【9】 火祭り(二)
ゲルンはベルカ、ロックウェル卿からの連絡を基にして、魔物カラスが逃げた東の森へと向かった。
ほどなくしてロックウェル卿と合流。
しかし卿は渋い顔で数名の部下と立ち尽くしているのみ。
「見つけたのですか?」
ゲルンが卿に尋ねるとと、暗い顔のまま
「見つけるには見つけたのですが...」
と、地面を指さす。
大樹の幹、その根本付近のこぶに、盗賊と同じような白い紙が引っかかっていた。
「剣士様、我々が追い付いて火矢を放ったのですが、その時同時に、紙になりました」
ロックウェル卿とともに追っていた部下の魔法兵の一人が説明する。
「しかし、既に盗まれた荷物は別の者の手に渡った後だったようで」
残念そうに語る部下を見て、ロックウェル卿も、
「いったいなにがなんだかよくわかりません」
と言っている。
既に力を使い果たして活性を失っている水晶塊。
吸着結晶としても、ニレの胸の中にあった宝玉としても、既に力は失われている。
それを奪うことにどういう意味があったのか。
「ともかくこの残骸を持ち帰って、魔術隊に調べてもらおう」
ロックウェル卿もそう言うのがせいぜいで、部下にその紙のカラスを回収させて、戻っていく。
卿ら一行が引きあげていくのを見ながら、ゲルンは東の森を見つめていた。
(この向こうには確か...)
そう考えて、この森の主の元へと向かった。
フリティベルン殿下にこの森にとどまって調べてみることをカードで伝え、森の中を進んでいく。
背後には遠く、宮殿での火祭りの灯りが見える。
歩くこと数刻、森の中に崖が見え、そこにある石窟に到達した。
崖に穿たれたような大きな洞窟、その入り口で来訪を告げたものの、返事がない。
だがしばらく経つと、数羽の蝙蝠と、金色に輝く蛇が現われた。
蛇は長さだけなら成人の倍はありそうなのだが、頭部以外は細長く、長さの割りに小さな印象を受ける。
その金色の蛇が言った。
「これはこれは、剣士さま。生憎とガレス様は火祭りを見物に行っていて不在なのですが」
と、少女のような可愛いらしい声で答える。
「セルペンティーナ、ゲレスに用事ではなく、この石窟に用あったのだが、何か異変はなかったか?」
「異変、でございますか?」
鈴を転がすような、本当に可愛いらしく、しかも美しい声だ、とゲルンは思いつつ、ここに来た目的を伝える。
「宮殿の宝物庫に盗賊が入ったのだ。それでこちらの方に逃げてきたのだが、見失ってしまってな」
「あらまぁ、それでは不寝番をしている者を呼び出して、聞いてみましょう」
金色の蛇セルペンティーナは音もなく戻っていき、しばらくするとヨタカを数羽連れて来た。
「剣士様、この者たちが今夜の不寝番です」
セルペンティーナに言われて、その中のリーダー格らしきヨタカが
「剣士様、不審者が来なかったか、とのお話のようですが、今夜この石窟に近づいた者はおりません」
と汚い声で答えた。
なまじセルペンティーナの声が愛らしく美しいだけに、このヨタカのガラガラした響きは、かなりうるさく聞こえる。
「地上ではなく、空、樹間とかはどうだった? わかるか?」
ゲルンの問いにはヨタカたちは「うーん」と唸ってわからないようす。
しかし最後尾にいた小さなヨタカが
「剣士様、剣士様、不審者かどうかわかりませんが、あたし、木々の間に変なものが飛んでるのを見ました」
と報告してくれたので、詳しく話を聞いてみた。
「ついさっき、ついさっきです。あたし、この崖の上で不寝番してたんですが、なんか先端の光った紐みたいなのが、宮殿の方から飛んできたのが見えました」
「でかした。それで、どっちの方へ行った?」
「この石窟に近づいてくるかな、と思ったら急に南へ進路を変えて、森の中に消えちゃいました」
「その紐みたいな形はどんなのだった? 思い出せるか?」
「はい、ついさっきでしたので。でも紐としか言いようがないかなぁ。その先端が赤い光を出してて、魔物かなぁ、と思いました」
「ありがとう、それだけでも素晴らしい情報だ」
こう言うと、その小さなヨタカは、
「剣士様に褒められた。剣士様に褒められた」
と言って、バタバタ嬉しそうに飛び回り始めた。
ゲルンはセルペンティーナに向かって言う。
「急に来てすまなかった。ゲレスが戻ったら、詳細を伝えるので私の家まで来てほしいと伝えておくれ」
セルペンティーナがコロコロとした声で承諾すると、ゲルンは南へと向かった。
ゲレスの森から南へ進むと、魔王の宮殿がそうだったように、コートブルク対岸の海に出る。
だが、フレーボムの港と違い、そこは数艘の漁船があるだけの、小さな漁村である。
海を渡ってきたのか、それもさらに東方、大陸と地続きになる半島の付け根あたりから来たのか。
周囲を注意しながら南下してきたが、それらしい影は見つからなかった。
魔王の宮殿前では、まだ火祭りは続いている。
ゲルンはゲレスの森は通らず、そのまま西に行き、港から宮殿に戻った。
宮殿前の広場では、魔法剣士から魔獣たちに代わり、踊りを楽しんでいる。
宮殿出入り口では、昆虫のような翅をはばたかせながら、小妖精たちがぺちゃくちゃおしゃべりしつつ、舞っている。
「あ、黒の剣士様だ」
妖精の内の一人が気づいて声を上げると、
掌程度の大きさの小妖精たちが、わーっと寄ってくる。
途端にゲルンの周囲が妖精たちのステージになってしまった。
「剣士様、歌お! 踊ろ!」
「剣士様、ギデオのお話して!」
「剣士様、曲者は見つかった?」
「剣士様、女の子を連れて来たって、ほんと?」
と、なかなか喧しい。
魔王の宮殿に詰めていた妖精たちは、人と変わらぬ大きさの者もいるが、大半が小鳥か昆虫程度の大きさ。
おしゃべり好きな少女妖精の方が目立つけれど、男の子や、鉱夫のような中年男の妖精もちらほらいる。
少女妖精や少年妖精は翅をはばたかせてフラフラ飛んでいるが、おっさん鉱夫妖精は、足元を駆けずり回っている。
その中の一人、宮殿入り口で盗賊の報告をしてくれた少女妖精が、
「剣士様、殿下が曲者について聞きたいって」
と伝えてくれたので、
「みんな、すまない。殿下から呼ばれているみたいなんだ」
と言ってその話の中から抜け出してくる。
「その連れて来た女の子、ニレっていうんだが、それと遊んでやってくれ。トルカかフリーダと一緒にいると思う」
「わかったー!」
「剣士様が連れて来た女の子ー!」
と言いながら、翅つきの小妖精たちは広場の方に飛んでいった。
宮殿に着くと、入り口付近でメルシュが待っていて、
「剣士様、またなにかやっかいなことが起こったようですな」
と言って、一緒についてきてくれた。
後ろからは、妖精部隊の隊長ヒルペクも同行している。
宮殿魔法省、フリティベルンの執務室にやってきた三人は、ドアをノックして入室。
フリティベルンは先に戻っていたロックウェル卿からいろいろと話を聞いていたところだった。
ロックウェル卿が三人を見て、事件のあらましを語る。
盗まれたのは、先頃用を済ませた転写用の水晶塊で、占星術師達がその予兆を数日前から伝えていたこと。
しかし盗まれた水晶塊は既に用を済ませて失活しており、魔術具としてはまったく役に立たなくなっていること。
侵入者は祭りの騒ぎをついて、妖精兵達が出払ったあと、こっそり忍び込んだらしいこと。
宝物庫には鍵はもちろんのこと、魔法封印がかけてあったのに、その封印があっさりと解かれ、鍵も開けられていたこと。
他にも宝石や鉱石、金になりそうな高価な織物、貴金属などがあったにも関わらず、ただ水晶塊だけが盗まれていたこと。
盗賊は紙人形の使い魔を使い、まんまとそれをせしめていったこと。
などなど、事件のあらましを語ってくれた。
「知っての通り、あの水晶塊はもう役に立たなくなっていたので、廃棄するか、魔法学校に実験用として供与するか、を考えていたのだ」
とロックウェル卿が語る。
「従って、我々としては痛くもかゆくもない盗品で、むしろこうも簡単に突破されてしまった警備体制の見直しの方が問題になるレベルだ」
とフリティベルン殿下。
そして次はゲルンの報告の番。
東の森でゲレスの石窟に行ったが、そこで紐のような目撃情報があっただけで、それは石窟の目前で進路を南に替えて、消えたということを伝えた。
「ゲレス兄上の石窟?」
とフリティベルンが呟く。
魔王には数多くの子がいるが、嫡子と認めたのはこのフリティベルンのみ。
ゲレスはフリティベルンより年長だが庶子扱いで、いつもは東の森を根城にし、守っている。
「セルペンティーナと会ってきましたが、ゲレス様は無関係だと思います」
フリティベルンがゲレスの名を口にしたので、ゲルンはとりあえず自分が感じたことを報告した。
「そうだな、調べてもいないうちから疑ってはいけない。その盗品についてはこちらでも調べているところだ」
とフリティベルンが言うと、傍らで書類を抱えていた従僕の一人が、
「殿下、現物は奪われましたが、記録は十分にとってあります」
と報告する。
フリティベルンは警備体制を強化し、ヒルペク、メルシュも警備システムの中に組み込むことにした。
「また剣士様と仕事ができて嬉しいです」
宮殿からの帰り道、メルシュがゲルンに言うと、
「ああ、しかし今はもう少し祭りを楽しんでいくからな」
と広場へと向かっていった。
広場に戻ると、ニレとトルカが小妖精の群れに取り囲まれていた。
「ゲルン様、助けて」
トルカがゲルンの元に走り寄ると、小妖精の群れが一部それを追いかけてくる。
「どうした、トルカ。もてもてじゃないか」
ゲルンが冗談っぽく言うと、
「この子達、何度話してやっても、次から次へと同じことばかり聞くのよ」
「トルカ、曲芸団とどうやって戦ったの?」
「トルカ、森の魔物はどんなヤツだった?」
「トルカ、曲芸団の剣士は強かった?」
口々に質問を浴びせながら、トルカのまわりを漂うように飛んでいる。
一方ニレの方では、
「剣士様との関係は?」
「剣士様の恋人?」
「剣士様の隠し子?」
などと聞きまくっている。
ニレの方でも困ってしまって、ついに
「剣士様ぁ」
と言って、なだれこむように飛びつき、抱き着いていった。
「おまえら、あんまり困らせるな」
とゲルンが宥めると、
「えー、だったら剣士様がお話して」
「ギデオの町のこと、教えて」
と、トルカとニレにあきたのか、ゲルンの近くに漂って、質問ぜめ。
「そんなことよりおまえら、もうすぐヒルペクから警備命令が出るはずだぞ」
これは一言で通じたらしく、一様に「えぇーっ」という、悲鳴とも抗議ともとれる声を上げる。
しかしそのうちの一体が
「でもでも、まだ命令は来てないから、今はずっと遊んでていいんだよね」
と言うと、そうだそうだ、という声を上げて、何体かは踊りの場へと飛んでいき、残ったものも、適当に散っていった。
「ところでフリーダはどうした?」
ゲルンが聞くとトルカが、誰かがフリーダを呼びに来たことを教えてくれた。
「何かあったの? 宮殿の方で少し騒ぎがあったみたいだけど」
(言ってもいいのかな)
少し逡巡したゲルンだったが、口止めもされてなかったし、この二人なら問題なかろうと思い、事のいきさつを知る範囲で述べた。
「盗まれた水晶塊って、あの宝玉を封じ込んだものですか?」
ニレが少し不安そうな顔をしたが、
「ああそうだ。しかしあれは完全に失活していたので、我々にはもう関係がないはずだ」
とゲルンが説明したが、ゲルン自身も何か不吉な胸騒ぎを感じていた。




