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第一回

2022年。日本、いや東アジアはまさに窮境と苦境のはざまにあった。

中国とアメリカの貿易・外交摩擦は隠しきれず、朝鮮半島もきなくさい。韓国の歩み寄り政策が功を奏さず、北朝鮮の機嫌を損ねているのだ。

加えて近年躍進を続けるロシアも警戒しなければならず、世は正に冷戦第二ラウンドを迎えようとしていた。


「おいユウスケ、現代文のレポートって期限いつだったっけ」

「今日」

「は?…まじ?」


しかしいくら危険だろうと、民間人には何処吹く風。政治部の緊張した空気は大して有権者につたわっていなかった。この高校生、碌田ユウスケにもそれは変わらない。


「ウソだよ、たぶんあさって。まあ書きあがると思うぞ」

「ちぇ、今日は遊べねえな。じゃ、また明日」

「また明日」


ユウスケは友人と別れると、スマホの画面を見た。ニュースやスパムメールをかいくぐると、


「が…!?」


直後、スマホが激しく振動した。ひっきりなしに政府広報のニュースが垂れ流される。首都直下地震、P波なしの電撃地震、推定震度は七強以上…


「うわ、うわっ」


地面の奥深くで爆弾が炸裂したような激しい地鳴りが、彼を地面に引きずり倒した。直後、近くのビルが窓ガラスを割りながら倒壊していくのが見えた。

自分に向かって、倒壊していくのが。


「あっ」


声が出る間もなく、彼はビルの残骸に飲み込まれた。


「続いての…速報です。先ほど発生した地震により、現在各所で情報が錯綜しております。政府発表の最新情報は、東京都を震源とする震度七強の地震であり、津波の影響が…」



「目覚めろ」


その声は優しくあったが、冷たく彼の心を打ちつけた。まるで氷を背中に押し当てたようなぞわりという感覚が、彼の意識を確かに呼び覚ました。


「……」

「起きましたね」


その声の主は女性だった。スレンダーな体と、古代ギリシャ人が着ていそうな布をつける彼女は扇情的な雰囲気であったが、彼女にはそういう感情を()()()()()()神々しさが確かにあった。


「あんたは、誰です」

「わたくしは…なんといえばいいでしょうねえ、神の使いというべきでしょうか。とにかく、あなた随分とやさぐれていらっしゃいますね」

「そうですか」


目覚めたユウスケは適当そうにつぶやいた。状況が飲み込めていないのか、非常に落ち着いた風体である。


「まあ、冷めてらっしゃること!せっかく、あなたに関わる大事な選択の時ですのに」

「はあ」

「聞いていただけますか」

「まあ」


「大事な選択」なる言葉に対しても、青年は興味を抱いた風ではなかった。困惑している様子はないが、奇妙なほど冷静だった。

女性は指を二つ立てて、声のトーンを下げてから言った。


「さて、一つを選んでください。―これから、天上界(ヴァルハラ)において慈愛の聖母に抱かれ、平穏と幸福に身を委ねるか。あるいは、世界に再び生を受け、今一度現世に生きるか」


その話を聞いたユウスケは、ふと「聖母」ということばを思い返した。

聖母。慈愛。そのような言葉は、彼にはどうも理解ができなかった。

適当に生き、適当なりに勉強をし、そして地震の中よくわからないまま瓦礫に巻き込まれたその時まで、そんなものを信じたことは無いし、むろん感じたこともない。…信用ならないものに身をゆだねるのは、彼の最も警戒するところである。


「それじゃあ、後者の方で」

「まあ、わかりました。少ないんですよね、ここ選ぶの」

「あの、質問はコレで全部ですか」

「その通りです、それではそのように手続きさせていただきますね」

「へえ―ぁ…っ」


不意に女性の手元がかすむ。それをユウスケが認識したとき、彼の全身からふっと力が抜けていった。

まぶたが重い。眠くないのに目が閉じられ、気が遠くなっていく。


「そのまま、お眠りになって。次に目覚めた時はもう転生していますよ」


言葉の意味を考える元気もうすれていき、彼はふたたびまどろんでいった。


ーーー

(((―これから、天上界(ヴァルハラ)において慈愛の聖母に抱かれ、平穏と幸福に身を委ねるか。あるいは、世界に再び生を受け、今一度現世に生きるか)))


「…現世といっても、まさか異世界とは。話を聞いていなかったおれも悪いが、いやはや…」


自然の音豊か、都会のにおいなどは気配すらないようなのどかな平原に立つユウスケは、なんとなく独り言を言った。この世界は()()よりも空気が澄んでいるように思えた。

適当に生きていたら唐突に死んでしまった彼は一体なんの因果か、剣と魔法が隆盛を極める異世界に転生してしまうこととなったのである。そして転生から早十七年、肉体年齢も前世の死んだ歳に近くなってきた。


こういう時、転生したアドバンテージなどが着くかもしれないと当初から思っていた。だがそううまくはいかないもので、そのような能力が発現したことは一度も無い。クロスボウの扱いは人並みよりできたが、他に並外れてできるようなことは特に無かった。


「…すごいな」


控えめに言ってクソ田舎なこの平原からでもくっきりと上空に見える影は、軍事パレードの大トリを飾るものでもあった。ぞっとするほど巨大な物体の名は、「魔導戦艦」といった。

魔術師の魔力を濃縮した「血石」なる物質によって空中を浮遊する戦艦は、全長二百メートルはあるであろう巨体と威容をあますところなく臣民に見せ付けていた。護衛役であろうワイバーンが数匹ついてきていたが、そこらの家畜などを優に越す体躯を持つワイバーンでさえもまるで豆粒のようであった。


この魔導戦艦と二百匹以上のワイバーンを擁する飛空旅団は、大陸ではこの王国のみが保有する兵力である。この国以外にワイバーンの生息地は希少で、飼い慣らして利用することに至っては王国しか持たない伝統的な技術の一つだ。

全国が国家資産の大半を軍事費に費やし、大小規模問わず人間同士の戦争が当たり前なこの大陸でなお、飛空旅団の存在は強大な抑止力として機能していた。


「……」


そのような抑止力を持ってさえ、なお戦争は起こりうるものだった。

王国の首都から北東に見える「パープ連合王国」との国境で軍事衝突が発生し、現地の兵士数人が死亡。コレをきっかけに、パープ国軍との戦争に発展したのである。

あの軍事パレードは、飛空師団の出征式も兼ねていたのだった。


同時に国王令が発令され、国中の若者が―無論青年も―最低四年は軍籍につかざるを得ないこととなった。町中に張り出されたお触書によれば、自分を含めたこの町の若者も今日から軍に編入されるはずだ。


「おーいユウ、ここにいたんか!」

「あ、エト」


彼の名を呼ぶ声が、平原の中ほどから聞こえてきた。その声はやんちゃそうな響きを持っていて、聞いた人の顔を自然とほころばせるような心地よいものだった。

あまり間をおかず、その声の主が見えた。ユウよりも背が低く、短く切った赤毛の髪が幼い印象を持たせる若者だった。


「もうそろそろ集合時刻だぜ!あと一刻もしたら間に合わねえぞ」

「いや、もうすぐ行くよ。ありがとうエト」


その若者の名は、エトヴィン・ガルバー。ユウの幼馴染であり、また親密な友人でもある。異世界に生を受けてから初めての友達である彼を、ユウは何時も気にかけていた。

前世の()()()もあって落ち着いているユウとは対照的に、エトヴィンは信じた道を突っ走る直情型の人間で、ユウはいつも突っ走る彼を止める役回りだった。


しかし、彼はそういう性格にふさわしい剛直さをもちながら、他者を理解し尊重する優しさがあり、ユウはそんな彼に惚れ込んでいるところがあった。


「お前たまに約束忘れるからさあ、また忘れたと思って心配だったんだぜ」

「それはごめんよ。…そういえば、あの馬はどうしたんだ」

「だーかーらー、あの馬じゃなくてローレンツ!」エトヴィンがふくれっ面になって訂正する。「ローレンツは軍の試験に回されてんの。運が良かったら、オレともども騎士団に入れられるんだ!」


期待たっぷりに話すエトヴィンの目はらんらんと輝いていた。彼の夢は世界に名だたる騎士(リッター)となることなのだ。

ユウの中で、幼い日のエトヴィンが思い出される。まだ十歳程度にもかかわらず近くの衛兵などには必ず決闘を申し込み、毎日傷だらけになって帰った日を。その時も、彼はよく瞳を輝かせて夢を語っていた。


「それじゃあ、そろそろ行こうか。エトの愛馬も待ってるようだし」

「急げよー、集合場所は花の広場だから遠いぜ」

「なら走っていこう」

「んじゃ競争な!はいよーいドン!」

「えっ、あっおいエト!」


ユウが呼び止める頃には、すでにエトヴィンは広場の方に駆け出していた。軽装とはいえ、なんとまあ速いことか…


「はあ、まったく」


軽くため息をついて、ユウもまた走り出した。



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