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空に響け  作者: 遠野由羅
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第5話 音づくり

妃柚#




 クラリネットの音色は丸くて柔らかい音だ。

どこまでも透き通っていてきれいで、それでも芯は通っている。

そんな音にひかれて私、良村妃柚はクラリネットパートに入った。

入学してそろそろ3ヵ月、クラパートに入って2ヵ月が過ぎようとしている。

なのに、全然先輩に追いつけない。それどころか足元にも及ばない。

こんな演奏をするためにクラパートに入ったわけじゃないのに・・・。

 立花先輩の音色は本当にきれいで、今まで聞いた音の中で一番良かった。

それでも先輩は練習を怠らない。無口であまりしゃべらないけど、1年生のことをよく見てくれている。そんな先輩が大好きで、そんな先輩に憧れてクラパートに入った。

だけど音を出すのも精一杯で曲を吹けもしない。

せっかく音階の表をもらったけど指が追いつかない。

3年生の今頃には先輩たちのようになれているのか不安さえ覚えた。

「最初のうちから上手く吹ける子なんていないよ。頑張って練習してね」

香坂先輩のアドバイスは確かに適切だった。でも、本当にそれでいいのか。

私はクラリネットを吹くのに向いていないんじゃないのか。

どんどん不安が積もるばかりで、希望なんて見えてこない。

隣で練習している同じベイクラの清花さやかは音こそきれいではないが、

私よりも肺活量があって大きい音で吹いている。

自らバスクラを志願した美玖子はピアノで鍛えた指回しでスラスラと音階を吹いてみせる。

溜息ばかりが出て音は出ない。クラに対する思いはこんなに強いのに。

「妃柚、考え事ばかりしてないで練習しなよ。全然吹けてないじゃん」

清花が溜息をこぼしてばかりいる私を見かねて言った。

「なにをそんなにためらっているのか知らないけど、妃柚には妃柚のいいところがあるんだから。頑張りなよ」

清花もたまにはいいことを言う。少しだけ勇気づけられた気がする。

「うん、ありがと」

素直に礼を言うと中断していた練習に励んだ。

少しでも先輩に近づけるように少しでも上手くなれるように。

少しだけ、ほんの少しだけだったけど希望が顔を覗かせた気がした。



「妃柚ちゃん、ちょっと来て」

今はパート練習の真っ最中。手招きをしてこちらを見ているのは香坂先輩だった。

「ハイ」

小さく返事をして先輩の方に向かった。先輩はもう教室を出て廊下を歩いていた。

そしてにっこり笑うと私の方へ向き直って言った。

「妃柚ちゃんはクラを吹くのが上手いよね」

「いえ、そんなことはないです」

先輩の言葉に少し驚いたが、謙遜しておいた。

認めることはさすがにできないし、自分の演奏が上手いとも思ってなかったから。

「じゃぁ、妃柚ちゃんに2ndの楽譜で吹いてもらおうかな」

先輩の言っている言葉の意味がわからなかった。

確か、今の2ndは西島桜先輩のはずで私が2ndになれるわけがない。

「うちらが引退した後の1年生のデビュー曲だよ。もう楽譜を渡すように先生から言われているから」

3年生の引退はコンクールが終わった後のはずだったからまだ先のことのように考えていたけど、実際はもう1ヵ月半後だった。

私がしばしば考え込んでいると香坂先輩は夏服のセーラーの襟を翻して私の手を取り走り出した。

「ちょっ、香坂先輩!?」

驚いてされるままに引っ張られていくと視界に西島先輩と立花先輩が映った。

二人は向き合うように話し合いをしていてその表情は真剣だった。

「桜ちゃんと妃菜子だよ。今ね、1年生のことで相談し合ってるの」

「私たちのことですか?」

「うん。大体は1年生のパート決めのことだけれど、次のパーリーは誰にするかとかも話し合ってるんだよ」

香坂先輩は軽い口調で言うけど、パートリーダーを決めるのは大仕事のはずだ。

3年生が引退する何日か前に部長や副部長、セクションリーダー、パートリーダーなどの重要な役職の交代式が行われる。1年生には関係ないのだけど、一応式なのでその様子を見ていることになる。

「うちらが見ていて思ったんだけど、次の次つまり今の2年生が引退した後のパーリーは妃柚ちゃんが良いと思うんだよね。あ、これはほかの子たちには内緒にしててね」

あわてて口を両手で押さえるけどそのしぐさはわざとらしかった。

最初から私にこれを言うつもりで呼んだんじゃないか。

「これからもそのつもりで練習頑張ってね。戻っていいよ」

香坂先輩は私の肩を軽く押して戻るように促した。

「ハイ」

力なく答えると1年生が練習しているパートの教室へ向かった。

 先輩が引退するなんてまだ先のことだと思っていたから安心していた。

それなのにもう話がそんなに先のことまで進んでいるのを知って不安さえ覚えた。

今のクラパートで3年生が引退したらどうなるのだろう。

2年生と1年生だけでは成り立たないような気がする。

 ゆっくりと通過していく教室からは絶えずさまざな楽器の音色が聞こえる。

ひときわ目立つトランペットの鋭い響き。優しい音色で歌うフルート。

全てが混ざり合ってひとつの曲を作る吹奏楽の練習風景にふさわしい光景だと思った。

それなら私だって混ざってやる。自分の音を創ってやる。

新しい決意が芽を出した気がした。




妃柚はわりと好きなキャラです。しっかりものだけどどこかほんわかしてる感じが出ていればいいなと思います。

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