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露草が開く  作者: 雪餅
第一章 ──七日前──
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3【二月十九日 月曜日 午前八時二十七分】

「落ち着いたか……?」

「死ぬほど驚きすぎてまだ喉が痛いです」

「そんなに驚いてくれたか」

「いや、まさかあの男勝りで暴力的だった真野先輩が結婚するなんて……」

「……」


 なんだろう、すごく笑顔だ。無言の圧と言うものはきっとこういうことを言うんだろう。耐えかねた僕は席を立って窓の方に歩いた。


「どうした?」

「暖房が効きすぎていて空気が悪いな、と思いまして」


 適当な言い訳を見繕って窓を開けて外を少しだけ眺めた。相変わらず風は冷たかった。僕が席に戻ると真野先輩は何やら鞄を漁り始めた。


「すまんな、探すのに少し時間がかかりそうだ」

「大丈夫です」


 ガサガサという音が響く。暫くその音を聞いていたが、気になったことがあり僕は口を開いた。


「そう言えば真野先輩のことはどう呼べばいいんですかね?」

「さあ。小野木さんとでも呼べばいいんじゃないか」

「分かりました」


 小野木さん、か。まあ悪い響きではないがなれるのにしばし時間がかかりそうだ。


「それでは始めようか」

「はい」


 一気に雰囲気が重くなった気がする。見ると、真野先輩の目が優しい先輩という目から、政府の人間の目に変わっているような気がした。どことなく光方が違っていたのだ。


「君──楸終夜は誕生日は二月二十七日。昨年、大学を卒業し新卒でこの会社に就職。寿命まであと七日を迎えている。あっているな?」

「はい」

「寿命まであと一週間を切ったものには三つの選択肢が提示される」

「三つ……?」

「ああ。一つ目は『病院で療養』。その名の通りだ。少しだけなら寿命を引き伸ばすことが出来るのだが、この選択は少々お金がかかる」

「なるほど」

「二つ目は『家庭待機』。まあ噛み砕いて説明すると仕事や学業から引退して余生を謳歌する選択だな。これは待機という風な名前になっているが別に家に引きこもる必要は無い」

「そうなんですね。てっきり言葉だけ聞くと死の過程を待機するのかと」

「確かにそうとも取れるな」


 真野先輩の顔に微かに笑みが見えた。重かった空気が少し緩和されたような気がした。それも束の間だった。また空気は重くのしかかる。


「さて、三つ目だ」

「はい」

「三つ目は『選ばない』という選択肢だ」

「……選ばない?」

「ああ。これは今までのまま普通に過ごすんだ」

「つまり仕事も今までのままと」

「そうなるな。因みにどれを選ぶかを決めるのは五日前までだからゆっくり決めるといい。七日前はあくまで選択肢の提示だからな」


 仕事も今のままならこの選択肢を選ぼうと思った。だが一つだけ疑問がある。


 なぜ今日、僕は遅刻扱いにならなかったのだろう。家庭待機の選択をしたら遅刻にならないのはわかる。だがまだ僕は選んでいない状態だ。その疑問をそのまま口に出した。


「あの、真……小野木さん。今日、どうして僕は遅刻扱いにならなかったんですか」

「それは後で説明するつもりだったんだが、まあ先に説明してしまうか。この資料を見てくれ」


 提示されたものに目をやる。


「これは……雇用規約書?」

「そう。ここに寿命の欄があるだろう」


 小野木さんが指をさしながら言った。


「寿命七日前からも出勤する際、入社時間を二時間遅らせると言ったようなことが書いてある」

「はあ、そう意味だったですね。これ」

「まあ知らない人の方が大半だからな。まあ君が遅刻扱いにならなかったのはそういう理由だ」

「わかりました」

「そして次にこの書類を」


 そう言って小野木さんはファイルから紙を取り出した。受け取ったものには先程小野木さんが説明した選択肢の説明が書かれた上でそのどれを取るかのチェック欄があった。ただ、選ばない選択肢は書かれていなかった。


「『選ばない』を選択するのであれば何にもレ点を付けずに提出してくれ」

「期限は二日後なのはさっき聞いたんですけど実施されるのはいつからなんですか?」

「それは寿命四日前の日から、つまり三日後からだな」

「提出場所は」

「市役所だ。どこの窓口かは行けばわかる。他に質問は?」

「大丈夫です」

「よし。では次はこれだ」


 そう言ってまたファイルから紙を取り出した。その髪を受け取って確認すると、『診断案内』と書かれていた。


「君には明日病院に行ってもらう」

「予定がある場合は」

「変更はできる。するか?」

「ちょっと待ってください。確認します」


 鞄の中から手帳を取り出して確認する。予定があったのは二日後だった。


「どうする?」

「いえ、明日は特になかったので大丈夫です」

「そうか。ちなみに診断内容だが、機会に体を通して寿命が本当にその日かどうかの確認を行う。万が一ミスがあったら生きたまま焼き殺してしまうことになるからな」

「確か黒い棺桶に入るんですよね」

「その通り。次はその入棺についての説明だ」

 そう言ってまた紙を取り出す。

「希望する火葬場も選んでさっきの書類に書いといてくれ。この紙は一覧だ」

「結構あるんですね」


 だいたい一つのの都道府県に二十箇所くらいだろうか。面積と人口にもよるんだろうがそのくらいの量が書き並べられていた。


「入棺の工程については明日の診断で説明されるはずだ」

「わかりました」


 首肯する。目の前で小野木さんはパラパラと資料をめくっていた。そうしていたのも束の間「ふぅ……」と一息ついてからこちらに向き直った。


「さて、これで説明は終わりかな」


 その一言で重たかった空気が一気に緩んだような気がした。小野木さんの目はあの優しい先輩の目に戻っていた。


 小野木さんは書類を纏め始めた。その最中に、はっと思いついたように僕に声をかけた。


「ああ、そうだ。君にはこれも伝えておくか」

「はい?」


 僕も荷物をまとめていたため特に小野木さんの方を向かず返す。しかし、数秒待っても言葉が返ってこないので小野木さんの方に向き直った。


 小野木さんの肩が震えていた。そして目が曇っているような、そんな気がした。


 沈黙が続く。


 気まずくなった僕は窓の方に目を背けた。

 カーテンが揺れていた。そう言えば換気のために開けた窓がそのままだった。


 閉めないと、と思った刹那冷たい風が吹き抜けた。それと同時に小野木さんが口を開く。


 彼女の口から震える声と共に発せられた言葉は衝撃的なものだった。


「私の父は、上の指示で殺されたんだ」

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