第16話 事件
正直、センカに奴隷化を使ってやろうかと思った。
だがセンカの言うことには一理ある。
またナーセを怒らせて、スキルの欄を真っ白にしてくれなくなったら困る。
「もう一つある」
センカは険しい顔で言った。
「私はヌカタを信用できない。その『奴隷化』というスキル、あまりに恐ろしい力だ。それを悪用すれば、魔法反射には弱いらしいが、この世界を支配することすらできるだろう」
「そんなことしないって。興味ないよ」
「私の信頼を勝ち取れ。ここで生活する間、ヌカタの人物を判断する」
「わかった」
ああもう、面倒なことになったなあ。
俺はアンズと一緒にふろに入った。アンズをざぶざぶ洗ったら、アンズが触手を伸ばし、俺の体を洗ってくれた。
うう、気持ち悪い。
食事のときには、アンズは何も食べないが、ベラベラ今日森で倒したモンスターや、森の景色などについて、喋ってきた。
うるせえ。
女だったら、絶対にすぐ捨てられてるタイプだよ、こいつ!
癒されることもあった。
「ヌカタさんは、ハンターをしているんですか」
トーラスという女性に話しかけられた。
この旅館で働く仲居さんだ。
「まあ、そんなところです。トーラスさんは、ずっとこの旅館に?」
トーラスは色白で、すらっとした美人だ。
「いえ、私はもともと、町で働いていました。でもそこの仕事が面白くなくて、こっちに移ってきたんです」
トーラスはしゃべるのが上手で、憂鬱な気分を一瞬だが忘れることができた。
だが翌朝、とんでもないことになった。
仲居の一人が「トーラスを知らない?」と言う。
呆然としたね。
俺は布団に入っているスライムに「アンズ?」と穏やかに声をかけた。怒らせたくない。
「何? ヌカタ」
「トーラスって女の仲居さん、わかるよね?」
「わかるよ。昨日、ヌカタに色目を使って、ヌカタもデレデレしていた女でしょ? しかもあの女、布団は一枚ですか、二枚ですか、って聞いてきたじゃん。で、ヌカタ、二枚です、って」
「いやいや、だって、ほら、まだ一緒に寝るには早いでしょ」
というか、お前と同じ部屋で眠るのだって嫌だよ!
「一枚って答えてほしかった。あの女のせいでしょ。あの女を好きになってたでしょ」
「なってないよ」
「じゃあヌカタにとって、どうでもいい人?」
「当たり前だろうが」
「じゃあよかった」
「ちょっと待って、アンズ。あのトーラスって女の人は」
「食べちゃったよ! ヌカタにとって、重要な人じゃないんでしょ? じゃあいいじゃん」
まずいぞ。まずい、まずい。
いろいろとまずいが、まず、センカになんて説明しよう。
「アンズ、俺が突然いなくなったらどうだ」
「そんなこと、想像もしたくないよ!」
この大福が! 寂しそうな声を出すな! 気色悪いんだよ!
「トーラスって女の人にも、彼女を大切に思ってる人がいたんじゃないの?」
「だって、ヌカタがいけないんじゃん! デレデレするから!」
俺が殺したみたいじゃねえかよ! ああああ、でも、そういうことだよなあ。女と楽しそうに話すことすらできないのかよ。
これは一言言った方がいいよな。いいけどさ、怖いよ。
「アンズ、がっかりだよ。アンズは、俺の愛情を疑うの? 俺の瞳には、アンズしか映ってない。なんで疑うの? 哀しいよ」
「ヌカタ」
うわあああああぁぁぁぁ! こんなこと言いたくねえよ! だがしょうがない! なにが「俺の瞳には」だよ! バカが!
だがこの化け物の、異常な嫉妬と何とかしないととんでもないことになる!
「アンズは、じゃあ、俺がこれだけアンズを愛しているのに、浮気すると思ったんだ? 俺の愛情はその程度だと思ってたんだ?」
「ヌカタ、ごめん!」
アンズは俺の胸に飛び込んで、泣き始めた。
気色悪い!
なんだよ、泣くのかよ! 感情豊かになったスライムには、気持ち悪さ以外の何も感じないわ!
でも白いスライムの背中? をなでる。
「アンズ、分かってくれればいいんだよ。これからは、俺を信じてくれるね?」
「信じる! ごめん、ヌカタ!」
ああ、とりあえず、問題の一つは片付いた。
だがまだまだあるぞ。




