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空に響け  作者: 遠野由羅
10/17

第7話 期待

佳乃#




「詩丘中学校、移動してください」

『はい』

 案内係の他中の生徒が指示を出す。

震える声で返事を返す。

 ひとりひとり、みんなの緊張している心が手に取るようにわかる。

口には出さないけど、みんなさっきまでのリハーサルで頬を紅く染めるほど

練習していたから。そのときの暑さと本番前の緊張感が合わさっているのだと思う。

「今日は県内のコンクールだから全国までは最初から行けないけど、金賞を取れるようにひとりひとりがこれまでの努力の成果を出し切って演奏してください。緊張なんて深呼吸すればすぐにほぐれるから、楽にしてていいよ」

顧問の三笠先生が私たちに気を使ってか小さいアドバイスをくれる。

みんな先生のアドバイス通りに深呼吸をする。

私も不思議な気持ちで大きく息を吸い込んではいてみた。

 移動中はみんな一言もしゃべらない。

周りの空気はピリピリして緊張しているのが伝わるくらい。

 今回コンクールには出場しないで楽器運びを担当している1年生も2,3年生と同じくらい真剣で先輩達のために頑張ると意気込んでいるよう。

今日私に応援の手紙をくれた清花ちゃんもスネアドラムを握る表情は真剣。

ティンパニを支えている妃柚ちゃんと美玖子ちゃんも真剣でティンパニが重かったのだろうか、うっすらとおでこが汗ばんでいる。

 部長の椿がみんなに合図を送ってアドバイスを言った。

「みんな最初はマルカート気味にね」

小さな声で的確な指示を出す。今日演奏する曲はアルフォード作曲の「砲声」。

マーチだから重くならないように軽く、軽快にそれでも深く、深い音色で。

テヌート気味に演奏するよりもマルカート気味に演奏する方がいいと講師の先生からアドバイスを頂いていた。マルカートの意味は「はっきりと」。

その言葉がゆっくりと頭に浮かびあがる。緊張で忘れていたのだろうか。

西島先輩のことがすごくありがたく思えた。

「次は詩丘中学校、自由曲アルフォード作曲の砲声です。指揮は三笠澄子先生です」

アナウンスが移動を告げる。騒がしく舞台袖の幕が上がる。

「佳乃ちゃん、頑張ろうね」

同じパートの香坂先輩が優しく微笑む。柔らかな笑顔がすぐそばにあった。

「はい」

小さくだけどはっきりと決意を込めて返事をした。

 三笠先生の指揮棒が最初のコンクールの始まりを告げた。

それからのことはあまりはっきりとは覚えていないけど絶対に上手くできた。

入りも上手くいったし自分自身で最高のマルカートが表現できたと思う。

リードミスも目立ったものはなかった。でも演奏が終わって楽器置き場で片づけをしているとき桜の瞳から涙がこぼれ落ちた。彼女自身も気づいてなかったくらい自然に。

でも、彼女は後悔していた。しゃくりあげなかったからまだよかったのかもしれない。

泣いていることを隠そうと必死に涙をぬぐう桜は綺麗だった。

「桜、大丈夫?」

「うん。なんでだろう」

「どうしたの?」

「出だしでリードミスした・・・」

桜に理由を聞くとリードミスが原因だったことがわかった。

「桜のリードミス、そんなに聞こえなかったよ」

「そうかな?でも結構大きかった」

フォローする私の言葉を否定するように自分を責める桜。

本当に私は気付かなかったのに、そんなに派手にやってしまったのだろうか。

「今日の演奏は良かったと思うよ。金賞とれるんじゃないかな」

私の本心を桜に打ち明けてみた。

桜は少しだけ首を傾げたけど、そのあとに小さく頷いた。

そして私にさっきとは違う曇って不安げな表情の桜ではなくなった。

まだ瞳はうるんでいたけど、優しい笑顔で綺麗に笑った。

つられて私も、控え目に笑ってそれからにっこり笑った。


 他の中学校の演奏を聴いて、結果発表に移った。

詩丘中学校の演奏は午後からだったから、そんなに待つこともなかった。

「それでは結果発表に移りたいと思います。審査員は・・・・・の3名です。では、プログラム1番・・・・、金賞」

 大きな歓声があがる。そして暖かい拍手。私たちもあの渦の中にいたいと願う。

どうか『金賞』でありますように。

「プログラム8番美空市立詩丘中学校、銀賞・・・」

 銀賞、いやに響くアナウンスの声が私たちの心を締め付ける。

あんなに練習して、あんなに励ましあったのに想いは儚く消えていった。

桜は楽器置き場で流した涙よりも大粒の涙で顔を濡らしていた。

もし今の結果が『金賞』だったら、きっと喜びの涙だったのに。

どうして、あんなにいい演奏ができたのに。

どうして、あんなに達成感があったのに。

どうして、あんなに笑顔でいられたのに。

どうして。

後悔の波が心に押し寄せる。

希望がもろく崩れ去り、跡に絶望だけが残った。

 桜が小刻みに震えながら泣いている側で西島椿先輩が優しく慰める。

さっき慰めていた私よりも優しくて温かい言葉だった。

 引退をかけた全日本吹奏楽コンクールでもないのにみんなが桜につられて泣きだす。

わたしまでもらい泣きしてしまった。


「今日は今までで一番いい演奏ができたと思います。だから、泣かなくてもいいんです。次のコンクールは3年生の引退をかけているコンクールです。今日の結果を次に生かして下さい」

 結果発表があったホールから出て解散の前に三笠先生が言った。

まだ泣いている人も多かったけど、私はもう泣かなかった。

三笠先生の言葉もあまり耳に入らないまま各々の家路についた。

 私はまだうるうるの瞳で今にも泣きそうなフルートパートの麻結とバスに乗った。

窓の景色も私たちの心を映しているようにゆらゆら揺れていた。







私も『銀賞』の絶望感を実感したことがあります。あのとき感じた経験をこの小説で生かせたことに不思議な気持ちを感じています。やっぱり『金賞』がいいですね。

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