【5】 十年前
ニレが火祭りで異変を呈していた頃、フレーボムの対岸コートブルクに、ようやくエギュピテンスのキャラバン隊が到着していた。
火祭り三日目、最終日の夜のことである。
旅装を解き、一息入れる一行。
その中で団長エレオノーラがラーベフラムに話しかける。
「火祭りには間に合わなかったようだね」
「仕方あるまい。ギデオからまさかここまで来るとは思ってなかったからの」
「蓄えはまだあるから、帰国しなくてもまだ追撃はできるんだろ」
「姫様はそのおつもりじゃ」
「そう言えば姫と何やら長い間話しこんでたが、何だったんだい」
エレオノーラが軽い気持ちで尋ねたこの一言に、ラーベフラムはぎろりと睨み返して、言った。
「姫君にさえ黙っていたことじゃ」
ラーベフラムの強い目つきに驚いたエレオノーラが、
「わかったよ、その件についちゃつっこむな、ってことだな。そんな目で睨むなよ」
といささか引いたものだから、ラーベフラムが少し弁解する。
「いや、すまぬすまぬ。旅の疲れが出てしまったようじゃ。お前さんにも時期が来たら話すことを約束するよ」
「気を使わせてしまったみたいね、こちらこそすまない」
と言って、エレオノーラは肩をすくめて見せた。
そのブレンダは、テントの中で一人、あの夜、ラーベフラムに詰め寄ったことを回想していた。
ナイラーガのこと、宝玉のこと、そして自身のこと。
思索の途中、ブルーノがやってくる
「姫、何かお悩みごとですか? 僕で良ければ相談に乗りますが」
ブルーノの言葉が聞こえて、ブレンダはようやく彼がテントの中に来ていたことに気づいた。
「あ、いえ、なんでもないのよ」
これを聞いてブルーノが出て行こうとすると、ブレンダはあわてて呼び止めた。
「ブルーノ!」
突然名前を呼ばれて驚いたブルーノが振り返る。
「聞いてほしいことがあるの。ただし、他言無用で」
ブルーノが、そんな大事そうなことを、よそ者である僕が聞いていいのですか? と念を押すが、
「あなたが胸の内にしまっておいてくれれば問題ないわ。それにいづれ私の口からエレオノーラ達に言わねばならないでしょうから」
ブレンダがこう言うので、ブルーノは戻り、このキャラバンのリーダーの前に腰かけた。
ブレンダがあの夜、ラーベフラムから聞かされた十年前のことである。
エギュピタスに王国の軍が攻め込む少し前、エギュピタスの神殿の長たる神官長が、王国の進行を予言をした。
この大河の川辺に数千年の歴史を刻んできた神政国家に、国の宝とも言われるものが神殿に納められ、代々守られてきた。
それを「逃がす」ために、神官は四人の巫女を呼び出す。
いづれも若く美しく、この国に、この民に、そして彼らが信じる神々に、忠誠と命をささげることを宣言している巫女たちである。
その宝物、彼らの間で「宝玉」と呼ばれている至高の財を、その身に移し、守ることが命じられた。
「宝玉」とは言うものの、それは個物ではなく、魔呪の刻印である。
邪を払い、民の未来を復活させる、非常の秘玉。
4つの宝玉を一人一つずつ、その体内へと移し、逃げ延びよ。
そしていつの日か、その宝玉でもって、魔の軍勢を呼び覚まし、国を再興せよ。
この命を四人に言い渡した。
だが伝承の中にあった「宝玉」の猛威は、神官長にさえ細かく正確には伝わってなかった。
四人の巫女に、神官長自ら魔呪を刻み、移転させた。
そしてそれを介抱するコードをそれぞれに託す。
だがここで異変が起こる。
選ばれた四人の中で最年長の巫女が、宝玉の魔力に耐え切れず、ほどなくして悶死した。
また別の一人が精神を侵され錯乱し、衰弱していく。
残った二人はなんとか耐えたものの、予想以上の魔力圧に苦しんでいる。
神官長は無事だった二人を治癒し、死んだ一人と、錯乱し衰弱する一人から、宝玉を回収し直した。
だが衰弱していた巫女は、回収後、体力を回復できず萎れるように死んでしまった。
強い魔力を内蔵する巫女は既にいないため、いち早く回復した最も若い巫女ナイラーガがある提案をした。
「私の中に二つ、移せないでしょうか」
神官長が驚き、さすがにそれは危険だ、と判断したが、その時王国軍が南下し、国を滅ぼさんと迫って来ている報告を受けた。
事態が急を要したため、神官長はやむを得ず、その若き巫女に運命を託すことにした。
ナイラーガは二つ目の魔力圧に耐えた。
一時は死の淵をさまよいかけたが、彼女の内包する魔力、国を、民を思う気持ちがこの苦悶に打ち勝った。
だが残る一つの宝玉は...。
もう一人の無事だった巫女は、回復しつつあったものの、とても二つ目を封じるには無理がある、と判断された。
神官長はその経緯を神政会議にかけ、世俗を担当する国王に諮問する。
この国では神殿と神政会議の力が優先するため、国王と言えども神政会議では下位の位置になる。
そこで出た結論。
巫女でなくても、強い魔力因子を持つ女性にこれを託そう、ということになった。
だが巫女とは、魔力でもって選ばれるもの。
下々にそんな強い魔力持ちなどいるはずがない、と思っていた矢先。
国王の王女が、それに該当することが判明した。
王族は、魔力検査の例外として検査を受けていなかったため、それから漏れていたのである。
国王夫妻は悩んだ。
魔力持ちと言っても、まだ六歳の幼女である。
体力という面で耐えきれないのではないだろうか、という危惧だ。
だが、王国軍は破壊を極め、ほぼ目前に迫って来ていた。
国王夫妻は敵軍が降伏を許さず、皆殺しにしていることを見て、決断する。
「幼い姫に宝玉を移せ。だが姫は二人の巫女とともに、確実にこの国から逃せ。そして固く秘密を守らせろ」
姫を守る巫女として、その頃既に最年長であった巫女ラーベフラムが指名された。
国王夫妻が祈るような気持ちで見守る中、神官長によるブレンダ姫への宝玉移転が行われた。
姫の魔力は強大だった。
移転を終えたのち、神官長は、ナイラーガと同じくらいの強さがあるのではないか、とさえ感じていたのである。
そして二人の巫女、一人の姫に、国と民の未来を託して、迫りくる王国軍の目をかわして亡命させたのである。
エギュピタスの国は滅び、国王一族は皆殺しにされた。
王国領となってしばらくした後、王国側の王も崩御し、次代の国王が立った。
王国の後継者は、度重なる戦争で疲弊した国内をまとめるため内政に従事。
そのお陰で、かつての被征服民には自由が与えられ、故地に住むことさえ許されるようになった。
しかし、国の再興は厳に禁止され、その点に関しては過酷な内部統制がとられたのである。
「姫本人はもとより、エレオノール達にさえ言わなかったのは、亡き神官長、国王夫妻から、秘密を守るように言われていたからです」
そう言ってラーベフラムは話を終えた。
「二人の巫女、うち一人がナイラーガだったということね? で、もう一人は?」
ブレンダが聞くと、ラーベフラムが答える。
「もう一人の巫女、アルマリアについてはわかりません。エギュピタス崩壊とともに、行方知れずとなりました」
「エギュピタス再建のために、私ではなく、そのナイラーガの宝玉を使おうとした理由は?」
ラーベフラムは言ったものかどうか、少し逡巡した様子を見せたものの、答えた。
「ナイラーガは宝玉を二つ埋め込まれました。宝玉を一つ抜いても、と思ったことと、できれば姫様のからだに手をつけたくなかった」
「宝玉を抜けば、死ぬってこと?」
「いえ、そんなことは。解除コードを使えば死ぬことはないはずです。むしろ移転のときに受け手の魔力圧が低いと死んでしまいますが」
「私の解除コードはあるの?」
ラーベフラムはこの問いにも詰まってしまい、沈黙が続くが、やがて
「ありません。逃げるときに、それを持った者が行方知れずになってしまいました」
と、絞り出すように言う。
「と、こんなことがあったらしいのよ」
ブレンダが語り終えた後、ブルーノもいくつか質問する。
「解除コードについて、心当たりはないのですか?」
「ラーベフラムにも聞いたけど、わからない、って。でも、神殿で聞いた話として、北方にいくつか逃がした、とも聞いたそうよ」
「北方ですか。普通に考えると、このコートブルクや『山の魔王の宮殿』もその範囲になりますね」
なんでも神官長という人物が『山の魔王』の一族と接点があったらしい、とのこと。
「もう一つ、判別石というのは?」
ブルーノが尋ねると、ブレンダは、それは簡単、と軽く説明してくれる。
「それは宝玉と対になっている、と伝承されているようだけど、ある程度の高級魔術を極めると生み出せるそうよ」
と説明してくれるが、
「でもエギュピタスの神官たちはほとんど殺されてしまったらしいから、エギュピタスでそれを作れる人はいないけどね」
とも付け加えた。
「わかりました。このことは僕の方でも内密に調べてみます。どうか姫は心迷わないようお願いします」
そう言って、この夜の対談は打ち切られた。
翌日。
コートブルクの町にもオストールの異変が伝えられた。
早朝、下町の小さな家で発火騒動があり、炎に包まれた少女が魔法を使って東の森に飛んでいった、というものだった。
これを聞いてエレオノーラが東へ向かうことを提案する。
「我々には海路を行く手段がありません。東回りで陸伝いにフレーボムへ向かった方が良いのではありませんか」と。
ブレンダに星占いを依頼されたラーベフラムが占うと、その東方の異変は宝玉の少女によるものであるらしい。
どういう経緯でそんなことが起こったかはわからぬが、とラーベフラムが付け加えたものの、この占いにより、キャラバンの進路が決まった。
一隊は宝玉の少女を求めて東へと向かうこととなった。




