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魔女姫争奪戦  作者: 方円灰夢
第3章 山の魔王の宮殿にて
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【5】 ナイラーガ

「私の父も私同様剣士だった」

と言って、ゲルンが語り始める。

「私は父に連れられて、この『山の魔王の宮殿』にやってきた。まだ私が剣士の修業を始めたばかりのことだった」

聞き手は、膝の上のニレと、魔王の嫡子、魔術師フリティベルン。


父が『山』に来たのは傭兵としてだったらしいが、魔王は父と私を快く受け入れてくれた。

そして当時、このフレーボムと対岸のコートブルクでのもめごとに駆り出されていき、やがて魔王勢力がこの地を統一した。

しばらく父は私とともにこの『山』、当時は『ドブレ山』と言う名前だったが、魔王から永久滞在の許可が出て、ここに住み着いた、というわけだ。

戦前、父が諸国を渡り歩いてどこからか入手していたこの石が、魔王が父を呼び寄せた主因だったらしい。

父自身もこの石の価値がわからず、ただなんとなく持っていたのだが、魔王はそれを『判別石』だと気づいていた。

私は両親が年老いてからの子だったため、この『山』に来る前に母は死んでおり、父も間もなくこの地で息を引き取った。

それでその『判別石』は私に受け継がれたのだ。

やがてこの『山』に残っていた別の魔族の残党が宮殿に忍び込み、魔王に呪詛を放った。

それが『破魔の悪神』と言うやつで、残党もすぐに滅ぼされ、魔王にも何も変化がなかったのだ。当面はな。

ところが年月を経るに従って、魔王の力、神秘の魔力がどんどん衰えていった。

『破魔の悪神』とは、その名の通り、内側から魔の力を消していく呪詛だったのだ。

そこでこのフリティベルンという魔術師が現われて、私に「南方に願いをかなえる宝玉がある。それを探してきてくれないか」と依頼してきた。

その頃はまだこいつが魔王の嫡子とは知らなかったのだ。


ここまで語って、ゲルンはフリティベルンをチラと見た。

「魔王には私やエルゼ以外にも子はたくさんいるからね。その頃はまだ嫡子にはなっていなかったんだ」

とフリティベルンの追加説明。

「私とエルゼの母は、西方の森の奥深くに住む滅んだ魔術師一族最後の一人で、魔王に輿入れしたんだ」

そういう経緯があったので、長い間庶子扱いだったが、魔術師として力を持つことにより、二人の子供が嫡子になったのだと言う。

「だから、私と妹の中には、人間の血が色濃く受け継がれているのさ」

と語る。


話はゲルンの遠征に戻る。

ゲルンに大陸への探査が期待されたのは、もちろん大陸出身の人間だったから、というのもあるが、それ以上に『判別石』の継承者だったから。

魔王側に伝わる伝承によると、宝玉と判別石はセットになっていて、同色が互いに呼び合い、反応しあうと言う。

ゲルンに伝えられた判別石は、『赤の判別石』だった。

そして判別石とはその名に反し、固形の石ではなく、巫女の中に封印された魔術刻印だ、ということも魔王が語ってくれた。

その情報を頼りに、メルシュという魔王に仕える数少ない「人間の魔術師」をともにして大陸にわたり、そこでニレを見つけた、という流れだったそうだ。


幼いニレにとっては難しい言葉も出てきたが、一生懸命理解しようと耳を傾けた。

「そこでニレ、今度はお前に聞きたい」

と言って、ゲルンがニレを見つめるが、少し躊躇しているようだったので、フリティベルンがニレに尋ねた。

「ニレのお母さんの名前は、ナイラーガと言うのではないのですか?」

この名前を聞いて、ニレがビクリ、と反応した。

「私の母の名前です。でも死にました」

とニレが俯いて答えた。


フリティベルンが少し戸惑ったように言葉をつなく。

「そうですか...それは申し訳ないことを聞いてしまいました」

「おまえはその宝玉を、母から受け継いだのか?」

とゲルンが重ねて問う。

「ほとんど覚えていないのでわかりません」

と、ニレがポツリ、ポツリと話しだす。

「死ぬときに、私を抱きしめてくれて、何か熱い物が移ってきたようでした。でもそれは母の想いだった、と思ってました。」

これを聞いて、ゲルンもフリティベルンもしばし沈黙する。


「われわれ山の一族、魔法使いたちは、少しでも旅立ったゲルンの役に立つ情報を集めようと、必死で宝玉のゆくえを追っていたのです」

フリティベルンが話し始めた。

「その中で、たびたび『巫女ナイラーガ』と言う名前がひっかかりました。この巫女が宝玉に関わっているか、持ち主だ、と我々は考えたのです」

今度は自分の話になったので、ニレも驚きながら聞いている。

「宝玉は全部で4つある、とも聞いてました。そのうちの半分、2つがあなたの中にあった、というのは...」

この言葉を受けて、ニレが森の魔物たちに囚われていた時のことを思い出す。

「ご主人様、フリティベルン様、その...」

と言いかけたニレを見て、ゲルンが続きを促す。

「どうした? 知ってることは何でも教えてほしい」

「森の魔物につかまっていた時、同じように曲芸団の姫も捕まっていて、魔物はその人も『宝玉持ちの魔女姫』だと言ってました」


この言葉に、今度はゲルンとフリティベルンが驚いてしまった。

「あの曲芸団に攫われたとき、攫った人たちが私のことを『ナイラーガではないのか?』とも言ってました」

フリティベルンが、ゆっくりと考えを言った。

「つまり君たちを襲ったその曲芸団の人達も、ナイラーガの存在を知っていた、と言うことだね」

「自分たちの中にも宝玉がありながらニレを狙った、ということは、宝玉を利用するのが目的ではなかったということか?」

ゲルンが尋ねると、フリティベルンは、まだわからない、と首を振った。

「我々は宝玉を利用するのが目的で、その願いは達成された。決して収集が目的ではない」

そう言って、ゲルンとニレを交互に眺めながら、

「突き放すようで申し訳ないが、ここから先は君たち二人、とりわけニレちゃんの問題だ」

と言うと、ゲルンが薄笑いを口元に浮かべて、

「まぁ、そういうことだが、おまえたちが利用した宝玉が消え去ったかどうかわからんので、お前たちに全く関係がない、とも言いきれないぜ」

「そうだな、我々もそんなにあの宝玉について知っているわけではないからね」

とフリティベルンも肩をすくめた。


「ともかく今回の件、ありがとう。感謝してもしきれない。この気持ちは本当なので、疑わないでほしい」

こう言ってフリティベルンは退室する。

「おやすみ」と言って。



ゲルンの膝の上に乗ったまま、ニレはゲルンに視線を移した。

何か深く考えているようで、ゲルンの視線はニレをとらえていない。

ニレはその顎や頬に、うっすらと無精ひげが乗っているのを見ている。

剃る間もなかったのだろうか。

あんなに自分の健康を考えてくれていたのに、自分の身だしなみについては頓着していないように見えた。

そっと手をさし伸ばし、ゲルンの顎に触れた。

ハッとゲルンは気づいて、ニレを見る。

いつものニレを見る優しいまなざしに変わっていた。


「おまえにもいろいろつらい思いをさせたな。これでかなり楽になった」

膝の上に乗った、軽い身体を、肩口をしっかりと抱きしめる。

「しばらくこの山にいる。そして、一緒に暮らして、しばしの平和を楽しもう」

その言葉にニレは嬉しくなり「はい」とのみ答えるだけだった。



翌朝、ニレは起床すると、既にゲルンが起きていて、いろいろと動き回っている。

ニレを見るとゲルンが

「空を見ろ」

と言って、窓を開けてくれた。

澄み切った北国の青空。

だがそれ以上に驚かされた、張りつめた強い力が天空を覆っている。

「これがこの『山』と、魔王がいる本来の世界なのだ」

とゲルンが教えてくれた。

「もうすぐ火祭りがある。ニレには初めてみる珍しいものが見られるぞ、あの曲芸団以上に」

ゲルンがニレの頭を撫でながら、

「平和を楽しもう。自由を楽しもう」

と言ったので、ニレも精いっぱい力強く、

「はい」と答えた。


朝食を済ませた後、トルカがやってきて、

「剣士様、ニレちゃん、町へ出よう!」

と誘いに来た。

ゲルンはいつもとは違う軽い表情になり、

「そうだな、ニレ。この魔王の支配する魔族の町々を私もお前に見せたい」

と言って、ニレを連れ出した。

宮殿のはなれを出て、意気揚々と馬車に乗る三人。

山の東側に向かったが、しばらくは深い森に包まれていた。

だがすぐに視界が開け、石造りの町が出現する。

平地の町ではなく、山中の町である。

家々の周りに巨木がからみつき、少し行くと、切り開かれた小さな平地が現われる。

人界の平地とは違い、でこぼこしているし、通路以外には石畳がしかれていないところもあったが、それでも多くの者たちが行き来していた。

明らかに人と違う者、人に似てはいるが四肢やからだの部位が少し違う者、人らしいのだが見たこともない装束の者、そして僅かながらも、人間。

いろんな個体がその平地を歩き、動いている。

だがもちろん混雑と言うほどではなく、一人一人の姿が個性的だったため、たくさんいるような印象になってしまっていた。


「この東側は、人界で言うところの『商業』の概念が希薄なので、飲食店とかはほとんどない。しかし」

ゲルンはそう言って、平地の際に沿った、薄茶色の家の扉を開いた。

「ブルカ、いるか?」

扉を開けると中は、小さな織物工房のように見えた。

多種多様な人々が机に並んで座り、それぞれに糸を紡ぎ、あるいはまた機織っていたりした。

ただし人界の織物工房と違い、秩序にはほど遠く、乱雑に、それぞれがそれぞれの仕事を自由気ままにやっている感じである。

皆自分の仕事に熱心で、ゲルン達三人が入ってきても、まったく見ようともしない。

しばらくして奥から、4本腕の山羊髭男が現われた。

「やあ、ゲルンじゃないか」

肩口から左右それぞれ2本ずつの腕があるその男は、腹まで届こうかと言う白く長い山羊髭、耳の上に少しだけ茶色の髪を残した禿げ頭。

身長はゲルンと同じくらいの長身で、ゲルンと同じように痩身である。

「ま、中へ入れ、入れ」

と言って、織物職人たちでごった返す工房の奥へと招き入れた。


工房の奥には、このブルカと言う男の執務室か、個室なのか、こじんまりとした部屋があり、そこに招き入れられた。

中には二人ほどいたが、同族らしく4本腕なのだが、女性らしいのに、ブルカ同様山羊髭を生やしている。

それを見てニレは目が釘付けにになってしまった。


「そっちの嬢ちゃんは、確かゲルンの...」

ブルカがトルカを見ながら、名前を思い出そうとしている。

「剣士様の未来の妻トルカでーす」

そう言って、ゲルンの腕に抱き着くトルカ。

「おい、だんだん言うことがランクアップしていくな」

とゲルンがじとっと見ている。

「これは女剣士トルカ。前に会ってるはずだぜ」

「そうだった、そうだった、顔は覚えているんだがな、年とるとなかなか名前が思い出せん」

そう言ってブルカは執務机の椅子を引っ張り出してきて、そこに座る。

ゲルン達にも椅子をすすめながら、

「織子達から聞いたぜ、なんでも帰ってきて早々、魔王さまの快気を取り戻したそうじゃないか」

「いや、実際にやったのは、フリティベルン殿下だがな」

と言いつつ、ゲルンも出された椅子に座り、トルカとニレにも座らせた。


室内にいた山羊髭の女性が4人の間にテーブルを運んできて、そこにお茶とミルクが運ばれてきた。

「店はないが、こうやって知り合い同士で食べたり、招待したりするんだ。当然俺たちのところにきてくれたら、同じようにするんだ」

ゲルンがニレに説明していると、

「そっちのは、誰だ? 人間だな?」

と聞かれた。

「こちらはニレ。魔王様の中にあった悪い石を取り除く材料を持ってきてくれた娘だ」

と、ニレが答えるより早く、ゲルンが説明する。

少し警戒感を見せたブルカだったが、この言葉を聞いてすぐに打ち解けた表情になる。

「魔王様の恩人てわけだな。ということは、俺たちにとっても恩人と言うわけだ」

そう言って、ニレに自己紹介をする。

「俺はブルカ。ここで絹服や魔布、魔術衣装なんかを作ってる」

ブルカはそう言って、ニレにホットミルクの入った椀を差し出した。

「ゲルンがいなくてもいつでもきてくれ。歓待する」

「はい、ありがとうございます」

と言って、ニレもブルカに微笑み返した。


「で、今日なんか用事があったのかい? なくても歓迎するけど」

ブルカがそう言うと、ゲルンはニレの首帯を外した。

「こいつを新調してほしいんだ」

とブルカに渡す。

「同時に護身用にもなる刻印帯も作ってほしい」

「ふうん」

と言いつつ、まじまじとその帯を眺めるブルカ。

「随分とお粗末な隠蔽呪文だな」

ともらすと。

「俺が書いたんだ」とゲルン。

ブルカは、そりゃあすまなかった、と言いながら、笑う。


「もっと良いのを作ってやるぜ、剣士様」

するとブルカはニレの傍らに移動し、頸部を採寸し始める。

「これならすぐにできる。待ってな」

と言って、奥に引っ込んでいった。

ほどなくして出てくると、手には新しい首帯と、瑪瑙珠を持ってきた。

首帯をニレの首にあて、長さを調節。

その後、肌に食い込まないような留め具をつけて、瑪瑙珠でしごき、そして、刻印を入れる。

ほんの数分で出来上がり、それを自らニレの首にかけた。

「どうだ? 窮屈だったら言ってくれ。調節する」

「いえ、ぴったりで、その、なんか肌触りが気持ちいいです」

とニレが言うと、

「そりゃ絹だからな」

ブルカはにやりと笑った。

「ありがとう、ブルカ。またこの娘が大きくなったら、それに合わせて頼むよ」

ゲルンがそう言うと、

「ああ、いつでも来な」

と言って、ブルカが椅子に座る。

「もうちょっと話してけよ。いろいろ聞きたい」

と言われたので、ゲルンとトルカは腰を下ろして、冒険譚を語るのだった。

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