第13話 木管低音ぐみ
ゆかり#
バリトンサックスとバスクラリネットはほとんど一緒だ。
合奏のたびそう思う。隣の席で白い頬を真っ赤にしてバスクラを吹いている夏美を見るたびに。
音はまるっきり正反対。
バリサクは金属的な音でバスクラは木管の丸い音。
例えが悪いかもしれないが、私はそんな風に思う。
バリサクはバスクラを基にして造られたというだけもあって、形も近い。
「バスクラはね、暖かい息を入れることで綺麗な丸い音色になるの」
「へぇ~」
夏美は私が興味深そうにバスクラを見つめるたびにそう言った。
「私の音が綺麗かはわからないいんだけどね」
そして最後に付け加える。
自信なさげに苦笑いをしてそう言う。
いつもまじめに遅くまで練習している夏美は人に厳しいことを言うけど、
それよりも自分に一番厳しい。
夏美の音色は丸くて太くて芯のあるしっかりとした音だ。
折れそうなほど華奢ではない。その真逆。
どっしりと下から支えられるように、バスクラにはもってこいの音。
そんな夏美の音が大好きで、密かに憧れていたりもする。
「わたし、最初からバスクラやりたかったわけじゃないんだ」
「どうして?」
「本当は、ベークラがやりたかったの」
間近に控えたコンクールのために、曲のイメージの構想を話し合っている時間のときだった。
いつも適当に話し合いを聞き流している私とは違って、積極的に話し合いに参加している夏美が珍しく私に話しかけてきた。
私は皆の意見をノートに書き写すだけだから、別に鬱陶しくはないのだけど。
「でもね、先輩たちがバスクラに向いてるって言って決めてしまったの」
「そうなんだ・・・」
なんとも言いようがない夏美の過去の話だった。
夏美の気持ちは分からなくもない、私だって本当はフルートがやりたかったのだから。
夏美の気持ちは痛いほどよく分かる。
「さ、何か意見言わなきゃね!」
私が何も言わずにうつむいていると、いつもの強気な夏美に戻る。
いつも強くてかっこいい夏美だけど、たまに弱い面を見せることもある。
ちっちゃくて、大きなバスクラが不似合いな夏美。
きっとベイクラを吹いたらよく似合うんだろうな。
でも私には大きなバリサクがよく似合う、男子並みの背丈がある。
だからフルートなんか、きっと似合わないだろう。
「ゆかりも何か言いなよ」
自分の世界に入りつつあった私を、夏美が呼び戻す。
意見を出せと言われても、話しなんて何も聞いていなかった私に発言できるわけがない。
夏美はそんな私を察したのか、ため息交じりに言った。
「ちゃんと聞いてなよ」
不思議なことに、夏美にそう言われても腹が立たない。
これが同じパートのみなもだったらカッとなるんだろうなあ。
噂をすれば、みなもが立って意見を言う。
「ルーマニアのホルンのソロはもっと謎めいた感じにすればいいと思います」
「はい」
ホルンのソロを担当する椿はしっかり返事をしたけれど、謎めいた感じっていうのがさっぱり分からない。
私と違って、学年のトップを争うくらいの秀才である椿とみなもは物分かりがよすぎる。
「沙織ってわけわかんないね」
私の心の中を読んだかのように、夏美が私の耳元でそっと言う。
夏美もついていけてなかったのか。
みなもは沙織のニックネーム。源沙織だから、略してみなも。
先代のサックスパートの先輩がつけていったニックネーム。
小さくてぱっちり二重の瞳が可愛くて、とても女の子らしい容姿だけど
中身は超几帳面で自分の周りにある物が全て真っ直ぐじゃないと気に入らない感じ。
志望校は県内で一番の超難関校の愛知付属高校を志望するくらい頭がいい。
だけど近寄りにくい雰囲気なんて欠片もなくて、意外にいい奴。
夏美は妃菜子とすごく仲がいいけど、みなもとも同じクラスだからなのか知らないけど結構仲良しだ。
夏美と妃菜子とみなもの3人で廊下を歩いているのをよく見かける。
実際3人は学校も一緒に登下校するくらいの仲なんだけど。
勢いよく手を上げて意見を言うのはサックスパートの2年生、美樹ちゃん。
すらりと高い身長に真っ直ぐ長い髪の毛がよく映える。
美樹ちゃんの意見を夏美はびっしりと字が書き込まれた楽譜に書きとめる。
私はただぼーっと聞こえてきた単語を書いておくだけ。
わたしよりもっとひどいやつ(特にまどか)も居るから安心だ。
私の知らないうちに話し合いは終盤を向かえ、椿の号令で解散となった。
これから各自で家路につく。
いくら梅雨が明けて夏を迎えたからとはいえ、こんなに暑くなくてもいいのに。
そうぼやきながら楽譜をパタンと閉じ、通学時に愛用しているリュックに荷物を詰め込む。
――――――めんどくさい。
思わずため息がこぼれる。
夕方の空気の中、額に落ちてくる汗をぬぐう。
夏休みまであと一週間を切った、月曜日のことだった。
実は私はバスクラが全く吹けません(笑)バスクラ奏者の方は本当にすごいですね。