破滅がしたい王女のものがたり
先日投稿した小説の改訂版です。
連載小説の1ページ目みたいなイメージ
「ねえ、わたくしが転生したと言ったら信じる?」
部屋の中心で突然話し始めた少女ユリアナ。
狂い姫と名高い第一王女様である。
正妃に男児がいない都合上、次期王座が確定しているはずの王女。しかしその悪評から未だに立太子しておらず、ぎりぎりまでユリアナを王にしたくないという現王の強い意志を感じる。
血統中心の貴族でさえ、公爵家出身の母を持つユリアナより子爵家出身の側妃を母に持つ第一王子ハインリッヒを推すものも少なくない現状がユリアナのいかれ具合を物語っている。
「転生ってあれですか。聖教会が認めた聖人にのみ神からもたらされるという、再び生を歩めるというやつですか」
その瞬間、ユリアナだけのはずの空間から突如として現れた者がいた。
スキアという名前のその青年は王国に、正確にはユリアナに仕える隠密である。
『死神』の異名を持ち、王国人にはいない黒髪と黒目を持つスキアがユリアナに仕えることになったのは色々な事情があるが、その出来事がユリアナの悪評を助長する原因の1つになったことは間違いない。
「ええ、それで間違ってないわね。で、どうなの?」
「そりゃあ、姫さんは最も尊いお生まれですし、いずれは聖人と認められるお方。当然信じます」
「本心は?」
「つい先日も聖教会のことを散々こき下ろしていた神をも恐れぬ姫さんが転生するなんて本当のことなら世の末だなと思ってます」
「だって聖教会って本当に目の上のたんこぶなのよ?神の意志とか言って政治にも干渉してくるし、無駄に民からの信頼も厚い。大きな不祥事でもあって信用なくせばいいと常日頃思っているわ」
「ほら、そういうところですよ」
本来、平民よりも身分が低い裏の世界に生きるスキアと気軽に話す王女ユリアナ。2人の様子は慣れていて、それが日常だとわかる。
「…まあ、俺に対して姫さんが嘘をつくとも思えないんですよね。で、姫さんの前世はなんだったんですか?蛇ですか?」
「噛み殺してやってもよくってよ。こことは違う世界の人間だったの。今とは違って平凡な女だったわ。そしてなんとね、この世界は前世やっていた乙女ゲームの1つに酷似しているのよ」
「オトメゲーム…なんですかそれ」
「平凡な女の子が見目麗しい男性と出会って恋を育むゲームよ」
「なんですかそのゲーム。理解不能ですね…」
「うるさいわね、前世にケチつけないでちょうだい。それでね、そのシナリオの通りだとわたくし死ぬのよ」
「死…ええ?なんですかそれ」
シナリオはこうだ。
庶民のマティルダは膨大の魔力と類い稀な光属性を持つことから、貴族ばかりの魔法学園に史上初の庶民出身のSクラス生として入学する。
そこで見目麗しく、揃いも揃って高位貴族の攻略対象と出会い、恋を育む。
そこで邪魔になるのは第一王女ユリアナ。彼女は光属性同様希少な闇属性の魔法を持つもその魔力量は少なく、消費魔力量が多い闇魔法を発動できない。
そこで庶民なのに自分にはない膨大な魔力を持つ彼女に嫉妬し、陰湿なイジメを繰り返す。
しかし最後には攻略した男性とともにユリアナを断罪。ユリアナは処刑されめでたくハッピーエンド。王座は優秀な第一王子ハインリッヒが継ぎ王国は長く栄えることとなるー
「攻略対象ってのは誰のことなんですか?」
「ハインリッヒ、宰相子息、魔法騎士団長子息、聖教会教主子息ね」
「え、第一王子殿下ならともかくとしてたかが一貴族に過ぎない宰相子息やら団長子息やらが仮にも王女たる姫さんを断罪?しかも聖教会子息だなんてかんっぜんに国政に干渉してるじゃないですか。大荒れどころの騒ぎじゃなくないですかそれ」
「ハインリッヒが許可したのよ」
「いや、第一王子殿下も姫さんより年長とはいえ立場は下ですよね?どんな権限を持ってそんな…」
「そんなのご都合主義よ。気にしたら負けだわ」
ユリアナはあっけからんと言い放った。
「で、姫さんはどうなさるつもりですか。これから『いい姫』にでもなって死ぬことを回避しますか?」
「何を今更。わたくしは絶対に王にはならない。そのためには自らを犠牲にすることもやぶさかではない。そう以前にも言ったはずよ。ハインリッヒが継ぐシナリオがあるならば、わたくしはそれに従うわ」
「…俺は、姫さんの願いを叶えたいですが、死んで欲しくはありませんよ」
苦しそうな顔をするスキアに、困ったような笑顔でユリアナは言った。
「知ってるわよ。そんなこと」
***
「さて姫さん。魔法学園の入学試験会場なわけですが」
「これ、わたくし行く必要あるのかしらね。何がどう転がっても1番上のSクラスでの入学は決まっているのに」
「俺のためって思ってくださいよ。ただの従者である俺は普通にテストに受からなきゃいけないんですから」
「なんで従者のために王族が出向かなきゃいけないのよ。おかしいでしょう」
周りに聞こえないようひそひそと小声で話すユリアナとスキア。
ここは魔法学園内の試験会場。王族たるユリアナも例外なく参加する。たとえ入学だけでなくクラスがすでに決まっていたとしても。
今日はスキアは隠密ではなく第一王女付き従者として試験を受けにきている。ちなみに目立つ髪と目の色は魔法で隠していて、今は栗毛色の髪と緑の目というありふれた色彩をしている。
「見て、狂い姫様だわ」
「あの従者、お可哀想に。美しい顔だから姫様のお気に入りになってしまったとか」
「姫様といえば、先日もお気に召さないドレスを持ってきた国一番の商会を潰されたとか」
「しっ、おやめなさい。聞こえたらどうなるか」
「…目立ってますね。俺たち。髪隠す必要あったんですかね」
「聞こえてるんだけどねぇ。まあいいけど」
ユリアナは自らを噂する貴族の令嬢子息たちを白い目で見る。
その姿は、気に入らないものをすべて潰す王女には見えない。
ユリアナはため息を1つ吐き、くるりと背を向けるとスキアに言い放った。
「さて、行くわよスキア。やるからには1番…は都合上取れないけどね」
「本来の姫さんの力を発揮した瞬間、姫さんのイメージは540°変わりますからねぇ」
「180°じゃないの?」
「正反対になってさらに一回転するので180+360で540です」
「…よくわからないけどいいわ。わたくしね、『下から数えたほうが早いけどビリではない』を目指すの」
「俺は『実技は強いけど筆記は抑えめに、かといってSクラスから落ちないように』でしたっけ?…うわぁめんどくさい」
「黙りなさい。これも国のためなの」
「わかりましたよ、奴隷姫」
「…それ、余所で絶対言わないでよね」
「言った瞬間俺の首が物理的に飛ぶこと請け合いですね」
奴隷姫、これはスキアがユリアナにつけた名。スキアに言わせれば、彼女の生き様はまるで奴隷だから、だそうだ。
それに対し、ユリアナは認めることはしても否定するようなことはしない。
「これより、魔法学園入学試験を開始する!呼ばれたものから来て試験を受けるように!」
「一斉にやればいいのにね」
「姫さん、今から試験されるのは魔力量と魔法行使能力です。一斉にやれるようなものじゃないんですよ」
「ふーん。まあいいけど」
「でははじめにユリアナ第一王女殿下、会場においでくださいませ」
「こういうのって身分順に呼ばれるのよね。じゃあ行ってくるわ」
「行ってらっしゃいませ、姫さん」
「ドキドキするなぁ。まわりも貴族様ばっかりだし。失敗したらどうしよう」
お供のスキアと離れ、1人試験会場の部屋に向かって受験生の間を悠々と歩いていると、庶民が集まっているあたりから声が聞こえた。
その声は、誰かに向かって話しているわけではないらしい。
ずいぶんと独り言が多い庶民だ。
…いや、このセリフは聞いたことがある。
視線を向けると、そこにはオーロラピンクの髪を持つ少女がいた。
見覚えがある。それも前世で。画面の向こうにいた彼女はー乙女ゲームのヒロイン
ユリアナは目をスッと細め視線を外し、何事もなかったかのように歩く。
「ユリアナ殿下、いかがされましたか」
「気にしないで頂戴」
「この子さえいれば、この国は…」
ユリアナの目は、遠く未来を見ていた。
お読みいただきありがとうございました!
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連載版はじめました
ユリアナの行く先を見守っていただけると嬉しいです