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魔女姫争奪戦  作者: 方円灰夢
第1章 奴隷少女
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【3】 奴隷三原則

ゲルンの指先が通っていった後に、痺れるような痛みが走る。

「ぐっ...」

と息を漏らすニレ。

ひとしきり指が文様を描き終えると、ゲルンが詠唱する。

そして、ニレにもある文言を宣言させる。

「ニレは御主人ゲルン様の奴隷として、生涯を送ることをここに誓約します」

額の痛みが、頭の中に沈んでいくように消えていく。

ニレの頬に涙がつたうのを見て、

「おまえを死なせたり、傷つけるようなことはしない」

と言ってくれた。


落ち着くのを待って、ゲルンはニレに『奴隷三原則』を語る。

「お前の中にしみこんだ、奴隷三原則、言葉にするとこういう内容だ」

「奴隷...三原則...」

「第一の原則:誓約した主人の命令は絶対である」

ニレは耳で聞いていると同時に、脳の中にそれが刻み込まれているのを感じた。

「主人に逆らってはならぬ。嘘をついてはならぬ。他の者の所有になってはならぬ。当面はこのあたりか」

そう言って間を置き、ニレが理解するのを待つ。


「第二の原則:主人の許可なく死んではならぬ。自分の身を守り、生きるのだ」

ニレは顔を起こし、ゲルンの瞳を見つめた。

「お前は俺の所有物、資産だ。お前が死ぬということは、私の資産が損なわれると言うことだ。何があっても生きろ」

こう言ったのち、ゲルンはあることに気づいて、修正する。

「主人の許可なく、と言ったが、私がお前に『死』を許可することはない」

こう言ったのち、再びニレの腋の下に手をいれて持ち上げて、食卓の椅子に座らせた。

「もうキズモノとしての死に怯えなくてもよい。健康になって、早く歩きまわれるようになるんだ」


言葉を紡ぎだせず、呆然として座っていたが、やがて気が付いたように言う。

「あの...第三の原則は?」

ゲルンは微笑みながら、言う。

「今は、そうだな、言う必要がない。もう少し大きくなってから、意味がわかるようになってから伝えよう」

そして近寄ってきて、膝をつき、目線を同じ高さにして、

「いいか。お前の体力が回復したら、旅に出る予定だ。我々の本拠地にな。だから、しっかり食べて、しっかり寝て、早く健康になるんだ」

と、噛んで含めるように言った。


体力の低下は思考力も奪っていたため、理解するのに時間がかかった。

だが、それらの意味を頭の中で反芻し、理解していくと、自然と涙がこぼれてくる。

それを見てゲルンが少し慌てて、

「奴隷、というのは辛い称号だが、お前のカラダはやがて狙われることになる。そのための方策だから、辛い目には極力あわせないようにする」

そう伝えると、ニレは頭を横に振って、

「いえ、違います。死ななくていい、と思ったら涙が出て...ありがとうございます、御主人...さま」


ゲルンは立ち上がって、ゆっくりとニレの上半身を抱きしめた。

(こんなに筋力が落ちてしまっているのに、涙はちゃんと出るんだな)

そう思って、手巾を取り出し、涙をふいてやった。



使いに出ていったメルシュが戻ってきて、夕食の準備を始めた。

その間、ゲルンは沸かした湯にニレをつけて、薬湯を注ぎ込む。

薬湯による湯治はもう少し続ける予定だ。

昨晩と同じようにこの日も膏薬を塗り、メルシュが買ってきた子供服を着せる。

サイズを測っていなかったこともあり、ブカブカだったが、回復したらちゃんと採寸した服を買いに行くことを伝えた。

奴隷商の檻の中、襤褸布に包まれて生きていたニレにはピンとこなかったようだが、そのあたりはおいおい、ということになるだろう。


夕食は相変わらず野菜スープ、肉汁ブイヨン、雑穀粥だったが、メルシュが市場で買ってきた野菜類が追加されている。

芋も買ってきたので、翌朝からは、さらにヴァリエーションが増えるだろう。

ゲルンとメルシュは固いパンをスープにつけながら食べていく。

もちろん、消化器官が回復すれば、ニレにも食べさせることとなるだろう。

食事の後は歯を磨かせて、眠る前にある作業を行う。

ゲルンが黒い布帯を取り出して、ニレの首に巻き付ける。

布には魔術紋が記されており、その下にある頸部を透視させないようにする働きがあった。

判別式で見た朱玉の場所は、頸部と胸腔。

野外では頸部がどうしても露出するため、その対策である。

「いいかい、寝る時と外へ出る時、私の目から離れる時は、これを必ず首に巻くこと」

こう言って、チョーカーのように、その首に巻き付けた。

「はい」

そう言って、ニレは眠そうに、微笑む。

「もう眠りなさい。言葉の勉強は明日からだ」

そう言って、ゲルンはニレを寝かせて、二日目が終わる。



ニレが寝息を立て始めると、ゲルンとメルシュが話しあう。

「予定より長引きそうだ。援軍がいるな」

ゲルンがこう言うと、

「2~3年なら持ちこたえられる程度の路銀はありますが」

メルシュがこう答えたので、ゲルンは続ける。

「資金に関しては問題ない。あんな様子だから、女手が欲しいのだ」

「しかし『山』からはかなり離れた地に来ています。水盤を使わないと連絡がとれないのでは」

「そこだ。水盤を使うと、魔術反応で見つかってしまうかもしれない」

「使い魔を召喚しては?」

「もっと危険だ。連絡方法は多少危険でも、水盤を使うしかあるまい」

しばらく結論がつきかねるように、考えていた二人だったが、

「もう少しあの子が回復してから、自分の足で移動できるようになってから、水盤を使うべきか...」

ゲルンが迷っているのを見て、メルシュが言う。

「しかし、まだ他の連中は気づいていないかもしれません。『山』からここまでの距離を考えると、少しでも早い方が良いのでは」

メルシュの言葉をうけて、そうだな、と頷くゲルン。

「少々危険だが、水盤を使ってみるか」


すっかり太陽は沈み、闇が農家を包み込む頃、ゲルンとメルシュは水盤を用意した。

陶器の水盤は円形で、直径が大人が両腕を広げた以上の広さ。

しかし深さはさほどでもなく、手を沈めても肘までは届かない程度。

恐らく農家でイモ洗いや、集団でのイモの皮むきなどに使っていたのだろう。

そこに水を張り、呪文が刻印されたトネリコの枝をつけ、詠唱する。

しばらくして、夜の闇の中に、光が浮き上がった。


水盤に何かが映る。

それは大理石でできた、石の館、その中の一室。

向こうにもこちらを見る水盤が設置されているらしく、しばらくすると紫色の目をした女性の顔が映りこみ、こちらに気づく。

それを見てゲルンは水盤に白い石を落とし、そこから声を拾う。

「漆黒の剣士さま、ベルカでございます」

その石から、声が流れて来た。

ゲルンはトネリコの枝の先を石に触れさせて、話し始める。

「宝玉の娘を見つけた。しかし衰弱していて回復まで時間がかかりそうだ。そこで援軍をお願いしたい」

ややあって、ベルカから返信が届く。

「ゲルン様が援軍を求められるとは珍しい。はい、確かに魔王様に伝えておきます」

「できれば女手が欲しい。戦えて、しかも女子の身の回りを世話できると良いのだが」

「わかりました。それで今どちらに滞在されていますか?」

ゲルンがギデオの町と、その近郊で拠点としている農家を伝え、だいたいの地図も見せる。

「娘は奴隷として売られていて、衰弱がひどい。できれば大軍を寄越すのではなく、隠密行動が可能な少人数で頼む」

「了解しました、人選はこちらで行ってもよろしゅうございますか?」

ゲルンが、まかせる、と言うと、

「ギデオの町までは相当の距離がありますので、かなり日時がかかるかもしれませんが、ご希望に添えるよう努力いたします」

そう言って、水盤による魔法通信は終えた。


ゲルンはメルシュに向かって、

「たぶん援軍は得られるだろう。しかし距離があるので数か月は待たなくてはいけないかもしれぬ」

「そうでしょうな。わかりました。それまではわたくし共がゲルン様の手足となって、はたらかせていただきます」

そう言って、ゴマ髭顎の初老の従者が、微笑んだ。



翌日から歩行練習、それがすむと走る練習。

また栄養も毎日しっかりとらせ、入浴、投薬を行い、健康回復させる。

焼き魚、獣肉なども、少しずつメニューに加えていった。

焼き魚などは、内臓をとって焼いたものに塩をかけ小骨をとっただけのものだったが、

「こんなにおいしいものは初めてです」

と嬉しそうに口に運んでいく。

幸いなことに、内臓の疾病、寄生虫が少なかったので、健康面での回復はすぐになされた。

あとは筋肉をつけ、長期の旅程に耐えられる体力をつけることだ。


健康回復と並行して、言葉の学習。

このギデオの町で話されている王国共通語を教えていった。

ときどき丸一日、ニイル語を使わず共通語だけで生活する時間をとるなど、教え自体はけっこうスパルタだったが、まだ幼いこともあり、吸収はすこぶる良い。

幼女ゆえ睡眠時間は長くとっていた。

その寝顔を眺めながら、

「本質的な頭の良さはあるみたいだな」

と、穏やかな顔で、ゲルンはひとりごちた。

回復が進み、顔に血色が戻ってくると、その愛らしさ、優し気な輪郭に心穏やかにさせられる。

その寝顔をいつまでも見ていられる魅力があった。


一月ほどすると、ニレは短い距離なら走れるようになってきた。

依然として体格は小柄で、骨と皮だけに見えたが、歩き回れるようになってきたので、見えないところから筋肉がつき始めているのだろう。

ときどきつまずいて倒れるため、その都度抱き起していると、皮下に脂肪もつき始め、少女らしい柔らかさが感じられるようになってきた。

「思ったより回復が早いな」

ゲルンがにこやかに笑いかけると、ニレは嬉しそうに、笑顔になる。

「もうしばらくすると、町へ連れて行ってやる」


だがこの言葉に、ニレの表情が曇る。

「町...ですか?」

町とは、奴隷商がいたところ。

ニレにとっては決して喜ばしいところではなかったのだろう。ゲルンはそれに気が付き、

「おまえは俺の奴隷だ。誰にも手出しはさせん」

そう言うと、ニレがトコトコと駆け寄ってきて、

「命令ならば従います。でも、手は離さないで」

と消え入りそうな不安をもらす。

「大丈夫だ。心配するな」

と言って、頭を抱きかかえてやるのだった。

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