【10】 再び、フレーボムへ
這う這うの体でアストールに戻ったフーゴ達一行は、幌馬車隊に帰還して、事の顛末を伝えた。
「そうか」
と小さく呟いて、ラーベフラムは一行を幌馬車周辺に集めた。
「今まで一部の者にしか伝えておらなかった、十年前の魔物について伝えておく」
と言って、総員に、魔焔公について、説明していった。
まず最初に、皆に詫びたい。
あの恐ろしい魔焔公について、おそらくこの中で知っているのがわし一人だったにも関わらず、伝えておらなかったことじゃ。
だがことがこうなった以上、皆にあの魔焔公について、わしの知る全てを伝えておこうと思う。
まずあの魔物は、古き昔、ニイルの畔に現れ、その猛威を示したのち、エギュピタスの国に居つくことになった。
時の神官たちはその猛威を見て、争うよりも提携することを試みた。
そしてしばらくの間、エギュピタスを守ってくれていたのだが、やがて飽きてしまったのか、自らの意志で眠りについた。
その間、国が衰退し、王国の軍によって踏みにじられたのは皆も知っての通り。
そこで神官長は、この魔焔公を眠りから無理矢理に引きずり出して、宝玉の巫女の護衛を頼んだのじゃ。
そう一部の者にしか伝えてなかったが、宝玉はもともとエギュピタスにあったものなのだ。
それを隠していたのは、よけいな情報がもれて、奪われることを恐れたため。
だが国が亡ぶ方が先だったため、わしら当時の「宝玉を知る者」たちは、失敗を感じていたのだ。
それゆえ、国の再興のため、二人の巫女に帰還を求め追跡した。
ナイラーガとアルマリア、二人の巫女の行方は途切れ、十年の歳月が流れた。
そして十年目、ついにその片割れ、ナイラーガの痕跡を見つけて追撃を始めた、このあたりは皆も知るところであろう。
ナイラーガは死んでおった。
我々がその宝玉を受け継ぐ娘、それがわれらが今追っているあの少女、宝玉の少女である。
あの娘は、おそらくはナイラーガの娘、忘れ形見。
ナイラーガは自分の娘に、自身の内に授けられた宝玉を移し、こと切れた。
だが魔焔公の護衛は続いていたようだ。
この辺はわしにも事情がわからぬが、ナイラーガが死んだあと、魔焔公はあの娘の護衛に移ったらしい。
・・・このあたりはわしの推測の域を出ぬが。
ここで一息ついて、ラーベフラムはあらためて、特に初めて聞く若い者たちのの顔を見た。
「おばば、すると我々が対決したあの魔物は、もともと私たちの護衛だったと言うの?」
エレオノーラの麾下にいた一人の年若い少女戦士が尋ねた。
「そう。しかし我々の言う、護衛、契約関係とは、かなり違ってたのかもしれぬ」
ラーベフラムがまとまりきれぬ考えを吐露すると、ここでまたあの特徴的な、テトロの甲高い笑い声が響いた。
「キャキャキャ、ほんとにあんたたち、魔焔公のことをわかってないのね」
するとこれを聞いたラーベフラムが、
「テトロとやら、なぜおまえは魔焔公のことを知っておるのじゃ? 見たところおぬしは南方の産ではないようじゃが」
と尋ねる。
「そりゃ私は魔焔公が南方へヴァカンスに行く前からの付き合いだしね」
「ヴァカンス?」
不思議そうに聞いたラーベフラムに、
「あんたたちは契約したと思ってるみたいだけど、魔焔公にとっては物見遊山さ。契約なんかじゃない」
孔雀のような鳥は、バサッと羽を広げて、得意げに語っている。
「魔焔公があんたたちの国を守っていたように見えたのは、単に面白そうだったという理由だけ。あんたたちの事情なんて知ったこっちゃなかったと思うわ」
ラーベフラムが言葉を継げないでいると、テトロは一人語りのように続ける。
「でもよくわからないのよね。永遠に生き続ける少年のように無邪気で残酷な魔焔公が、なんであの剣士と契約して、しかもそれを守っているのかしら」
「あの剣士と、契約?」
エレオノーラが重ねて尋ねると、
「私にはそう見えたわ。ただその契約内容までは聞き取れなかったけど」
テトロがそう言ってラーベフラムに視線を戻して言う。
「ともかく、あの剣士の方が、魔物についてはよくわかっているみたいね、少なくともあなたよりは」
「たしかにそうかもしれぬ。魔焔公に国の守りを頼んでいたのは前代の神官長で、わしではなかったからの」
「それじゃ、私からも質問、いいかしら?」
テトロが前に進み出て、右の翼をぐいっとラーベフラムに向ける。
「あなたたちはあの少女の中にある宝玉を狙ってるのよね?」
「そうじゃが?」
「じゃなぜこのリーダーさんの宝玉には手をつけてないの?」
この問いを聞いて、若い軽業師たちが驚いた。
「姫、どういうことです?」
「私もこの前、森の魔物との戦いで初めて知ったのよ」
ブレンダがそう答えて、ラーベフラムに先を促した。
「皆に言うのは心苦しいのじゃが」
こう言って、老いた巫女が、以前ブレンダにした話を皆の前で繰り返した。
宝玉は全部で4つあった。
そのうちの3つはナイラーガとアルマリアに託されて、国の崩壊から逃げた。
ブレンダ様はまだ幼かったので、私、このラーベフラムが連れて逃げた。
いつの日にか、宝玉の強大な力を使い、エギュピタスの国を再建しようと考えて。
だが、落ち延びてひとまずの安寧を得たのち、持ち出した文献を使い宝玉について調べていくと、そう簡単ではないことがわかった。
宝玉を埋め込んだ強い魔力の者から引き出して元に戻す時、それに適した解除コードが必要なことがわかった。
強い魔力を持つ魔法使いなら、おそらくその解除コードがなくも力づくで引き出すことは可能らしい。
しかしそれをやると宿主、つまり宝玉を宿した者の命が燃え尽きてしまう、と言うことがわかった。
儂は...儂はできなかった。
強い魔法使いを探し出し、その力で生死をかけた抜き出しを行うことなど。
宝玉を取り出すことは、ブレンダの命と引き換えになる可能性がある。
それを聞いてキャラバン隊の面々は、下を向いたしまった。
確かにそれはできない。
今や国を失った彼らにとって、ブレンダは心を一つにまとめ、生きていくためのシンボルでもあったから。
ただ一人生き残っている、エギュピタス王族の血を引く乙女。
彼女の元に集結し、宝玉の強大な力を用いて国を再建すること、それが彼らの望みであったから。
生きる希望であったから。
「へぇ、良い話するじゃない、おばあちゃん。でも一つ、まだわからないんだけど」
こう言ってテトロがラーベフラムに尋ねた。
「その解除コードて、なんで宝玉を移したあなた達が持っていないのよ。おかしいじゃない」
「それは、解除コードを知っていた神官長様が死んでしまわれたからじゃ」
「でも、あっちの娘にはちゃんと解除コードがあって、二つの内の一つが無事に抜き出されたじゃない」
「なんですって?」
「彼らが解除コードを持っているっていうの?」
ラーベフラムだけでなく、ブレンダ、エレオノーラ、フーゴなど、それぞれに声を発している。
「私はその解除コードってのがよくわからないけど、魔焔公が言うには、二つのうち一つが抜き出されたので自分が活性化した、とか言ってたわよ」
テトロの言葉を受けて、ブレンダがラーベフラムに尋ねた。
「解除コードってのは、汎用なの? それとも個別に用意しなくてはいけないものなの?」
「わしが聞いた限りでは、個別、ということでございましたが」
「姫、次の目標は、やつらの拠点ですか?」
こう言ったのは若き魔剣の鍛冶師ブルーノである。
「その解除コードが個別だったとしても、そこから姫の宝玉用に術式を組み替えられませんか?」
ラーベフラムがハッとして頭を起こした。
「ふうん」
聞こえるか聞こえないかの小さな声で、テトロがブルーノを見ていた。
アストールの燃え落ちた宿屋から別の宿屋へと移動し、帰っていたメーネム、アニトラ、ウーデ達。
千里眼を持たない彼らは森の中で迷い、ゲルン達の炭焼き小屋にたどり着けなかった。
しかしおかげで魔焔公の炎に包まれなかったともいえる。
「どうする? もう一度『山の魔王の宮殿』に戻るか?」
ウーデがこう言うと、メーネムはそうだな、と言って、荷物をまとめる。
「船をなんとかしなくちゃな」
と言うと、アニトラが
「火祭りの後の観光船が使えるんじゃないか?」
と言ったので、それに便乗することにした。
「だが今度はもう一度、計画を練り直さないとな。俺たちの面も割れてるし」
とメーネム。
「それと情報も欲しい」
メーネムのこの言葉を受けて、生き残った一同は宝玉奪取のため、フレーボムの港を目指して準備を始めた。
東の森で追っ手を退けたゲルン達も、いち早く森を脱出して本国への帰還を考えていた。
だがこちらは船がある。
アストールで待っていたベルトルドの船に向かい、それを使ってフレーボムの港へと向かった。
「犠牲者を出すこともなく、帰還できそうで良かったですな」
ようやく肩の力を抜くことができたメルシュが、ゲルンに言った。
「一人、とんでもないのが付いてきちゃったみたいだけどね」
とルルが言うので、ゲルンが注意する。
「魔焔公は眠っているわけじゃないから、言葉には注意した方が良いぞ」
ルルはハッとしたが、
「ふふ、そのくらいならかまわんぜ。俺は心が広いんだ」
と、ニレのカラダから、ニレの声で魔焔公がしゃべった。
「ニレの声で話されるのは、まだちょっと慣れませんな」
と少し笑みを浮かべつつ、ゲルンが言った。
「すまねえな。もうしばらくは引っ込んでるから、オレの話題は出さないでくれ」
と言って、ニレの奥深くに沈んでいったようだ。
「でも剣士さま、今回の件は無事にすみそうですけど、招かれざる客を呼び込むことになりませんか?」
フリーダが不安そうに尋ねてきた。
「そうだな、魔王様にご迷惑をかけることになるかもしれぬ。しかし...」
「でもこの際だから、あの鬱陶しいサーカス団の連中を撃退できるんじゃない? あたしたちのホームなんだから」
と、トルカが軽快にことばを重ねた。
かくしてフレーボムの港に、三組の戦闘集団が集結しようとしていた。




