第9話 ハモデレ
舞香#
「まいかぁ、ハモデレ借りてもいい?」
首にオレンジのキャラクターもののタオルをまいた志奈が音楽室のハーモニーディレクター(略してハモデレ)を操作しながら言った。
「誰も使う予定ないし、いいんじゃない?」
「パーカッションは使わないのー?」
「うん。こっちにメトロノームあるし、使わないよ」
私に再度使わないことを確認すると志奈の表情がパッと明るくなった。
「そう、ありがとう!じゃあ借りてくね〜」
志奈はハモデレのコードを抜くと、小型スピーカーをセットにして持ち上げようとした。
しばらく時間がかかって再度踏ん張ったけど、なかなか持ち上がらない。
「志奈ぁ、大丈夫?」
「うん・・・、手伝ってくれる?」
志奈は大きな目をうるうるさせて私を見る。
男の子じゃないけど、キュンとくる可愛さだ。
「あのさっ、こっちの端っこ持って。私はこっち持つから」
志奈は本当にちゃっかりしている。まだいいよとも返事してないのに。
「わかった。トランペットのパート部屋ってどこだっけ?」
「えーと、2年5組だよ」
志奈はコードを全部腕に巻くと私が持ち上げようとしているハモデレの反対側に手をかける。
志奈の力が加わってさっきまでひとりで持ち上がらなかったハモデレが持ち上がった。
「わっ、結構重たいね〜」
「でしょ?あっ」
志奈が突然何かに気づいて声をあげる。
「どうしたの?」
「スピーカー・・・どうしよう!」
小型スピーカーとハモデレを一緒に持っていくことは不可能に近い。
ハモデレは2人がかりで持ち上げるのがやっとで小型スピーカーを運ぶ気力もない。
「こんなことなら・・・、光ちゃんと祐くん連れてくれば良かった」
光ちゃんはいつも金色に光るトランペットを片手に大きなくりくりの瞳を輝かせている。
すごくかわいい子だ。3年生からも人気がある。
祐くんは祐志くんといってバスパートの亜砂美の弟で希少な男子部員。
おもしろい発言をしてはみんなを笑わせてくれる。
ふたりとも仲が良くて付き合ってるみたいだ。実際は付き合ってないみたいだけど。
関係を冷やかすと白い頬を真っ赤に染める光ちゃんがかわいかったりする。
「じゃあ、頑張って運ぼうよ!志奈が2年5組でハモデレをセットしている間にスピーカー持ってくるよ。2回に分けて運ぼう!」
「そうだね、ありがとう」
私の提案に志奈は納得したようだった。
2年5組に到着すると、志奈はパート全員に号令をかけてハモデレをセッティングするように促した。
志奈の号令にみんなてきぱきと行動する。見ていて感心するくらいに。
1年生はハモデレのセッティングは初めての様でおろおろとしているが、2年生も幸奈も慣れた手つきでコードを巻き取ったり、音量の調節をしている。
私がさっき持ってきたスピーカーも合わせてセッティングされている。
「ねぇ、ハモデレは一体何に使うの?」
先ほどから疑問に思っていたことを投げかける。
手伝わせて使用目的を言ってなかったことに気づいた志奈は体をビクッと震わせて、
「課題曲の青空と太陽がなかなか合わないから・・・、音程もリズムも」
それから後の言葉に志奈は詰まると幸奈の出番が来る。
「だからハモデレで合わせようってことになったんだよね?」
「うん!そうそう」
志奈の思考回路がショートしないうちに幸奈が付けたす。
これがトランペットパートの特色だったりもする。
「じゃあ、そろそろ行くね!」
「うん、わかった。ありがとうね!」
私たちが話していると1年生と2年生が早く合わせていのかトランペットを強く握ったり、ピストンをかちゃかちゃ押したりしていたのでそろそろお暇することにした。
あんまりいすぎても迷惑になると思ったからだ。
パーカのパートの部屋である第2音楽室へ向かう途中で、トランペットのファンファーレが華やかに響いてきた。
私の背中を押すように焦り気味で、志奈の言っていた“合わない”ということがよく分かった気がした。
2人の関係は全く予想していませんでしたね(笑)流れ的にこういう話になってしまいましたが、仲良くさせようとは思ってませんでした。不自然になっていないか不安です。