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夏のホラー2019

誰もいない診察室から聴こえた声

作者: 索☆創

 ジージーと鳴く蝉の声がコンクリートを焼く音に聞こえ、陽炎で道の先を歪めている。

 しかし、私にとってはどうでもいいことだ。

 何故なら私が今現在、絶賛死にかけ中である。


「送ってあげなくて大丈夫?」

 家を出るときに母に遠慮したのがまずかった。

 徒歩二十分で着くはずのいつもの病院に辿り着けない。

 暑いはずの気温はそれ以上の体温で気にならず、陽炎などなくても朦朧とする。


「ヤバイ、マヂ、ヤバイ」

 言語機能にまで影響が出たのだろうか?普段使わないようにしている言葉が口から出てくる。


「きゅうきゅうしゃ、まずいか」

 スマホのカバーを開けようとした瞬間、目の前にその建物は現れた。


『アダシノ病院』


 白い木造の年季の入った建物だが、蔦の絡んだ壁は医療機関らしい上品な清潔感がある。

 建物に続く道は赤煉瓦色、縁取る置き石は黒。道の両側の並木は白樺だろうか?

 この辺では珍しい白い幹に緑の葉が目に優しい。


 病院ならどこでもいい。

 息も絶え絶えで昔懐かしい、手動のガラスのはまった木戸を開ければ「どうされました?」と今どき珍しいナースキャップをかぶった、濡れ羽の髪をまとめた看護師さんが私を抱き止めてくれた。


「熱は三十九度、病状は昨日から悪化、吐き気、腹痛はなし・・・」

 健康保健のカードから私の名前を書き写した看護師さんが、問診表に病状を代筆していく。


 私と言えば診察室の前の長椅子に「横になって良いですよ」と言われたのに甘えてグテーっとしている。


「名前を呼ばれたら入ってくださいね」

 診察室と書かれた梁の下の白いカーテンを指差して、看護師さんはキビキビとした足取りでいってしまった。


「はっはっは。それは災難でしたね」


「ええ、もう少し気にしてもらえないもんですかね」


「無理でしょう」


「いや、わかってますとも」


 診察室から病気と関係無い話が聞こえてくる。


「で、レントゲンで見るとこの部分にヒビが」


「いやだな先生。写って無いですよ」


「はっはっは! 鉄板ジョークですよ」


 私は椅子に起き直って辺りを見た。

 患者は私以外居ないようだ。


「それが先生聞いてくださいよ・・・」


「また! それもあるあるですね」


 いいかげんにしてほしい。

 こっちは死にそうなんだけど。

 熱っぽい頭がイラつきでさらに熱くなった。


 邪魔な布をめくって精一杯の声を出す。

「ちょっと、世間話しているぐらいなら・・・」


 早くこっちを診てくれ、とは言葉が続かなかった。


 無人だった。


 カーテンなのでノックもしてない。

 完全に不意討ちのハズ。

 向こうの壁は両側開いてて処置室や隣の部屋に続いているが、隠れる隙はなかったはずだ。


 念の為パソコンの置いてある医者用の机と患者用のベッドの間を抜けて、両側の壁の向こうを覗いても誰もいない。


「どうされました?」

 黒髪の看護師さんが覗いた壁の奥の部屋から顔を出す。


「いえ、診察室から聞こえてくる会話が世間話だったので早く診てもらえないかと、カーテンを開けたら誰もいなくて。え、幻聴?」

 私は振り向いて無人の診察室を見る。


「先生。患者さんが不安になってるじゃありませんか!」

 看護師さんが無人の診察室に向かって怒った。


 え、この人何してるのと思えば。


「いや~すまないね。久々に同郷の人に会って話が弾んじゃった」

 無人の診察室から返事が聞こえた。


「キュウ~」

 口から変な声が出ると同時に私は気を失った。




「透明人間?」

 腕に入った点滴を気にしながら私は心配そうな看護師さんから説明を聞いた。


「ええ、ここお化け用の病院なの」

 看護師さんが私から受け取った体温計を見ながらカルテにさらさらと体温を書いていく。


「この点滴・・・」

 無人の診察室から返事が聞こえた謎は解けたが別の不安が湧いてくる。


「大丈夫。私もそうだけど体は人間と一緒のモノも多いから」

 看護師さんがニコッとするが私の不安は少しも晴れない。

 この看護師さんも人間じゃ無いのか。


「いや、本当に大丈夫よ! この点滴は人間用!」

 私の眉をひそめた表情に慌てた看護師さんが点滴の薬名を必死でなぞる。


「プッ!」

 その慌てように私は安心感を抱いた。

 唇から笑いが漏れれば不安の負けだ。

 

 私の表情が明るくなれば看護師さんの表情も明るくなる。


「はい、おしまい」

 点滴の中身がなくなったので看護師さんが針を抜いた。


「楽になりました」

 私は軽くなった体を確かめる。


「薬で一時的に熱を下げてるだけだから。風邪だけれども油断しないでね」

 看護師さんが気を失ってて聞けなかった診断結果を教えてくれた。


「あとは窓口で呼ばれたら支払いをして処方箋と保険証をもらってね」

 微笑んで看護師さんは点滴を片付ける。


「お金はかかるのか」

 独り言を言ってると名前を呼ばれた。


「○○円です」

 服が、服だけが窓口の向こうに座っていた。


「○○円のお返しです」

 母にもらった万札がスススと移動すると、ふわりとお釣と処方箋と保険証がかえってきた。


「ああ、先程は失礼しました」

 私が固まっていると何か勘違いしたのか事務員さんが謝ってきた。


「今日からこちらで勤めることになったんですが、途中でこけまして」

 事務員さんがギプスで固めた足を見せてくる。


「私達お化けは死なないので、ついつい話し込みました。申し訳ないです」

 服の感じから頭を下げてるのがわかる。


「いえ、私もすいません」

 死にそうな感じだったが風邪だったのだ。私も頭を下げた。


「お大事に」

 病院の出口で通りがかった看護師さんに声をかけられて私は病院を出た。


「透明人間か・・・」

 呟いた私は恐ろしい事に気づいた。


「診察室で見えなかったのって!」


 確認しようと振り向けば。


 アダシノ病院は影も形も無いのだった。


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