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魔女姫争奪戦  作者: 方円灰夢
第4章 魔焔少女
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【4】 東の森

中空に浮かぶ一人の少女が、両手を上に掲げた。

少女の周囲の空気が渦巻き、熱を帯びる。

やがてその熱気は球体となり、陽が未だ上りかける途中の朝空に輝き、周囲に熱波を落とす。

彼女が捕らえられていたその小さな家屋が一瞬にして炎に包まれる。


燃える家から飛び出してくる、メーネム達。

それを見て少女の顔が、笑いに歪む。

上に掲げた腕を下ろし、今度は真横に伸ばす。

熱球の外側に、高熱の風が起こり、それが熱波となってメーネム達を襲う。

メーネム達は散開するも、熱波は一人ひとりを追撃し、それぞれが炎に包まれていく。

メーネムやアニトラ、ウーデ達は建物の影に身を隠そうとするが炎が迫ってくる。


これを見てゲルンが少女の前に身をさらした。

「剣士様、無茶だ」

背後からメルシュの声が上がる中、ゲルンは熱球に近づいていく。

「ニレ、私だ、わかるか?」

その声を聞き、熱線でメーネム達を追撃していた少女の動きがとまり、上空からゲルンを見下ろす。

「なんだ、貴様は?」

少女は広げた両手を前に出し、ゲルン目掛けて高熱線を放つ。

赤い光の線となって、ゲルンに炎が襲い掛かる。

「ニレ!」

叫びながら、ゲルンは剣を抜き、真正面から炎を切り裂く。

熱の塊は、まるで切断されたように左右に分かたれてゲルンから外れていく。

魔術師とも戦ってきた剣士である。

動きの読みやすい直線攻撃なら、魔剣に魔力を注ぎ込むことで回避が可能となる。


「ほう」

と少し感心したようにもらす、中空の少女。

「この娘が恋いこがれるだけの実力ということか、それとも...」

そう漏らしながら中空から地面に舞い降りて、ゲルンを見つめる。

ゲルンは集中を切らさず、視線をニレのからだをしたものの上に固定していたが、その背後でトルカ達は戦を見守っていた。

正確には、ゲルンの加勢をしようと飛び出していきかけたトルカを、フリーダとルルが抱き着くようにして引き留めていたのだが。

その中で、トルカは地面に降り立つニレの姿をした者の言葉を聞いてしまった。

(ニレちゃん、やっぱり)


「ニレ、聞こえるか!?」

ゲルンはまだニレに呼びかけている。

だがニレとしての反応はまったくなく、ニレのからだからニレの声で、言葉が発せられる。

「そうか、そうだったな。おまえがこの身体が衰弱死してしまうのを防いでくれたのだな」

「おまえは誰だ」

ゲルンの強い問いかけの言葉に応えるわけでもなく、その少女はあざ笑うごとくに自身の話を続ける。

「このからだを元に戻してくれた、その点には感謝しよう。ここから立ち去るのであれば、命まではとらぬ」

「おまえは誰だ、と聞いているんだ!」

「立ち去れ。それが俺にできる最大の譲歩、最大の恩情だ」

そう言いつつも、少女を包む大気が再び温度を上げ始める。

「だが、俺の好意を無視して貴様が向かってくるのであれば、消し炭にしてやることに躊躇はないぞ」


温度上昇により、ゲルンの側からは少女の姿が歪んで見えるようになる。

少女の肌の上には直接高温が触れることなく、その周囲、おとなの体格ほどの距離で、高熱が球形に放射される。

もはやそれは「燃焼する」というレベルではなくなっている。

背後の木々は一瞬で炭化し、大地は熔け始めた。

先ほどの熱線とは比べ物にならない高温だ。

まるで地獄の劫火のごとく周囲を熔かし始めた熱気が、ゲルンに迫ってくる。


ゲルンと少女の戦いによって難を逃れたメーネム達は、かろうじて運び出せた『傀儡石』で、もう一度あの少女にアクセスしてみよう、と考えた。

ウーデによってその水晶塊がメーネムの前に出され、それに思念を込めるメーネム。

水晶塊から再び光が生まれ、それが光熱少女の元へ向かっていく。

早朝の光と、高熱放射により肉眼では見えなくなっていたが、確かに光の糸は再び少女にとりつき、からみつく。

一瞬、知覚が遅れたものの、ニレのからだをしたものが、それに反応する。

「何度やっても無駄だ」

と言って光の糸を払いのけようとする高熱少女。

そこにスキがうまれたのか、脳内にまた声が聞こえ、そして、コントロールを奪い返された。

「ダメ。剣士様に炎を向けちゃ、ダメ」

その瞬間、少女から発せられていた光熱が消える。


剣を構えていたゲルンは

(あの規模の高熱が来たら、この魔剣でも防ぎきれるかどうか)

と思っていただけに、この変化に驚くと同時に、少女にみなぎっていた戦意のようなものが一瞬にして消えたことに気づいた。

「ニレ!」

ふらふらとゆよろめくようにして膝から崩れていく少女。

そこに走り寄ろうとするゲルン。

しかしすぐさま少女は意識のコントロールを取り戻し

「なめるな」

と呻くように言い放ち、ゲルンの手から空中へと逃れた。


だが少女にはもう光熱を放射しようとする力が残っていないかのように、攻撃はせず、フラフラと東の方へ飛んでいく。

オストールの町も東方には森が広がっていて、それが王国と隣国・蛮国との境目になっている。

とは言え、国境というよりむしろ住み分けの地と言った方がふさわしく、検問、検疫のような場所があるわけではない。

ゲルンは、空中を漂いながら移動していくニレを追った。

その背後からメルシュやトルカ達も追走する。


一方建物の影では、

「一定の効果は見込めるようだが、とても操れるというレベルではないな」

ネーメムがそう言って傀儡石を布に包み、生き残った部下たちに命令し、こちらもまた追撃する。

その数は五人に減っていたが。



森に逃げ込んだ少女のからだに潜む者は、ある大樹の幹にとりつき、ハアハアと粗い息をこぼしている。

「また燃料切れか...いや、そうではないか」

自身の魔力そのものは衰えていない。

現にここまでそれほどの苦労もなく飛んでこれたのだ。

炎を放射しようとすると、中から「待った」がかかる、そんな状態、感覚なのだ。

このからだの脳が、感覚器が、心臓が、まだこれの持ち主だった者と、不可分に混ざり合っている感覚。

その意志を、心を、魂魄を、押さえつけることはできても、封印したり、滅殺したりすることはできない。

できればこの小娘を外に追い出したいのだが、逆に自分がはじき出される可能性もある。

この身体はまだまぎれもなく自分のものではない、少女のカラダだからだ。

混ざりあってはいても、分離しようとすると、この小娘の方の意志が優先されてしまうのではないか。

そう言ったことを考えつつ、完全に自分のカラダにはなっていないもどかしさも感じていた。

封印の石はたしかに魔術的処理で正しく摘出されている。

もう一つの石は封印石ではない。

このあたりのことも、まだ整理できていない。

いったい自分はどうやってあの女に封印されてしまったのか。

そのあたりの記憶も不鮮明で、それが十分に力を発揮できない一因のように思えた。


もっと完全に力を取り戻し、復活してからと思っていたのだが、思い切ってここでかつての眷属を呼んでみるか。

こうも考えたのだが、眷属と言うのは、部下ではない。

単に自分の力の方が上回っていただけで、力づくで抑え込んでいたものだ。

不十分な復活で呼びこんでも、俺の力になってくれるかどうかはわからない。

へたをすると反撃して、逆に自分を眷属にしようとするかもしれない。

そして同時にもう一つのことにも気づいていた。

(あの剣士がからむと、こいつの活性が上がり、俺の活性が下がる)と。

あの男とは、しばらくは正面切っての対決はしない方が良いか。

そう思いつつ、森の中を進んでいく。


「剣士様、まだニレちゃんとの反応はつかめますか?」

森の中を進みながら、フリーダが尋ねる。

「前に比べて濁ったものも感じるが、反応そのものは追える」

そう言って少女の姿をしたものを追尾していたゲルンだったが、背後から同様に追ってくる者も感じた。

足をとめたゲルンに、

「追いついたのですか?」と尋ねるダイク。

「いや、別の何者かが私たちを追っている」とゲルン。

「そう言われれば...確かに」とメルシュ。

メルシュが感覚を後方に向けて探ると、5人の気配が感じられた。

「追いますか? 迎え撃ちますか?」

メルシュの問いに、追撃を優先することを伝えるゲルン。

「やつらと戦って、その間に反応が消えてしまっても困る。この反応の中の濁りも気になるし」

とゲルンが言ったので、追走を再開する。


一方、メーネムも、前方にゲルンらがいることを知った。

「やつら、あの少女の行く先がわかるみたいね」

アニトラの言葉を受けて、

「そのようだな。あいつらについていく方が確実だろう」

とメーネムが言って、ゲルン達の後ろについた。



森の樹間を飛んでいく少女は、やがて一軒の炭焼き小屋を見つける。

その屋根に取りつき、中の様子を探るが人の気配はない。

だが、人が住んでいる痕跡はあるので、おそらく仕事に出かけているのだろう。

その屋根の上で一息入れて、近くにいる眷属を探り、呼んでみる。

(モグネスにテトロか)

そう言って、個別に信号を送る。

(後はここに隠れて迎え撃つか)

完全なからだなら、あんな連中など瞬時に跡形もなく消し去れるんだが...。

こう考えて、草葺屋根の隙間に潜り込み、気配を絶って同化した。


「あれは...炭焼き小屋か?」

森の中に、少しだけ人の手で切り開かれた土地が現われる。

ゲルン達一行はその炭焼き小屋の前で、周囲をうかがう。

「間違いない。ここからニレの反応がある」

ゲルンがそう言って小屋の中をうかがうが、人の気配がない。

それにはメルシュも気づいて、

「しかし剣士さま、この小屋には人の気配がありませんぞ」

と言う。

確かに、樵か、林業従事者か、誰かが住んでいたようなのではあるが、現時点では人がいない。

「入ってみよう」

ゲルンがそう言って中に入るが、誰もいない。

打ち捨てられた廃屋というのではなく、少量だが干し肉や干飯が蓄えてあり、確かに人は住んでいるようだ。

「樵が仕事に出ているのなら、おそらく夕刻までは戻ってきませんぞ」

「だが、確かに反応を感じる」

メルシュとゲルンの会話を聞いていると、ダイクが外に誰かやってくるのを感じた。

「剣士様、誰か近づいてきますぞ」

「樵さんが帰ってきたのかな?」

トルカがこう言って家の外に出てみるが、それらしき人影はない。

だが、確かに誰かが近づいている。


ゲルン達も外へ出てみると、ほどなくして、木々の間から誰かがやってくるのが見えた。

だがその姿は大きく、どう見ても樵の姿などではない。

「人じゃない。熊か?」

ルルがそう言って警戒すると、どんどん近づいてくる。

その姿はますます大きくなり、熊でさえなくなっていく。

「違う。魔獣だ」

メルシュがそう言うや、ゲルン達は警戒態勢に入る。


ゲルン達の前に現れたそれは、身の丈が成人の3倍は優にある黒い怪物で、頭頂部までびっしりと毛におおわれていて、その中から黒い目が二つ、こちらを見ている。

その怪物は、人語でしゃべった。

「魔焔公から復活のシグナルを受けたが、貴様らの誰かか?」

そう言ってその黒い毛むくじゃらの怪物が、ゲルン達一人ひとりを見ていく。

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