【1】 帰国
火祭りの終わった山の宮殿。
旅装を解くや、すぐさまフリティベルンの元へ向かったゲルンは事の顛末を報告し、不埒な戦闘集団がやってくる可能性を伝えに言った。
宮殿の外、かつてゲルンが仮の住まいとしていた宮殿のはなれで、トルカ達はようやく寛ぐことができた。
ベルトルド、ダイクなど、何人かの随行員、戦士たちは帰っていったが、トルカ、フリーダ、ルルと言った面々は、ここの女子宿舎で羽を伸ばしている。
「結局、ニレちゃんも剣士様に同行したのね」
ルルが水を向けるとトルカがその辺をかいつまんで説明する。
「当事者の一人ってことになるから、らしいわよ」と。
「私たちもわかんないことがいっぱいあるから、剣士様、説明に来てくんないかな」
いくつかある部屋の寝台に横になっていた、ルルが呟く。
「報告は形式的なものでしょうから、すぐ来て下さるわよ」
フリーダがこう相槌を打っているのを見て、
「私もニレちゃんが気になるなぁ」とトルカも参加してくる。
「ま、いまは戦いの疲れを癒しておくべきね」
ルルの言葉を聞いて、ルルとは別の寝台で横になっていたトルカがガバッと身を起こす。
「私はまだ暴れたりない!」
真面目な顔をして言い出すものだから、フリーダもルルもしばらくあっけに取られている。
「私はあのでっかいハリネズミみたいなのと少し戦っただけで、戦闘らしい戦闘になってないんだもの」
「あなた、オストール手前で上陸した漁港で誘拐犯相手に暴れまくってたじゃない」
フリーダが上陸した時のことを指摘すると、
「あんなのあっという間だったじゃない。フリーダの方が活躍してたし」
と言って、まだまだ御不満の御様子。
「おてんばだねぇ、14歳のお子ちゃまは」
ルルに煽られてトルカが
「この前15になったわよ! もうすぐ剣士様と結ばれるんだから!」
とムキになるトルカ。
「剣士さまがこんなおてんばを嫁にするとは思えないんだけどねぇ」
フリーダがニヤニヤしながらトルカに言う。
「何言ってんのよ。ともに戦場をかける新妻の方が、剣士さまにピッタリじゃない」
とテレもせず言い放つトルカ。
旅の疲れもどこへやら。
今日も三人娘は元気にゲルンの帰りを待っていた。
しばらくしてはなれの前に人の気配がしたので、「剣士様!?」とトルカが部屋を駆けだそうとする。
すると部屋の扉の前で、ベルカと鉢合わせ。
思わずぶつかりそうになってしまって、トルカは尻もち。
「ベルカ、どうしたの?」
フリーダがそれを見て尋ねると、
「エルゼベルト様があなた達から話を聞きたいと言って来られてるんだけど、どうします?」
エルゼベルトは魔王の娘で、フリティベルンの同母妹。
好戦的な武闘派として知られていて、美しいセミロングの銀髪に深い青の瞳。
魔王が愛した女性の娘だけあって、姿だけなら絶世の、と言ってもいいほどの美少女なのだが、性格がいたって好戦的。
その性格は、時に実質的にこの国を動かしいる魔王嫡子フリティベルンの悩みの種にもなっている。
トルカ達とも同い年で、身分を考えなければ、一緒になって騒いでいてもおかしくない少女。
特に戦いの渦中に身を投げ出すことを好むトルカとは、意見が合う時は誰よりも深く通じ合い、対立するときは誰よりも激しく対立する。
そんなエルゼベルトがおそらくゲルンの報告が終わっているであろうこの時間帯にやってきたのである。
「エルゼ、どうしたの?」
部屋に現れたエルゼベルトにまず声をかけたのがフリーダ。
エルゼベルトは堅苦しい肩書や尊称を嫌がっていたので、この三人と少し年上のベルカには、「エルゼ」と呼ぶことを求めていた。
「みんないるのね」
と部屋の中を一通り見渡したあと、
「あなたもいなさい」
とベルカも引き留めて、部屋の中にずいずいと入ってくる。
「あのニレって娘のこと、詳しく聞かせて」
どっかと椅子に腰かけて、四人に尋ねる。
ベルカが、ゲルンが判別石を使ってつきとめた宝玉の所有者で、と言うことを説明し始めたが、
「それは前に、ゲルンが戻ってきたときに聞いた話。そうじゃなくて、なんであの子供の中にとんでもない魔物が封じられているのよ」
ああ、そっちか、と思いながら、フリーダがベルカに変わって説明する。
「エルゼ、私たちもついさっき知ったところなので、そんなに詳しく知らないのよ」
フリーダはベルカの方に目をやって、
「エルゼが知ってるってことは、剣士様は皆の前で説明したのですか?」
と尋ねると、ベルカか困った素振りで、答えた。
「剣士様はフリティベルン殿下の報告に来られたのですが、たまたまそこにエルゼがいて、強引に報告を聞いてしまわれたのよ」
「当然よ。私だって王家の一員よ。聞く権利はあるわ」
ベルカを睨みつけるようにして見たあと、
「ニレの中にいる魔物って、あなた達は見たの?」
「見るも、何も」
ルルが少し言葉を濁すと、フリーダがそれを補って語った。
「中にいる魔焔公と言うのは、外で生きていく肉体を今は持たないので、ニレちゃんのカラダに宿りっぱなしです」
エルゼベルトが何か考えるようになったので、トルカが尋ねる。
「エルゼ、どこまで聞いたの? 魔焔公が気になるの?」
「うん、まぁ...」
そう言って、今度はトルカを見て
「私が知りたいのは、その魔物、強いのか、ってことよ」
この発言で、三人はエルゼが何を気にしているのかわかった。
恐らくゲルンは戦場での魔焔公の威力を見たままに語ったのだろう、圧倒的な力を。
それにエルゼベルトが惹かれてしまった、ということなのかもしれない。
「エルゼ、ありゃあ強いとか、そういうレベルじゃなかったよ」
ルルがそう言いながら、いくつか注意を与える。
「私も剣士様に注意されたけど、ニレちゃんがいる前で、魔焔公の気分を損なうようなことは言ってはいけないと思う」
「そんなに、すごいの?」
「うん、確かに戦になってなかったし。剣士様が説得してくれなければ、私たちは帰国できてなかったと思う」
トルカの説明を聞いて、エルゼベルトが「うぅん」と考えこんでしまった。
だがしばらくして、
「会ってみたいわ」
などと言い始めた。
驚いてどういったものか言えなかったトルカとルル。
しかしフリーダは
「そのうち剣士様が紹介してくれるのではないでしょうか。ニレちゃんの中にいる以上、最低限の人には伝えておかなくてはならないでしょうし」
一応は納得したようなエルゼベルトだったが、どうもまだしっくりこない、という顔付き。
「ところでエルゼ」
ここでトルカがあることに気づいて話しだす。
「なんであなたの方が剣士様より早くここに来たの?」
「それは...」
と言葉に詰まったエルゼベルトだったが、ベルカがフォローしてくれた。
「ゲルン様とフリティベルン殿下が、魔王さまにどう報告するか、で少しもめておられるのですよ」
「魔王様に?」
「ええ。魔王さまと魔焔公との関係がまだはっきりしないので。全くの初対面かもしれませんけど、そのあたりゲルン様が不安を感じてらして」
トルカがもめる理由がわからず、さらに説明を求めると、
「殿下はニレちゃんのことも報告すべきと考えておられるのですけど、ゲルン様が魔王さまの知り合いの可能性に言及されて」
「つまり魔王さまと魔焔公が対立する可能性があるってこと?」
「ゲルン様はそう考えておられるようです」
「でもなー、ニレちゃんをここでかくまう以上、魔王様に隠し通せるとは思えないし」
ルルがトルカとベルカの話を聞いて感想をもらす。
「私たちがここで思案しても始まりません。剣士様がお戻りになられたら伺ってみましょう」
フリーダがまとめてくれたおかげで、トルカもエルゼベルトも、そこで打ち切った。
「それじゃあトルカ。ギデオや他の町でのあなた達の冒険譚を聞かせてよ。メルシュの報告自体は聞いたのだけど、あれって簡単な報告だけだったし」
エルゼベルトが話をそちらに振ってきたので、トルカが目を輝かしてキャラバン隊との戦いを話し始める。
だがその過剰な修飾に、ルルとベルカが訂正しつつ、つっこみつつ。
エルゼベルトもはなれに来た時の少し緊張した面持ちから、笑顔がこぼれ始めていた。
しばらくして、ゲルンがニレを伴って宮殿はなれに戻ってきた。
郊外に作った家には明日帰る、ということで、帰国したこの日は、ここはなれで一泊する。
はなれの二階でニレを休ませようとすると、トルカ達が押し寄せてきた。
「剣士様、お疲れのところ、すみません。エルゼベルト様がどうしても聞きたいことがあると言って」
一緒についてきたメルシュが申し訳なさそうに伝えたが、ゲルンは愛想よく迎え入れた。
それほど広くない部屋に、メルシュ、エルゼベルト、トルカ、フリーダ、ルル、ベルカと言った女子軍が攻め入ってきた。
「エルゼだけじゃないのか?」
少し驚いたゲルンだったが、ニレは嬉しそうにニコニコしている。
少なくとも今は魔焔公は引っ込んでいるようだ。
「私たちは、殿下とどんなお話をされたのか気になって」
とフリーダが言うので、
「ああ、その件は、明日報告することでまとまった。私はかなり不安なんだがな」
「どうして?」とトルカ。
「魔王様との共通点を感じるんだ」
ゲルンは、自分の話題になっているのに表面には出てこない魔焔公を意識しつつ、会話を紡いでいる。
「詳細は明日、魔王様に伝えるつもりだが、魔焔公が発現しないので、恐らくケンカにはならないんじゃないかな、と思って、私が妥協した」
「そういや、魔焔公、出てこないね」
とルルが言うので、
「煽るなよ」と、ゲルンが釘をさす。
「その魔焔公って、ニレの中で眠っているのではないの?」
エルゼベルトが疑問を発するが、それでも魔焔公の反応はない。
「エルゼには明日、魔王様に報告の時、一緒に来てもらうのでその時に判断するといい」
「そう、わかったわ。でもゲルン、覚えておいて。私、その魔焔公に会ってみたいの。話が一段落したら、私に紹介してほしい」
ゲルンが、ふふ、と少し声をもらして、
「魔焔公に興味がおありかな?」と言うと、
「そりゃそうよ。私、強いヤツが好きだもの」
とこちらもニヤリと笑ってゲルンを見つめ返す。
この日の会談はここまでで、ゲルンとニレは久しぶりのはなれで、休息をとった。




