分析する剣
そう言ってオレは高く跳躍し、重力を無視するかの軽快さで岩壁を跳ね登っていく。狙いは上に陣取っているレイダァ達だ。バズバを救えるかもしれない方法が見つかったとは言え、不確定要素が多すぎる。いきなり本命に試すのは無謀だし、試し切りの相手がいるのであれば利用しない手はない。
レイダァ達はやはりというか意思を持っていなかった。それでも向かってくるオレに応じようとしたのは、スピリッタメーバの意図か、はたまた原始的な反射反応なのかは知れない。
いずれにしても本領を発揮できる今のオレにとっては取るに足らない相手だ。狙い通り、いとも容易く、レイダァを支配するスピリッタメーバの触手を切断できた。腕には剣を通して未だかつて経験のない手ごたえが伝わる。例えるなら骨のない軟体動物を斬ったような感触だった。
レイダァは正しく糸を切られた傀儡の如く、全身が弛緩したかと思うと引力に逆らうことなく崖下に落ちていった。
「どうだ!?」
オレは下で待っていてくれた三人に声を飛ばした。
ここからでも様子は窺い知れる。レイダァに駆け寄った三人からは、とても吉報を告げる雰囲気は感じ取れない。案の定、アーコの報告は最悪のモノだった。
「ザートレ、ダメだ! 死んでる!」
「・・・くそっ!」
オレは思わず舌打ちをして悪態をついた。
触手を切った時点で絶命してしまうのか・・・? いや、崖下に落ちた衝撃のせいでは・・・違うな、レイダァはその程度のダメージで死ぬような魔獣じゃない。
何にしても一体のサンプルでは判断ができない。オレはすぐさま隣接していたレイダァについていた触手を三体分切り捨てた。が、下から返ってくる返事は全て同じものだった。
こうなってしまうと、やはり触手を切った時点で寄生された者は命を落とすと見て間違いない。やはりバズバ本人に切りかかる前に、試しを挟んでおいて正解だった。けれども、同時に全てが振り出しに戻ったことにもなる。
他に何か方法はないのか・・・。
オレがバズバを救う事に固執して考えを巡らせていると、突然にルージュの声が頭の中に反響した。
(主よ!)
その声に一瞬遅れて、オレは状況を判断した。
オレがレイダァを数体仕留めた事が起因しのか、操られている残りのレイダァとバズバ、そして親元たるスピリッタメーバが一転攻勢打って出てきたのだ。
レイダァ達は意識がないせいで、無謀とも思える突進を躊躇いなく繰り出してくる。一体二体ならいざ知らず、数と足場のせいで凌ぐだけでも精一杯だった。その上、スピリッタメーバがオレ達を狙って触手を伸ばしてくるのも気配で察知した。
オレがどちらに対処すべきか迷いが生まれてしまった、その刹那。
今度はアーコの声が脳内にこだまする。
(てめえはレイダァに集中しろ!)
すると忽ちの内に、半球形の被膜のような障壁が生まれ、触手の侵入を拒んだ。それの様子を目の端で捉えたのと、襲い掛かるレイダァ達を往なしたのはほとんど同時だった。
触手という致命的な急所があるので、操られているレイダァを殺すのは大したことではない。一振りで複数体を対処でき、次から次へと崖下に死体が転がっていく。
「すまん。助かった」
オレがそう言うと、アーコは後頭部に遠慮のない蹴りを入れてきた。
「バカヤロウ! 他人一人に拘ってテメエがやられたらどうすんだ、ボケッ!」
(主よ、アーコの言う通りだ。彼奴を救いたい気持ちは分かるが、大局を見失うなど主らしくもない)
「ああ・・・すまん」
「チッ」
アーコの舌打ちが耳に残る。
一先ずは体勢を立て直さなければいけない。そう思ったオレは一旦山道へと引き返すことを決めた。
◇
そんなザートレの様子をルージュとアーコは、冷ややかに分析していた。そして彼には気付かれないように二人だけでテレパシーを飛ばし合う。
(おい、ルージュ。ザートレの奴、少しおかしくないか?)
(きっとあのバズバとか言うリホウド族のせいだろう)
(やっぱりか。けど、どうしてそこまで拘るんだ? 知り合ってまだ一週間足らずだし、別にパーティの仲間って訳でもないだろうに)
(いや・・・主にとっては既に仲間の範疇に入っているのだ。元々寡黙だが、面倒見は良いし仲間への情に厚い性格をしている。裏切られたかつての同輩たちに強い怨嗟を持つのは、それの裏返しだ。お前も分かるだろう?)
(まあな)
一度、ザートレの記憶や心情を肌で感じ取ったことのある二人だからこそ、彼にとって『仲間』とはどういうものなのか、よく理解できた。そして、それがザートレの付け入られる隙になることも、弱点になることも容易に導き出せる。ひょっとすると、魔王はザートレの仲間に対する意識や執着心を逆手に取るために、パーティを引き入れる様な真似をしたのかも知れないとまで予想していた。
(いずれにせよ、その辺りは私たちがうまく手綱を握らねばなるまい。主には魔王討伐を叶えるまで死んでもらう訳には行かぬのだから)
(だな。ならお前が剣で俺が盾。二人でご主人様を支えようぜ、さっきみたいね)
それは逆撫でしてからかう為の発言だと、ルージュは気が付いている。だから、
(妙案だ)
と、アーコが最も喜ばない返事を返したのだった。
◇
この時の三人は、まだ気が付いていない。
下で待っているだけのラスキャブとピオンスコが、とんでもない作戦を思いつき、その為の準備を着々を進めていた事に。
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