲルンが心配し考える以上にフリーダが栄養面にも気を配り、各種サラダや肉汁スープも注文してくれる。
その中には「キュルタ豆」と呼ばれる、栄養価は抜群に高いのだが、少し苦味があり、こどもが嫌うことの多いものも含まれていた。
しかしニレは、そういったものでもガツガツ食べている。
「嫌いなものがあったら残していいんだぞ」
とゲルンが助言しても、
「おいしいものばかりです」
とにっこり笑って、出されるものはほとんど平らげていく。
トルカやエルマリダなどはこのキュルタ豆が苦手らしく
「フリーダ、これ注文するのって、嫌がらせ?」
「もー、私がこういうの食べられないのを知ってて出すんだから」
とそれぞれ不満をもらしている。
後で聞くと、エルマリダ達有尾人の種族は肉食傾向が強いため、こういう苦味のある豆類や果実などは食べられない種族が多いらしい。
「ルルやザックハーなんかも誘ってみればよかったかな」
ゲルンがポツリともらすと、
「ルルはともかく、ザックハーだけは絶対に嫌!」
と、トルカ、フリーダ、エルマリダの三人がそろって声を上げた。
相変わらず安定した「女子からの嫌われ具合」である。
だがルルに対しては、三人とも申し訳なさそうな気持ちだった。
「ルルは仕事だったから仕方ないわね」とフリーダ。
「誘ったんだけどね、すごく残念そうにしてたわ」こちらはトルカ。
ゲルンがそれを聞いて、
「可哀想だから、なにか土産でも買ってってやるか」
と言うと、一同大賛成。
支払いをすませて店を出た。
このとき、ゲルンの耳元に声が聞こえた。
「剣士様、食事中、ずっと我々を見ている者がいました」
トルカからゲルンの影に移動してきたラムゼがこっそりと教えてくれた。
「そうか、で、そいつらは怪しいと思うか?」
こう尋ねると、ウォリスが代わって、
「まず間違いなく、敵です。連中『どれが宝玉少女だ?』と言ってましたから」
「そうか、そいつらの人相を覚えておいてくれ」
ゲルンが白き者に指示を出して、次に土産物屋に入っていくと、そこにはヴィルトシュネーが待っていた。
「用事はすんだのか?」
ゲルンの問いに、ヴィルトシュネーが答えた。
「はい、魔王様の玉座に、ニレ様が誘拐されたときの、あの舞姫が来ておりました」
これがトルカやニレの耳にも入って、全員に緊張が走る。
「落ち着け。ここではたぶん戦闘にはならないから、今まで通り、観光、散策を続けるんだ」
ゲルンが小声で言うと、みなすぐに元の空気に戻っていった。
「ルルの土産、私にはよくわからんので、お前たちで選んでほしい」
そう言われて、トルカ達がきゃっきゃっとはしゃぎ始めるが、
「でもルルだとこんなアクセサリーみたいなのより、食べ物の方が喜ぶんじゃないの?」
というトルカの提案で、食品系の土産物屋へと移っていった。
「おい、あれを見ろ」
ランチで昼食を取っていたジャック・パレが肘で隣の席でパスタを食べてたパエトールに合図をした。
「うん、どうした? あの賑やかそうな女どもか?」
パエトールは最初気づかず、単なる女のランチ客だと思っていた。
しかしその中に一人男がいて、その顔を見ると血相が変わっていった。
「おい、ありゃ...」
ジャックは目線を合わせるな、と指示して
「なかなか宮殿に入る方法がわからなかったが、むこうからお越しのようだぜ」
と言って、ランチをかけこみ、雑談をするフリをして、その一行を観察していた。
二人はニレ達が以前の衣装とまったく違っていたこともあって、すぐには判別できなかったのだ。
「あのポニテは湾曲刀使いか...宝玉少女もいるな」
「どれだ? どれが宝玉少女だ?」
「あの短髪じゃないかな。随分衣装やら髪型やらが変わってしまっているが」
ジャックがひときわ小柄な少女に目を向け、パエトールも目を凝らす。
「どうする? ブルーノに連絡するか?」
「そうしたいが、気づかれているかどうか」
「ともかくあの剣士と湾曲刀使いがいる以上、俺たちだけではどうにもならない」
少し考えた後、ジャックが決断する。
「よし、俺がつける。おまえはブルーノ達に連絡してくれ」
「わかった。だが俺たちの目的は情報収集だ。無理はせず気づかれたら逃げろよ」
そう言ってパエトールはこっそりと店を抜け出した。
フレーボム海港近くの旅宿に拠点を置いていたブルーノ達だったが、そこから先へはなかなか進めなかった。
『山の魔王の宮殿』領へは入るためには身分、出自を申告せねばならない。
火祭りのような時は別だが、それ以外の平日は申告が必須。
それだけなら虚偽申告でなんとかなりそうだったが、そこで魔術検査も並行して行われるため、虚偽申告はかなり困難である。
ブレンダたちを同行していないとは言え、エギュピタスの出自を語ればいっぺんに警戒されてしまう。
その算段をしている時、昼食で外出していたパエトールが戻ってきた。
「ブルーノ、やつらが山を下りてきてるぞ」
この知らせを聞いて、ブルーノは偵察メンバーを選出し、出かけてみることにした。
フーゴ配下のゴロにバルトロメオ、それにムルダ配下のポーラにガラ。
それに連絡に来たパエトールとともに出かけ、留守居をムルダにまかせる。
ブルーノは戦闘力も高い4人に念を押す。
「君たちの実力は知ってるつもりだけど、くれぐれも戦闘にならないように」
ゴロが女二人を見ながら
「おれは前に出るタイプじゃないので心配ないぜ。むしろこいつらが暴走しないか注意だな」
と言うので、ガラが嫌そうに顔をゆがめてゴロを見る。
「化け物に言われたかねーな」
少し険悪な雰囲気になり始めたので、ブルーノが二人を制して出ていった。
一方、一人残っていたジャック・パレは、ゲルン達がランチを終えて店を出始めたので監視を続けていた。
(スキを見て宝玉少女をかっさらう、というのは今度は無理だな)
そう考えながら、ゆっくりと彼らの後を追う。
だが通常の尾行者と違い、シーフ独特の索敵能力を持つジャックとパエトールである。
ほとんど千里眼と言っていいくらいに遠方からの観察が可能なうえ、条件によっては音まで拾えるのだ。
この能力があるので、ジャックもパエトールも戦わなくともいろいろなパーティで重宝されてきた。
従ってかなりの距離を取って一行を追跡していたのだが、ふと妙な動きに気が付いた。
それは影の揺れ。
普通の人間の目にはまったく留まらないであろう、微妙な影の揺れである。
(うん? なんだ、ありゃ)
ジャックがその揺れに気が付いて観察眼をフルに動かしてみると、あることに気づいた。
(なんてこった。影の中に護衛が潜んでいたのか)
しかも一人じゃない、ということに気づき、ジャックの関心がそちらに移っていく。
湾曲刀の小娘と剣士の影が重なる時、その影の中の護衛が場所を替えたりしている。
(二人、三人か?)
なんと。ジャックは『白き者』の人数まで把握してしまったのである。
一行が土産物屋に入ったとき、さらに一人が合流した。
紳士然とした長身の男だったが、その内からこぼれる殺気に気づき、ジャックはいっそう慎重に、距離を取る。
シーフ能力の索敵は魔術ではないので、それだけなら気づかれることはまずない。
しかしこれだけの手練れがそろっている。
自分の存在を既に知られてしまっている可能性も考えて、いつでも逃げられる距離に離れ、その上で耳をすます。
最初のウォリスのゲルンへの耳打ちは聞こえなかったが、新しく来た男の言葉は拾うことができた。
(舞姫が来ている? いったい何のことだ。新手の宝玉探しの一味か?)
だが他の女子たちは、ランチの感想やら、土産物屋のことや、衣装のことなどを話している。
(休暇で町に下りて来たのは間違いなさそうだが)
そう考えているところに、パエトールに先導されてブルーノ達も到着した。




