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魔女姫争奪戦  作者: 方円灰夢
第9章 王都の戦い
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【8】 陽動

「う...ぐ...」

「剣士様、御目覚めになりました?」

以前として意識が朦朧とする中で、ゲルンはうっすらと目を開けた。

ぼんやりと浮かぶ知った顔。

しかし名前がすぐには出てこず、誰だっけ、と脳内でしばらく考えている。

しかし徐々に意識がはっきりしてきて、それが自分の治療をしてくれているフリーダだとわかった。


「フリーダ...か」

身を起こそうとするが、フリーダに止められる。

「だめです、剣士様。傷口はふさがってますが、まだ毒の影響が残っています」

そう言えば斬られた時の痛みはほとんどなくなっていたが、力の入らない、重い気怠さが全身を覆っている。


「そうです。今我々が毒抜きをしていますので、もう少しお待ちください」

その声に気が付いて、少しだけ頭を回して周囲を見てみると、フリーダ以外にも二人の治療術師が自分の治癒に当たってくれている。


「こちらはブレンダ様が派遣してくださったエギュピタスの治療術師のお二人で、毒抜きを特に専門とされている方々です」

フリーダが簡単に説明してくれる。

どうやら彼らのお陰で、あの毒剣の一撃から一命をとりとめられたらしい。

ゲルンは再びその身を寝台に沈め、フリーダの説明を聞くことにした。


ゲルンを刺した女がトルカそっくりに化けた暗殺者の仲間だったこと。

ゲルンが意識を失った後、エルゼベルトがその女を偽物だと見破り倒したこと。

そしてすり替えられたトルカがまだ生きている可能性があり、エルゼベルト達がその救出に向かったこと。

...などなど。


「そうか、トルカ...生きていておくれ」

呟くようにもらすゲルンの言葉を聞きながら、フリーダが労わるように言う。

「エルゼが向かってくれました。ルルやメルシュ、ザックハーも同行しています」

「そうか...」

弱々しく頷くゲルンにトルカが言う。

「ですから剣士様は、安心してからだを治してください」


フリーダは治療術もこなせるが、あくまで兼任。

毒抜きの術にはそれほど通じているわけではなかった。

しかし協力を申し出てくれた南方のエギュピタス人にとっては、毒は古くから暗殺に用いられていたため、その対抗策も豊富にあった。

彼、彼女たちの力強い協力で、ゲルンの身体は意識を取り戻す程度にまで回復しているのである。

しかし、もう少し。

もう少し安静にして、完治をまたなければならない。


フリーダの説明を聞きながら、横になってしまったため視界からはずれてしまったエギュピタスの治療術師に礼を言う。

「感謝します。エギュピタスの方々。この御恩は忘れません。姫君にもよろしくお伝えください」

ゆっくりと、言葉を切りつつ言ったのち、ゲルンは再び眠りについた。


「どうですか? 回復しつつあるのですね?」

ゲルンが眠ったのを確認したあと、フリーダが治療術師の女性に尋ねた。

「はい。血液の毒だったようですが、その毒に有効な薬草がよく効いてきたようです。あとは時間が回復の一助となるでしょう」

またもう一人の男性の治療術師も

「ゲルン様の尋常ならざる体力に驚きました。これなら後遺症もほとんど出ないでしょう」

などと言ってくれる。

傷口や、内臓への損傷はフリーダが治癒術を全開にして発見直後すぐに治癒に当たったこともあり、そうとう回復していた。

しかしそれゆえ、全力を出したフリーダにも疲労の蓄積が大きかった。

そしてこの言葉を聞いてフリーダも安心し、ドッと疲れが出てきてしまった。


「私も少し休ませていただきます」

そう言ってフリーダもゲルンが横たえられている寝台の傍らに用意されたソファに身を沈めた。


だが、フリーダの眠りは長くは続かなかった。

宿泊所本邸から緊急の知らせが病室にやってきたため、うっすらと目を覚ましてしまったからである。

「何者かが接近しつつあります。治療班の方々も十分注意を」

伝言は小さな声で、ゲルンには聞かれないように、フリーダと毒抜きに当たっていた二人にのみ伝えられた。



エギュピタス陣営宿舎の門衛に立っていたギュルケス配下の若い戦士が、不思議な感覚に包まれて門の外に目をやった。

その瞬間、全身から力が抜けていき、門の傍らに倒れていく。

もう一人いた門衛がそれに気づいて

「おい、どうした」

と近寄るが、その門衛もほどなくして意識を奪われ、その場に倒れこむ。


同時に門がゆっくりと開いていき、何人かの少女達が侵入してきた。

「これが門衛とは他愛ない」

顔の下半分を黒マスクで覆った少女がぽつりとつぶやく。

「ポーシャ、御苦労」

「どうする? このまま潜入して暗殺して回るか? それとももう大々的に戦闘状態にして宝玉持ちをかっさらうか?」

珍しく戦闘部隊に同行してきた空間移動のレモナが指揮を執るミーヴァに尋ねた。

「そうね、後者のプランでいきましょう」

そう言って、剛力のパーヴィエ、風弾使いのオルガナ、爆裂弾のマレヴィーを「暴れる役」に指名した。

「あなた達なら派手に敵の目を引き付けてくれそうだから、その間に」

と言って、次は潜入班を指名する。

ニンジャのポーシャ、鏡面カードのノーマ、独楽使いのライラが潜入して、宝玉持ちを探し、かっさらう。

「わたしは?」

この配置を聞いて、レモナがミーヴァに尋ねる。

「私と一緒に、遊撃をお願い」

「遊撃?」

「攻撃班、潜入班、どちらにでも動けるようしばらく待機していて頂戴。宝玉持ちが見つかったらすぐにあなたが動いてほしいし」

「わかった」


攻撃班のリーダーにはミーヴァ、ノクトゥルナに次ぐ古参オルガナを、潜入班のリーダーにはポーシャをまかせる。

なお千里眼のノクトゥルナはアニトラ、レレカとともに、門近くに止めておいた馬車で待機。

「では、開始!」

ミーヴァの合図とともに潜入班が宿舎に取りつき、攻撃班のマレヴィーが宿舎玄関に爆裂弾攻撃を仕掛けた。


轟音と、強烈な震動が宿舎を包む。

玄関は原形をとどめないほど吹き飛ばされ、残骸が門との間に飛び散っている。

「来たわ、頼むね、パーヴィエ」

マレヴィーが少し脇に下がり、パーヴィエが戦闘に出る。

ほどなくして、戦士長フーゴ以下、数人のエギュピタス戦士が出てきた。


玄関口ではまだ埃が待っていたが、その中をかいくぐるようにして外に出たフーゴは、目前に長身の女が錫杖をつかみ仁王立ちしているのがわかった。

「貴様の仕業か? 何者だ?」

若い戦士が怒りをにじませながら誰何するが、フーゴも思い出せない。

だがパーヴィエの姿から、魔王軍から聞いていた姿だと少しずつわかってきた。

「おまえ、『器の少女』か?」


これには答えず、パーヴィエがゆっくりと錫杖を構える。

「宝玉持ちを出せ。そうすればおとなしく引きあげてやる」

「曲者め!」

パーヴィエの宣戦布告ともとれる挑発にのって、若い戦士が切り込んでいく。

「待て、そいつは一筋縄ではいかない」

フーゴの言葉が終わるより早く、突っ込んでいったその若い戦士か瞬時にパーヴィエの錫杖に打ち伏せられた、


「おのれ」

それを見て頭に血が上った数人の戦士が、フーゴの制止を待たずに一斉に切り込む。

だがパーヴィエはその剣先を、ある時は弾き、ある時はかわしながら、戦士達が体勢を崩したところを打ち据えていく。

「ふん、相手にならないね」

そう言って、パーヴィエは体を半身にして、片手で錫杖を構え直した。


できる。

魔法戦士と聞いていたが、あの身のこなしは魔術を介さなくても一級の剣士、暗殺者として立っていけるだろう。

フーゴはそう判断して自身が前に出て行った。

他の部下たちも、先走って打ち据えられた仲間の戦士たちを見て、今度はフーゴの制止を聞き、踏みとどまった。

「ほう、ようやく骨のある相手が出てきたようね」

パーヴィエの方も軸のブレた剣先で突っ込んできた若い戦士を見ていささか拍子抜けになっていたため、全身から殺気を立てて進んでくるフーゴを見て少し笑みが漏れる。


白銀に光る魔剣キューレバインを下に下げて、突っ込んでくるフーゴ。

下段からの攻撃を予想して構えたパーヴィエの錫杖を下から切り上げるフーゴ。

しかしそれはサッと錫杖を撫でたようにすり抜け、今度は上段から打ち下ろす。

速い!

下からの攻撃のあと、剣を回して切り替え、上からの切り込みに変化させる。

スピードがあるため、下と上から同時に攻撃されたような感覚になるが、もちろんパーヴィエもそのことは理解している。

錫杖に長さがあるため、その速度にさえついていければ難なく躱せそうに見えるのだが、そんな大きな得物を自在に振り回せるものではない。

それを軽々とこなしてしまうパーヴィエ。

長さに差があるため、短いフーゴの魔剣の方が速いが、その長さでパーヴィエはじゅうぶん受け止められている。


なかなか決定打にならないため、フーゴは少し離れて、構え直す。

「すごいね、こんなに素早い剣士はかなり久しぶりだわ」

誰と比較しているのか、少し気になったが、今までの魔術戦を経験して、フーゴの方も迂闊な発言で情報が漏れるのを危惧して、取り合わない。

ただ相手のスキとなりそうなところを探し続けるのみ。


決着がつかぬまま時が過ぎていくが、それはパーヴィエの予定でもある。

単なる個人戦ならこの相手と決着をつけたい、と考え始めていたが、自分の任務はポーシャ達の陽動だ。

無理に勝負をして、短期で決着がつくのは本意ではない。たとえ勝ったとしても。


二人がにらみ合っていると、すぐに変化が訪れた。

「フーゴ様、助太刀します!」

背後から走ってきた何人かの曲芸魔術師が、その術を放った。


現場に到着したのは、パスカラとガラ。

普段は曲芸師として活動しているが、同時に殺人魔術師でもある。

パスカラがパーヴィエ目掛けて何かを放った。

肉眼ではとらえきれないほど細い、魔弦マジック・ストリングス

それがパーヴィエに取りつこうとしたとき、その寸前で弾かれていく。

そしてその糸の下から隠れるように飛んできたガラの毒針も、風弾で打ち落とされた。


「せっかくの対決だったのに、水を差すねぇ」

大柄なパーヴィエの背後、門の影の中から二人の少女が現われる。

パスカラの魔弦マジック・ストリングスとガラの毒針を射落としたオルガナが、そのセミロングの金髪をかきあげながら進み出て来た。

もう一人のマレヴィーもその背後から、二人の少女に爆裂弾の昇順を合わせる。



「どうだい? うまくいってるかい?」

門を出たすぐのところ、藪の中に隠している馬車の中で、アニトラがノクトゥルナに尋ねた。

「パーヴィエがかなりの戦闘員を引っ張り出してくれたみたいだけど、さすがに全員までは無理みたい」

「ポーシャ達はうまく入れた?」

今度は戻ってきたミーヴァが問う。

「ポーシャの潜入術はいつ見ても素晴らしいです」

そう答えたノクトゥルナから3人が無事潜入したことを聞いてレレカが

「でもまだ宝玉持ちは見つかっていないみたいね」

と感想を述べる。

レレカもまたその宝玉の力で宿舎内を見ているのだが、ノクトゥルナほど鮮明な映像では見ていなかった。


「あれ、たいへん」

ノクトゥルナがいつもと同じように小さな、弱々しい声で言う。

「どうしたの? ノクトェルナ」

ミーヴァの問いに、ノクトゥルナが見たものを伝える。

「あの黒い剣士、生きています。毒は効いているみたいですけど」

ミーヴァ、レモナの顔色がサッと変わった。

「ノクトゥルナ、ポーシャに伝えて」

そう言って、レモナに伝える。

「やはり遊撃班も出ないといけないみたいね。レモナ、レレカ、ポーシャ達のサポートに回るわよ」

そう言って、ミーヴァ達もまた出ていく。



「あの爆発はマレヴィーね、うまくやってくれたみたい」

一方宿舎の中では、ポーシャ、ライラ、ノーマが潜入に成功していた。

ノーマが鏡面カードで光を操り、3人の姿をかき消している。


「で、どうなの? 宝玉持ちのお姫さまの居場所は?」

「待って。まだノクトゥルナも把握できていないみたい」

魔術戦の真っ最中に念話を送ると、索敵者の網に反応する可能性がある。

そこでノクトゥルナはポーシャとだけ念話のチャンネルを開いていた。

だが、そのチャンネルに驚くべき情報がもたらされた。

「え? なんだって?」

ポーシャの口調に驚いた二人は何事が起こったのか、尋ねる。

「宝玉持ちはまだどこかわからなみたいなんだけど...あの黒い剣士が死んでいなかったみたいだよ」

ポーシャの答えに、さっと緊張を走らせる二人。

「迅速にやらなくちゃね」

ノーマがそう言って、自身も数枚の鏡面カードを天井側へと投げ上げ、探索する。

「いた!」

ノーマが発見したのと、ノクトゥルナからポーシャへの発見を伝える念話はほぼ同時だった。

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