【6】 新居
「剣士様、魔王様が領内に新居を立てて土地を自由に使うことを許可されました」
はなれに戻ると、フリーダが待っていて、そう告げる。
「いつまでも宮殿のはなれに間借りするのはいろいろ不都合でしょう、とのことです」
たしかにこのはなれ、離宮のようなもので、公的性格が強く、自由に魔族が出入りできる。
独立した住まいがある方が良い、とは思っていた。
しかしそれを打診する前に、いち早く魔王サイドから、恐らくはフリティベルンの入れ智恵で、住まいの提供が申し出されたわけだ。
「やったー」
と、なぜかトルカが大喜び。
「私と剣士様の、新婚ラブラブ住居がこんなにも早くできるなんて」
「おい、ちょっと待て」
とゲルンが慌ててトルカの妄想に待ったをかける。
「フリーダ、魔王の申し出は大変ありがたく感謝を持って受け入れたいが、一応念のために聞いておく」
と、抱き着いてくるトルカを引きはがしながら問うと、フリーダが「はい?」と言って、続きを待っている。
「まさかこいつとの同居が前提での提供じゃないだろうな」
「まさか。魔王様もそこまで他人の色恋に介入したりはしませんわ」
他人の色恋と言う言い回しに、既に自分がまきこまれているような気にもなった。
さらにフリーダが
「でも私も候補住居を見てきましたが、十分にお嫁さんと同居して、子どもができて、メイドやシッターも雇えるくらいの広さでしたわ」
などと言い出したので、ちゃんとフリティベルンなり魔王なりに、真意を聞きに行かなくては、と思ったゲルン。
一方トルカは妄想の真っただ中にいて、
「子どもかぁ...剣士さまと私の子ども、でもその前に子づくりをして...きゃっ」
などと、派手に暴走している。
「待てトルカ。おまえまだ14だろ」
「15になりましたー! もう子どもだって産めます!」
「私とトルカ、ルルは同い年ですけど、誕生日はトルカがいちばん遅かったので、ようやく15」
とフリーダが付け加える。
「ともかく魔王かフリティベルンに返事をしにいく」
トルカを引きはがしながら宮殿へ向かった。
ニレをはなれに残して単身宮殿に戻ったゲルンは、急ぎヘルティベルンに面会を求めた。
快癒してやることがたまっているだろう魔王にはなかなか謁見できないだろうし、どのみち黒幕はヘルティベルンなのだから、と思っての判断である。
待合室で待つこと数十分、ヘルティベルンへの面会が許可された。
ヘルティベルンの執務室は、彼が統括する魔法研究省の執務室もかねているため、そこそこの広さがある。
ヘルティベルンは中央の机に座り、年老いた従僕にあれこれ指示を出しているところだった。
ゲルンの来室を告げられるとそちらを向いて、
「やあゲルン、新居の話、聞いてくれたかな」
と、いきなり切り出した。
周囲に忙しく立ち働いている魔人、従僕、魔術師、メイドの姿を見て、
「忙しそうなところをすまない」
と断った上で、話に入る。
「やはりあれは魔王様ではなく、おまえのさしがねだな」
「そうだけど、ちゃんと魔王様の御許可も頂いているし、なんなら書類だって発行するよ」
と、こともなげに答えた。
「そんなに血相変えて来たってことは、何か強い不満でもあったのかな」
周囲の書生やメイドに指示を出しながら、ヘルティベルンは極めて事務的に尋ねる。
「いや、不満ではない。ニレも養生させたかったので、私たちの居場所を作ってくれたことには感謝している」
そう言って、ゲルンはこの話、ありがたく受けさせてもらうことを告げた。
ここでようやくフリティベルンが仕事から離れて、ゲルンに向き合った。
「それじゃ、君の居住地に関する書類を渡しておくよ」
まるですぐにでも出せる用意がしてあったかのように、一番上の引き出しから封筒に収まった書類を出して、ゲルンに渡した。
獣人メイドの手を経て書類を受け取ったゲルンは、その場所や規模を見て驚いた。
「こりゃあ...すごい邸宅じゃないか」
「ああ。必要なら案内もつける」
フリティベルンの目配せを受けて、書類仕事に関わっていた従僕の一人が、
「剣士様、もしよろしければ、わたくしがこの後案内させていただきます」
と進み出る。
「ああ、そうだな、お願いしたい」
手際の良さに少し押されていたゲルンだったが、ここでようやく本題に切り出せた。
「殿下と魔王様の行為に感謝して、ありがたく受け取らせてもらう。そして今日来た本題なんだが」
「何か不満でも?」
「不満というか、確認したい。この新居に住むことが、誰かと結婚して定住させることが条件だ、とか言い出すんじゃないだろうな」
フレティベルンが少し驚いて、
「そういう手もあったか」
などと呟いている。
ゲルンの鋭い視線に気づいて
「いやいや、もちろん冗談だよ。そこまでは考えていなかったけど、誰かと結婚する予定でもあったのか?」
「いや、まったくない。だから聞いているんだ」
「こちらとしても、そんな条件はつけないから、安心して住んでほしい。もちろん君が誰かと結婚してそこに住んでもいいし、ニレちゃんと一緒でもかまわない」
ゲルンはこう言われて、ついさっきのトルカとの出来事を話した。
「トルカ?」
フリティベルンがその名を繰り返した。
「確かベルカ嬢の友達だったか?」
フリティベルンは外交や軍隊は管轄外なので、剣士であるトルカとは接触が薄かったのだ。
双方の父を通じて剣士ゲルンとは深い知己だったが、これはむしろ例外的。
このやりとりを見て、ゲルンも少し落ち着いてきた。
フルティベルンが仕事に当たっていた一同を、従僕を残して退室させ、少し時間をとってくれた。
「そのトルカって娘が、私の意図を早とちりしてしまったようだな」
「おまえの意図?」
友人としての場となったこともあり、ゲルンはもう敬語は使っていない。
「ああ、ただしこれは新居提供の条件ではないので、そこは勘繰らないでほしい」
と前置きをして、フリティベルンが話し始める。
「契約が終了したので、君が下山するのは自由になった。しかし私はまだ君にいてほしいのだ。友人としてではなく、この山の一族として」
「何か事情がありそうだな」
「ああ。魔王は快癒したが、実はあれで終りではない。敵がこの『山』に潜伏している気配があるのだ」
「敵だって? この前の戦いで、『山』は統一されたんじゃないのか?」
フリティベルンが深いため息をついて、口調をゆっくりしたものに変えていった。
「内部の敵じゃないんだ。たぶん人間の魔術師か、それに近いものが、この宮殿近くに潜伏している」
「人間、か...」
ゲルンはフリティベルンがわざわざ『人間』の魔術師、と言った点に注意を向けた。
「王国の連中にとっては、魔族を一掃したいと考えている連中は多いだろうな」
と呟くように言った。
「本当は魔術兵を出して山狩りしたい気分なんだが、まだ占星術師達の予言の段階でしかなく、証拠がなかったんだ」
こう言われて、ゲルンはなんとなくフリティゲルンの言わんとしていることが読めて来た。
「宮殿からの公式部隊ではなく、隠密裏にその潜伏している敵を狩り取ってほしい、と言うことか?」
「察しがいいね。しかし、それも少し飛躍しすぎで、それができたら頼みたいことではあるんだけど」
フリティベルンが席を立って窓際にいき、外の空を見せた。
「君も魔王の生気が全天を覆うようになったのは気づいているだろう?」
ゲルンが頷くと、
「それまでぼんやりとした気配はあったんだが、今朝の魔王の生気が、その怪しい影をひっかけたのだ」
「すると、ほぼ確定したってことだな」
「そうだ。しかも...」
フリティベルンはそこで言葉を切って、考えるようなそぶり。
「どうやら、火祭を狙っているらしい。これは父の、魔王としての直感らしいのだが」
「そこで君に火祭での護衛を頼みたかったのだ。もちろん我々『山』の一族や魔族の護衛兵、魔術兵団もそれにあたるが、少し不安なんだ」
「不安?」
「占星術師が言うには、内部に忍んでいる可能性が高いので、我々の目では見落としかねない、と」
「だから、外の『人間』だった私の目で見てほしい、ということか」
「まぁそんなところだ。それで君がここに滞在し続けていることを望んだのさ。昨日はもう今にでも下山しそうな雰囲気を感じたのでね」
ゲルンが少し表情を崩して、言った。
「水臭いな。喜んで受けさせてもらうよ、その護衛。なんなら命令してくれても良かったのに」
「いや、今回も命令ではなく、依頼だ。君は『山』の一族ではないからね」
「とりあえず、新居を見せてもらおうか」
フリティベルンの従僕ヘルホーンとともに、その執務室を出たところでフリーダがトルカとニレを連れて待っていた。
「剣士様、いかがでしたか?」
フリーダがそう尋ねるので、ゲルンは答える。
「ああ、お前の言ったとおりだ。ありがたく受けさせてもらうことにするよ」
するとフリーダの後ろから、おずおずとトルカが出てきて
「あの...剣士様、はしゃいじゃって、ごめんなさい」
と言うではないか。
ゲルンはトルカの頬に少し手を触れさせて、
「らしくないな。お前はあれくらい元気な方が気持ちがいいぞ」
と言って、にこやかに笑ってみせる。
すると塞いでいたその表情が、パァッと明るくなって
「えへへ」
と笑みがこぼれてくる。
子どもっぽさと強い剣士の顔がデリケートに交差する。
そんなところがこのトルカという少女なのだ、と改めてゲルンは思い直した。
ゲルンはフリーダが連れてきてくれたニレを抱き上げて、
「これから新居を案内してもらうところだ。一緒に来るか?」
とトルカとフリーダに聞くと、
「行くっ!」
とトルカがしゅぱっと手を上げて、元気よく即答した。
(時に暴走もするけど、こうであってくれた方が、自分も気分がいい)
と気づくゲルンだった。
ヘルホーンの操る馬車に乗って、宮殿の西方の森へと入る。
ほどなくして農村が見えてきたが、そこの入り口で馬車が止まった。
ヘルホーンが地面に立って、ゲルンに説明する。
「剣士様、これが魔王様から下賜された屋敷でございます」
と言って、農村と森の境目にある大きな石造りの館を示した。
「これは...すごいな」
図面で見ていた以上の大きさで、個人が住むとは思えない広さがある。
門扉の鍵を開け、しばらく進むと本邸の玄関扉に着く。
門から玄関口までは、通路として石畳が敷かれているが、それ以外は芝野で、折々の花が植えられていた。




