【3】 読出し
翌朝、魔王との謁見。
しかし謁見にはゲルンとニレだけが許されていたため、二人で赴くことになる。
そしてその前に、はなれで朝食。
ゲルンが昨晩、調理部に、ニレが魚料理を好むことを伝えていたせいか、澄ましバターを使った魚のソテーが出てきた。
これまた見たことのない料理だったので、ニレは魚だとわからず口に運んでいたが、口中に入れるやあふれんばかりの笑顔になった。
「これも魚料理だ。私も過去にあまり食べたことがない」
と言うゲルンに
「ものすごくおいしいです」
と、ニレ、満面の笑顔。
厨房の隅からこっそりと少し不安そうに見ていた料理長も、この笑顔を見てホッと胸をなでおろしていた。
その他、豆、白パンなどを腹に収めて、宮殿に向かうこととなった。
謁見の場は、昨晩と同じく、宮殿の小広間。
昨晩と違い、魔王側には何人か随行していたのに対して、ゲルン側は、ゲルンとニレの二人だけ。
フリティベルンと同じ椅子にガウンをまとって腰かけている姿は、昨晩のフリティベルンとの対面がまだ続いているような感じ。
だが息子と違い、魔王は顔の下半分が髭に覆われ、顔色も心なしか暗い。
「ゲルン、御苦労であった」
と野太い声が部屋に響き渡る。
その後、褒美の話が出ていたが、ニレには少し難しくてよくわからなかった。
ニレには直接話しかけることもなく謁見は終ったが、ときおり自分を見る鋭いまなざしが、ニレに強い印象を残す。
謁見を終えると、昨晩とは別の部屋に連れていかれ、ニレの検査。
医療診察室のような場所で、白衣をまとった数人の医師たちと、フリティベルン殿下がいる。
「こちらは魔法医師グリム」
とフリティベルンによって紹介された人物を見てみると、小柄な老人である。
ニレは診察台の椅子にちょこんと座らされると、ゲルンが頸部の首帯を外した。
ニレは不安そうな表情になるが、背後にゲルンが立ってくれて、落ち着いたようだ。
対してフリティベルンとグリムは丸いレンズ水晶を通してニレを見ている。
「確かに、首と胸に強い反応があるな」
とフリティベルンが言って、明日の読出しを告げる。
「読み込んだ刻印を転写する結晶を用意するので、予定通り明日にしよう」
とニレとゲルンに告げる。
「確認しておきたい」
とゲルンがフリティベルンに言う。
「魔術刻印の読出しをやっても、この娘に影響は出ないんだな?」
グリムといろいろ話していたフリティベルンが、
「影響は出るさ。一時的な倦怠感とか脱力感はあるはずだ」
これを聞いてゲルンの表情がほんの少しこわばったが、
「しかしこの宝玉は、生命活動とはリンクしてないから、命やその後の生活には影響を与えないはずだ」
と殿下が語るので、表情を元に戻した。
「問題があるとすれば、どちらの宝玉を使うか、ということだが...」
「そちらは我々に一任してもらえますかな?」
グリムが言葉を引き継いだ。
「違いがあるのか?」
とゲルンが尋ねると、
「転写する結晶との相性なんだ。たぶんどちらでも大丈夫だとは思うんだが」
という殿下の答えが返ってくる。
ゲルンは少し考えて、
「一任する。ニレもそれでいいか?」
そう聞かれたので、ニレは「はい」と言って頷く。
そしてまた首に、隠蔽魔法が施された布帯がゲルンの手によって巻かれた。
ニレはその手に頬を寄せて、ほっと安心したような表情になった。
かくして謁見、診察もあっけなく終わり、二人ははなれの宿舎に戻る。
はなれの宿舎に着いた時には昼頃になっていた。
昼食を取ってからまた宮殿に行こうとして、はなれの食堂に入ると、にぎやかな空気になっていた。
「おう、剣士殿、昨晩お帰りだったようですな」
と言って、全身毛むくじゃらの巨漢が近づいてくる。
「ニレ、こいつはモーリーと言って、この『山』で魔獣部隊を率いる戦士だ」
するとニレがその巨漢に向き直り、
「ニレです。ゲルン様に、奴隷にしていただきました」
と言って、ゲルンの腰帯の回りにぴったりと付く。
「モーリーだ。ゲルンとは何度もともに死地を乗り越えた戦友みたいなもんだ、よろしくな」
と言って、腰をかがめてニレを見る。
「なるほど、トルカの言ってた通り、愛らしいお嬢さんだ。しかしそれにしても、奴隷ねぇ」
そう言って立ち上がり、ゲルンの方を見る。
「道中いろいろあったんだ。攫われたりしたし、分断させられたりもした。主従の魔術がかなり有効だったからな」
トルカやルルが相手の時と違い、ゲルンの言い方には誤解などされようがない、という信頼感が見てとれる。
(このおっきな人は、ゲルン様と対等の関係なんだ)
とニレは感じた。
「剣士様、僕もその娘に紹介してよ」
と脇から背の高い男が現われた。
「ニレ、こいつはシュリク。所属は一応モーリーの部下ってことになっている」
「よろしくね、ニレちゃん」
こう言って、ゲルンの帯をつかんでいたニレの手を強引にとって、握手する。
「あ、あの、はい、ニレです」
とかなり驚いて相手を見ると、背の高さの割りに、顔つきはまだ幼く、少年兵だった。
しかしもっと驚いたのは、その全身である。
細いハーフパンツの膝から覗く足は巻毛に包まれており、その先端は蹄になっている。
よく見ると、小さいながらも背後には尾が見えて、それが左右に振られている。
モーリーがその大きな左手をシュリクの頭に乗せて
「こいつは半羊半人の斥候兵だ。身の軽さは部隊一だ」
などと言って、教えてくれる。
「しかし可愛いなぁ、ニレちゃん。ゲルン様、僕のお嫁さんにしてもいいですか?」
「ダメに決まってるだろう」
とゲルンが即答で却下してくれたので少し安心するが、自分の周りにたくさん集まってきているのが気づいた。
「あ、あの...」
と不安気にゲルンを見上げたので、
「おいおい、まだここになじんでないんだ。そんなにジロジロ見てやるな」
と周囲に言ってくれたので、適度な距離を保ってくれた。
よく見ると、シュリクに限らず獣人が多い、というか、人間の方が少数である。
皆この少女の窓口がゲルンだと判断して、何人もの獣人たちがゲルンに紹介を頼んでいる。
適当にあしらっていると、奥から一人の女性がフリーダとともに現れた。
初対面だが、その顔は知っていた。
水盤で魔術通信をしていた時の相手方。
ちら、としか見ていなかったのが、たしかベルカという女性だった、とニレは思い出す。
「剣士様、私も紹介していただいて良いですか?」
と言ってきたので、ゲルンはめんど臭そうに、
「紹介ったって、顔は既に合わせてるだろ、自分でしろ」
と突っ放すと、
「ニレさん、実体で顔を合わすのは初めてですね、こんにちは」
と言って、ニレに微笑みかけてくれた。
「ベルカさん、こんにちは、そして初めまして」
とニレが返すと、
「実物はさらに綺麗になってるわね。シュリクが色気づくのも無理ないなぁ」
と言って、微笑んでいる。
「ありがとうございます。剣士様に助けていただきました」
とニレが言うと、
「剣士様、まだ幼いですけど、将来有望ですね」
などと言って、いたずらっぽく微笑んだ。
「そうだ、もう一人紹介しておかないと」
と言って、ゲルンは食堂のすみっこでサラダを食べていた青年の元へと近づいていく。
「ニレ、こちらはヒルペクだ。モーリーとは別の妖精部隊の長を収めている。モーリー同様頼りになるぞ」
紹介されて、
「ニレと申します」
と言うが、ヒルペクはちらと見ただけで
「ヒルペクだ」
と言って、また黙々とサラダを食べている。
ベルカと一緒に来ていたフリーダがニレに近づいて、
「ゲルン様がおっしゃられた通り、頼りなる方ですよ、ちょっと愛想ないですけど」
などと言ったものだから、ヒルペクがガチャリとフォークとナイフを卓に置いて
「俺は食事の邪魔をされるのが、いちばん嫌なんだ」
と言ってフリーダを睨みつけ、またフォークを使ってサラダを食べ始める。
その他、何人かを紹介されて、ゲルンとニレはようやく昼食のテーブルについた。
昼は芋を中心としたサラダ料理がメインだった。
二人が食べていると、フリーダ、ルル、そしてベルカがやって来て、円卓の同席になる。
シュリクが同席したそうに回りをうろうろしていたが、
「ここは五人席だ」
とルルが言って、追い返す。
「まあまあ、そう邪見にするものではありませんよ」
などと言って、ベルカは笑っている。
「そういや、トルカはどうしたんだ?」
とゲルンが尋ねると、
「実家に報告に行ってたよ」
とルルが教えてくれる。
「そうか、ザックハーもいないし、皆にお礼を改めて言っておこうかと思ったんだがな」
とゲルンがもらすと、
「トルカには、一人の時に言ってあげてくださいな。あの娘、喜びますよ」
とフリーダがフォローしている。
会うと口喧嘩ばっかりしている印象だったが、ほんとは三人とも仲が良いのだな、とニレは感じていた。
そして食堂に押し寄せてきた獣人兵たちが、ゲルンのテーブルを取り囲むように見ていた。
翌朝、フリティベルンによる読出しの儀式。
朝食を終えて、ゲルンとニレが宮殿の医療診察室へと向かう。
前日同様、フリティベルンと魔法医師グリムが待っていたが、前日とは違い、いろんな機材が持ち込まれて、それと同時に人員も増えていた。
グリム以外の魔法医師、数名の護衛兵、そして、工学士に機械屋がそれぞれ二人。
彼らが関係しているのだろうか、卓上には座布団がしかれ、そこには棒状の、横に長い水晶塊が乗せてあった。
ニレは前日と同じ椅子にかけさせられて、深呼吸をさせられる。
「体調はどうですか?」
とグリムが尋ねると、ニレが大丈夫です、と答えていよいよ読出しに入る。
「外科手術じゃないから、服とかはそのままでいいよ」
とフリティベルンに言われて、座ったまま待っているニレ、その後ろにはゲルンが立つ。
だがそれを見てフリティベルンが
「ゲルン、気持ちわかるけど、もう少し下がってくれないか、魔法の影響が出かねない」
と言ってさらに
「それと剣の柄に手を当てたまま待機されると、こちらも緊張してしまうので」
「ニレに異変があったら、おまえの首を落としてやろうかと思ってたんだがな」
ゲルンの声は冗談っぽく聞こえたが、柄に手をかけていたのなら、全部が冗談ではなかったのかもしれない。
このゲルンのセリフを聞いて、魔法医師たちの中に混ざっていたフリティベルンの護衛兵達も少し緊張するが、
「落としてもかまわないぜ。絶対そういうことにはならないから」
と言って、フリティベルンも自信たっぷりにニヤリと笑う。
「いや、すまなかった、私も少し緊張していたようだ」
と言って、ゲルンが剣から手を離して謝罪し、ニレの首から魔法帯を外して、距離をあけた。
フリティベルンが傍らに置いた小冊子に目を落とした後、ニレに水を飲ませる。
「脱水症状になることもあるので、念のために、ね」
そしてニレが飲み終えた後、フリティベルンは詠唱に入った。
ニレの座っていた医療椅子を包むように金色の光が立ち起こり、魔術治癒が開始される。
その光に包まれて、ニレは嗜眠状態に入る。
次の呪文、これが読出しコードの前段階だったようで、ニレの胸部と頸部に赤い光が宿る。
卓上に用意されている棒状の水晶塊にグリムが呪文をかけて、発現させる。
受け取り手となる水晶にも赤い燐光のようなものが走り始め、その色がニレの胸部と頸部の色に近づいていく。
そして、いよいよ読出しコード。
いくつもの言語の混成となるそのコードは、確かにニレのからだに反応していき、ニレの口から声がもれる。
「ぐっ...うが...」
端で見ていると苦しそうに見え、額からは脂汗のようなものがにじんでいる。
フリティベルンが右腕をニレの胸の上、触れるか触れないか、ギリギリのところにつけて、胸からこぼれる光を、その手に巻き付かせる。
するとフリティベルンの身体を通って、左手から水晶塊に赤い光が糸のように、弦のように流れていく。
水晶塊が光り始め、そして動き始める。
それはさながら、心臓のような鼓動だった。
時間にして一刻、その状態が続き、ついにニレの胸からフリティベルンの右手に流れる光の弦が途絶えた。
ニレと水晶塊が放っていた赤い光が収まり、静寂に包まれる。
ただ水晶塊だけは、まるで心臓のように、どくん、どくん、と動いている。
フリティベルンは別の卓上に置いてあった水差しからコップに水を移して、ひと飲み、大きく息をついた。
「完了だ」
ともらして、ぐったりと椅子に座りこんだ。
ゲルンがニレに駆け寄ると、顔中を汗で光らせながら、すやすやと寝息を立てているのが見えた。




