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魔女姫争奪戦  作者: 方円灰夢
第3章 山の魔王の宮殿にて
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【4】 快気

「『完了』ということは『成功』と言うわけではないのか?」

と、ニレの安全を確認したゲルンがフリティベルンに聞いた。

「ああ、そりゃそうさ。僕たちにとっては『成功』と言うのは、魔王様の中に埋められた『破魔の悪神』を浄化できて言えることだからね」

「なるほど、お前たちの立場としてはそうだったな」

と言って、ゲルンは納得する。

「しかしこれでニレの役割はすんだんだな、もう連れて帰るぜ」

「ああ、結構だ」

と言うフリティベルンだが、ああ、そうだった、と追加してきた。

「一応経緯の報告もしておく。二つあるうち、使ったのは胸の宝玉だ」

と教えてくれた。

「するとまだ頸部に残っているんだな?」

そう言って、首帯をかける前に『判別石』でニレのからだを見てみた。

すると、確かに胸の反応が消えて、赤い反応は頸部だけになっている。


ゲルンがニレの首に呪文入りの帯をかけながら、

「こちらの宝玉も体外に取り出せないか?」

と聞いてみる。

「できなくはないけど、今回みたいに本体に影響を残すことなく、というのはかなり難しいかな」

「わかった。しかし、もし今回のようにできたらお願いしたい」

「考えておくよ。君のお陰で『山』も元通りになりそうだしね」

その答えを聞いて、ゲルンはニレを連れて宮殿のはなれに戻った。



それから数刻。

「父上...」

魔王の居室に、魔法医師グリムら魔術医師団を率いて魔王の嫡子フリティベルンが現われた。

「フリティベルンか」

天蓋付き寝台の天蓋を外して横たわっていた魔王が身を起こす。

その居室は本来執務室だったのだが、魔王の体調低下に合わせて、この天蓋付き寝台を持ち込んでいたのだ。

執事、従僕、メイドらが数人、その脇に侍って、魔王の補佐と警護を兼ねている。

「紅の宝玉、その魔殊を回収いたしました」

フリティベルンがそう述べて、運び込ませた横長の水晶塊を、寝台脇の卓上に置く。

「真正の魔殊に間違いないことを確認いたしました」

と、フリティベルンの背後に控えていた魔法医師グリムが言う。

「今から始めても、よろしゅうございますか?」


魔王は寝台から立ち上がり、従僕らにソファを卓前に移動させて、そこに座る。

「待ちかねておったのだ。すぐにでも始めてくれい」

グリムは、万一のことも考えて、メイドや連れて来た医療団に緊急治療体制をしかせて準備する。

「それでは」

と言って、場をフリティベルンに譲った。

魔王はソファに座り、我が息子の所作を眺めながら、

「常に不快感、違和感があるだけだ、病気ではないだけで、妙な感じだった」

「しかし、大事になってからでは困ります」

とフリティベルンは言い、真っ赤に染まりドクンドクンと鼓動する水晶塊を自身と魔王の間に置いて、詠唱を始める。


解呪の第一段階は、水晶塊から赤い糸のような光の弦が伸びていき、魔王の身体に入っていく。

とてつもない不快感に見舞われた魔王は吐き気を催すが、それは自身の中にある『破魔の悪神』に取りつき始めているから。

解呪の第二段階、『破魔の悪神』の封印。

魔王の胸の中で、頭の中で、脊髄の中で、何かが何かに取りつき、包んでいく。

そしてそれらは、個々の部位の中で、封印を完了していく。

解呪の第三段階、封印された『破魔の悪神』を魔王の体外へ引きずり出すこと。

体内で封印されたと言っても、魔王の中にあってその精神を、霊魂を支配しようとしていた強大な力を持つ悪神である。

並大抵の力では動かすことがかなわず、フリティベルンも苦闘する。

同行させてきた魔術医師団が、かねてよりフリティベルンが指示していた通り、彼に魔力を注入し、その手助けをする。

一方で、悪神の周囲に及ぼそうとする力を減退させるべく、魔術騎士団がさらにその周囲で解呪の詠唱を続ける。


部屋の中の空気が生臭く、あるいは死体臭に似た空気に変わって行き、魔王の周辺が赤黒く光っている。

だが『山の宮殿』の総力と言ってもいい魔術師達の力で、その奇怪な妖気は少しずつ収まっていく。

額から脂汗をにじませながら、ここぞ、とばかりにフリティベルンが魔王から何かを引きずり出していく。

赤い弦に包まれ、引きずられるように、魔王の身体から現れたその赤黒い塊が、水晶塊の上へと移動してくる。

するとその横長の水晶塊が、両端から取り囲むように動き出し、その引きずり出した赤い塊を包んでいく。

赤黒い塊は、抵抗しているように見えた。

だがやがて水晶塊に飲み込まれていき、やがて、閉じる。

真紅の光で鼓動していた水晶塊から鼓動が消え、色が赤黒く変色していく。

同時に室内を覆っていた異様な臭いも消えていった。


渾身の力を使ったせいか、フリティベルンはへなへなと床に座り込んでしまった。

「フリティベルン様」

と、遠巻きに魔法を展開していた魔術騎士たちがその周囲に集まって彼を抱きかかえるようにして引き起こし、別のソファに横たえさせる。

魔術医師の持ってきた水を一気に飲み干し、深い吐息をもらす。

魔王は? と見ると、そちらも似たような状況で、青黒いガウンの中で目を閉じて深い息をもらしている。

「成功です」

と、グリムがフリティベルンに微笑んで、手を強く握った。

「父上、いかがですか?」

フリティベルンの言葉を受けて、魔王の方も少し顔を上げ、

「うむ、ものすごい疲労感だが、同時に頭の中がくっきりと明解になった気分だ」

こう言って、こちらもニヤリと笑った。

この声を聞いて、室内の魔術師、魔王の従者たちが歓声を上げた。

メイド達や魔術医師たちが、魔王の容態を見ながらも、完全に元に戻っていることをフリティベルンに伝えた。


フリティベルンはよろよろと立ち上がり、

「それではしばらくお休みください。私もひどく疲れました」

と言うと、魔王が

「うむ、御苦労だった。感謝するぞ」

と言って、我が嫡子を送り出した。


グリムと別の魔術医師にかかえられながら部屋を出たフリティベルン。

支える二人が喜びを隠しきれないのを見ながら、

(それにしても、恐ろしい力だった。あんなものが封じられている人間がいたとはな)

と思いながら、その幼い少女の顔を思い浮かべた。

(あの娘から、目を離してはならぬ)

とも思いながら。



魔王の中に取りついていた『破魔の悪神』が取り祓われたことは、『山』の隅々にまでその日のうちに伝えられた。

宮殿のはなれにいたゲルン達の元にもその報は届き、そこにいた誰もが満面の笑みを浮かべ、ところどころに泣く者まで現れて、喜んでいた。

よそ者であるニレも、自分の御主人様であるゲルンが安堵の喜びを浮かべているのを見て、その喜びが移ってきたかのように嬉しくなった。

「ゲルン様、良かったですね」

食堂のソファに深く身をうずめていたゲルンにそう言うと、ゲルンもニレの瞳を見つめて、

「ああ、これでお前も自由だ」

と言うが、すぐにニレの内心を思いやって、

「もちろん、私はお前を手放す気はないがな。お前の意志で出ていきたい、と思うまで」

と追加すると、ニレはゲルンの胸に頭を預けて

「はい」と頷いた。


食堂は社交の場でもあるらしく、モーリーやヒルペクたちもやってきて、この山の支配者の快気を喜んでいる。

ベルカがフリーダとルルを連れてゲルンの元へ近寄ってくると、

「剣士様、おめでとうございます、そしてありがとうございます」

と言って、深々と頭を下げた。

「ほら、あなたも」

そう促されて、ベルカの背後から実家に戻っていたトルカが顔を見せた。

「剣士さま、ありがとうございます」

そう言ったあと、なにかもじもじしながら、言葉を続けていく。

「その、これで剣士様のお役目は終わったわけですよね」

この言葉を聞いて、ベルカや、少し離れたところにいたモーリーも近寄ってくる。

「ゲルン、まさか『用がすんだから下山する』なんて言わねーよなぁ」

と聞いてきた。


何を言わんとしているかがわかったので、ゲルンも少しずつ、考えながら、彼らに答える。

「そのあたりはこれから魔王さまの許可をいただいてからだが」

と前置きして話す。

「少し疲れた。魔王様のお許しさえいただければ、しばらくはここに逗留しようと思っている」

この答を聞いて、モーリーが安堵の顔を、トルカが喜色満面と言った顔になる。

「これは来月からの『火祭り』が楽しみになるわね」

とフリーダが言ったので、ニレが、

「火祭り?」

と聞き返す。

「ああ、この山の、魔王様を讃える祭だ」

とゲルンがニレを膝の上に移し替えて、説明する。



お祭りの前夜祭のような雰囲気になっていた宮殿とはなれに夜の帳が訪れる。

まだ喜び騒いでいる者たちもいたが、多くは眠りに入っていく。

もっとも夜行性の魔人、魔獣たちは、これから魔王様の回復を祝い、喜ぶわけだが。


そろそろ眠ろうか、と思っていたゲルンとニレの元に、フリティベルンが訪れる。

この夜の来訪者に少し驚いていた二人だったが、まだ眠り込んだわけではなかったので、メイドに飲み物をもってこさせ、椅子を出して応対する。

眠ってはいなかったものの、もう寝衣に着がえていたニレは、最近すっかり定番になってたしまったゲルンの膝の上に抱きかかえられての応対。

少し恥ずかしかったが、それでもそれ以上に嬉しかったりもしている。

椅子に座るとフリティベルンが、

「バタバタしていたので、正式に言えなかった。あらためて二人に感謝する」

と切り出した。

「なに、私も魔王様には父の代から世話になった。依頼という形ではあったが、成功して良かったと思ってる」

フリティベルンがニレの方を向いて、

「ニレ、もちろん君にも感謝している。『山の魔族』の一人として、君を歓待し、君の望みをできるだけ聞きたいと思っている」

その言葉に嬉しくなったニレは

「ありがとうございます、フリティベルン様、とお呼びしていいのですね?」

と、すぐに答えた。

「それでもいいけど...」

と言いつつ、ゲルンの方に視線を移しながら、

「まだあんまり事情を説明していないのかい?」

と聞いた後、ニレに言う。

「ゲルンは私の父の客分で同格だから、君がゲルンの所有なら、別に私や『山』の者たちに敬語はいらないんだけどな」

「そういや、この『山』のこととか、私の目的とかは、道中ほとんど言わなかったな」

というゲルンに対して、

「おいおい、そんなんでよく連れて来たな」

とフリティベルンが笑いながら突っ込んでいる。


「いえ、私は奴隷として処分される寸前でした。ご主人様、剣士ゲルン様に命を助けられて、命を懸けてお供させていただくつもりでしたから」

そう言って、ゲルンの膝の上で、目を閉じる。

「事情を話していなかったのは、申し訳なかった」

と言うゲルンの言葉に驚いて目を開くニレ。

「次から次へと宝玉を狙う連中が現われたのでな。しかしようやく余裕もできて、時間もできたから、説明しておこう」

ゲルンがニレの瞳を見つめる。

「そして同時に、ニレにも少し聞きたいことがあるんだ」

と言って、宝玉の経緯が語られることとなった。


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