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魔女姫争奪戦  作者: 方円灰夢
第1章 奴隷少女
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【10】 ストレボーンの宿屋

『宝玉の少女』奪取に失敗したフーゴ達一行は、すごすごと萎れて曲芸団のテントに戻ってきた。

報告を受けたブレンダは、そう、と、ため息交じりに落胆の様子を見せていた。

「申し訳ありません、姫」

落胆の様子を見せていたのはフーゴも同様で、どう話をつなげたらいいものか、憔悴していた。

「援軍がいたのですね」

ブレンダがポツリと呟くと、ラーベフラムが

「どこか別の国の組織ですかの」

と疑問を口にする。

「まぁ、仕方ないでしょう。そんなに簡単に全てうまくいくとも思えませんし。それで、連中の行き先ですが」

と言って、フーゴやパスカラ、シリア達を見る。

パエトールがおずおずと意見を言った。

「姫、馬車は北へ向かいました。目的地が北かどうかまではわかりませんが」

これを聞いて、ブレンダがラーベフラムを見る。

「おばば、宝玉の少女が同行しているのなら、世界晶で見ることはできませんか?」

「やってみましょう」

そう言って、ラーベフラムは水晶珠を取り出し、呪文を唱えながら、その中を見入る。


「ふむ」

しばらくの時間を経て、ラーベフラムが言う。

「パエトールの言う通り、北へ向かったようですな。恐らくはコートブルクの港町」

「コートブルク?」

と不思議そうな顔をするフーゴに、

「さすがにまだそこには着いていないようですがの」

と言って、顔を向ける。


「コートブルクまでは、馬車ででも十日はかかる。それまでに追いつけないだろうか」

「子ども連れということを考えれば、もっとかかるでしょう。それまでに追いつけるのではないですか?」

フーゴとパスカラが次々に意見を述べる。

「ここから直線距離だとすると、途中、我々の仲間が逗留している町もあります。指令を出しておきましょう」

ブレンダの顔に色が戻ってきた。

「それではテントを畳み、急遽追撃、移動ですな」

そう言うフーゴの顔にも明るさが戻ってきたようだった。



一方、ゲルン達の馬車は一昼夜、駆け続けた。

途中、いくつかの小さな宿場で馬を取り換えつつの強行軍である。

御者もメルシュ、ゲルン、ルルが交互に変わりつつ、休みなしで進んでいく。

「ゆっくり眠らせてやりたいが、一刻も早く奴らから離れたい」

ゲルンの膝を枕にして、うつらうつらするニレの頭をなでながら、ゲルンは呟いた。

「御主人様...私は、大丈夫です」

夢うつつの状態で、ニレが小声で答える。

「可哀想に。私たちならともかく、こんな揺れる馬車ではぐっすり眠れないでしょうね」

とフリーダもニレの顔を覗き込む。

「あと半日もあれば、ストレボーンの町に着く。さすがにそこで一息入れるか」

と、今御者台で馬を操っていルルに声をかける。

「了解です。ストレボーンの町ならあたしが良く知ってるから、大丈夫ですよ」

とルルが振り返らずに、元気よく言う。

馬車は草原を抜け、まばらな木立へと入っていく。


内陸商業都市ストレボーン。

ストレル河の流域に広がるこの町は、内陸部の交易都市で、大きさ、広さはギデオの半分もないが、各地の産物が集まる流通拠点である。

この大河は西の海洋に注ぎこみ、そこから西方諸島、西方大陸と繋がっている。

目的地が北のため、この大河を直接利用することはできないが、南方のみならず、北方、東方とも街道で繋がっており、その北街道を使うことになる。

交易都市ということもあり、市門はあってないようなもので、むしろ攻められた時に逃げやすい作りになっている。

町は商館がいたるところにあり、その合間に商業施設や宿屋街などが展開している。

ルルの案内で、彼女も良く知り、顔なじみの宿へと急行した。

そこは中央通りに面した大構えの宿屋で、受付口にいくつかの通商隊が押しかけてきている。

ルルは勝手知ったる、とばかりにずんずん入って行き、宿屋の主人を呼び出した。


宿屋の主人は老人で、愛想のよい顔でルルを出迎える。

「よう、ひさしぶりだねぇ。今回は一杯お連れのようだ」

と商売笑顔でルルと対面する。

メルシュが馬車の馬を繋ぎに行き、ルルが広めの部屋を二部屋申し込む。

滞在日数は二泊三日、と告げる。

「極秘の旅なんだ。決してうちらのことをしゃべらないでくれよ」

と宿屋の爺にルルがこっそり耳打ちすると、

「今度はスパイですかい? 落ち着いたらその冒険譚もぜひ聞かせてください」

と、宿屋の爺は、真っ白になった髭もじゃの中から、ニヤリ、と笑顔を見せた。


男部屋と女部屋、という名目でとった宿だが、かなり広く、十分に男三人、女四人でも寛げる広さだった。

男女別れるつもりだったが、ニレがゲルンの腕にしがみついて、傍らから離れようとしない。

「仕方ないから、こいつだけは手元においておく」

ゲルンの言葉を聞いて安心したのか、ニレはすぐに眠りに落ちていく。

そのニレを自分の寝台に寝かせて、ゲルンはその男部屋で、今後の簡単な方針をまとめておく。


「おそらく奴らが追撃してくるだろう。しかしおまえたちがいてくれるので、状況によっては迎え撃ってもいい」

トルカ、ルル、ザックハーの目が喜びで輝き始めるのを見て、ゲルンは釘を刺す。

「しかし、町での大規模な戦闘はご法度だ。我々に関係ない人間を敵にしたくない」

「そうだね、私もあの爺さんに迷惑はかけたくない」

とルルが先ほどの宿屋の爺について少し語る。

「そこで目的地だが、このまままっすぐ北上して、コートブルクへ向かう」

「コートブルク? 船を使うのですか?」

とフリーダが尋ねる。目的地であるフレーボムの山はコートブルクの対岸からが、直線距離で一番近い。

しかしフレーボムは東へ進むと大陸と繋がっている。

つまりフレーボムは半島を形成していて、東へ迂回すると陸路だけでも進ことができるのだ。

しかし、時間が惜しい。

少々面倒な旅でも、ゲルンは海路で戻りたい、と考えていた。

「おまえたちも海路で来たのではなかったのか?」

ゲルンがフリーダに尋ねると、

「ええ、緊急のようでしたので海路で来ましたけど、万一海上での戦闘になるとかなり不安があります」

「それに子どもを抱えていると...」

メルシュもいささか不安な顏になる。


「コートブルクについたら、山から水軍の援軍を頼めないだろうか」

ゲルンがフリーダを見て言った。

「ベルトルドなら出してくれるでしょう」

とフリーダが答えたものの、それでも不安が消えない表情。

「では、コートブルクに着いてから、水盤術で連絡をとろう」

とゲルンが決定する。


だいたいの方針が決定したため、トルカ達が女部屋へ戻ろうとするとき、ゲルンが女たちを震え上がらせることを言った。

「ザックハー、すまないがおまえの『それ』で、不寝番を頼めないだろうか」

この言葉に、三人の少女戦士が一斉に振り向いて抗議する。

「いやです。剣士様。こいつのアレを部屋に入れるだなんて」

「そんなことになるくらいなら、私が不寝番をします」

ルルとフリーダの猛抗議。

ふだん物静かなフリーダまでが真っ青になって抗議している、というのは、よほど嫌なのだろう。

「いやったら、いや。絶対にいやです」

ほとんど涙目の猛抗議である。

もちろんトルカも嫌がってて、

「確かにザックハーの『それ』なら不寝番はできるだろうけど、私も近くにいるだけでイヤだな。たぶん眠れなくなる」

と顔を曇らせている。


「わかったわかった。ザックハーすまないが、この娘たちの部屋へは入らない、覗かない、で、お願いできるかな」

「へえ、でしたらこの宿屋周囲に姿を消して配置します、それと屋根裏に」

「屋根裏もいや! ゲルン様、ご容赦願います!」

ルルが言葉を遮って、半泣きになって抗議してくる。

ゲルンは、はぁー、とため息を吐いて、

「わかった。ザックハーの吸血鬼にはこの部屋と、周囲だけの不寝番にする」

かなり譲歩したつもりだったが、それでもフリーダは不審顏。

「この部屋にも置くのですか? ニレちゃんがいるのに?」

「フリーダ、それにルルにトルカも。俺をなんだと思ってるんだ。そんな痴漢みたいな真似をするかい!」

さすがにザックハーも、ムッとして声を荒げる。

しかし少女たちは黙っていない。

「あんたは寝こけていたとしても、あの化け物がどう動くか、信用できない」

とルルが言う。

「俺があいつらをコントロールしている。たとえ寝ている時だって同じだ」

「よさんか、おまえ達。ザックハーの『あれ』を操る術は、おまえたちもよく知っているだろう」

とゲルンが四人を宥める。

「マイ・ダーリンがそう言うのなら」

とトルカがさりげなく不穏な単語を交えながら、渋々承諾する。

ようやく部屋に戻りかける少女戦士たちに、ゲルンが念を押す。

「ザックハーには入らない、覗かないと厳命した。だからお前たちも私の言葉を信用して、しっかり休養を取れ」

そう言った後、ゲルンは指を額にあてて、何か詠唱を始める。

「お前たちの部屋に、対魔法攻撃と対侵入者告知の結界を張った。これで安心できるだろう」

三人は少し驚きつつも、表情を輝かせる。

「ゲルン様のそういうところが、大好き」

そう言ってトルカが抱き着いてきた。

ゲルンはトルカを引きはがしながら、

「この町を出るとまた戦いになる可能性が高い。疲れを残すなよ」

そう言って、三人を女部屋へと戻した。


ゲルンは寝台に場所を移して、頭を抱えてしまった。

「まったく、ベルカもなんであいつらを選んでくるのか」

「しかしあの娘らも、剣士様の言葉でしたら従うようですな」

とメルシュがニヤニヤしながら言う。

「ザックハー、おまえにも不快な想いをさせたかもしれない。すまない」

「いえいえ、ゲルン様の配慮、心にしみます」

そう言うと、男部屋の三人も、夕食を待たずに疲れたカラダを休ませるのだった。



一方エレオノール曲芸団も、急遽興行を打ち切り、宝玉の少女追跡の準備に走る。

「なに、犠牲者は数人出たが、ここに来る前に比べて、はるかに大きな情報も得た。死んだ者たちは供養して、前向きに考えよう」

エレオノーラが全員に檄を飛ばして、追撃態勢を固めていく。


「エレオノーラさんのあの姿勢はありがたいですね」

ブルーノが二人きりになった時、ブレンダにポツリともらす。

(ブルーノ、おまえもな)

言葉には出さず、ブレンダもまたブルーノを見ながら、この少年を山から借り受けた時のことを思い出していた。

そう、あれは今から3年前...。

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