【3】 白き者
ゲルン達との会談を終えた魔王は、宮殿奥の院へと向かった。
そこは魔王の後継予定者たるフリティベルンでさえも許可なくして入ることが許されぬ魔王の間である。
いくつかの色の属性で異空間とつながっており、そこに植え付けられた魔王の眷属たちによって維持されている。
氷の間、闇の間、緑の間、青の間、地底の間、水の間、木魂の間、等々。
その中の一つ、『白の間』に足を運んだ魔王は、そこで白の妖精たちが変わらず精神活動をしているのを確認する。
床一面に敷き詰められた、白い花、白い結晶。
それらが風もないのに震え、揺れ、そしてささやきあっている。
その中から八方形の白い結晶が立ち上がり、魔王の前に進み出る。
「魔王さま、白の間へようこそ」
するとその背後にいた白い花たちが、白い結晶達が、口々に魔王の来訪を喜んでいる。
「お久しぶりです」
「来てくださってうれしい」
「もっと頻繁に来てほしい」
「魔王さま、愛しています」
などと、口々に自分の想いを語り、詰め寄ってくる。
だが最初に立ち上がった白い結晶がそれを制して、人の形をとり、魔王の足元に跪く。
「ヴィルトシュネー、変わりないか」
「ありがたきお言葉。魔王さまから声をかけていただけるそのひと時のために、日夜修練を続けております」
「うむ、お前たちに頼みたいことができた」
この言葉を聞いて、ヴィルトシュネーの背後にいた「白き者」達の間に興奮が伝わる。
「魔王さまのお頼みごと?」
「なに? なに?」
「私がやりたい!」
「なんでもするよ、魔王さまのご依頼なら」
「ヴィルトシュネー、早く聞いて!」
騒ぎ立つ声を背景にして、白き人の姿を取ったヴィルトシュネーが口を開く。
「光栄でございます。していかなる御用向きでございましょう」
「間もなくこの宮殿の南、フレーボムの港に、我らの客人黒衣の剣士ゲルンに仇なす二つの集団がやってくる」
「敵が来るの!?」
ヴィルトシュネーの後ろの声が、さらに色めき立ってくる。
「その背後関係を洗い、ゲルンと協力して、事にあたれ」
魔王はそう告げた後、さらに細かな注意を付け足す。
「現場ではゲルンの指揮下に入ること。なお、背後関係を洗ってほしいのは、そのうちの一つ。詳細はゲルンに聞け」
だがこの追加命令は「白き者」達には面白くなかったようで、
「魔王さま、魔王さま、対決は私たち『白き者』だけでやりたい」
「ゲルン様のお手を煩わせずに、私たちが戦いたい」
そういう声が上がってきたものの、魔王はそれらを無視して、ヴィルトシュネーに現場を一任する。
「何人つれていっても構わんが、あまり悪目立ちするな。人選は一任するが、ゲルンと協力できない者ははじけ」
その声で、背後の声は少し静まってしまう。
「頼んだぞ。ゲルンと言うよりも、やつがかこっている少女に重要な秘密がある。そこのところも斟酌してくれ」
「はい。確かに承りました」
そう言って、ヴィルトシュネーは立ち上がり、戻っていく魔王を見送った。
自宅へ戻ったゲルンとニレは、そこで朝を迎えた。
まだ料理人を雇っていないため、朝食をどうしようか、と考えていたところに、トルカ達が女官やメイドを連れて押しかけてきた。
「剣士さま! 料理人を見繕ってきました」
扉の向こうからトルカの大きな声が聞こえた。
(結界を張り直してもらったから、承認しないと入れないのだな)
ということを思い出して、
「しばらく待ってろ」
と言い、部屋着を整え、ニレにもラフな部屋着に着替えさせた。
「トルカさんですか?」
服を着ながらニレが確認する。
「そうだ。しかしあの感じだと、フリーダやエルマリダも来ている感じだから、お前も動きやすい部屋着を着ておけ」
と伝えた。
用意ができて扉を開けると、予想通り、トルカの他にもフリーダ、エルマリダ、ルル、そしてその他数名のメイド、女官たちも来ている。
「剣士さま、たしかまだ料理人を入れてなかったと思いましたので、腕の良い娘を連れてきました」
とトルカが言って、後ろで食材を抱えたメイド達を紹介する。
何人か知った顔もいたが、初見の者もいた。
後ろを見ると、フリーダとエルマリダもいて、妙に気合が入っている。
「剣士さま、お食事がすんだら、私たちがニレちゃんの髪を担当させていただきますね」
と、フリーダ。
「昨日見た感じですと、ニレ様の髪は光沢があって綺麗で、しかも柔らかそうでしたので、腕がなります」
エルマリダの方は、なぜか鼻息が荒い。
「あの...私は御主人様の奴隷の身です。『様』なんてつけられると困ってしまいます」
ニレが心細そうに言って、ゲルンの腰帯をぎゅっと握りしめた。
「んまぁー! なんて可愛い」
とエルマリダの発する声を聞いて、ゲルンはフリーダに思わず
「こいつ、大丈夫か?」
と聞いてしまった。
「剣士様、エルマリダは腕だけじゃなくセンスも良いので、人格面は目をつぶってくださいな」
などと言って微笑んでいる。
トルカが連れてきた調理担当の女官たちがテキパキと調理場で動きまわり、人数分の朝食が作られていく。
朝摘みの香草に葉もの野菜、豆類、チーズや穀類、そしてニレが好きだということを聞いていたのだろう、河魚なども用意されていた。
それらが切り分けられ、煮込まれたり、混ぜ合わされたりして、食卓にどんどん並んでいく。
あっと言う間に出来上がる、朝食のテーブル。
ゲルンは出発前の宮殿にいた頃は、こういう料理が出る場面には出て行かなかったこともあって、彼女たちの腕に関心してしまった。
しかも、魚料理は煮込みと焼き魚が用意されたのだが、なんと焼き魚の小骨まで丁寧に取っている。
ニレも同様で、作られていく過程が目の前で進行していたため、目を白黒させていた。
死にかけの奴隷だった頃、腐りかけていたり、固くなってしまったパンなどを食べていたので、もうこれだけで天国に来たような感覚になってしまう。
「あの...ご主人様」
ゲルンの袖を引いて、申し訳なさそうに尋ねる。
「どうした? 注文があれば今のうちにしといた方が良いぞ」
「いえ、そうじゃなくて...ほんとに私が食べていいのですか?」
などと聞くが、
「あいつらが一生懸命作ってくれたんだ。食べないのは失礼だと思いなさい」
というゲルンの言葉に下を向いて恥じ入りながら、
「はい、ありがとうございます」
と言っている。
一同で食卓を囲み、朝の会食を楽しんだ。
ゲルンの希望で、トルカ達だけでなく、調理を担当した女官、メイド達も同席することになる。
「えーと、確かリコリッタにナイーダだったっけ? こんなに上手だとは知らなかった。感謝する」
ゲルンが顔を覚えていた女官二人に礼を言うと、
「ゲルン様、名前を覚えてくれてたんですか。感激です」
と若い方の女官、リコリッタが嬉しそうに答えた。
「食材費用、この娘たちの賃金なんかは全部フリティベルン様から出ていますから、剣士さまはどんどん注文を出してやってくださいませ」
とフリーダ。
ふふ、と微笑みながらニレの方を見ると、匙を取って一心不乱に食べている。
過去が過去なだけに、やはり食べることが大好きなようだ。
一通り料理部隊が帰り支度を始めた後、「ニレちゃんの髪をいじりまくろう」部隊が残り、ニレの髪をどうするか、になる。
とは言っても、髪型の決定はカットをしてから、ということを言い渡していたので、とりあえず、カットをして長さをそろえていくことになった。
床に紙を敷いて、椅子に座ったニレの髪を、エルマリダが鋏を使ってカットしていく。
ほぼ丸刈り状態からの伸び放題を調節するため、カットだけでもそれなりに綺麗にまとまっていく。
ここで初めてエルマリダのカットを見たゲルンだったすが、なるほどフリーダが連れてきて、まかせるだけのことはある、と感心。
まずそろえてカットしていくのが速い。
しかも何気なく適当に切っているように見えて、手を離すと綺麗にそろっている。
確かにこのレベルだと、人格に多少問題があっても、信用してまかせられるな、と思ってしまった。
ものの数分で終わると、水洗いして櫛をかけ、タオルで頭を拭いていく。
それだけで、綺麗なボブカットの短髪少女の出来上がり。
「へえ、うまいもんだな」
横で見ていたゲルンが感心すると、フリーダも
「もうこれだけで十分なくらい、可愛いわね」
と言っている。
手鏡がなかったので、玄関口まで移動して、そこにある大きな姿見で映してみると、ニレも嬉しいような恥ずかしいような、そんな表情になっている。
ゲルンが「すごくきれいになった」と言うので、ニレはいっそうテレてしまい、ほんのり顔を赤らめている。
「まだまだよ」
しかしエルマリダはまだ物足りなさそうな声を出したので、
「ここから先は、また、ということで」
と強引にゲルンが終わらせた。
そんなやりとりをしている時、誰かが門の扉に近づいてきた。
「黒衣の剣士様、ヴィルトシュネーです。お話をさせていただきたく、やってまいりました」
という声が聞こえたので、ニレの髪についてはここで一段落。
ゲルンは魔王の使者を迎え入れることになった。
門扉の結界呪文を解除して、館の玄関口へと誘導したゲルンは、魔王の使者を迎え入れる。
玄関で白いスーツに身を固めた全身が白い男、ヴィルトシュネーを迎え入れる。
ゲルンは式典で顔を見たことはあったが、話したことがないため、事実上初対面。
ヴィルトシュネーの方もゲルンの顔は知っていたようで、
「剣士様、入館の許可をいただきありがとうございます」
と言って一礼する。
応接間に招き入れるが、トルカ達をどうしたものか、考えていると、
「今回参りましたのは、敵を迎え撃つための相談ですから、私としては臨席していただいても構いません」
とヴィルトシュネーが言ったので、トルカ、フリーダ、ルルは同席することになった。
ただしエルマリダとその助手をしていたメイドは、戦闘には関係ないので、座をはずして戻ってもらうことにした。
「それでは剣士さま、またこんな楽しいイベントがあったら、是非声をかけてください」
と言って帰っていくエルマリダとメイド達。
「イベントって...」
ゲルンはエルマリダの言い回しに少し驚いていたが、フリーダがフォローしてくる。
「許してやってくださいな。あの娘、ファッションやデザインが大好きで、そうなると目がないんです」
応接間に入り奨められて椅子に腰かけたヴィルトシュネーをじっくりと観察するゲルン。
上背はゲルンと同じくらいだが、全体にゲルン以上の痩身。
上から下まで白一色。
肌も白かったが、髪も総白髪なため、比較的肌の色が浮き上がっているようにも見える。
顔貌は整っているものの、生気が感じられないため、彫像を相手にしているような気分だ。
表情も決して乏しいわけではないのだが、機械的な印象がぬぐえない。
そんな思いで見ていると、
「これは失礼。改めて自己紹介をしておきます。私はペール・ヴィルトシュネー。魔王様より白の間をまかされております」
「ゲルンだ。魔王様には私の父の代より世話になっている」
略式で挨拶を終えたあと、さっそくヴィルトシュネーが要件を語りだした。
「...と言うわけで、ゲルン様のお手伝いをすると同時に、敵の背後関係を洗い出せ、と命じられました」
一通り魔王の命令を語ったヴィルトシュネーは、ゲルンの指揮下に入ることを伝える。
「そうですか。あなたのような方に協力していただけるとありがたい」とゲルン。
「そこで、敵についての情報をお願いできますでしょうか」
ゲルンはこれまで戦った相手のことを語ったが、
「背後関係を調べてほしい連中は、後の方、このニレを攫おうとした連中なんだが、すまない。私もこの程度しか知らないのだ」
と、わからないことが多い点について、不十分な情報を謝罪した。
「いえいえ、そんな。それを調べるのが私たちの仕事ですから」
と言って、ヴィルトシュネーが指をパチリと鳴らす。
すると彼の影から、人影が立ち起こる。
「この三人を指名しました。どうか、現場で指示を与えてやってください」
年若い赤髪の少年、長身で頬のこけた黒髪の青年、そしてブルネット短髪の女。
この三人が膝をついて、
「ゲルン様、私たちをお使いください」
と言うが、三人も感情が読めない。
「もしてこずるようでしたら、さらに白の間から増援しますが、おそらくこの三人で大丈夫でしょう」
ヴィルトシュネーはこう言って少し微笑むが、やはり機械的な印象はぬぐえない。
座り直すと、ヴィルトシュネーが白い石を卓上に置く。
「我々をお呼びになられるときは、これに向かってお呼び頂ければ、我々の内誰かが参上します」
そう言ってヴィルトシュネーは、三人を影の中にしまいこんだ後、音もなく退場していった。




