第6話 まどか
亜砂美#
「暑いっ、今日って何度あるのぉ?」
「確か天気予報では最高気温が28度と言ってました」
開け放された窓からは夏の暑い日差ししか入ってこない。
風は姿を見せず、レモン色のカーテンが力なくぶら下がっている。
窓際の席でうつぶせに机にへたり込んでいるのはチューバ担当のこずえ。
たまにみんなから『まどか』と呼ばれている。由来は窓の傍にいるのが好きだから。
今だって風が来るのを待ち構えている。
「それにしても、暑いですねー」
控え目な口調でこずえに話しかけるのが同じくチューバ担当の佳奈子。
チューバを手放しているこずえとは違って大きなチューバをいつでも吹けるように構えている。
きちんと手入れされたチューバは日に当たって輝いてまぶしい。
夏のパート風景。コンクールは迫っているのに先輩たちはおだやかだ。
廊下からはトランペットやクラリネットの音色が聞こえてくる。
「ふはー、水のんでくるわ。楽器お願いね」
「あっ、はい」
大きな音を立てて椅子から立ち上がるこずえ。あわててこたえる佳奈子。
バスパートの名物となっている先輩後輩コンビ。
2人はうらやましいほど仲が良い。
こずえが教室から出て行ったのを見計らって佳奈子に声をかけた。
「佳奈子ぉ」
「なんですか?」
「なんでそんなに仲が良いの?」
「仲良く見えますか?」
佳奈子は意味深に笑う。いつも笑っているけど今日の笑みは腹黒い。
「私が合わせてる感じになりますね。こずえ先輩は結構マイペースな人ですから」
「ああ、納得。佳奈子も大変だね」
こずえはめんどくさがり屋でそのくせ細かくて気分屋でマイペース。
でも人には優しくて表情も豊かでかわいい。
嫌いな人をとことん嫌う一面もあるけど。
2年と少し同じパートで一緒にいる私でも距離があるのに。
佳奈子は入部してきたときからやすやすとその穴を埋めてしまった。
「亜砂美先輩も大変そうです」
「え?」
「いつもお仕事お疲れ様です」
佳奈子はぺこりと頭を下げる。猫っ毛のポニーテールがふわりと揺れた。
生徒会活動のことを言っているのだと思うけど。
こずえが生き生きした表情をして戻ってきた。さっきまで譜読みの確認をしていた
采香と亜優が顔をあげた。
「じゃぁ、1回みんなで通そっか。3時から合奏だよ」
声を張り上げて指令を出す。
『はい』
みんなの返事がきれいにハモって心地よい響きとなる。
明日は今年最初のコンクール本番。失敗は許されない。
まだ引退するコンクールではないけど、それでもやっぱり金賞を取りたい。
みんなの想いがひとつになったら、きっといい成績を残せるはずだから。
私のコントラバスの弦から伝わる音色が溶け込んで混ざり合う。
落ち着いて、走らないようにしっかり周りの音を聞く。
メトロノームに合わせて低音の刻みのリズムがきれいに重なる。
きれいにハモって、きれいに響く。
低音パートだからメロディーラインはないけど、それでも曲らしくなる。
ひと区切りまで通して、各々の感想を言う。
「35小節目のクレッシェンドがかかってないです」
『はい』
パートリーダーの私が意見を言ってみんなが返事をする。
こずえ以外の3人は楽譜にしっかりメモしている。
これもいつもの風景。こずえはみんなより苦労してないのになぜか上手い。
チューバの音も肺活量を生かして力強い音になっている。
かといって雑なわけではなくてきれいな音色も創っている。
本当にうらやましい限りなんだけど。
でも絶対練習した分だけ上手くなれるから。
それは2年前引退していったコントラバスの先輩の言葉。
本番まであと少しだけど、絶対大丈夫。
今までどおりに吹けば金賞は取れるはず!
「じゃぁ、また最初から最後まで合わせます!!」
『はい』
気合いを入れてコントラバスを構える。
やっぱり最初は苦手だったコントラバスも
今では大好きになっている。
「いち、にっ」
四分音符の副旋律と八分音符の刻み、主旋律はないけど
ちゃんと曲に聴こえてくるから不思議だ。
大丈夫。みんなとなら金賞とれる!
今、絶対に笑ってる。
演奏しながらそう思った。
こずえのニックネームの由来は私の友達と重ねてみました。おもしろい由来だと思います!