【8】 火祭り(一)
四日後、清掃が終わったとの報告を受けて、ゲルンとニレは新居に引っ越した。
大昔に誰かが住んでいたとは思えないほどきれいに室内が磨かれていて、吃驚仰天。
さっそく家財などを運び込んだが、もともと少なかったため、すぐに終了。
次は使用人をどうするか、ということだったが、二人とも使用人がいる生活が未経験だったため、しばらく保留とした。
そういう人選がよくわからなかったので、使用人の人選はフリティベルンに依頼して、数人の候補を絞ってもらうことにした。
その後、ゲルンとニレで選んでほしい、というなかなかの好条件。
しかし当面はまだ決まらないので、このだだっ広い館に数日は二人だけで住むことになった。
人手がないので、防犯をどうしようか、と考えていたらベルカが来て、承認式の結界を張ってあげる、と提案された。
門と館を中心にして、敷地内に誰か意志ある者が侵入した時に、家の中の連絡石が反応する。
さらに、館そのものには内部からの承認がない限り入れない結界を張る。
もちろんゲルンとニレはあらかじめ登録しておき、この結界には引っかからない。
使用人が増えた時は、また書き換えてあげる、と言ってベルカは去っていった。
何から何まで至れり尽くせりで、二人はベルカとフリティベルンに、感謝した。
夜、広い屋敷の中にたった二人で過ごすことになった。
いつものようにゲルンの寝台の中に入り込み、その腕に抱かれるニレ。
「少し寂しいな」
とゲルンが言うと、
「こんな広いお屋敷は初めてです」
とニレも少し、広さに不安を感じているもよう。
「たぶん慣れるさ。そして慣れた頃には、人も増えてるだろう」
「ゲルン様」
ニレはそう言って、ゲルンの胸に頭を重ねていく。
「おそばに置いてくださって、ニレは幸せです」
などと言いつつ、しがみついてくる。
腕の中に感じる暖かさ、そして柔らかさ。
髪もそこそこ伸びてきた。
この髪の長さが、二人が知り合ってからの長さにもなる。
枯れ枝のようだったあのからだも、ようやく人のからだになってきた。
そんなことを考えながら、明日からのお祭りを心待ちにしていた。
火祭の日、当日朝。
今年は魔王様快癒という慶事があったため、例年より盛大になると言う。
宮殿、及びその周辺の敷地、広場、公園などは、その準備で大忙し。
火祭の名の通り、いたるところに松明が掲げられ、夜通し炎の灯りと熱が、この寒い北国を包むのである。
宮殿正門前広場では、妖精や魔獣たちの饗宴の場となり、一同舞い踊り、歌い狂うのだ。
楽隊も、一年のこの日、とばかりに盛大に楽の音を披露し、魔法剣士や村々の乙女たちも踊り子として参加する。
宮殿も、日が迫るにつれて、そわそわと落ち着かない空気が濃くなっていく。
そしてそんな中、ゲルンはニレを伴い、フリティベルンの執務室にいた。
もちろん、以前伝えてあった謎の潜伏者についてである。
「最大の功労者である君達には、ぜひ火祭りを楽しんでほしかったのだが、申し訳ない」
と言って、フリティベルンが話を始める前に、陳謝する。
「なに、いいさ。私自身は参加するつもりはなく、ただの客として見るだけの予定だったからな」
「そう言ってくれると、助かるよ。ニレちゃんもすまないね」
「私はお祭りより、剣士様と一緒にいられる方が嬉しいです」
などと言っている。
「ニレちゃんは初めてだからお祭りを楽しんでおくれ。これから話すことは、ゲルンへの依頼だから」
そう言って、ゲルンに向き直った。
フリティベルンは祭の会場それぞれに警備に入る人間、配置図などを示して、ゲルンに動いてほしい場所を示す。
ただ占星術師達は、具体的にどこで何が起こる、というところまでは予知できないので、臨機応変、自由に動いてくれることも頼み込む。
「その方が私としては良いかな」とゲルン。
「警備隊からの連絡は随時私か、警備の責任者にしたロックウェル卿の元に入ってくる。卿とも連絡をとりあってほしい」
フリティベルンが同室に詰めていた従僕に目で合図をすると、扉を開けた。
そこに立っていたのは、灰色の顎髭が特徴的な、ロックウェル卿であった。
「剣士様、私は宮殿に詰めておりますが、もし何かあったらすぐに現場に向かえるようになっております。当日はよろしくお願いします」
「わかった。それで連絡はどうする? さすがに水盤を祭の中で使うのは難しいし」
ゲルンに言われて、フリティベルンはベルカを呼びにやらせる。
来室したベルカから、カード上の金属片を渡された。
「ロックウェル卿、剣士様、このカードで連絡できます。距離が遠いと使えませんが、この火祭り会場程度の広さなら、十分に届きます」
掌に収まる程度のカードをベルカから受け取って、ゲルンはポケットに入れた。
「殿下にはもうお渡ししていますから、私、殿下、ロックウェル卿。そして剣士様の四人がこのカードでつながることになります」
「なるほど、こりゃ便利だ」
と言って、ロックウェル卿はしげしげとカードを眺めて胸ポケットに収める。
「ところで、命令系統は殿下に統一されているのか? 魔王様にもその謎の侵入者については知らせてあるのか?」
ゲルンの問いに、もちろんだ、と言って、フリティベルンが説明する。
「魔王様も私に警備、調査、をまかせてくださった。さらに場合によっては戦にもなる、それについても一任してくださった」
「戦いになれば、全体の指揮権は私になりますが、剣士様は自由に動いていただいてかまいません」
とロックウェル卿が言う。
「了解した」
かくして、警備の打ち合わせは内密に、そして手早く終わった。
火祭、初日昼。
祭りのメインは連日夜になるが、昼もそれなりに賑わっており、対岸のコートブルクからもある程度の観光客が訪れている。
人界の祭りのような屋台の数こそ少ないが、大道芸があちこちで見られる。
ゲルンはニレ、トルカ、フリーダと連れだって、その芸のいろいろを楽しんでいた。
また、コートブルクからの観客を見て、かつてのコートブルクとの戦争が過去のものになりつつあるのを感じていた。
とはいえ、魔族がメインになる夜の劫火の祭の方は、やはり少し恐怖心も残っているのか、明るいうちに対岸へ戻っていく者が多かった。
そして、夜。
陽が沈み、宮殿の城門が開かれ、玉座の上に魔王が現われ、祭の開始を宣言する。
「今ここに、この山の宮殿で、炎の宴、開会を宣言する」
魔王の太く低い声が、全土に響き渡った。
いたるところで沸き起こる、魔族の、獣人の、妖精たちの歓喜の声。
激しく打ち鳴らされる打楽器の音、シロフォンの怪しくも美しい音色、各種管楽器、弦楽器。
灯された燈火は、火の爆ぜる音を立てて、夜空を照らす。
燈火と、それが作る影、その対比が鮮やかに浮かび上がり、夜の炎を現出させる。
(例年よりも松明の数が、炎の数が多い)
警備というよりも観光のようになってしまいながら、ゲルンは会場広場から、その炎の演出を見ていた。
松明を抱え、あるいは手に持って、光と火の妖精たちが舞い始める。
それとともに、発光術を持った獣人、魔法使い達が光の粉を巻きながら、狂ったように激しく舞う。
踊り手は次々と変わっていくことから、踊りたいと思っていた者達も次々と変わっていく。
適度に休んだ者たちは、しばらくするとまた踊りに参加していく。
それぞれ出番をずらしていくことで、多くの者が、この炎の会場で踊り狂うことができるのだ。
見ているとその中にルルの姿があった。
魔法剣士隊の中からも、この踊りに参加する者、あるいは魔王様の快気祝いを奏上する者が現われて、喜び、そして楽しんでいる。
トルカがルルに声援を送り、自分もまた観客席側で、からだを動かしている。
ニレとフリーダはそれを間近で見て、きゃっきゃっと楽しんでいた。
それを見て、自身も笑いながら楽しんでいたゲルンだったが、夜も盛りを過ぎようとした頃、ロックウェル卿から連絡が入る。
カードの中からロックウェル卿の声が聞こえてきた。
「妖精の踊り子たちの中に、不審な影あり」
ゲルンはニレをトルカに託して、急ぎ楽隊たちが詰めている踊り子妖精たちの元へと向かった。
到着するや否や、きゃーっ、と声が上がる。
歓声の声ではない。明らかに悲鳴だ。
「どうした?」
逃げる妖精の中に、先日ヒルペクと一緒にいた少女妖精を見て声をかけた。
「あ、剣士様、人間が宝物庫に忍び込んで、何かを盗んでいったらしくて」
これを聞いて、少女の指し示す方角へと向かったのだが、何かおかしい、とも感じていた。
仮にも占星術師達が警鐘を出したほどの不審人物である。
ただの盗賊がそれだったとは、とても思えない。
かと言って、何かの囮だとするにしても、不自然だ。
ともかく、盗賊を捕まえなくては、と思いの暗がりの中へと飛び込んでいった。
火祭り会場の北隣。
楽隊の行進路から少しそれたところに、暗がりがあった。
そこに、警備兵が四人、何者かを取り囲んでいる。
取り囲まれている人物は、確かに袋のようなものを腋に抱えている。
警備兵たちが盗賊との距離を詰めていく。
ゲルンもその四人の後ろから、盗賊に迫っていった。
顔こそ見えなかったが、ただの盗賊に見える。
少なくとも、魔王の宮殿を混乱させようとする程の魔力の大きさ、邪悪さも感じられない。
これなら警備兵が四人もいれば難なくとらえられるだろう、と思っていたら...。
盗賊は、小脇に抱えていた袋を、さっと夜空へと投げ上げた。
すると森の方から黒い影がとんできて、その袋をつかみ、飛び去っていく。
ゲルンはその黒い影に向かって、火の粉入りの珠を投げつけた。
それは照明となり、その黒い影の姿を映す、
大きなカラスのようだった。
警備兵の一人が
「剣士様、助かりました」
と言って、そのカラスのような影に、何かを投げつけた。
ゲルンが目の前で起こったことを、フリティベルン達に知らせると、
「あとは私たちにまかせてください」
と、カードからベルカの声。
どうやら魔術隊が、あのカラスの追撃を始めたようである。
盗賊は? と思って振り返ると、そこには盗賊の姿はなく、一枚の紙人形が落ちているだけ。
警備兵に話を聞くと、袋を投げ上げたとき、一瞬でこの紙人形になってしまったとのこと。
(使い魔か)
と考えていたゲルンは、今回のこの盗難に意外と深い影かあるのかも、と考えた。
追撃は魔術隊にまかせて、急ぎ宮殿に戻ったゲルンは、フリティベルン、ベルカと合流。
「盗賊の仲間、というかカラスは、ロックウェル卿が追っている」
とフリティベルンから聞かされて、ゲルンは何が盗まれたのか、聞いてみた。
「それが...あの『破魔の悪神』を封じた水晶塊らしいのです」
とベルカが語ってくれた。
「しかし、あれはもう活性をなくした用済みのシロモノだろ?」とゲルン。
「そうなのです。そのはずなんですが」とベルカ。
「なんにせよ、魔王様を狙ったものではなかったようだが、ものすごく嫌な胸騒ぎがする」
フリテスィベルンが顔を伏せ、誰に言うともなくもらした。
「一応、私も追いかけてみる。ベルカ、方角をこれで教えてくれ」
カードを出して、情報が集まってくるベルカ、フリティベルンにナビを頼む形で、ゲルンは宮殿を出ていった。




