【10】 火祭り(三)
火祭り二日目の朝。
不安を抱えつつも、前日夜遅くまで広場で祭りを楽しんでいたため、すっかり陽が上ってしまってからの起床。
どうやって家に帰ってきたのかさっぱり覚えていなかったが、あのあと広場でモーリーやザックハーに会って飲んだことを思い出した。
ほとんど酒気は残っていなかったのだが、傍らで心配そうに見ていたニレの顔だけは少しずつ思い出してきた。
二階の寝室のうち、一番小さな寝室で眠っていたことに気づき、大きくのびをする。
すると右手が傍らで眠っていたニレのからだに当たった。
ニレはまだ睡眠中で、安らかな寝息を立てている。
起こさないように、そっと毛布をのけてみると、ギョッとした。
毛布の中にもう一人いる!
最初、足の方が見えて、調度ゲルンやニレと逆さまになったような形で、胴、顔と見えてくる。
両足はだらしなく左右に大開脚しており、ホットパンツとシャツのような寝衣に包まれた少女が現われた。
「トルカ、おまえ何やってんだ!」
吃驚して声をあげたゲルンに、トルカはのそのそと起き始める。
「ふぁい、ゲルン様だぁ。。。」
そして目をこすりながらゲルンを見て
「憧れの旦那様と、一緒のおふとん!」
などと言って、両手で頬を押さえながら、目をうるうるさせている。
一瞬(まさか一線を越えてしまったのでは)
と焦りかけるが、よく考えると二人とも服は着ているし、横にニレだっている。
そもそも意識を失って眠りこけているのに、そんなことするはずが、できるはずがない、と思ったのだが
(いや、できないよな、普通)
と、少し不安にとらわれかけた頃、ニレも眠そうに起き出した。
「剣士様、大丈夫だったのですね」
と言って、寝台の上に起き上がって半身をおこしていたゲルンに抱き着く。
「ニレ、大丈夫って、どういうことだ」
とニレの両肩をつかんで問うと、
「剣士様、モーリーさん達と何か飲んでいらして、その後真っ赤になって突っ伏してらっしゃったから、盗賊との戦いで何かあったんじゃないかって」
この答を聞いて、少し安堵した。
ニレは間近で成人男性が酒杯を傾けて酔っぱらうのを見たことがなかったのかもしれない。
その直前に盗賊関連の話もあったので、それでゲルンに何か悪いことが起こったのかもしれない、と感じてしまったようだった。
「たぶん疲れていたからだな」とゲルン。
「それでモーリーさんと一緒に剣士様を家までお運びして、二階の寝室でお休み頂いて」
その後ニレも夜遅くなって眠気に囚われた、ということらしい。
するとトルカはそのあと、忍び込んだ、というわけか。
そう思って、トルカをキッと睨みつけると、
「剣士様の寝顔って、可愛いくてステキで、一緒になれたらずっと見ていられるのかなぁ」
などと言いつつ、まだ瞳は夢の中にいるようである。
「おい、トルカ、ちゃんと目を覚ませ」
両肩を揺さぶっていると、ようやくトルカもしっかり目覚めたようである。
しかし同じ寝台にいるのを見て、
「ついにゲルン様と私...」
などと言って抱き着いてくるので、
「それはもういい」
とゲルンはトルカの両肩を押さえて、少し距離をとらせる。
「まったく用意周到だな。着替えの寝間着まで持ってきてベッドに潜り込むなんて」
「ゲルン様、コーフンした?」
「眠り込んでたのに、するわけないだろ」
と、朝の楽しいひとときをすごしていると、玄関口に誰かの気配がした。
ゲルンとトルカは咄嗟に寝台から降りて、急いで着替え、外の様子をうかがう。
二階の窓からは玄関口が真下に見えるので見てみるが、人の気配はない。
トルカが侵入してきたくらいなので、鍵はかけてなかったかもしれない、と思ったが、ベルカが張ってくれた結界もある。
鍵がかかってなくても侵入はできないはずだ、と思い、ゆっくりと一階の玄関へと向かう。
扉は開いておらず、やはり気配だけが扉の外にある。
するとその時、ゲルンの脳内に直接話しかける声が聞こえた。
「黒の剣士様、東の森から来ました。どうか開けてください」
という綺麗な声。
ゲルンは緊張を解いて扉に向かい、開ける。
扉の前に人影はなく、地面を這って金色の蛇が入ってきた。
「セルペンティーナ、どうした?ゲレスは来れなかったのか?」
ゲルンは『翌朝説明するから来てくれ』と伝言を頼んだことを思い出した。
「はい、ゲレス様は昨晩たらふくお酒を飲まれまして、石窟に戻ってくるとぐでんぐでんになっておられて、伝言を伝えましたら『代わりにお前が行って聞いてこい』と言われまして」
昨晩同様、金色の蛇が鈴の音のような可憐な声で言うと、ゲルンは
「そうか、ま、報告説明だけなのでそれでもいい」
と言って、セルペンティーナを一階奥の小さな方の応接間に誘導した。
セルペンティーナは椅子の上にとぐろをまき、鎌首を持ち上げるような形で、ゲルンと向き合った。
昨晩の続き、という形でセルペンティーナに自分が石窟に来た理由、経緯、などを語った。
「わかりました。ゲレス様にお伝えしておきます」
「ゲレスはもう今年の祭には来ないのか?」
と聞いてみると、
「いえいえ、お酒の大好きなお方ですから、起きられたらまた行くのではないか、と」
そう言ってセルペンティーナが帰りかけるが、その際、
「剣士様、どうか用がないときでもいらしてくださいませ。東の森は来訪者が著しく少ないので。ゲレス様も喜ばれます」
と言って帰っていった。
フレーボム港の東方、昨晩ゲルンが追っていったとある漁村。
水際に面した、今にも朽ち果てようか、としている古い漁師の家に、数人の男女が集まり、声を殺して相談している。
「どうだ? なんとかできそうか?」
「ああ、これくらい残っていれば十分だ」
「それは失活してるんだよな?」
「だからこそ使えるのさ」
「こいつでもって、枷をはずす」
「4体目はいったいどこにいるんだ」
「そればかりは対応する判別石がないとわからん」
「そうだな、地の果てにあるか、我々のすぐ近くにあるか」
「問題は、まだコントロールできないことだな」
などと話しあっている。
やがてこの数人はボロ家を出て、蜘蛛の子を散らすように解散していった。
火祭り二日目の夕刻。
この日は妖精たちの出番が多くなる。
光の妖精、火の妖精が、それぞれに光の粉、火の粉を振りまきながら、宙空に舞い踊っている。
まだ明るいうちから飛び回っているが、昨晩同様、疲れたらその都度入れ替わっている。
そのため、ずっと妖精の群舞が続いているような感覚になるのだ。
広場から離れた森の出入り口では、魔人、魔獣たちのパフォーマンス、あるいは仮装などがなされていた。
ゲルンは夕方頃からニレ、トルカとともに西の森入口近くの魔獣の里に通じる広場に向かう。
途中からフリーダ、昨晩は魔法騎士の出演者として踊っていたルル、数羽の妖精たちとともに行列の見学に来ていた。
光の明滅。沸き起こる歓声。
魔獣たちがそれぞれに衣装を被り、行進していく。
魔狼たちの首から肩に渡された長いマフラー。
熊男達の武装した太刀見の姿。
大怪馬たちがつけた金属の蹄によるダンス。
その中から、南方の袖口が膨らんだ衣装を腕に通し、全体は露出の大きな褐色娘の踊る剣舞が現われる。
小柄な少女。
体格はトルカよりもまだ少し小さいかもしれない。
しかしその肌は黒に近い褐色で、この北国では珍しい色。
髪は漆黒、そして瞳は深い深い青。
北国特有の金髪碧眼の、あの青い瞳とはかなり違う、深い水の底のような。紺のような青。
少女が両手に幅広の湾曲刀を握り、それを体に合わせて回転させながら、ステップを踏み、あちらこちらと跳ねるように舞い踊っている。
肩口を覆い、両手へと延びる白い衣装。
その両手に握られた湾曲刀は、トルカのものよりさらに大きいが、恐らくは模造刀。
それを軽々と振り回し、時に投げ上げてつかみながら、舞っている。
肩から下は胸と腰回りが下着のような黒い衣装で、布地の面積は小さく、肌は露出している。
だが汗の玉が光の粒のように光り輝く姿は、とてつもなく幻想的で美しい。
腰には帯が巻き付けてあったのだが、舞いに合わせてそれが左右に広がり、小柄なからだを大きく見せている。
その布には様々な意匠が縫われており、踊り子の身体が右に左に、上に下にと動き回ることで、違う模様を見せているよう。
「アニトラだ」
「アニトラが今年も来たぞ」
とあちこちから歓声が上がる。
ゲルンは傍らにいた大きな黒狼に尋ねてみる。
「アニトラ? おまえら知ってるのか?」
「ええ、去年も来てくれましたからね」
とその年老いた、しかし今でも精気盛んな黒狼が答えた。
「たしか南方の、ベルベリアというところでしたっけ、そこから来たとのことです」
それを聞いて、ゲルンはあらためてその娘の踊りを眺めていた。
同じく南方から来ていたエギュピタスの曲芸団とは違う、個人で踊る舞い。
その踊りの大きさ、激しさ、それでいて腰から舞い上がる帯布の模様の変化、2本の湾曲刀が繰り出す統一した流れ。
それらが大きく激しい中で、なぜか優雅さも見せてくれている。
群舞を基本としていたエギュピタスの曲芸団とはかなり違うその舞いに、ゲルンは目を奪われていた。
「きれい」
とニレが声をもらすと、
「すごいわね。あれだけになるには相当練習したのでしょうね」とルル。
このアニトラが舞い出したことで、周囲を仮装行列していた魔獣たちもそのスペースを開け、この踊り娘の舞いを眺めていた。
やがて楽の音も最高潮に達するや、アニトラは人間とは思えぬほどの跳躍で空中に飛びあがり、華麗に舞い踊るように落下してきた。
楽の音が大きな三和音で終止すると、まわりから拍手喝采。ゲルン達も思わず拍手していた。
だがまだ舞いが終わっていないかのごとく、アニトラはポーズをとり、くるくると湾曲刀を回している。
そして踊るようなステップでゲルン達のいる方に近寄ってきた。
アニトラがニレの前に進み出て、膝をつき、一例。
「え?」
と言う顔で驚くニレだったが、すぐにその場から遠ざかる。
しかし、ゲルンはアニトラがニレの瞳を見続けていることを見逃さなかった。
笑いながら、アニトラはその姿を魔獣たちの中に消していく。
少し不安になって、ゲルンがニレを見ると、なんだか様子がおかしい。
熱っぽい表情をして、視線が定まらなくなっている。
「ニレ、どうした?」
アニトラを目で追っていたトルカやルル、フリーダも、このゲルンの声で振り返った。
祭りはまた楽の音を奏し始め、魔獣たちの仮装行列も再開している。
「剣士さま、少し熱っぽくて」
ニレがゲルンの腕の中へ倒れこむ。
「ごめんなさい、大丈夫です。疲れただけかもしれません」
ニレはそう言うものの、あきらかにぐったりしている。
ゲルン達は祭りの輪の中からはずれ、木陰に移動してニレを看病する。
フリーダが治癒術をニレにかけたおかげか、すぐに落ち着いてきた。
「たぶん、人いきれに酔ったのでしょう」
とフリーダの説明。
その言葉に少し安心してニレの頭をなぜるゲルン。
しかし、頸部にある宝玉も熱を持ち、赤く輝き始めていることには、まだ気づいていなかった。




