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3.愛の涙



「んなっ……」


ギラリと光るナイフを片手に近づいてくる女性。訳が分からず、でもルキアを守らないと、という反射的な行動で、クアラはルキアの前に立ちはだかった。そして、ルキアを後ろに倒すようにして後ずさった。


ー-風のように鋭い風が、クアラの頬をかすめた。


「……っ」


遅れて、真っ赤な液体が視界を濡らす。ずきんと頬が痛み、クアラは、自分の体のバランスが崩れたのを感じた。


「……っあぶなっ」


頬が一直線に斬られていた。ルキアが、おぼつかない口調で、よろめいたクアラを抱きとめた。


「あらあら、殺人鬼に当てた予定だったんだけど? 被害者が増えちゃったみたいね」


女性は薄い微笑を顔に貼り付けながらも、一歩一歩ルキアに近づいてくる。


「クアラに、さ、触るな」


「へえ。その女のことは庇うんだ。どうせ誰にも愛されてないくせに。……私の家族を皆殺しにしたくせに」


空気がすんと冷える。ルキアの腕の中で、まだ痛む頭をおさえながらも、クアラは呆然とした。


「み、皆殺し……?」


「ちが、違う、私は、私じゃない……勝手に、私は知らないところで行われたんだ……私が指示したわけではない……」


「言い訳はご無用。……もうどうなるか、予想できるわよね?」


荒い息をするルキアを哀れな目で見ながらも女性がナイフを掲げる。ルキアと女性の距離は一メートルもない。


「私の家族はあの事件を知った。たったそれだけの理由で殺されたのよ。それから私がどれだけ努力したと思ってるの? どうやったら殺人鬼に仕返しができるか。ただそれだけだったわ。結果として、お前の城に嫁候補として入り込み、チャンスを伺っていたのよね。それに、この事件のことを知るのは私だけではないわよ。城中に言いふらしてやったから、お前は死んだも同然ね。……私はただ復讐の塊だもの、お前を殺すことができたら、私は喜んで死ぬわ」


じわじわと近づいてくる女性。

クアラは痛む頬をおさえながらも立ち上がった。ぐらりと視界が揺れ、ナイフに毒が塗られてあったのだと把握する。

女性は遺憾とでも言うように眉をひそめた。


「……屍になりたいの? 訓練してきた私に歯向かっても無駄よ」


「……っ私は」

「クアラ!!」


ルキアがクアラを止めようと手を伸ばしてくる。しかし、クアラはもう一歩踏み出し、その手を避けた。


「……何? 邪魔なんだけど、本当に斬るわよ」


「わ、私は!」


クアラは息を吸い込んだ。息も絶え絶えになりながらも、口を開いた。


「私は!! ルキア様を!! 愛してるんですー---っ!!!」


こだまする愛の告白に、女性は表情をなくした。


「さっき! ルキア様は誰にも愛されてないって言いましたけど……っ! 私が、愛してるんです! ルキア様を嫌う人が千人いたらっ、私は一億人分……いや、無限の愛をルキア様に捧げます!」


視界が大幅にぶれ始めた。もう長くない。クアラはルキアにもたれるようにして体を預けた。


「だから、ルキア様は私のものです! 私のものに、あれこれ言わないでください……っ!」


もうだめだ。視界がかすむ。


(……もう、消えてしまいますね……)


そう客観的に思う。


(でも……ルキア様を愛する事実だけは、消えないでほしい……)



そう、意識を手放そうとした瞬間ー-




「私も……クアラを、愛して、いる……!」




その声で、消えかけていた意識が呼び戻された。視界が明るくなり、眩しくなり、目を開けていられなくなる。

クアラは、小さく息を呑んだ。


「こんな私を受け入れてくれた、たった一人の恩人で、愛する人だー--」



その瞬間、辺りが弾けるように、一層輝いた。

クアラは、後ろにいるルキアの腕をぎゅっと抱いた。



……もう、やめてください……照れますから。


そう言おうとするが、声が出ない。代わりにー-



ちゃりーん、という鈴のような音が鳴った。


クアラを背後から抱きしめるルキアの存在を再認識した後、クアラは視界一杯に広がるそれと見つめあった。


ー--------------------------


ミッション、達成おめでとうございます


現実送還前に、願いを一つ叶えられます


ー--------------------------



(……あれ、ミッションって、悪役令嬢として認められる、では?)


唖然としたままも、クアラは伝えた愛と受けた愛にまだ実感を感じられずにいた。


(私が誰かを愛するなんて……そして、愛されるなんて)


『残り三秒で報酬は無効になります。3、2、』



「うわああぁぁぁあっる、るるるるっルキア様ままとずっと一緒ににいたいー---っ!?」


『認識されませんでした』


「るっ、ルキア様とずっと一緒にいたいっ!!!!!」


せっかちなプログラミングが黙り込み、やがてクアラは体が溶けていくような感覚にとらわれた。


「現実へと送還されます」



すうっと意識が揺らいで消えた。









==============================








「……って、おかしいのよ。こいつが、男といるなんて」


「死んでるんじゃない?」



そんなざわめき声で、クアラの意識が戻った。見覚えのある顔が、クアラも視界に映る。


「って、生きてたわ。汚らわしい、死ねばよかったのに」


とげとげしい言葉に、完璧なルックス。

どこからどうみても、姉上だった。


「そうよ、いなくなったと思って清々してたのに。しかも、その男は何よ!」


そして、この意地悪な声は、母。


「げ、んじつに戻ってきたのでしょうか」


「何を言っているのよ、ゴミが」


げしげしと蹴られ、痛みが現実だということを理解させた。



いつもと同じ光景。しかし、違うところがある。



「う、うう……こ、ここはどこだ!?」


「ルキア様……!」


地面に倒れたままだったクアラを抱きしめるようにして、ルキアがいた。

涙がじわりと溢れた。


「願いが……叶った……」


「このゴミが何か言ってるわ。説明しなさい、その男は何。まさか、愛人とは言わないでしょう」


「えーっと、あの……」


「……何が起こったのかわからんが……クアラは私の、愛人だ」


意識を取り戻したらしいルキアがそう言い切り、辺りが冷えた。クアラを除いて。


「んえっ、その……私達、愛人、ですか」


「ああ。……違うか?」


「んっいや、違わないですぅ……」


(て、照れすぎて顔が真っ赤です……)


照れに照れまくるクアラの前に立ちはかだる姉上が、低い声を出した。


「う、そよ」


「本当だ」


「んああルキア様……」


「う、嘘に決まってるじゃない!!! 恋人なわけないじゃない!!! 私にいないのに、お前にいるわけがないでしょう!? 私より気持ち悪くてかわいくなくてバカでゴミでゴミで冷酷で……」


「失礼」


立ち上がったルキアが、思いっきり姉上を蹴り飛ばし、クアラはぽかんとする。盛大に吹っ飛ぶ姉上。


(す、数メートルは飛びました)


「ああ……哀れで、見えてもいなかった。申し訳ない」


「「ー---っ!?!?」」


同時に、違う意味で息を呑む私と姉上。


「ああ……もしかして、あれがクアラが言っていた姉上か?」


「えっと……はいぃぃ……」


(何が起こってるのでしょうか? 世界滅亡でしょうか!?)


「お前、何したか分かってるんだろうな!? 私のの娘に!!」


ものすごい形相で、いつの間にか握りしめていた木剣を振り上げながらも迫ってくる母。


「うっ……」


木剣で殴り飛ばされた痛みを思い出し、クアラは体を固まらせて、目をつぶった。


「こちらこそ、私の嫁に何をしているのですか?」


恐る恐る目を開けると、ものすごい威力で吹っ飛んでいく母の姿が目に映る。


「ええ……」


(……私の愛する人、最強でした……)


「大丈夫か、けがはないか?」


そういい手を差し出してくるルキアを見上げながらも、ルキアが先程言った言葉が反芻し、顔がみるみるうちに赤くなった。


「……っよ、よめって……」


「なんだ?」


「わ、私のこと……嫁って、言いました、か?」


「あ」


ルキアも真っ赤になり、お互いに赤い顔のまま見つめ合った。



「ち、ょっと、ゴミ、何よ、どうせ嘘なんでしょ!?」


甘いムードをぶち壊すように、起き上がった姉上が唾を飛ばしながらも喚いた。


「嘘よ! 嘘よ! お前なんかに……婿など、あり得ない! 私にだって、まだいないのに! 死ね! 嘘だ! 死ねーっ!」


頭がおかしくなったように怒鳴る姉を唖然と見ていると、ルキアの大きな手がクアラの顎に触れた。


「……っ?」


そのままルキアは手を動かし、クアラの顔がルキアの方へ向けられる。


「え……ルキ……んっ」


唇に温かいものが触れ、クアラは訳が分からずに目を見開いた。ピントが合わないほど近くにルキアの顔がある。


(これって……キスされてます……っっ!?!?!)


長い長いキスの後、ルキアは照れ隠しか、クアラの頭を強引に胸に押し付けた。


「どうだ、この愛情が嘘だと思うか」


「……んああああぁ、まさか、っっああぁううぅぅぅうああ!!!!!!!!」


姉上が狂ったように泣き崩れた。聞こえるはずのない姉上の泣声に、クアラはただただ呆然とするのみだった。


いや、クアラの心に、胸がすかっとするような、報われたような、そんな言葉には表せないような気持ちがこみ上げてきた。


「ルキア様、大好きです、ありがとうございます……っ」


「んや……クアラはゴミなんかじゃないし、か、かわいいしな……というか、本当にお前、違う世界から来てたんだな」


「はい、お願い事で、ルキア様とずっと一緒にいられたらなと思って願ってしまって……ごめんなさい……」


「いや。とても嬉しい。ということは、私とクアラは死ぬまで一緒、というわけか……って、おい、泣いて……っ!?」


ルキアに見せる、二度目の涙。ルキアは一瞬迷ったように手を止めたが、その手を伸ばして抱きしめてくれた。



「あ、ありがとっ、ご、ざいますうぅ……大好きです……」


「お、同じくだ」


これ以上幸せなことは、多分ない。いや、絶対に、ない。


クアラにとって、これまでで一番、幸せな涙だった。





ー---ミッション達成:お互いに好き合い、愛を知る





こんな隠れミッションがあったことを、クアラは知らない。




遅れてしまいすみません……!


最後まで読んでいただき、本当にありがとうございました!!

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