【2】 妖魚と雷撃
フレーボムの港から東方へ数里。
うらさびれた漁村に今にも朽ち果てそうな古い廃屋がある
そこに集まっていた六人の男女が、まだ夜が白む前、西の夜空を眺めている。
やがて西の方から赤い光が上がり、ほどなくして赤い光球が浮かび上がるのが見えた。
「どうやら発現したようだな」
リーダー格の中年男が言うと、待機していた5人が立ち上がる。
最初、小さな点のように見えた赤い光が、少しずつ大きくなり、近寄ってくるのがわかる。
立ち上がった5人の中の一人が問う。
「だが、まだ操れないはずだったな。直接ここへ呼び込んで大丈夫なのか?」
するとこの中の紅一点が、
「大丈夫だよ。あれはまだ子供だった。体内に蓄えられる魔力まだ小さい。ここまで飛ぶのがやっとのはずさ」
と言って、その男に応える。
女の言う通りだった。
赤い光の球は接近してくるに従い、その光量、熱量を下げていき、6人の前にくる頃にはほとんど消えかけていた。
廃屋前に来ると、その光球の光と熱が消え、中から寝衣の少女が現われ、二、三歩歩いて、ばったりと倒れる。
リーダー格の中年男が、こわごわ触れてみた後、触れる温度になっていることを確認して、よいしょ、と持ち上げた。
「急ごう。さすがにあの光と熱には魔王側の軍勢も気づいているはずだから」
6人は、漁村に停泊させてあった小舟に乗り込み、対岸目指して進み始めた。
動力は妖魚の群れ。
ベルトルドが操る巨大な海竜ではなく、無数のコントロールされた動力魚が一団となって船を押し上げるのである。
この妖魚の群れを操る小柄な男がリーダー格に聞く。
「だが今は大丈夫でも、やがて目覚めた時に我々も危険になるのではないか?」
「そのためのこいつだ」
と言って、布包みの中から、水晶塊を取り出す。
回収し、今は失神している少女の甲をナイフでうすく切り、水晶塊に数滴血を滴らせる。
少女の甲を止血した後、
「これでこいつの意識はこれと連動する」
「なるほど、こいつで操るわけか」
「そうさ。ここに俺が司令魄を入れて、この娘の脳を乗っ取るってわけさ」
宮殿では、夜明け前に突如現れた赤い光球について、対策会議が練られていた。
議長はフリティベルンで、もっぱら情報の収集にあたっている。
ベルカやロックウェル卿など、宮殿の警備や情報整理をする者も集まっているところに、ルルが乗り込んでくる。
「ベルカ、どうやらあの光球はニレちゃんらしい」
「え?」
と驚きの声を上げたのは、ベルカだけでなく、フリティベルンも。
「剣士様もいない。たぶん追ってったんじゃないか、と思う」
「追ってったって、どこへ?」
「トルカが言うには、東南の漁村らしい」
「わかった。それでそのトルカは?」
「フリーダも一緒に、その漁村へ向かっている」
「ベルトルド、急ぎ港から船を出して、現地に向かえ」
フリティベルンの判断は早かった。
事の次第を確認するよりも先に、追跡を優先したのである。
ベルトルドが立ち上がると、
「私もお供させていただきます」
と言ってメルシュが随行する。
もちろんその後に旅の仲間ルル、ザックハーも従えて、海から漁村に向かい、そこでゲルン、トルカ、フリーダも回収して追跡する、ということだ。
ベルトルドは船の準備、そして自分の子飼いの海竜を調整するかたわらで、自身の兵士も乗り込ませた。
今度は隠密行動の必要がなさそうなので、兵員も増強していくことになる。
一方ゲルンはニレを追って漁村近くまで来たのだが、見失ってしまった。
しかしほどなくして、一艘の漁船が出ていくのを目撃する。
ニレの奴隷刻印はまだ生きているはず。
そう考えて、ゲルンが意識を集中すると、確かにあの漁船から、自分との主従の契りを交わした反応が感知される。
ゲルンが漁村から空いている船を借り出そうとしたとき、トルカとフリーダも追いついてきた。
「剣士様、ベルカから連絡が」とフリーダ。
「こちらにベルトルドの船を回してくれるそうです」
トルカの言葉を聞いて、ゲルンが漁港で待機していると、間もなく海竜船が視界に入った。
小舟を借りて三人が乗り込み、海竜船まで漕いでいき、そこで合流。
ベルトルドが出てきて
「よう、こいつで追撃するぜ」
と言って、船に乗り込んだゲルンの肩をたたく。
「素早いな」
ゲルンが感心していると、フリティベルン殿下の指示だ、と教えてくれた。
「それで、ニレちゃんの行く先に心当たりはあるのか?」
と尋ねると、ゲルンは明解に答える。
「心当たりはないが、行き先はわかる。まだ奴隷刻印は生きているからな」
「そいつは頼もしい。あてにしてるぜ」
と言って、再びゲルンの肩をたたいた。
「いてーよ」
と言いつつ、ゲルンはニレからの刻印反応を探りつつ、方角を指示した。
ニレを回収した漁船は、フレーボム対岸の岸辺、と言ってもコートブルクからもかなり東にある辺境の岸辺に着いた。
港湾施設のないところだったので、少し時間をかけて船を岸辺に乗り上げ、上陸。
リーダーの中年男が少女をズタ袋につめて、丘に上がった。
小さな石造りの古家に入っていき、そこに待っていた一段と合流する。
「ペロン、早かったじゃねーか」
その中の一室で待っていた大男が声をかける。
ペロンと呼ばれたリーダー格の中年がそれに応える。
「ああ。しかし攫ったと言うか、こちらに誘導しただけだ。まだこいつが俺たちの武器に、財産になるかはわからん」
顛末をいろいろと語っていたペロンだったが、部屋の隅で待機していた初老の男が小さく声をあげた。
「ツァハリアス、どうした?」
するとその男は
「ペロン、おまえ、つけられたな?」
このひと声に、一同携帯している武器を手にして立ち上がった。
「そんな、バカな。俺たちは船でこちら側に来たんだぜ」
「ツァハリアス、敵か?」
「相手は何人くらいだ」
と口々に言いながら、立ち上がり、警戒態勢を敷く。
「向こうも船だ。海竜船のようだな」
ツァハリアスの言葉に驚いてペロンが
「海竜船だって? すると魔王軍がもう気づいたってことか?」
ペロンの仲間も驚いている。
「ま、あれだけ派手に光をまき散らしたらね」
と褐色の踊り子、アニトラがもらす。
「ともかく迎え撃とう。海竜船が出てきたということは、ベルトルドやゲルンも来る可能性がある。さすがに逃げ切れないだろう」
と大男が言うと、それぞれ武器を手に、準備を初める。
「ツァハリアス、どの程度の位置にいるかわかるか?」
大男がツァハリアスに尋ねる。
初老の男が千里眼の制度を上げようと目をこらしたのち、
「まだ上陸はしていないようだが、まもなく接岸するようだ」
と言った後、分担を決める。
「俺たちが迎え撃つ。パロックとアニトラは、こいつをもう少し眠らせて、メーネム様のところまで運んでくれ」
ペロンがそう言って立ち上がり、
「スロック、おまえの妖魚で、やつらの上陸を阻止できないか?」
「あんまり自信がないが、時間稼ぎくらいならやってみよう」
と、小舟の動力・妖魚を操っていた小男が言って、海岸に向かう。
大男パロックが、アニトラやツァハリアス、数人の仲間とともにニレの入った袋を抱え上げて古家を出ていく。
「あそこだ。あの岸の向こうにニレがいる」
ゲルンの言葉を受けて、ベルトルドが接岸しようとすると、急に前方を泳いでいた海竜に異変が起こる。
海竜が肩から上を水面に出し、大きな声を出して海中に威嚇している。
船が大きく揺れて、立っていられなくなったゲルンが
「ベルトルド、海中に何かいるみたいだ」
そう叫ぶと、ベルトルドも海中の気配を察して、揺れる甲板に出てくる。
肉眼でもわかるほどに、多くの魚が海竜の進行を妨害しているようだ。
「よし」
と言って、ベルトルドが鉄線を頭上でヒュンヒュンと回して、海竜の背に投げつけた。
「みんな、あぶないから中に入ってろ」
と指示して、海竜とコンタクトをとり、鉄線をつかむ右腕を発光させる。
その光が海竜に伝わり、海竜自身が白い光を放つ。
ベルトルドから海竜に高電圧がかけられ、電流が海中に放たれたのだ。
ベルトルドの魔術、海竜雷撃である。
一瞬、海が揺れた。
何かの光が、力が海中に伝わり、海そのものが感電したかのように震える。
やがて海の荒れが収まり、船の周囲に無数の魚が白い腹をさらして浮き上がってくる。
「よし、船をつけるぞ」
ベルトルドはなにもなかったのように、威勢よく上陸組に告げた。
一方、岸壁から降りて岸辺で魚を操っていたスロックが悲鳴を上げて倒れた。
下半身を海水につけて妖魚たちに指示を出していたのがあだとなり、感電してしまったのだ。
ペロンはスロックの亡骸を引きあげて、仲間に迎え撃つ指示をした。
まもなく戦いが始まる、と予感して。
東の空が白み始め、朝が近づいてきた。
海竜戦から小舟に分かれて乗ったゲルン達が、ペロンの待つ岸辺へと向かっていく。
小舟を漕ぎながら、ゲルンは岸辺に誘拐犯の一味が待ち構えているのを背後のメンバーに伝える。
ベルトルドの部下二人、そしてトルカ、メルシュ、ザックハーが後ろに乗り込んでいる。
もう一方の船にはベルトルド一の部下、ダイクが漕ぎ手を務め、フリーダ、ルル、ベルトルドの部下達が乗り込んでいた。
「向こうにも魔術師がいるぞ。応戦準備」
岸辺で何か詠唱しているような姿を視認したゲルンが仲間に伝える。
フリーダが揺れる船上で立ち上がり、これもまた詠唱を始める。
岸辺から、何か渦巻く霧のような大気の流れが小舟に向かってくる。
だが、その途中で霧は上に流れ、消されてしまう。フリーダの結界が、相手の先制攻撃を無効化した。
続いて霧の流れ第二弾が襲来するが、そのとき先頭を行っていたゲルンの小舟は岸についていた。
渦巻く霧が放たれるが、それと同じく、ゲルンが魔術師に切りかかる。
霧の魔術師が倒されて白兵戦になるが、ダイクの小舟も岸に乗り上げて、ルルやフリーダも切り込んでいく。
岸辺の戦いはあっという間に終わり、迎え撃ったペロンの一味は皆切り伏せられてしまった。
だがそこにニレがいないことに気づいてゲルンは言う。
「ここで別の戦力がいて、そいつらにニレは渡されたようだな」
遠ざかっていくニレの気配を感じて、ゲルンは追撃再開を仲間たちに伝える。
「逃げられた。しかし近い」
走り出すゲルンの後を、トルカ達も走って追いかけていく。




