【2】 顔合わせ
フレーボムは『山』の影響を色濃く受ける地だが、住人はまだ王国民の方が多い。
港で出迎えてくれたベルトルドの部下も、船員とは違い、ほぼ王国民の人間である。
彼らは皆ゲルンやトルカ達とも顔なじみであり、到着から上陸はスムーズに進んでいった。
そしてコートブルク同様、『山』から出してもらった馬車で、一路、『山の宮殿』へ。
馬車にはベルトルドと二人の有尾人従僕もつき従って同行した。
険しい山道に揺られながら数刻。
陽は西に傾き、夕闇が迫り始める頃、馬車は闇の力を湛えたような石造りの門前に到着する。
森の中に突如として現れたかのような山門。
昼は白かったであろうこの山門も、今は夕闇の中に黒い姿を際立たせている。
そこにベルトルドが降りたち、門衛に自分たちの身分を語り、いざ入城。
二台の馬車が、宮殿への道を進む。
山門では門衛の詰所以外ほとんど灯りもなかったのだが、門をくぐると宮殿までの並木道に、ぽつん、ぽつんと、灯りがあった。
ニレは窓からその光景を眺めていた。
暗くて何の樹木かまではわからなかったけど、北国特有の幹の太い針葉樹であろうことは見て取れた。
やがて前方に光が見えてくる。
馬車が宮殿の前に着き、ベルトルドが守衛に身分を語り、馬車を降りる。
ゲルン達も下車して、いよいよ宮殿入り。
「コード読出しとか、そういうのは明日以降になるだろうから、今夜は顔見せだけになる」
ゲルンに言われて、ニレはようやく彼の腕から離れて、一人で立った。
背の高い玄関が開き、広間に入る。
灯りはともされているが、人間世界の城郭における入り口広間ほどには明るくない。
それでも中の配置は見て取れるくらいの明るさだ。
数人のメイドが出迎えてくれるのだが...。
そのうち何人かはベルトルドの船員同様、尾があったり、頭部にケモノ耳が立っていたり。
顔の造作そのものは、人間の少女なのだが。
ニレはその姿にしばし目が釘付けになってしまった。
だがメイド達の動きは人間のそれと変わりなく、てきぱきと動いている。
「剣士様、ベルトルド様、御帰還、御苦労さまでした」
と一行の荷物を預かったり、上衣を着替えさせたりしてくれるのだが、ニレは状況が飲み込めず、キョロキョロするばかり。
見ればトルカ達もメイド達の世話を受けているので、それに習えばいいのだろう、とは思ったが、なにぶん初めての体験。
ニレがそんな風にどうしていいかわからず戸惑っているのを見て、ゲルンが耳打ちする。
「彼女たちはこの給仕が仕事なんだ。だからされるに任せておけばよい」
着替えやすいようにと、リードなどは回収し、ニレをメイド達の手に任せる。
フリーダだけは本格的に着替えたい、と別の更衣室に行ったが、他のメンバーは、室内用の上衣に着替えてすぐ、謁見の場へと向かう。
正面奥の広間に入る。
そこは玄関口とは違い、煌々と灯りがともされており、細部まで見渡せるようになっていた。
北側、つまり正面奥に演台が設けられていて、そこに凝った装飾がなされた椅子と、小さなテーブルが置かれている。
一同の広間への入場を待って、袖口から一人の男が登壇。
その男が着席すると、ゲルン以下は膝をついて、報告する。
ニレはよくわからなかったが、とりあえずゲルンの真似をして膝をついた。
「初めての顔がいるので、自己紹介しておく。この宮殿の主の長男フリティベルンだ。頭を上げていいぞ」
これが旅の途中で話題に上っていたフリティベルンという人か、と思い、ニレはその男性の顔を見る。
一見すると、穏やかな印象。
魔王の嫡男と聞かされていたので、どんなに恐ろしい見掛けなのか、と思っていたが、そういった要素はほとんど感じられない。
ゲルンと同じように黒衣をまとっているが、こちらはどちらかと言うとガウンのような着こなしだ。
上背もそこまで高くなく、中肉中背といったところ。
銀髪の髪はキラキラ光を反射していたが、決して白髪というほどではない。
瞳の色は濃い青。
ともすると黒瞳に見えてしまうが、よく見ると神秘的な深い青を秘めている。
そして顔は穏やかな、柔和な印象を受ける。
美男の範疇に入るのだろうけれど、どちらかと言うと優しげな顔立ち。
おそらくその物腰の柔らかさも関係していたのだろう、ニレを安心させるには十分の存在感だった。
「ゲルン、長旅御苦労だった。うまくいったようだな?」
「はい。追って詳細は報告させていただきますが、こちらがその『宝玉の少女』ニレです」
と言って、ニレを紹介する。
「ニレ、長旅御苦労であった。『山の宮殿』はそなたを歓迎する。まずはゆっくりと旅の疲れを落としてほしい」
と言って、「フリティベルン殿下」は、ニレに微笑みを向けた。
想像とはかなり違っていたため、少し驚いていたニレだったが
「はい、ありがとうございます」
となんとか言うことができた。
「それで、魔王様は?」
ゲルンが尋ねると、
「うむ、まぁ変わりない。今は魔力が減退しているくらいで、特にからだに異変が出ているわけでもないからな」
と殿下は答えている。
会話を聞いていて、その魔王様を治すのが自分の使命なのかな、と考えるニレ。
簡単に帰還の報告とあいさつだけをして退室の予定だったが、そこにもう一人現れた。
「ゲルン、帰ってきたのね!」
右手奥の扉が勢いよく開き、セミロングの銀髪をなびかせて一人の少女が入ってきた。
ひと目でフリティベルンの姉妹か近親者かとわかるくらい良く似た愛らしい顔立ち、銀髪と、深い青の瞳。
しかしこちらははるかにアクティヴな印象で、その瞳も色こそ同じだが、強い意志の力を感じさせる。
ただし身長はフリティベルンほどではなく、北国の者としてはやや低い。
「エルゼベルト、ゲルン達は疲れているのだ。もう少しわきまえなさい」
とフリティベルンが注意する。
「あら、お兄さまだってゲルンが帰ってきてそうそう顔を合わせているじゃない」
と言っているので、フリティベルンの妹なのだろう。
そしてニレの方に近づき、
「ふうん、これが『宝玉持ちの少女』なのね?」
と言って覗き込むように見つめている。
急に顔を凝視されてドギマギしてしまうニレだったが、
「ニレと申します」
と言って、頭を下げた。
ところがエルゼベルトがニレの顎に手を入れて、グイッと上に向けた。
「顔をよく見せて」
ニレは動揺のあまり、ついゲルンの方に見てしまう。
「エルゼベルト様、まだニレは幼く、こういった場すら慣れておりませんので」
ゲルンがそう言ってとりなしてくれたので、この勝気な少女は手を引っ込めた。
そしてゲルンに向き直って、
「道中の冒険譚、楽しみにしているわ」
と言って、退室する。
エルゼベルトが退室した扉をニレが見ていると、
「エルゼベルト様は相変わらずお元気ですな」
とメルシュの声が聞こえた。
「ゲルン、疲れているところ、すまなかったな」
フリティベルンがそう言うと、ゲルンはにこやかに微笑み返した。
「それでは魔王様への謁見は明日以降でかまいませんな」
と言って、一同退室。
宮殿本邸を裏口から出て、客用の寝室が設えてあるはなれの一棟へと向かった。
「エルゼったら、よっぽど待ち遠しかったのね」
とフリーダがこっそりもらしてしまう。
「ゲルン様、聞いて下さい。私たちの派遣が決まった後、自分もついていくって聞かなかったんですよ」
とルルが密告。
「ある意味、武闘派だからね、あの姫様は」
「ある意味、じゃなくて、まんま武闘派じゃん」
とトルカとルルが言い合っていると、
「武闘派の極みみたいなあなたに言われて、姫様に同情してしまいますわ」
とフリーダが返して、それにトルカがまたかみついている。
きゃいきゃい騒ぎながら、一同、はなれの一棟へと到着した
三階建のその建物、女性陣は三階に、ベルトルドと従僕を含む男性陣は二階に、と割り振られた。
だがニレはまだ慣れていないこともあり、ゲルンに二階の個室が割り振られ、そこで同室となった。
もちろんゲルンの配慮である。
就寝する前に、一同を一階の広間に集めて、これからの予定を少しばかり確認する。
まず明日、魔王以下に帰還の報告。
そして手順を確認して、ニレの中にある宝玉の検査。
読出しは、早くて明後日以降、と言うことになった。
就寝前に、はなれに用意された浴槽を利用させてもらうことになった。
さすがにここへはゲルンと一緒に入ることはできなかったので、ニレはそのままトルカ達と入る。
「ふうん、話に聞くよりは、回復してる、のかな」
とルルが言うと、ニレが嬉しそうに答えている。
「ご主人様にお薬を塗っていただいたり、お湯につけて頂いたりして、動けるようになりました」
「動けるように、って、そんなにひどい目にあわされていたの?」
とトルカが尋ねると、
「はい、もうカラダも起こせなくて。全身がカサブタみたいになって、頭も痛いくらい痒くて」
などと、ゲルンに買われる前のことを少しずつ話しだす。
特に、一日一食で、汚い檻の中に転がされて、動く体力もなくなっていたことなどを聞き、
「ひどい...」
とフリーダなどは深く同情している。
「もう二度とそんな目にはあわせないわよ。私たちがあなたのおねーちゃんになってあげるから」
トルカがそう言って、ニレをひしと抱きしめた。
「ありがとう、トルカさん」
ニレがこう言うと、トルカが目の前で人差し指をちっちっちっ、と言って振りながら
「トルカおねーちゃん!」
と言い直しを要求した。
さすがに少し恥ずかしかったのか、ニレの方もテレながら、
「トルカ...おねーちゃん」
と言ってみる。
トルカはその大きく発育した胸にニレを再び抱きしめて
「あー、もう、可愛いなぁ」
などと感極まっている。
「髪も最初は驚いたけど、そういう経緯で剣士様が切ってくれたのね」とフリーダ。
「はい」
と元気よく答えるニレの髪に湯をかけながら、
「綺麗な髪になりそうね」
と言って、軽く洗っている。
「そんなカサブタまみれだったとは信じられないきれいな肌になってるわ」
と言いつつ、ルルがニレの二の腕、白い肌を撫でている。
「はい、治るまで毎晩、御主人さまが薬を塗りこんでくださって、全身マッサージもしてくれました」
ところがこれを聞いて、ルル。
「え、待って。ということは毎晩ニレちゃんを裸にひんむいて、全身触りまくってた、てこと?」
「ルル、あんた、言い方...」
トルカがあきれてしまうが、
「はい、そうですけど?」
とニレは、きょとんとしている。
「どうもルルは中身、おっさん入ってますわね」
フリーダもあきれてこう言うと、
「フリーダの方がおっさんくさいじゃねーか」
とルルが反撃。
「私のは、おとなの女性、っていうんです」
とフリーダも反撃するが、三人とも同い年である。
「最初の頃は意識もはっきりしてなくてちゃんと覚えていないんですけど...」
とニレが続けた。
「でも、私を洗って薬をぬってくれたあと、入ってた盥のお湯を見ると、カサブタと血で泥みたいになってたのは覚えてます」
こういうのを聞いて、ルルがしゅんとなってしまって
「ごめんね、変なこと言っちゃって」
しかしニレはルルの言う、変なこと、と言うのがピンとこなかった。
湯から上がったあと、ニレはゲルンの待つ個室へと向かった。
その後ゲルンもからだを流して、就寝となる。
そしてニレは風呂場でトルカ達に、ゲルンに治療してもらったことを言ったことを報告した。
「そうか、しかしあいつら変な方に勘繰らないだろうな」
と、ゲルンはいささか渋い顔。
「でも、ご主人様は私の命の恩人です。生き方も教えてくださいましたし」
「生き方?」
「勝手に死んじゃダメだって。言葉も教えてくれました」
そう言って、ゲルンの胸元に顔をうずめるニレ。
「だから、用がなくなっても、私を捨てないでください」
「その心配はもうするな。お前が自立したい、という時まで、一緒にいてやるさ」
その言葉を聞いて、ニレは安堵し、眠りの中に落ちていく。




