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魔女姫争奪戦  作者: 方円灰夢
第1章 奴隷少女
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【2】 判別石

翌朝、ゲルンは朝の光の中で目覚めるが、メルシュは既に朝食の支度にかかっていた。

寝台から出ると、

「これはしばらくかかりそうだから、山から援軍を寄越してもらわないといかんな」

と言って、笑いながらメルシュの仕事に感謝する。

そして、昨日買った奴隷の娘を見に、暖炉横に急ごしらえで作った敷藁の寝床を見に行く。

大人の腰くらいの高さに積み上げられた敷藁の上に、倉庫から見つけてきた襤褸布をかぶせて寝かしつけていた。

布の上からではピクリとも動かなかったので、死んでいるのでは? と不安になり上半身にかぶせた布を取り除けてみると、浅く息をする顔が見えた。

「う...うーん」

と小声を発して目覚めるが、身体を起こすことができない。

それほどまでに筋肉が消失していたが、肌の色は昨夜の獣皮か木の皮のような状態から、人間の皮膚に見える程度は回復している。

自分では起きられないのを見て、ゲルンが襤褸布ごと持ち上げて、食卓の席、椅子に据え付ける。


野菜スープと肉汁ブイヨンの入った椀を持って、少女の口元に近付けると、昨晩同様口をつけ、ゆっくりと飲んでいく。

小さな椀だったにも関わらず、飲み干すのにかなりの時間がかかった。

飲み干したあと、深いため息を出す。

そこで予定していた雑穀を煮込んだ粥を少しだけ椀に移す。

ほんの少しだけ、岩塩と香油で味をつけてみたものの、はたして合わないかも、と少し不安だったが、ゲルンが匙を使ってよそってやると、口中に収めた。

ゆっくりと咀嚼したのち嚥下し、嬉しそうに表情を作ろうとしていた。

「...おいしい」

と言う言葉を漏らして。


「ニイル語だ」

ゲルンはメルシュに言った後、この少女と会話を試みる。

「まだ食べられるか? おかわりはあるぞ」

すると少女は驚いたように、ゆっくりと頭を動かしてゲルンを見た。

「ことば、わかるの?」と。

「ああ、安心しろ。君は私が買った」

すると怯えた表情になって、

「私を、処分するの?」

と震えながら聞いてくる。

おそらく廃棄された奴隷、治る見込みがないと判断されたキズモノが、どういう運命をたどるのか、幼いながらも知っていたのだろう。

「処分などしない。君は私の所有物になったのだ。これから一緒に生きていくのだから」

ゲルンの言葉を聞いて、頬に一筋、涙が流れていくのがわかった。

「もっと、食べたい」

と言う言葉を絞り出すように言う。


満腹にすると弱っている消化器官が受け付けなくなることも考えて、雑穀粥は二杯目で終りにした。

その後ゲルンがブラシを持ってきて、

「歯を磨いてやる。つらいかもしれないが、我慢しろ」

そう言って口を開けさせ、磨き粉を含ませたブラシを突っ込み、できるだけ優しく磨いていく。

口の中に棒状のモノを入れられるのだから、抵抗するかな、と思ったが、おとなしくされるがままにしている。

一通り済むと口中の液を吐き出させたが、血が混じり、灰褐色に濁っていた。

それを見て、ゲルンが細い銀棒を取り出し、

「治癒魔術をかけるから、暴れるなよ」

と言って、棒の先端で歯茎を軽くたたいていく。

銀の棒を通じて治癒魔力が歯茎に、歯根に流れていく。

少女は痛みに反応するが、かといって体を動かす筋力もないため、ビクッ、ビクッと痙攣しながら、その痛みに耐えている。

一通り終わると、ゲルンは棒を取り出して、口中を漱がせる。

昨晩から感じていた、口腔からの異臭は収まっていた。


胃腸が弱っていることを考えて、しばらく休ませたあと、寝台に腰かけさせた。

その傍らで濡れタオルを使い、少女の顔を拭いていく。

まだ自力で身をおこせないため、ゲルンにもたれかかりながら、顔、首筋を拭いてもらう少女。

よく見ると目鼻立ちはよく整い、柔らかな丸い輪郭は、健康でありさえすれば愛らしさが輝くのではないか、と思わせた。


左腕で少女の肩を抱えながら、右の人差し指で、少女の額をなぞる。

そこには昨晩打ち込まれた呪刻紋が浮かび上がる。

外からは見えないが、魔術師であればすぐに判明してしまうもの。

それを指でなぞりながら、問う。

「名前は?」

「...ニレ」

「歳と出身地は言えるかい?」

「九歳、しゅっしんち、わからない」

出身地という単語がわからないのか、生まれた土地がわからないのかはっきりしなかったが、最低限の情報は手に入れた。


粗末ながらも食事をして、眠気が襲ってきたのだろう、身を起こそうとしていたわずかな力も消え、ゲルンにもたれかかるように、寝息を立て始める。

ゲルンは寝床に寝かせて、襤褸布をかける。

そしてメルシュに買い物を頼んだ。

「野菜と穀類を少し買ってきてくれ。肉はまだ干し肉があるので良いとして、魚もあれば頼む。それから、こいつの服、子供服も二着ほど頼む」

「わかりました、さっそく町に出向いてきます」

と言って出かけるメルシュに、付け足すように言った。

「服は服屋ではなく、雑貨屋で買え。あとでちゃんとしたものを服屋で買うつもりだから、今顔を覚えられたくない。今は安物でいいからな」

それを聞いて、メルシュは町へ向かった。

この体力では逃げ出すことはまず考えられなかったが、攫われる可能性も考えて、ゲルンはこの農家に残ることにした。


「俺以外にこいつを持っているものがいるとは思えないが」

と、昨日使った赤い石がはめこまれたペンダントを取り出し、眺めている。

この農家は、ギデオの町についたとき、ここに目的のものがあると確信して、地権屋から二束三文で買ったものだ。

奴隷商の手に落ちているとは考えてなかったので、すぐに見つかればその足で立ち去るつもりだったが、なんとなく時間がかかりそうな予感があった。

そこで拠点としてこの農家を買ったのだが、勘に頼っていたとはいえ、良い判断だった。

(自由に歩き、旅ができるようになるまで、一年はかかるかな)

そう思いながら、その赤い宝玉、判別石を見つめている。

その宝玉を通して、眠っている少女を見てみると、確かに二か所の反応が見てとれた。

頸部、そして胸。

ぼんやりと、宝玉と同じ朱色の反応が見えた。



昼になった。

この農家から昨晩行ったギデオの町までかなりあるからだろうか、メルシュがまだ帰らないので、ゲルンは奴隷刻印の上書きをしてしまうことを考えていた。

太陽が真上からやや傾き始めた頃、ニレが意識を取り戻したので、襤褸布ごと椅子に運んで、朝の残りを温めて昼食にした。

目の前に野菜スープと粥を出されて、不思議そうな顔をするニレ。

「どうした? まだ腹はすいてないか?」

「お昼も...食べていいの?」

と聞いてきた。

奴隷商では、売り物にならないと判断されると、一日朝一食のみになる。

昨晩受け取ったメモによると、その期間が長かったようだ。

「ああ。昼は毎日出せるかどうかはわからんが、朝と夕は必ず食べるもんだ」

それを聞いて、ゲルンと椀を交互に見つめ、そしてスープの入った椀をとろうとした。

だが腕もまだ筋肉が回復しておらず、震えているのを見て、朝と同じようにゲルンが椀を持って口元に近付けて、飲ませる。

昨晩、そして朝に比べて、ほんの少しだが飲む速度が上がっている。

粥はこぼしてもそれほど面倒なことにならないので、ゲルンが椀を持って、ニレに匙を持たせてみた。

手の震えは残っていて甚だ危なっかしかったが、なんとか自分で軽い木製の匙をもって、口に含めることができた。

「偉いぞ、自分で食べれるようになってきたな」

こう言って、昨日丸刈りにした頭を撫でてやる。

するとそこでようやく髪がなくなっていることに気づいたようで、少し悲しそうな表情になる。

「ダニやら虫やらがものすごくついていたのでな。もう痒くないだろ?」

そう言ったのち、慰めるように、

「なに、またすぐ生えてくる。そして元通りになるくらいまでは一緒にいてやる」

と言うと、撫でた腕に頬をすり付けて、声もなく頷くのだった。



昼食が終わると、今後のことを少しだけ告げる。

まず、奴隷刻印の上書き。

そして、体力を回復させること。

それと並行して、この国の言葉を教える。

最終的に、ゲルン達の本拠地である『山の魔王の宮殿』に連れていくことを語った。

「やまの...まおうの...きゅうでん?」

ニレは単語そのものがわからないらしく、音の羅列として反復する。

「まぁいい。それより刻印の上書きをする」

そう言って彼女を脇から抱え上げ、茣蓙を敷いた床の上に座らせる。


まだまっすぐに座れないので、肘掛け台を脇に置いて、床の上にニレを置く。

「昨晩刻印を施したが、あれは魔呪印とは言えず、簡易標識のようなもの。これからお前の頭の中に刻印を施す」

そう伝えると、ニレは俯いて

「奴隷になるのですね」

と、感情が読み取れぬほど小さな声でつぶやく。

「怖いか?」

言葉にはせずに、ニレは静かに頷く。


「やがてお前を奪いに来る者がいる。万一彼らの手に落ちた時、彼らの人形にされないためだ」

ゲルンはそう言って、ニレの顔を起こした。

「刻印を施す」

両手で両の頬を持ち上げた後、額に右手の指で魔術文様を描いていった。


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