第3話 サラダボウル
椿#
今日も生徒会活動があって部活に顔が出せなかった。
毎日毎日息がつまりそう。コンクールも近くて部活に行きたいのに。
いくら先生の推薦があったからって、本当は書記くらいの簡単な役職で良かった。
会長ともなると同じ生徒会役員の数倍忙しくなってしまう。
そのため部活に出られない日が週に3日以上続く日が何度かあった。
同じパートの美結には迷惑かけてるなぁとか、1年生に教えてあげられなくて
ごめんとか様々な感情がポツポツと浮かび上がってくる。
学校からの帰り道、校庭を通らないと校門を出られない親切なのか親切でないのか
よくわからない造りの詩丘中学校。いつもと変わらない夏の帰り道。
まだ7時前なので日は落ちていないけど生徒は一人も残っていない。
部活動を引退した3年生も多い中、吹奏楽部の活動は夏休みに集中しているので
7月に入ったばかりの今頃も部活を休んで塾に行くなんてことは許されない。
「はぁ」
小さくこぼれる溜息。
才色兼備と言われる私にだって疲れることはあるのに。
みんな私に仕事を任せて。本当に嫌になる。
こんなとき私は密かに桜のことをうらやましく思う。
だって、あの子は自由だから。みんなの期待に縛られることなんてないから。
あの子は私がをうらやましいみたいだけどいろいろと大変なんだから。
そろそろ家につくけど、またあの子は静かに自分の気持ちを抱え込むんだろうと思うと
気が重くなってくる。たった一人の妹なのに相談に乗ることもできない私を妃菜子は
いい姉だと称してくれたけどそう思うことはできなかった。
やはり所詮私も他人なんだと思い知らされることになった。
家のドアは開いていた。
今日はお父さんもお母さんも遅くなる日のはずなのにおかしいなと思って桜に声をかけた。
「桜ぁ、居るんだったらちゃんと鍵かけといてよね。不用心でしょ」
「ごめん、お姉ちゃん。次から気をつける」
2階から桜の声がリビングに届いた。
きっと自分の部屋にこもっているのだと思う。
2階に上がって桜の部屋のドアをノックせずに開けると、桜はケータイをいじっていた。
「姉ちゃん、勝手に開けないでよ」
驚いた様子でケータイを閉じる。誰とメールしているのか教えてくれないみたいだ。
「そろそろご飯にしようと思って、呼んだけど返事がなかった」
本当は呼んでいないのだけど、わざと嘘をつくことにした。
勝手にドアを開けたことに機嫌を損ねられては困ると必死に言い訳をした。
「ごめん、すぐ行くから。先に食べてていいよ」
反抗的な態度も取らずにまたケータイをいじりだした。
どうやら桜の表情から察知すると相手はパーカッションの鈴成杏子ちゃんのようだった。家が近所で桜はいつも杏子ちゃんと一緒に学校へ行っている。
たしか、杏子ちゃんの一つ下の妹の美柑ちゃんも一緒だったと思う。
しぶしぶ桜の部屋から出て、食卓にお母さんが作り置きしてあった食材を並べていると
桜が2階から降りてきた。
「お姉ちゃん怒ってない?」
「そんなことないよ」
きっと桜は私がピリピリしているのを感じ取ったのだろう。
察知する能力は桜の方が優れているのか。
「お姉ちゃんが怒っているのは私のせいなのかもね」
「えっ」
ガシャンと音を立ててサラダの入ったボウルが手から滑り落ちた。
幸いステンレスボウルだったから割れないで済んだ。
だけどあちこちに緑の葉が飛び散った。
「図星でしょ」
桜はいたずらっ子のような瞳で私の顔を見る。
サラダ菜が暖色のスリッパにまとわりついて離れない。
床に広がったサラダをひとつも気にせずに桜を見つめていた。
「お姉ちゃんごめんね」
桜の言葉にただ立ち尽くすことしかできなかった。
桜ってわりと予測できない行動をする不思議キャラってイメージがピッタリだと思っています。次回もよろしくお願いします♪